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第四章
第96話4-27ヘミュンの町
しおりを挟む姉さんとシェルさんは食事を終えて少し離れた広い場所へ行く。
もう夕方で薄暗くなり始めたけど何だろう?
シェルさんの雰囲気がちょっと違う。
それに姉さんもかなりシェルさんを警戒している?
「なにシェルの奴? ずいぶんと気合が入ってるじゃない!」
「セキどう言う事ですの?」
ぴこ?
僕を含めセキさんもエマ―ジェリアさんもアイミまでもシェルさんと姉さんの手合いの様子を眺める。
なんかいつもの鍛錬とは違い空気がピリピリしている?
「フェンリル、少し本気を出させてもらうわよ?」
「‥‥‥シェルさん」
どんっ!
シェルさんはそう言って一気に魔力を高める。
その様子に僕は驚く。
シェルさんが本気を出した!?
よくよく見ればシェルさんの緑色の瞳は金色にうっすらと輝いている!
「シェルさん‥‥‥ いえ、シェル本気ね!?」
「やっぱりそうか‥‥‥ だったら遠慮はいらないわね?」
ぶんっ!
シェルさんはいつの間にか光る弓をその左手に握っていた。
そして体のあちらこちらにライトプロテクターの様な物を着込んでいた。
「ガレント流剣技九の型、九頭閃光!!」
しかし姉さんはシェルさんが矢を構える前に動き出しガレント流剣技九の型、九頭閃光を放つ。
いきなり最終型を放つなんて姉さん正気か!?
もしあんなのが当たったらただでは済まないよ!!
「技の切れも威力も当時のままね? でも魂の隷属をしている私には効かないわよ!!」
迫りくる九つの閃光をシェルさんは何と左手に持つ弓ですべて弾き飛ばした。
しかし姉さんはそれを予測していたかのようにすぐさまシェルさんと近距離に詰めたそこから技を放つ。
「三十六式が一つ、ダガー!!」
剣を持った手と反対の左拳を打ち出す。
しかしそれを予想したいたかのようにシェルさんは右手のライトプロテクターで姉さんの拳を受けるけどそこから姉さんは更に前に進んで肘を曲げながら肘打ちに入る。
しかしシェルさんも普通では無かった。
ほとんどゼロ距離だったにもかかわらず姉さんの肘打ちが胸元に入る前に目の前に蔓の壁を出してその肘打ちを受け止める。
と、同時に大きく後ろに飛び退き光る矢を構え放つ。
「そんなモノ!」
放った矢は大きく蔓の壁の上に放たれて狙いが大きくずれたと思ったら急に曲がって姉さんの背後に迫る。
しかし姉さんもそれを予測していたかのように振り向きもせずなぎなたソードでそれを切り伏せる。
「なんてすごいんだ!!」
僕は思わずそう叫んでいた。
姉さんも本気だけどシェルさんの本気もすごい!
今までに見た事の無いような攻防に僕は目が離せなくなっていた。
「ちょっと、これって‥‥‥ フェンリル?」
「セキ、どうしましたの?」
横で同じく見ていたセキさんが唸っている。
きっとセキさんもこの手合いに驚いているのだろう。
ぴこっ!
とアイミが指さした。
見れば姉さんが姉さんの最大魔術である【紅蓮業火】を発動させていた。
「ふん、フェンリルの時とはやっぱり数段違うわね? ならっ!」
シェルさんはまた光の矢を放つけどそれが途中で十本以上に別れ姉さんに迫る。
しかしその光の矢は全て姉さんの【紅蓮業火】に阻まれ届かない。
「いつもの【紅蓮業火】よりすごい!? なんだあれ!?」
「あれが本来の【紅蓮業火】よ。炎の女神シェーラ様の力をダイレクトに使うとあの炎は完璧な防壁と化し全てを焼き払うのよ」
僕の驚きにセキさんはそう言って姉さんたちの手合いを睨む。
「シェルの奴、そう言う事だったのね? フェンリルもシェルの意図が分かっていた?」
「セキ、先ほどから一体どうしたと言うのですの? シェル様もあんな本気だなんてですわ」
「セキさん?」
ぴこぴこぉ~。
セキさんが何か知っているようだった。
アイミも頷いているからやっぱり何か知っているみたい。
「シェルぅっ!!」
「フェンリル、いえ、ティアナぁッ!!」
姉さんとシェルさんは叫び合いながらぶつかる。
「えっ!?」
僕はシェルさんが叫んだ姉さんの名前を訂正した事に驚く。
ティアナって、姉さんの魂の大元のティアナ姫だよね!?
