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第四章:魔王様大好き
閑話ユーリーのレシピその4
しおりを挟む「ふんふんふ~ん♪」
今魔王城の厨房で、小姓であるユーリィは厨房でやたらと上機嫌で料理を作っていた。
そんなユーリィをローゼフはため息を吐きながら見ている。
「ユーリィ、何がそんなに楽しいんだよ?」
「ん? いや別に。ただ、今作っている豚の角煮が上手く煮えるとそれはそれは美味しいんでね♪」
そう言いながらユーリィは浮いて来た脂をお玉ですくい取って捨てている。
ユーリィは魔王が肉が喰いたいという要望で、豚の角煮を作ることにした。
しかもこの豚の角煮、現代日本でいう沖縄風。
そう、ラフティーに近い物であった。
「豚の角煮は脂っこくなるから、脂抜きが肝心なんだよね」
そう言って、水から一緒に煮始めた豚のブロックが浮かんでいる鍋の中を見る。
豚肉は水から煮ないと硬くなってしまう。
なので、あばら肉を適度な大きさに切ったら水から煮込み始める。
そして沸騰してきたら軽く塩を入れて浮き出て来るアクと脂をお玉ですくい取る。
この作業が意外と面倒だが、臭みの強い動物性の脂とアクがこの時点で大量に出るのでこまめに取る。
「ん、こんな所かな?」
ユーリィはそう言いながら鍋から豚の塊を取り出してお湯を捨てる。
軽く豚の塊を水ですすいでから、また鍋に入れて水を張る。
そして今度は人参、長ネギ、玉ねぎ、にんにく、生姜も一緒に入れて煮込み始める。
「おっと、前回ローゼフたちに作ってもらったこれも入れなきゃね」
ユーリィはそう言って干し魚を細かく砕いて取った出汁も入れる。
そしてぐつぐつと煮え始めるのを待つ。
「なんか、えらく手間がかかるんだな?」
「うん、でも出来あがった時のあのとろとろした食感、脂身が全然脂っこく無く赤身肉も箸を入れると簡単にほぐれるほどに柔らかくなっているのは絶品なんだよ」
言いながら煮え始めてきたので、またアクと脂が浮き始めるのをお玉で取って行く。
そしてある程度アクや脂が収まって来た頃に、砂糖、塩漬けの豆から出てきた汁、そして蒸留されたお酒を加えて行く。
「これで良しっと。後は長時間ゆっくり煮込んで仕上げに追加の砂糖と塩漬け豆の汁を追加して入れば出来上がりだね。落し蓋をして、弱火でコトコトと煮て行こう」
「まさか、牛の丸焼きみたいに何日もかかるんじゃないだろうな?」
ローゼフはあの牛の丸焼きを焼くのに、四天王たちまで巻き込んでいたそれを思い出していた。
「あはははは、流石にあそこまではないよ。そうだね、四、五時間くらい弱火で煮込むけどね」
「……それでもそんなにかかるのかよ。分かった、分かった、火の番はしてやるから」
ローゼフはそう言いながら魔力調整してコンロの火を弱火にする。
実際魔王城の厨房は火元も冷やすのも全て魔法でとりおこなっている。
ユーリィは魔法が使えないので、主にそっちの方面はローゼフにお願いしている。
ローゼフはことこと煮えている鍋を見ながら聞く。
「四、五時間も煮込んだら汁が無くなるが、どうするんだ?」
「ああ、豚の角煮は薄味で味付けして、煮込んで煮詰めていくんだよ。豚肉が汁でひたひたくらいになったら教えてね」
ユーリィはそう言いながら、からしを準備する為にセイヨウカラシナの種を細かくすりつぶしてゆく。
セイヨウカラシナは菜の花系の植物で、この種を細かくすりつぶし、ぬるま湯などで練り上げるとあの鼻にツーンと来るからしになる。
甘しょっぱく煮込んだ豚の角煮にとても合うので、ぜひとも欲しい所だ。
「後はっと」
ユーリィはそう言いながらさやえんどうやジャガイモも準備する。
豚の角煮の汁を少し取っておいて、別の鍋でそれらを煮込み始める。
そして煮えたら火を止め、冷やしておく。
豚の角煮が煮詰まったら最後に一緒に入れて仕上げをするつもりだ。
「えへへへへ、本当はこれに白米も欲しい所だけど、こっちの世界にはお米ってないもんなぁ」
「こっちの世界?」
ユーリィが何気なしにそう言うと、後ろから声が聞こえてきた。
見れば厨房の出入り口に一人の青年が立っていた。
ユーリィはその青年を見て思わず固まる。
「な、なんでここに勇者がいるの!?」
だがそのユーリィの疑問に答えられる者はいないのだった。
* * *
「はーっはっはっはっはっ! よく来たな勇者よ!」
「まぁ、契約成立とは言えそれは口約束だったからね。ちゃんと契約魔法を結ぶまで僕としては安心できないからね」
玉座に座る魔王は上機嫌で目の前にいる勇者にそう言う。
勇者も全く殺気が無く、少しあきれた様子でいた。
「カイト、これってどう言う事だよ!?」
「ん? 魔王様と勇者の間で契約魔法を結ぶのだ。勇者は今後一切魔王様たちを狙わない。代わりに我々魔族は結界を張り人間界との隔たりを作り干渉をしない。そう言う約束だ」
ユーリィはカイトにそう言われ、目をぱちくりする。
