上 下
401 / 437
第十六章:破滅の妖精たち

16-6馬車

しおりを挟む

 アプトムさんが用意した馬車に乗る。


 ここガルザイルの街は大騒ぎだった。
 ここから見て街の中央にある「落ちてきた都市」を囲む壁の反対側では王城は残ったものの、古代魔法王国のガーディアンたちや魔生成物が出て来てまだ騎士団たちはその対応に追われているらしい。
 
 私たちの襲撃で近くの住民にも被害が出ていたが、それ以上にガレント軍に被害は大きい。
 ほとんどの「鋼鉄の鎧騎士」が破壊され、そして壁の修復も思うように言ってないとか。


「流石に衛星都市に逃げようとする連中も出てきたわね」

「知ってる人はいきなりヤツメウナギ女やオーガ、サイクロプスが襲って来たので驚いているでしょうねぇ~。貿易都市サフェリナの件もありますからねぇ」

 アリーリヤとイリカはそんな事を話しながら外を見ている。
 郊外のアジトに転移して馬車に乗ったけど、同じくガルザイルから逃げ出す馬車はいくつもいた。
 街中に、しかもお城の目の前にあれほどの化け物たちが出れば民衆は大慌てになる。
 つてがあればいち早く安全な場所に逃げたいのは道理だろう。

 逃げ出す馬車はそこそこ装飾の良い物が多い。
 つまり貴族たちと言う事だ。

「ふん、所詮連中はあんなものよ。分が悪く成ればすぐに逃げ出す。腐った連中よ」

 アリーリヤはそう言って鼻で連中を笑う。
 そして私に向かって言う。

「ああ言う連中が国の上にいれば何時まで経っても努力した人間はのし上がれないわ。だから我々ジュメルはああいった連中も潰す。ふふふふ、郊外に出たらイリカ、分かるわね?」

「う~ん、あの程度ならオーガとサイクロプスで十分よねぇ? それじゃぁ街道に出たら潰しちゃいましょう♪」

 そう言って封印のひょうたんと「賢者の石」がついた指輪を準備する。

「あの…… なにも殺さなくても」

「分かってないわね、リル? これは見せしめよ。ああいった汚い連中がどうなるかのね」

 
 そしてその狂気は起こる。
 街を出てしばらくするとイリカの操るサイクロプスとオーガの皆さんが集中的に貴族らしい馬車を襲う。
 まさしく阿鼻叫喚の風景を私は何故か冷めた目で見ていた。

 本当はやめさせたい。
 でもこう言う連中もこの世界の弊害で、これは必要悪なんだと頭では理解をしている。

「ふふふふふ、いい気味だわ。さあ、そろそろ私たちも行きましょうかしら。聖地ユーベルトに向けてね」


 アリーリヤはことさら上機嫌になるのだった。


 ◇ ◇ ◇


 馬車に揺られる事二日目にして神殿があった。
 古い神殿で、今は女神を祀っているらしい。


「目障りね…… 女神を信仰する神殿なんて。リル、ちょっとアレ消し去ってくれない?」

「あの神殿を? まあエルハイミさんに関わっているみたいだし……」

 私はアリーリヤが外を見ていてその神殿に祀られているのが女神であるエルハイミさんと気付くと不機嫌そうに私にそう言ってくる。
 確かにあれはこれからの事を考えると消し去った方がいい。

 だから私はためらいもなく手を掲げチートスキルを使う。


「あの神殿を『消し去る』!」


 途端に古い神殿は跡形もなく消え去る。
 但し、そこの神官らしい人たちは残ったままだった。

 彼ら彼女らはいきなり神殿が消えさり大慌てをしている。


「リル、なんで信者も消し去らなかったの?」

「え? 別に中の人まで消し去る必要はないじゃない?」

 神殿は奇麗さっぱり消えて私はやる事をやった気持でいたけど、アリーリヤは違った。

「あいつらも消さなきゃ意味が無いじゃない? あいつらは女神を崇拝しているのよ?」

「だからって無暗に殺生する必要はないじゃない。神殿が無くなればそうそう活動だって出来なくなるでしょ?」

「甘いわね、女神を信じているうちは矛盾は無くならないわ。【炎の矢】!!」

 アリーリヤはそう言いながら右手の中指の「賢者の石」の指輪を光らせる。
 そして呪文を唱え、力ある言葉が発せられた瞬間、何十本もの【炎の矢】が発生して信者の人たちを襲う。


「ちょっ!」


 私が短い叫び声を上げた瞬間彼らにその【炎の矢】が突き刺さり燃え上がる。


「ははははははっ! 女神の信者も私たちの敵よ!! リルよく見ておきなさい、私たちの聖戦の証を!!」

「アリーリヤ!! わざわざ殺さなくても!!」

「甘いって言ってるでしょリル! あいつらは私たちの敵、敵なのよ!」


 じゃらっ!


