魔王様の小姓

さいとう みさき

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プロローグ

第一話:ユーリィの記憶

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 痛い……
 とても痛い……

 彼は薄れゆく意識の中で、そう思う。
 しかしその意識はやがて暗闇《くらやみ》に落ちて行く。

 そして彼は意識を失うのだった。


 ◇ ◇ ◇


「もう、ダメかと思ったわ。まさかユーリィが崖から落ちるなんて!」


 可愛らしく三つ編みにした女の子が、彼のベッドの横でお見舞いで持って来た花を花瓶にさしている。
 目が覚めて二日目、まだ頭がグルグルしている。
 いや、正確には混乱をしている。

 彼の名はユーリィ。
 今年十歳になる普通の男の子だ。
 
 幼馴染のシーラがお見舞いに来てくれていた。
 と言うのも、ユーリィは数日前崖から落ちて頭を強く打っていた。
 そして昏睡状態でずっと眠っていたのだ。

 ユーリィが気が付いた知らせを聞いたシーラは急いで彼のお見舞いに来ていた。
 そして一つ年上のお姉ちゃんらしくお小言を言いながら彼を見る。

「だからあんな危ない所へ村の男の子たちに付いて行っちゃだめよ?」

 頬を膨らませながらそう言うモノの、幼馴染のユーリィが気が付いた事は嬉しく思っている。
 
 しかし、肝心なユーリィはまだ呆然としている。

 それもそのはず、彼の頭の中にある記憶は、先輩に言われて慌てて雨の中なのに買い出しに行って、信号無視の高齢者が運転するハイブリットの車にはね飛ばされていたからだ。
 だが、この村で生まれ育ったことも知っている。
 そして自分が普通の農家の家に生まれて、ユーリィと言う名である事も。

「大丈夫?」

 そう言ってシーラはユーリィの顔を覗き込む。
 いつも一緒にいてくれて、村のいじめっ子から助けてくれる幼馴染の女の子。
 そんな彼女は心配そうにユーリィの顔を見ている。

「う、うん、ありがとうシーラ。大丈夫。ちょっと記憶が混乱してるみたい……」

 そうは言うモノの、内心はかなり焦っている。

 なにこれ?
 もしかして俺って死んじゃって転生してるの?
 それにここって日本じゃない。
 どう言う事?
 俺は工藤拓馬、十九歳で料理学校卒業して有名なレストランで新人として頑張り始めたばかりなのに?
 
 そんな事が頭の中でぐるぐる回っている。
 しかし、ユーリィとしてこの世界で生まれ育ったことも知っている。


 そして、ここが異世界である事も。


「もう、まだまだ大人しくしてなきゃだめよ? ほら寝てなさい。 チュッ♡」

 いきなりシーラに頬にキスされてそう言われる。
 シーラはややはにかんで頬を朱色に染めているが、くるりと踵《きびす》を返して扉の方へ行く。

「とにかく大人しく寝てなさいね! じゃ、また明日来るから」

 そう言ってそそくさと行ってしまった。

 ユーリィはキスされた頬に手を当てて驚きの表情になる。
 今まで頬にキスなんてされた事なんか無いのに!


 少年であるユーリィはそう焦るも、中にいる工藤拓馬はこの状況に焦っているのだった。

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