上 下
363 / 437
第十四章:脈動

14-29マーヤ

しおりを挟む

 今私たちは家に戻ってマーヤ母さんの前に座っている。


「ふう、リルとルラに何も無くて本当に良かったわ」

 マーヤ母さんは家に戻ってからほとんどしゃべらず、お茶を入れて私たちの前に置いてからそう話し始めた。
 緑茶の清々しい香りがほんのわずか気持ちを落ち着かせてくれる。

「あの、マーヤ母さん……」

「分かっているわ。ファイナス長老の風のメッセージは私の所にも来ていたもの、心配になってあなたたちを見に行ったらあれだもんね……」

 そう言ってマーヤ母さんはお茶を一口飲む。
 そして大きく息を吐いてからいつもの笑顔を見せてくれる。

「正直あんなに緊張したのは何百年ぶりかしら? 攻撃の精霊魔法だってほんと久しぶりに使ったわ。うまく使えないんじゃないかって心配したほどだもんね」

 そうは言うけど、あの風の魔法は街灯を切り刻んだ。
 普通風の魔法であそこまで強固なものを切り刻むのは難しい。
 私たちが使えそうな風魔法なんて、それこそ目つぶしの埃を舞い上げる程度だもんね。

 そう考えるとやはりマーヤ母さんの技量は凄い。

「でもこんなにも簡単にジュメルの侵入を許しちゃうとはね…… ユカが帰ってきたら報告しないといけないわね」

「アリーリヤさん…… いえ、アリーリヤの言っていた事って何なんでしょうね…… 世界の矛盾って」

 私がぽつりそう言うとマーヤ母さんはちょっと困ったような顔をする。

「ジュメルが何をリルやルラに吹き込んだかは良く分からないけど、リルはこの世界に矛盾なんて感じてるの?」

 マーヤ母さんにそう言われて私はしばし黙り込む。
 この世界は嫌いじゃない。
 エルフの村のみんなも、そして今まで出会った人たちも。
 確かに生前の世界に比べれば不便な所もあるけど、それでもこの世界を嫌いになる理由はない。

 そんなこの世界なのに私はアリーリヤに言われてずっと気になってしまっている。


 この世界に矛盾?
 一体何が??


「……わかりません。正直シェルさんやエルハイミさんたちに出会うまでそんな事考えた事すらなかった」

「お姉ちゃん?」


 でも何だろう、この胸の奥深くにくすぶる感じは?
 私はこの世界に不満を持っているのだろうか?
 この世界に矛盾を感じているのだろうか??


「リル、ルラ。私はあなたたちの事についてファイナス長老やユカからも聞いているわ。あなたたちが転生者でユカやエルハイミさんたちと同じ世界から来たって事も」

 そう優しく言うマーヤ母さんに思わず顔を上げる。
 その顔はいつも通りの優しい顔だった。

「私はね、本気でユカとの間に子供が欲しかったの。でも女同士では子供は作れない。どんなにユカを愛していてもね。そんな時に友人のレミンから娘たちを頼むってお願いされたの。勿論ちょっと悩んだけど、もし私とユカの間に子供がいたらって思ったらとてもうれしくなっちゃってね、今ではリルもルラも私の本当の子供と同じよ。だから、悩みや困った事は迷わず私に相談して欲しいの、お母さんにね……」

 マーヤ母さんはそうってにっこりと笑う。
 その笑みがエルフの村の本当のお母さんと重なる。


 その笑みは母親が娘に見せる笑顔。

 
 生前の母も今の本当のお母さんも、そしてマーヤ母さんも同じ笑顔で笑う。
 それを見て私は何故か肩の力が抜けた。

 そしてポツリポツリと今まであったことを話し出す。 


「エルフの村で初めて気づいたときに私はエルフになっていた事に驚きました。そして一緒に転生したルラも同じくエルフの女の子になっていた事にも」

 マーヤ母さんは私の話を何も言わずに聞いていてくれる。

「ルラなんかもともとは男の子だったのに女の子になっちゃって、それでも私と同じ境遇で特別な力が使えて、でも内緒にしないと村から追い出されるかって不安で不安で……」

「お姉ちゃん……」

 語りだしたら何故か止まらなかった。
 エルフの村にいる本当のお母さんにもこんな話した事無い。

「でもシャルさんのお姉さんが現れて、そしてシェルさんとエルハイミさんに巻き込まれてイージム大陸に行って、大きなトカゲに襲われたり、トランさん死んじゃってどうしようもなくなっちゃって、カリナさんや黒龍のコクさんたちともいろいろ有って、それでそれで!!」