 そう言いながらアリーリヤは私の首輪の鎖を握る。
 その瞬間身体の動きが制限されてアリーリヤの顔が近づく。

「わかって愛結葉。私たちがしようとしている事は非道でもそれは必要悪。この世界を正常にするための必要なモノよ? だから私の言う事を聞いて……」


 ちゅっ
  
 
 そう言いながらアリーリヤ、いや静香は私に口づけをする。

 
「変えるのよ、世界を」

「せ……かい……をかえ……る……」


 口づけされたことに驚きながらも動かない体はアリーリヤの言葉だけ聞いている。
 そして私の心の奥底にもそれで良いのだと暗い淀みが溜まるのだった。
 

 * * * * *


「もうじきユーベルトに着くわね」


 アリーリヤは馬車の窓の外を見ながらそう言う。
 約二日の道のりだったけどとうとう衛星都市ユーベルトに着いた。

 
 ここはエルハイミさんの生まれた聖地とされているらしい。

 そう、もともとはここの領主の娘でしかなかったエルハイミさん。
 普通の人間だったエルハイミさん。
 それが力を手に入れ女神になった。

 私たちと同じ異世界からの転生者。


 普通の人だから、異世界からの転生者だからこの世界を変える力を手に入れて我が儘になったんだ。

 だから、そんな始まりの街は壊す。
 そして私たちジュメルが世界を正常にするんだ。



 私の心の奥底から沸いてくる黒い淀みはそう私に告げるのだった。
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

TSしちゃった!

恋愛
朝起きたら突然銀髪美少女になってしまった高校生、宇佐美一輝。 性転換に悩みながら苦しみどういう選択をしていくのか。

「お姉様の赤ちゃん、私にちょうだい?」

サイコちゃん
恋愛
実家に妊娠を知らせた途端、妹からお腹の子をくれと言われた。姉であるイヴェットは自分の持ち物や恋人をいつも妹に奪われてきた。しかし赤ん坊をくれというのはあまりに酷過ぎる。そのことを夫に相談すると、彼は「良かったね! 家族ぐるみで育ててもらえるんだね!」と言い放った。妹と両親が異常であることを伝えても、夫は理解を示してくれない。やがて夫婦は離婚してイヴェットはひとり苦境へ立ち向かうことになったが、“医術と魔術の天才”である治療人アランが彼女に味方して――

美しい姉と痩せこけた妹

サイコちゃん
ファンタジー
若き公爵は虐待を受けた姉妹を引き取ることにした。やがて訪れたのは美しい姉と痩せこけた妹だった。姉が夢中でケーキを食べる中、妹はそれがケーキだと分からない。姉がドレスのプレゼントに喜ぶ中、妹はそれがドレスだと分からない。公爵はあまりに差のある姉妹に疑念を抱いた――

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

新しい自分(女体化しても生きていく)

雪城朝香
ファンタジー
明日から大学生となる節目に突如女性になってしまった少年の話です♪♪ 男では絶対にありえない痛みから始まり、最後には・・・。

黒髪の聖女は薬師を装う

暇野無学
ファンタジー
天下無敵の聖女様(多分)でも治癒魔法は極力使いません。知られたら面倒なので隠して薬師になったのに、ポーションの効き目が有りすぎていきなり大騒ぎになっちまった。予定外の事ばかりで異世界転移は波瀾万丈の予感。

私はお母様の奴隷じゃありません。「出てけ」とおっしゃるなら、望み通り出ていきます【完結】

小平ニコ
ファンタジー
主人公レベッカは、幼いころから母親に冷たく当たられ、家庭内の雑務を全て押し付けられてきた。 他の姉妹たちとは明らかに違う、奴隷のような扱いを受けても、いつか母親が自分を愛してくれると信じ、出来得る限りの努力を続けてきたレベッカだったが、16歳の誕生日に突然、公爵の館に奉公に行けと命じられる。 それは『家を出て行け』と言われているのと同じであり、レベッカはショックを受ける。しかし、奉公先の人々は皆優しく、主であるハーヴィン公爵はとても美しい人で、レベッカは彼にとても気に入られる。 友達もでき、忙しいながらも幸せな毎日を送るレベッカ。そんなある日のこと、妹のキャリーがいきなり公爵の館を訪れた。……キャリーは、レベッカに支払われた給料を回収しに来たのだ。 レベッカは、金銭に対する執着などなかったが、あまりにも身勝手で悪辣なキャリーに怒り、彼女を追い返す。それをきっかけに、公爵家の人々も巻き込む形で、レベッカと実家の姉妹たちは争うことになる。 そして、姉妹たちがそれぞれ悪行の報いを受けた後。 レベッカはとうとう、母親と直接対峙するのだった……

処理中です...