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第五章:足止め

5-3わさび

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 いきなりの手合わせも終わり、何とか落ち着いて夕食に招かれる。


「ほんとあんたらには感心するわ。よくも黒龍様と一緒の席であれだけパクパク食事が出来るものね」

「はい? だってここの国の食事って美味しいんですもん」

「え~? コクさんと一緒にご飯ってそんな大変なの? あたし全然気付かなかった~」


 カリナさんはまだコクさんたちと食事するのが苦手のようだ。
 それはトーイさんたちも同じようだったけど、そこまで気にする事なのだろうか?


 そんなトーイさんたちは話題を変えて私たちに聞いて来た。

「そういや、ルラたちのあの『スキル』ってのは一体何なんだよ?」

「そうそう、俺も気になっていたんだけどさ『スキル』ってどう言ったモノなんだよ?」

 食事をする部屋まで歩きながらトーイさんとザラスさんは私たちのスキルについて訊ねて来る。
 そう言えば「スキル」自体気にした事が無かったけど、この世界では私たち以外に「スキル」を使っている人たちを見た事が無い。


「『スキル』は非常に稀なモノで十万人に一人持つかどうかと言われているモノですね。大抵は勇者や英雄などが持っていると言われてます。一説には女神様からのギフトに近いと言われてますね」


 私が疑問に思っているとネッドさんがそう説明してくれる。
 勇者や英雄とかって、それってものすごく希少なモノなんじゃ?


「リルやルラが勇者や英雄の類には思えないけど、確かにその力はエルフの村では内緒にした方が良いわね。これって他に知っている人っているの?」

「いませんけど、やっぱりこんな力持っていたら村から追い出されちゃうんでしょうか?」

 カリナさんはネッドさんのそれを聞いてから私たちに向かってそう言う。
 となればやっぱり知られちゃまずい力なのだろう。

「うーん、追い出されるまではいかないと思うけど、そう言った力は狙われるしいろいろと当てにはされるでしょうね。それにそんな力持っていたら長老たちが黙っていないわよ? 特にメル様は面白いもの見つけたって言いながらいろいろといじられるわよ?」


「うえぇっ!? メ、メル様が!?」


 村の一番の長老様で、どう見ても私たちより年下にしか見えないのにやたらと胸がでかい長老様。
 あれでロンバさんみたいなハーフエルフの息子さんやお孫さん、玄孫さんたちが沢山いるのだから驚きだ。
 と言うか、一番はあの容姿だろね。
 どう見ても十二、三歳くらいなのにあの巨乳。
 少し私にも分けてもらいたいだ。

「メル様ってあのちびっこで胸が大きな長老様? あたし苦手~」

「あの長老様何考えているか分からないもんね」

 秘密にしよう、絶対に。
 こんな力知られたら絶対にあの人たちに玩具にされそうだ。


 そんな事を考えながら歩いているとお食事をする部屋に着く。

 長いテーブルの上座にコクさんが当然のようにつき、その左右にクロさんとクロエさんが控える。
 そしてコクさんに近い場所から王族の方たちが座り始め次いで私とルラ、その後にカリナさんたちが席に着く。


「本日は獅子牛のローストビーフをご用意させていただきました」

 前菜が出て食事を始めているとメインディッシュを持ってきた料理長が出て来る。
 毎回思うけど、その都度料理長が出て来るなんて大変だなぁ。


「黒龍様、本日は質の良い獅子牛が入りました故、どうぞ存分にお楽しみください」

「うむ、ではいただこうか」

 カーソルテ王はそう言いながらコクさんにメインディッシュのローストビーフを進める。
 それをコクさんが口に運ぶのを見てから私たちもそれに手を付ける。

 生前食べたローストビーフ丼を思い出しながらほんのりと桜色のその断面を見る。
 半透明なソースがかかっているからそのままいただける様だ。


「ふむ、肉質も柔らかく旨味も十分、薄味ながらこの少し癖のあるソースもまたいい。見事であるぞ」

「お褒めに預かり光栄にございます」

 まるで自分が料理したかのようにそう言って嬉しそうにするカーソルテ王。
 コクさんはローストビーフをどんどんと口に運んでいる。

「えへへへへ、お肉だぁ~。いただきまーす」

「さてと、私も……」

 薄切りに切り分けられ、数枚お皿に乗っているローストビーフをナイフとフォークで切り分け口に運ぶ。

 するとしっとりとした柔らかい食感に獅子牛のぎゅと閉じ込められた味が一気に口の中に広がる。
 赤み肉なのに半生に近い焼き加減のお陰で柔らかく、薄味のハーブが効いたソースもとても合う。


