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第八章

第176話8-1親子喧嘩

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 「ごめんなさいお母さん! だからもうお母様をけしかけないでぇっ!!」


 タルメシアナちゃんは涙目で嫌々と首を左右に振りながら後ずさる。
 そんな様子に僕を含めみんなも驚ききょとんとする。


 「あの、大丈夫ですの?」

 「あうあうあうあうあうあぅっ!」


 ガクガクブルブルと震える涙目のタルメシアナちゃん。
 するとセキさんがいきなりタルメシアナちゃんの頭をガシガシと撫でて言う。


 「落ち着きなさい、タルメシアナ。エマはエルハイミ母さんじゃないわよ? 似てるけど、エマの方がまだ小さいでしょ?」

 「ちょっと、セキ! 何処見ながら言っているのですの!?」


 何故か膨れるエマ―ジェリアさん。
 しかしセキさんに頭をガシガシと撫でられてタルメシアナちゃんはエマ―ジェリアさんをもう一度見る。


 「あ、あれ? お母さんじゃない…… 似てるけど、違う人?」

 「そう言う事。それでタルメシアナ、何が有ったってのよ?」


 セキさんにそう言われタルメシアナちゃんは改めて頭に手を置く人物を見る。
 そして真っ青になる。


 「ひっ!? 竜族の人!? しかもこの感じお母様並みに怖い人ぉっ!!」

 「こらこらこら、誰がコクみたいに怖い人よ? あたしはあんなに陰険じゃないわよ?」


 ぴきっとこめかみにおこマークを張り付けるセキさん。
 その様子に更にタルメシアナちゃんはビクつき今度はエマ―ジェリアさんの後ろに逃げ込む。


 「お母さん似の人! 助けてっ! 襲われるぅ!!」


 「誰が襲うか! まったく、エルハイミ母さんとコクの下じゃまっとうな教育できないのかしら?」


 あきれながらため息をつくセキさん。
 しかし真顔になってタルメシアナちゃんに聞く。


 「で、タルメシアナ。一体何が有ったの?」

 「うっ、え、ええと、その前にあなたたちは誰ですか?」


 いまだエマージェリアさんの後ろに半身を隠すタルメシアナちゃんを見て僕たちは顔を見合わせるのだった。


 * * *


 「そうですか、あなたが噂の『爆竜のセキ』さんだったんですか。クロエさんからよく話を聞きました。狂暴だって」

 「誰が狂暴よ! で、コクはどうなったのよ?」

 一通り僕たちを紹介して、そして覚えてはいないだろうけどタルメシアナちゃんが赤ん坊の時にセキさんたちと面識があった事を言うとタルメシアナちゃんは恥ずかしそうにした。
 そしてセキさんに重要な所を聞かれ、一瞬言葉に詰まる。

 「お、お母様は、その……」

 「ユエバの町だって瓦礫の山だし、そもそも何であんなところに鎖で縛られていたのよ? それにあれだけ気が立っていて、自我を失うほどになんて」

 「そ、それはぁ~」

 タルメシアナちゃんはまだ幼いのに聡明らしいけど、セキさんに問われると目線を泳がす。
 しかし、僕たちにじっと見られるとしゅんとして人差し指と人差し指をツンツンしながら口をとがらせ下を向きながら少しずつ話始める。


 「私がまだ竜の姿になると自我が保てなくなっちゃって、それを特訓だとか言ってお母様が迷宮から連れ出して外の世界で無理矢理竜の姿にされたんですけど、やっぱり自我が保てなくて…… その都度お母さんにも拘束されて、それでも特訓だって言って何度も何度も…… 嫌だって言うとお母さんがお母様をにしつけをしなさいとか言ってまた何度も…… 人の姿でお母様に逆らおうものなら『至高の拷問』されちゃって、もうあんな恥ずかしいこと嫌なのにぃっ!」


 真赤になって両の手で顔を隠しながらいやんいやんと頭を振っている。


 「あ~、エルハイミ母さんがお母さんで、コクがお母様って事で良いのよね? で、あの二人がタルメシアナを早く一人前の竜にしたくてスパルタ教育しているって事ね?」

 「セキちゃん、お姉さまとコクちゃんって事はお仕置きの『至高の拷問』ってあれよね? まさかこんな小さな子に!?」

 「‥‥‥エルハイミ母さんとコクならやりかねない」


 何故かミーニャとセキさんは顔を見合わせ、大きなため息を吐く。
 その間やっと落ち着きを取り戻してきたタルメシアナちゃんはまだ赤い顔だけど何とか顔を上げる。


 「んで、嬢ちゃんよ、ユエバの町はなんでああなったんだ?」

 「あ、あれは‥‥‥」


 リュードさんに聞かれてタルメシアナちゃんは言いにくそうに視線を外す。
 これって完全に当事者だよね?

 僕たちがじっとタルメシアナちゃんを見ていると降参したかのように話始める。


 「あ、あれはたまには人とも触れ合う必要が有るからってお母さんとお母様と一緒にユエバの町にお買い物に来たんだけど、私が欲しいっていう玩具買ってもらえなくて、駄々をこねたらお母様が怒って、そうしたらなんか急にお母さんの様子も変わって誰かと念話していたみたいだけど通じないとか言って不機嫌になって『ちょっと行ってきますわ』って言った途端に姿を消したら今度はお母様がもの凄く不機嫌になって……」

 「はぁ? 何それ?」


 なんか良く分からないけどエルハイミねーちゃんと黒龍さんとタルメシアナちゃんでお買い物に来ていたらしい。
 でもなんか話が良く分からない。
 セキさんも頭の上にクエスチョンマークを浮かべている。