 言いながら何故か涙が流れ始める。

「天候の塔でジュメルとか言う変なのが悪い事して、ドドスの街でもジュメルが悪い事してジッダさんも私たちのせいで死んじゃって、それでもなんとかエルフの村に帰りたくて頑張って道に迷ったりしながらやっとサージム大陸に戻って、お米見つけて嬉しかったけど、スィーフでもごたごたでなかなかエルフの村に帰れなくて!!」

 ぼろぼろと流れる涙は何なのだろう?
 でもなぜか私は止まらない。


「せっかくエルフの村に戻っても私とルラのスキルが危ないから修行して来いってファイナス長老に言われて、私は、私はっ!!!!」


 そこまで言っていきなりマーヤ母さんに抱きしめられる。


「リルは頑張って来たんだね。流石私の娘、凄いわよ」

「私はっ!! うわぁぁぁぁぁぁぁんッ!!!!」


 何なのだろう、とめどもなく涙が出て声を出してわんわん泣く。
 でもなぜだろう、マーヤ母さんに抱きしめられていると今までの溜まったものがどんどん涙になって出て行くような気がする。

「お、お姉ちゃん……」

 マーヤ母さんに抱きしめられてわんわん泣いている私をルラも気遣う。
 でも今はとにかく泣きたい。
 涙が全部枯れるまでとにかく泣きたい。

 そんな私をマーヤ母さんはずっと抱きしめてあやしてくれる。

「リルは頑張り屋さんなのよ。今まで辛かったことを全部自分の中に閉じ込めて。ルラのお姉ちゃんである事で余計に自分に厳しくしていたのね…… いいのよ、お母さんに全部話して全部受け止めてあげるから」

「マーヤ母さん!! 私、うわぁああぁぁぁぁぁんっ!!!!」



 私は大泣きでマーヤ母さんの大きな胸に顔をうずめしばし泣き続けるのだった。 

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

美しい姉と痩せこけた妹

サイコちゃん
ファンタジー
若き公爵は虐待を受けた姉妹を引き取ることにした。やがて訪れたのは美しい姉と痩せこけた妹だった。姉が夢中でケーキを食べる中、妹はそれがケーキだと分からない。姉がドレスのプレゼントに喜ぶ中、妹はそれがドレスだと分からない。公爵はあまりに差のある姉妹に疑念を抱いた――

TSしちゃった!

恋愛
朝起きたら突然銀髪美少女になってしまった高校生、宇佐美一輝。 性転換に悩みながら苦しみどういう選択をしていくのか。

「お姉様の赤ちゃん、私にちょうだい?」

サイコちゃん
恋愛
実家に妊娠を知らせた途端、妹からお腹の子をくれと言われた。姉であるイヴェットは自分の持ち物や恋人をいつも妹に奪われてきた。しかし赤ん坊をくれというのはあまりに酷過ぎる。そのことを夫に相談すると、彼は「良かったね! 家族ぐるみで育ててもらえるんだね!」と言い放った。妹と両親が異常であることを伝えても、夫は理解を示してくれない。やがて夫婦は離婚してイヴェットはひとり苦境へ立ち向かうことになったが、“医術と魔術の天才”である治療人アランが彼女に味方して――

【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。

BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。 辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん?? 私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?

おっさん料理人と押しかけ弟子達のまったり田舎ライフ

双葉 鳴|◉〻◉)
ファンタジー
真面目だけが取り柄の料理人、本宝治洋一。 彼は能力の低さから不当な労働を強いられていた。 そんな彼を救い出してくれたのが友人の藤本要。 洋一は要と一緒に現代ダンジョンで気ままなセカンドライフを始めたのだが……気がつけば森の中。 さっきまで一緒に居た要の行方も知れず、洋一は途方に暮れた……のも束の間。腹が減っては戦はできぬ。 持ち前のサバイバル能力で見敵必殺! 赤い毛皮の大きなクマを非常食に、洋一はいつもの要領で食事の準備を始めたのだった。 そこで見慣れぬ騎士姿の少女を助けたことから洋一は面倒ごとに巻き込まれていく事になる。 人々との出会い。 そして貴族や平民との格差社会。 ファンタジーな世界観に飛び交う魔法。 牙を剥く魔獣を美味しく料理して食べる男とその弟子達の田舎での生活。 うるさい権力者達とは争わず、田舎でのんびりとした時間を過ごしたい! そんな人のための物語。 5/6_18:00完結!

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

新しい自分(女体化しても生きていく)

雪城朝香
ファンタジー
明日から大学生となる節目に突如女性になってしまった少年の話です♪♪ 男では絶対にありえない痛みから始まり、最後には・・・。

処理中です...