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第四章
第98話4-29黒の牙
しおりを挟む「んだよっ! 何が問題なんだよ!! ちゃんと追加で代金も払ってんじゃないかよ!」
「そう言う問題じゃない! お前いったい何人の男の子を連れ込んでいるんだよ!? うちはそう言う宿じゃないぞ!!」
向こうでさっきの黒い甲冑を着た男の人が宿屋のおやじさんと喧嘩している様だ。
「何かあったの?」
「さあ、僕たちもさっきあの人に声を掛けられたんですよ」
「そ、そうですわ! 不躾な男でしたわ!!」
シェルさんが奥のカウンターを見ながらちょっと驚いて僕に聞いてくるけどさっき声を掛けられたくらいしか僕にも言えない。
まあ、僕に対して可愛いとか言われたのには驚いたけどね。
よく姉さんや他の女の人に言われるけど、男の人に言われるの初めてだった。
「けっ! 分かったよ、もうこんな宿使ってやんねーからな! 覚えとけ!」
「いくらあんたが『黒の牙』なんて呼ばれている腕利きでもうちは売春宿じゃないんだ、ああいった連れ込みは困るんだよ!」
その男の人は「ふんっ!」と言ってから踵を返してこちらに向かってくる。
僕たちは慌てて端に寄るけどその人は僕の前にまで来て振り向く。
「ん? さっきの坊主か? う~ん、やっぱ俺好みだな。なぁなぁ、あんな女ほっといて今晩俺と楽しまないか?」
「はぁいぃっ!???」
いきなり声を掛けてきたと思ったら変な事を言いだす。
「ソウマ君! あなた、ただでさえ不躾なのにソウマ君をたぶらかすつもりですの!?」
「うるせぇ、こう言うのは本人の意思次第なんだよ。俺は無理矢理はしねえ主義だ!」
驚いている所へエマ―ジェリアさんが割って入る。
そして姉さんやセキさんも割って入る。
「ちょっと、うちのソウマに変な事言わないでもらえる?」
「何こいつ、ソウマに手を出すならただじゃおかないよ!?」
「なんだ、なんだ? おい坊主こいつらみんなお前の女か!?」
宿の玄関口で姉さんやセキさん、エマ―ジェリアさんも参戦してこの男の人とにらみ合う。
するとシェルさんがその男の人に話しかける。
「まさかこんな所で会うとはね、リュード相変わらずの様ね?」
「ん? ってぇ!! シェ、シェルじゃねーか!? なんでお前こんな所にいるんだよ!?」
あれ?
もしかしてシェルさんの知り合い?
「相変わらず男の子食い散らかしているの? この変態が」
「う、うるせぇ! 大体にしてこっちに目覚めさせたのはお前のせいじゃないか!! おかげで女なんぞに興味も何も微塵も無くなっちまったわ!!」
シェルさんは腕を組んで大きな胸を持ち上げながらニヤリと笑う。
「ベイベイで悪さするからよ。ちょっとは使い手だからって世の中には上には上がいるものよ?」
「ちっ、んなこたぁ分かってるわ! それよりあんたがここにいるって事は‥‥‥」
リュードと呼ばれたその男の人はシェルさんを睨みながら聞く。
「あの、シェルさんのお知り合いですか?」
「ああ、昔ちょっとね。まあいいわ、リュード久しぶりだからおごってやるわよ?」
「ちっ」
僕がシェルさんに聞くと、どうやら昔の知り合いらしい。
部屋を取ってからここの食堂は拒否されたので近くの酒場に移動する事となった。
* * *
「んで、なんでお前さんがこんな所にいるんだ? もしかして『魔王』か?」
「ぷっはーっ! 美味しい!! ご名答ね」
宿の近くの酒場でリュードと呼ばれるこの人と食事をする事になった。
シェルさんは最初からお酒をカパカパ呑みながらリュードさんに手を振っている。
「ねえ、シェルこれってどう言う事?」
「ほんと、誰この人?」
「シェ、シェル様この不躾な男と一体どのような関係ですの!!!?」
姉さんもセキさんもエマ―ジェリアさんもまだ料理や飲み物に手も付けずリュードさんを睨んでいる。
「ん? 昔ちょっと腕が立つって事でベイベイで大きな顔していたのを私が少し懲らしめてやったのよ? まあその後ちょっとした事を手伝わせたんだけどね」
「何がちょっとだ! あん時は死ぬかと思ったぞ!!」
リュードさんはそう言って運ばれてきたお酒を一気にあおる。
だんっ!