確かにそれは理想的な話だが、まさかその為に勇者が魔王の前に来るとは思ってもみなかった。
そして、勇者の後ろには彼の仲間と、一人の少女がいた。
「シーラ……」
ユーリィは彼女の姿を見てほっとすると同時に、何故彼女がここに居るのか疑問に思う。
「さてと、勇者よ手をかざせ」
「ああ」
魔王と勇者はお互いに手をかざし、同時に力ある言葉を放つ。
「「【契約魔法】」」
すると魔王と勇者の手の間に青い魔法陣が現れ、双方が契約内容を宣言するとその色が赤く変わって一瞬輝いて消える。
そして勇者と魔王の手の甲に魔法陣が刻まれる。
「これで僕としては一安心だ」
「くっくっくっくっ、勇者は気に入らねぇがまあいい。今後はお互いに会う事も無くなるだろうがな」
自分の手の甲の魔法陣を見ながら勇者がそう言うと、魔王も同じく手の甲の魔法陣を見てそう言う。
そして話は終わりとばかりに魔王は踵を返してこの場を離れようとしたが、それを勇者が止める。
「一つ、聞きたい。そこにいる人族の少年は一体何者なんだ? その少年はここに居るシーラの幼馴染だとは聞いているが、魔王にその魂を吸われても死なずに済んでいると聞く」
勇者がそう言うと、魔王はギラリとその瞳を勇者に向けながら言う。
「ああぁん? 俺様のユーリィが何だってぇ??」
「あ、あなたのモノじゃないわよ!! ユーリィを返しなさいっ!!」
魔王が堅気ではない人のような顔つきでガンを飛ばしながら勇者にそう言うと、勇者の後ろに隠れながらシーラがそう言う。
それを聞いた魔王はその瞳をシーラに向けながら言う。
「はんっ! ユーリィはもう俺のモノだ。お前を助ける約束以外にも、俺様の魂との契約も済んでいる。もうユーリィの魂は俺のモノだ。勿論心も体もだがな!」
魔王がそう言うと、何故かユーリィは赤い顔をする。
それを聞いたシーラは愕然としておののきながら言う。
「まさか、ユーリィもう食べられちゃったの!? 初めても奪われちゃったの!?」
「な、なんの初めてだよ!?」
シーラのその言葉にユーリィは真っ赤になりながらそう答えるが、もじもじとしている。
「そ、そりゃぁ僕の初めては魔王に奪われちゃたけど、シーラを助けるための約束だし。それに最近は魔王もなんか優しくて、いっつもみたいに強引じゃないって言うか///////」
「はうっ!! ユーリィが汚されちゃったぁっ!! しかもまんざらじゃない程手籠めにされているぅっ!?」
シーラはそう言いながら頭を抱える。
今彼女の頭の中では、裸のユーリィが裸の魔王に好き勝手されて、あれがこーで、これがああなっちゃって、そして入れられちゃってと、それはそれは凄い事を想像している。
「あ、あのシーラ?」
「いやぁあああああぁぁぁぁっ! そう言うのは小説か何かで十分よ!! ユーリィ、お願い目を覚まして!!」
「いや、目を覚ますも何も僕は魔王の小姓だから……」
「はうっっ! 完全に手遅れっ!?」
そう騒ぐシーラを他所に勇者ロラゼムはもう一度言う。
「ユーリィ君だったよね、君は一体何者なんだ? そして『こっちの世界』って何なんだい?」
ユーリィはそれを聞いて固まる。
それは誰にも話していないユーリィだけの秘密。
しかし勇者のその言葉に皆がユーリィを見る。
ユーリィはごくりと唾を飲み、観念して事情を話し始めるのだった。
* * * * *
「つまりユーリィ君はもともとこの世界の住人ではなく、他の世界の住人だったと言うんだね?」
勇者のその言葉にユーリィは首を種に振る。
「だからか、ユーリィってば誰も見た事のない料理とか作れたのは!」
「ふん、そうか異世界転生か…… これで合点が行ったぜ。ユーリィ、お前の魂がなぜこれだけ膨大な魔力を秘めていたか。お前はこちらの世界に転生する時にギフトをもらったんだ。以前から人間共は勇者が現れないと異世界人を召喚して俺たち魔王を倒そうとした。異世界人はこちらの世界に来る時に何らかのギフトを受ける。それはこちらの世界でもチートと言えるほど強力なものをな。しかし、転生者と言うのは俺様も初めて聞いた。詳しくは今度北の魔王エレグレスに聞いてみるか……」
シーラにそう言われ、魔王が何故ユーリィの魂を吸っても死なないかの理由を解明した。
だが当の本人であるユーリィは自分の手を見ながら言う。
「あっちの世界の記憶はあるけど、僕はもうこちらの世界の住人だと思っている。だからあちらの世界で出来なかった料理を存分にして自分の店を持つ事が夢だったんだ…… それはお父さんや青母さんのお陰でサルバスの村でもう叶っちゃったけどね」
そう言いつつ、ユーリィは青ざめて来る。
「しまったぁ! ジャガイモとさやえんどうを最後に一緒に煮付けなきゃ!! ごめん、ちょっと厨房に行ってくるっ!!」
そう言ってユーリィは慌ててこの場を去るのだった。
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