「美味しいっ」


 思わず声が漏れる。
 そして何と言うかもの凄くしっくっりとする味わいと言うか、香りと言うか、後味の中によく知っている風味が口に残っていた。

 ニンニクは勿論、贅沢に黒コショウも使っているけど、それよりなによりこの独特な癖の味は……


「なんかお醤油っぽい味がするね、お姉ちゃん?」

「それっ! そうだよ、この味ってお醤油そっくり! あ、でもなんか臭みと言うか何と言うか独特な香りもある…… 何だろう?」


 かけられたソースの中にほんのわずかに香る独特な匂い。
 臭みが有るのだけどそれがまた何とも言いようのない旨味にも感じる。
 お醤油っぽいのだけどちょっと違う。


「ふむ、リルは気づきましたか? この隠し味に」


 私がしげしげとローストビーフのソースを見ているとコクさんがそれに気づく。
 私は思わずコクさんにそれを聞いた。

「あの、お食事中すみません。このソースに使われているお醤油見たいのって何なのですか?」

 私がそう聞くとコクさんは口元にうっすらと笑みを浮かべる。


「リルは『醤油』と言うモノを知っているのですね? 精霊都市ユグリアでわずかにしか使われていないそれに。しかし我がジマの国ではエルフ豆を原材料にする醤油とは異なる素材で醤油を作っているのです。料理長、魚醤を持ってまいれ」


 コクさんがそう言うと料理長さんは頭を下げ一旦下がる。
 そしてしばらくすると小瓶を持ってきた。

「これはお母様から教わりましたジマの国でも作れる醤油、魚醤です。魚を原材料にして塩水で寝かせたもの。少々癖のある香りがしますがこう言った隠し味や煮物にはとても合うのです。これは私のお気に入りの食材でもあるのですよ」

 コクさんはそう言ってにこりと笑う。
 特にエルハイミさんから教わったという所ではとてもうれしそうにしている。


 エルハイミさんって魚醤の作り方知ってたんだ……


「魚醤って、魚で作れるの?」

「えーと確か、海の魚で無いと臭みが酷くなりすぎるはずですね。発酵と言うか何と言うか、その塩分と旨味が塩水に移って真っ黒になるんですよ。しかし魚醤とは……」

 この世界で初めてお醤油類に出会った。
 考えてみればエルフ豆と麹が手に入れば味噌とか醤油も作れるのだった。
 うーん、エルフ豆万能だね。


「ふふふ、この味を分かるとはなかなか見込みが有りますよ」

「え、えっと、ありがとうございます……」


 そう言いながら私は受け取った魚醤の小瓶を開けてみる。
 案の定ちょっと臭みが強いけど、お皿の端に垂らして舐めてみると濃い口のちょっと癖のあるお醤油の味がした。
 
 もっとも私はこの味が嫌いじゃない。
 生前ベトナム料理のフォーに凝った時期が有ってそこにナンプラー、魚醤を少し垂らして食べるのが好きだった。

 なので私はローストビーフをその魚醤に付けて食べる。


「んっ、美味しっ」

「ほう、直接魚醤に肉をつけて食しますか? ふむ、それも一興」


 私が魚醤にローストビーフをつけて食べるのを見たコクさんは同じく魚醤を持ってくるように言い、自分も私同様に直接魚醤をつけてローストビーフを食べる。

「ふむ、塩気が強くはなるもののこれはこれで野趣あふれる味わい。悪くない」

「そうですね、私たちエルフにはオリーブ油のソースなどをかけるよりこう言ったさっぱりした味付けが合いますね。これにわさびでも有ればもっと美味しくなるのですけどね」


 ぴくっ


 何となくそう言った私にコクさんは反応を示す。
 
「今わさびと言いましたね?」

「はい? ええ、言いましたけど。ローストビーフってお醤油にわさびで食べても美味しいんですよ。あ、人によっては塩わさびでそのまま食べる人もいましたねぇ~」

 生前の事を思い出しながらそう言うとコクさんは口元を拭き料理長を呼び付ける。

「わさびなる物を知っておるか?」

「すみません、不勉強な故存じ上げません」

「ふむ……」

 コクさんはこちらを向きながら私に聞く。


「リルよ、わさびとはどんなものなのですか?」

「わさびですか? 清流の川とかに生えている植物でその根っこの部分をすりおろすと鼻に抜けるような刺激の辛味が有るんですよ。でも辛味は一瞬で後味がさっぱりとしているので女性とかは結構好きな味かもしれませんね」

「女性が好む味と言うのですか?」

「ええ、多分」


 私がそこまでい言うとコクさんはにっこりとして私に言う。


「ではリルに協力してもらいそのわさびとやらを探しましょう。お母様のこの魚醤に合うと言われるわさびとやら、是非とも味わってみたいものです」

「はい?」



 楽しそうにそう言うコクさんに横にいたカリナさんは大きなため息をつくのだった。
 
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