「んで、あんたらはシェルの仲間かなんかか?」
「フェンリルよ。そこのソウマの妻よ」
「いや、フェンリルいきなりそれは違うんじゃない? あたしはセキね」
「フェンリルさん!? ソ、ソウマ君それで良いのですの?」
「姉さん、お酒飲んでないのに何酔っ払いみたいな冗談言ってるんだよ? これは僕の姉です。僕はソウマ。それとこっちはエマ―ジェリアさんです」
僕の説明にリュードさんはみんなの顔を見回してから瞳を金色に変える。
「あっ!」
それは姉さんたちが使う「同調」だった。
じゃあ、この人も英雄なの!?
「シェルがらみだから普通じゃ無いとは思ってたが、何モンなんだあんたら?」
「まあ細かい事はいいじゃない? それより丁度良かったわよリュード。こっちには長いの? 魔王軍に占領されてからのノージム大陸の事教えなさいよ」
既に果実酒を五杯目に突入しているシェルさんはそう言ってまたまたお酒の追加をする。
「‥‥‥ちっ、まあ酒代分くらいは情報を提供するさ」
そう言ってリュードさんは話し始めた。
* * * * *
それは約半年ちょっと前の話だった。
空から一人の女がグリフォンにまたがりやって来たのが始まりらしい。
その女は自分を「魔王」だと言い、無条件降伏を勧告した。
しかし北の大地を取り仕切るホリゾン公国はそれを拒否すると魔王はいきなり悪魔の軍団を出現させた。
そしてあっという間にホリゾン公国軍を消し去り各都市や町、村を占拠していった。
最初はその大事に驚き恐怖した住民たちだったけど、領主や衛兵が降参して白旗を上げると魔王軍は特に何をする訳でもなく各町や村に居座った。
そしてあちこちで見たようにその町や村を支配下に置いた後は何をするでもなくただ治安維持だけをこなしていたらしい。
「まあ、あいつらに歯向かわなければ今までと同じ生活が出来るし、下々にしてみれば公共事業や町や村の治安はあいつらが守ってくれるから何も問題にはなっていなかった。ただ他の国や地域には連絡が出来ないようになっている。風のメッセンジャーも使えねえ。だが他国への往来なんかは自由のまま、いや越境時に税を取られない分今まで以上に自由に行き来が出来るようになったな」
リュードさんはそう言いながらグビッとお酒を飲む。
「ふーん、何かそれだけ聞いていると別に魔王軍に支配されたままでも問題無いようじゃない?」
「でもまだまだ他の国には侵略でご迷惑かけているよ、姉さん?」
「ふ、不浄の者に支配される事だなんてですわ! 女神様はそんな事を許しませんわ!!」
「シェル、どう言う事よ?」
話を聞いてから僕たちも今まで見てきたその様子と他の都市や町、村なんかもみんな同じだと言う事を知る。
エマ―ジェリアさんはそれでも不満みたいだけど、セキさんがシェルさんに聞くようにどう言うつもりなんだろう?
「住民には手を出していないってのはシーナ商会の報告で聞いていたけど、治安維持とか公共事業なんかをやっているとはね。魔王はしっかりと悪魔たちを支配しているみたいだから魔王の気が変わらない限りは人々にとってはプラスになっているって事かしら?」
シェルさんはお酒をちびちび飲みながらそう言う。
「ミーニャってば、こんな事なら世界征服なんてしなければいいのに‥‥‥」
僕は率直な意見を言う。
すると姉さんはお酒のカップを置いて僕に向き直る。
「あの子って一度思い込むと突っ走る傾向があったからね。ソウマがいじめられないようにするとか言って世界征服するらしいけど、私のソウマは私が鍛えるからもういじめられるような事は無いわよ!」
確かにこの半年ちょっとで僕は強くなったと思う。
姉さんやシェルさん、セキさんに一歩間違えれば死んでしまいそうな稽古をつけてもらっているもんね。
ほんと、エマ―ジェリアさんがいなかったら生傷も絶えないだろうし。
‥‥‥うん、ほんとよく死なずに済んだな。
「なあ坊主、よく今までこいつらと一緒にいて生きてこれたな?」
「ええ、僕もそう思いますよ」
僕の考えを読み取ったかのようなリュードさんにしみじみと同情される僕だったのだ。
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