 「そ、それでお母様がもう帰るって言うけど私がもっと遊びたいって駄々こねたら喧嘩になって、人の姿で逆らっても『至高の拷問』されちゃうから竜の姿になって逆らったの……」

 「まさか、親子喧嘩でユエバの町はこうなったのか!?」

 「それにしては人的被害が有りませんわよ?」

 「そうね、死人もいないってさっき戻って来たリリスとソーシャも言ってたわね?」


 なんか壮大な親子喧嘩だな。
 僕は物心ついたころから親は知らないけど、たまに姉さんと喧嘩はする。
 勿論全くかなわないんだけどね。


 「竜の姿になっても記憶はあったから、何が有ったかは覚えている。私がお母様に逆らっている間に町の人たちはクロエさんとクロさんが逃がして、自我が無くなっているから私はここでお母様とやりあって…… それで最後には負けて人の姿に戻され、あの塔に反省だとか言って縛り付けられていたけど、人としての自我が戻らなくて…… 放置されてもうだいぶあのままだったみたい……」

 「まさか、これが放置プレイってやつ!? 流石『至高の拷問』!」

 「いや、ミーニャ流石にそれは無いと思うわよ? でもエスハイミ母さんが異変に気付いたのってもしかして……」

 「コクちゃんが機嫌悪くなったって事は‥‥‥」


 なんかミーニャとセキさんは思い当たる節がるようだ。
 首を傾げ、僕は聞いてみる。

 「どう言う事なんですか?」

 「うーん、タルメシアナがユエバの町に遊びに来たのって何時頃よ?」

 セキさんは確認するかのようにタルメシアナちゃんに聞く。
 するとタルメシアナちゃんは首を傾げ、思い出すかのように指を折る。

 「えっと、正確には覚えていませんが昼と夜が入れ替わるのが六十回はあったと思いますね?」

 「って、そのくらい前ってあたしがお姉さまに魂との連結断たれたころ……」

 「念話が通じないって事は、本体のエルハイミ母さんとエスハイミ母さんだよね多分。そうするとコクが機嫌悪くなったってのは‥‥‥」

 「どう言う事ですの?」
 
 やはり気になってエマ―ジェリアさんもとうとう口を出す。
 するとミーニャは僕たちに向き直って言う。


 「多分、丁度その頃にお姉さまの本体が魔王城に来ていたから、ティアナさんの転生者であるフェンリルさんを見つけたのでお姉さまは他のお姉さまとの通信を切ったのよ。フェンリルさんを自分のモノだけにする為にね……」

 「ありうるな…… 今だってエルハイミ母さんにはあたしの念話は途絶えていて通じないものね」


 あー、何それ?
 あのエルハイミねーちゃんと他のエルハイミねーちゃんって同じ人じゃなかったっけ?
 って、そう言えばなんか思い出した。
 僕の前世でもエルハイミねーちゃんが女神様の力持ってから何人かに分かれられていたんだよな?
 時たま分体ってのがジルの村にも様子見だとか言ってシェルさんと来ていたんだっけ。


 「あれ? でも確か別れたエルハイミねーちゃんたちって根底は繋がっているって聞いたような‥‥‥」

 「思い出したの、ソウマ? そうなんだけど、どのくらい前からかな? どうも分かれた分体は別れた分体ごとに自我が有るらしくて、連結を切ると相互間の情報のやり取りが出来なくなるらしいのよ。シェルと一緒だったエムハイミ母さんもたまにぼやいていたっけ?」


 うーんとか言いながら腕組みをしているセキさん。

 まあ、エルハイミねーちゃんだし、今更驚くような事じゃないか。
 あの人、人間の時から規格外だったしね。


 「って、そんな事よりタルメシアナちゃんてそんな長い間あそこに縛り付けられていたの!?」


 「あ、はい、そうですね。自我が無かったので記憶だけですけど」

 「こんなちびに酷いことするもんだな」

 「タルメシアナちゃん、お腹すいてませんかですわ?」

 リュードさんも同情の眼差しで腕を組んでうんうん言っているし、エマ―ジェリアさんはそんな長い間飲まず食わずのタルメシアナちゃんを心配する。


 「ご飯は、今は食べたいですけど竜の本能で周りのマナを吸収して魔力変換していたみたいで問題無かったみたいです」

 「うーん、やっぱりエルハイミ母さんとコクの娘ね。普通は老竜にでもならなきゃそれ出来ないのに。まあいいわ。大体の事情は分かった。で、コクは今どこに?」

 「ああ、それですが私を縛り付けた後、慌てて迷宮に戻っていったみたいです。そのうち迎えに来るとは言っていたのですけど」

 もう二カ月近く放置って、流石にそれは可愛そうだな。
 僕は荷物の中から保存食を取り出す。
 そしてタルメシアナちゃんに差し出す。

 「保存食だけど、食べる?」


 「ああっ! 人間の食べ物だぁ! いいんですか? いただきます!!」


 そう言ってすぐに僕が渡した保存食を受け取りかぶりつく。
 もにゅもにゅと嬉しそうに食べるその姿は幸せそうだった。


 「やっぱり人間の食べ物って味とかそれほどでもないのにこの駄菓子感が最高ですよね! クロエさんに見つかるとすぐに怒られるんですよ、クロエさんたち以外の食事をするのは不衛生だとか何とか言われて!」


 「うーん、なんかすごいね。まだあるけど食べる?」

 「はいっ! 勿論です、ありがとうございます、お兄ちゃん!!」


 ぴくっ!
 ぴぴくっ!!


 タルメシアナちゃんがそう言って僕がまた渡した保存食をかじり始めるとミーニャとエマ―ジェリアさんがなんかピクピクしている?


 僕は首をかしげるのだった。
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