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第十章:港町へ
10-25美味しいのだけど
しおりを挟む「さあお待たせ、うちの看板料理だよ!」
ハーランドさんはそう言って鶏肉のスパイスソテーを出してくれる。
ふわっと香る香辛料の香りは食欲をそそる。
サージム大陸との航路があるおかげでイザンカ王国なんかでは貴重だった胡椒もふんだんに使われている様だ。
「ふわぁ、おいしそう! いただきまぁ~す!!」
ルラは早速ナイフとフォークで鶏肉のスパイスソテーを切り分けて口に運ぶ。
「んっ! おいひぃ~」
「こらこら、お行儀が悪いでしょ、ルラ! 食べ物口に入れたまま喋らない!!」
美味しいのでうれしいのは分かるけど、口の中に食べ物入れたまま喋ってはお行儀が悪い。
せめて飲み込んでから喋らせないと。
私がそう注意するとルラは慌ててもごもごと嚙みこんでそれを飲み込む。
「ん、ごくん。ごめ~んお姉ちゃん。でもこれ胡椒がたっぷり効いていておいしいよ!!」
「はいはい、それじゃぁ私もいただきます」
そう言いながら私もその料理を切り分けて口に運ぶ。
「んっ!」
口に入れた途端たっぷりと効いた香辛料が口の中に広がる。
黒胡椒を惜しみなく使っていて辛味の効いた風味が素晴らしい。
ハーブや塩もしっかりと効いていてガーリックの風味もとても合っている。
多分塩は海のものだろう。
岩塩と違って旨味が多い。
黒胡椒以外にも唐辛子の粉末にしたものを使っているらしくほんのりと全体が赤みがかっていてピリ辛風になっている。
「ん、相変わらずこれは旨いな」
デーヴィッドさんもそう言いながら鶏肉のソテーを口に運ぶ。
が、途中でその手が止まる。
「旨いんだが…… いや、これは方向性が違うからか? しかし……」
「ん? どうしたんだデーヴィッド??」
私たちが美味しく食事を続けているとデーヴィッドさんはハーランドさんに向き直って言う。
「旨いが鶏肉の硬さが気になる。それとやはり表面だけがスパイスが効いていて中心部は味が単調になりすぎているな……」
「おいおい、鶏肉の中にまで味を染み込ませるなんて煮込み料理じゃないんだから無理言うなよ」
「しかし……」
デーヴィッドさんはそう言いながら私を見る。
「なあリルさんよ、あのフライドチキンとか言うのをもう一度作ってもらえないか?」
「はい?」
美味しく鶏のスパイスソテーを楽しんでいた私にデーヴィッドさんはそう言う。
確かに圧力鍋見たんであの時は船にあった食材や香辛料使っていいいからってコカトリスの肉をフライドチキンにしたけど、それをまた作れと?
「作るのはいいですけど、コカトリスのお肉でですか?」
「いやいや、そんなバケモンなんてそうそう手に入らない。普通の鶏肉を使ってだよ。なあ兄貴、兄貴の料理は確かに旨い。だがこのリルの嬢ちゃんが作った料理を是非一度食べてもらいたいんだ」
真剣な眼差しでそう言うデーヴィッドさん。
ハーランドさんは複雑な表情をして渋々頷く。
「お前がそこまで言うのなら、一度食べてみるか。しかし一体なぜ?」
「それは食ってもらえば分かると思う。いくら兄貴の料理が上手くてもそのレシピはこの香辛料が容易に手に入るアスラックじゃすぐに真似されて同じような料理があちらこちらで出回っちまう。最近はこの店だって客足が減ってるんだろ? 俺がここで手伝っていた頃には……」
そう言うデーヴィッドさんはなんか悔しそうだった。
もごもごと食べていた鶏肉を飲み込んでから私は聞く。
「一体何があったって言うんですか?」
「それはね、僕から説明をするよ」
そう言ってサンダースさんが飲み物を持って来てくれるのだった。
* * * * *
ここアスラックの港町はサージム大陸との交易が盛んな場所である。
なのでサージム大陸からの荷物もたくさん入ってくるのだけどその中に希少価値の高い香辛料もたくさんあった。
特にここより北のイザンカ王国なんかだと胡椒はとても高値で売られている。
この世界ではまだ新鮮な食材を冷蔵保存する術が一般には無い。
高いお金で異空間に繋がっていて保存が出来るマジックアイテムでも買わない限り鮮度を保つのはかなり難しい。
しかし香辛料は肉類の味を良くするだけではなく、保存にも優れていてので香辛料に漬けこんでおけば多少の日持ちはするようになる。
そんな中、ここハーランドさんのお店ではその香辛料をいくつか組み合わせて美味しいソテーを出すお店として過去には繁盛をしていた。
しかしそのレシピは何回か食べに来れば料理に詳しい人であれば容易に真似が出来た。
結果ハーランドさんのお店はだんだんと他のお店にもお客を取られて行ってしまったという訳だ。
「そう言う事で、今このお店は何とか切り盛りしているってことなんだ。デーヴィッド兄さんが船乗りになってお金を入れてくれるからギリギリやってはいけるけどね……」
サンダースさんはそう言ってため息をつく。
「それで私が作るフライドチキンですか?」
「そうだ。あれはコカトリスと言う固い肉をあそこまで柔らかく、そして旨くした。なあリルさんよ、あのレシピを俺たちにも教えてもらえないだろうか?」
デーヴィッドさんはそう言って頭を私に下げて来る。
「デーヴィッド、お前…… リルさんとやら、俺からも頼む。こいつがそこまで押している料理だ!」
今まで話を黙って聞いていたハーランドさんまで頭を下げて来た。
「ちょ、ちょっとやめてくださいよ。教えますから。だからそう言うのやめてくださいって!」
まったく、私はどうもこう言うのに弱い。
でもまあ、圧力鍋を手に入れる為にデーヴィッドさんにも協力してもらえる約束もあるし、良いかな?
「とにかく、分かりましたからそう言うのやめてくださいね。それとデーヴィッドさん、約束通り圧力鍋をアーロウ商会で融通してもらうの手伝ってもらいますからね!」
私がそう言うとサンダースさんま頭下げて来た。
まったく、そう言うのやめてもらいたいと言うのに。
私は少し憮然として残りの鶏肉ソテーにフォークを刺し口に放り込むのだった。
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