どがぁーーんッ!!
大きな土煙を上げて爆発するかのような爆風をまき散らす。
ぶつかり合った姉さんとシェルさんは剣と弓をぶつけ合いつばぜり合いになる。
「フェンリル、いえ、ティアナあなた記憶が戻ったのね!?」
「ええ、でも私はフェンリルのままよ! シェル、全部思い出した! そう、あなたがあの人の妻になったのね!?」
そう言って姉さんはその場でシェルさんを弾き飛ばし剣を構える。
シェルさんはすぐに風の精霊魔法で態勢を整え宙に浮く。
「ティアナ、なんですぐに言わなかったのよ!?」
「私はフェンリルのままって言ったでしょ? いくら私の中のティアナがあの人を求めてもフェンリルの私はソウマが欲しいの! だから私はフェンリルのままなのよ!!」
そこまで言って姉さんは不意に【紅蓮業火】を止める。
そして構えていた剣もその切っ先を下げる。
シェルさんはそれを見て地面にまで下りてきてゆっくりと姉さんの元へ歩いて行く。
「ティアナ、やっぱり覚醒に問題があったの?」
「違う、ティアナは目覚めた。でもフェンリルと言う私とティアナが混ざったままなの。三百年前と同じ、私はティアナであり、フェンリルでもあるの‥‥‥」
そこまで言って姉さんはなぎなたソードを地面に突き刺す。
そして自分で自分の腕を抱く。
「またあの時と同じ。でもこの気持ちは変えられない‥‥‥」
「ティアナ‥‥‥」
シェルさんはそっと姉さんを抱きしめる。
そして優しく撫でながら言う。
「大丈夫、あの人はその事を含めて私たち全員を受け入れてくれた。もうあなたが三百年前に苦しんだ思いはしなくてもいいのよ? だからもう自分を責めないで‥‥‥」
「シェル‥‥‥」
僕はやっと理解した。
姉さんの中のティアナ姫が覚醒していたんだ。
「姉さんッ!」
思わず僕はそう叫んでしまった。
するとシェルさんに抱きしめられている姉さんはびくっと小さく震えた。
「ソウマ‥‥‥」
「姉さんは姉さんなんだよね!? 僕の姉さんなんだよね!?」
姉さんの元に駆け寄って僕は思わず聞いてしまった。
ティアナ姫が覚醒して僕の姉さんがいなくなっちゃう!
そんな気持ちが心の奥底から湧き上がり不安な気持ちでいっぱいになってしまう。
するとシェルさんに抱きしめられていた姉さんはするりとシェルさんから離れ僕に抱き着く。
「ソウマ、私はフェンリルよ。ティアナが目覚めたけど私はフェンリル。あなたが大好きな姉のフェンリルのままよ」
「姉さん?」
優しく抱き着かれたまま姉さんはそう言う。
そしていったん離れて僕の目線にまで腰をかがめ、にっこりと笑って言う。
「大丈夫、私はフェンリル。ソウマが大好きな姉のフェンリルよ。それにフェンリルが愛した者はティアナも愛する。だから私はソウマが大好きなの!」
そう言ってまた抱き着いてくるけど今度はいつものように僕の顔を大きな胸にうずめる。
「ぶっ! ね、姉さん!?」
「ふふ、ソウマだ~い好き!」
いつもなら力いっぱい抱きしめられるけど今は優しく窒息しないで済むくらいにされている。
姉さんのはずなのに何処か気品も感じられる?
「はぁ、目覚めたはいいけど話に聞く三百年前と同じか。母さん本当に忙しい人ね?」
「つまり、フェンリルさんのティアナ姫が覚醒しているって事ですの? ティナの国の始祖母であった事も思い出しているのですの!?」
「そうね、まあでも当人がフェンリルのままでいたいって言うのならそれでもいいか。ソウマが好きだって言ってるし、あの人にわざわざ伝えなくても‥‥‥」
僕の周りに集まって来たみんながそう言うと姉さんはすっと僕から離れてシェルさんの前に行く。
そしていきなりその頬を叩いた。
ぱんっ!
「ちょ、ちょっと、母さん!?」
「シェル様っ!?」
ぴこぉ~?
「えっ?」
頬を叩かれたシェルさんは驚きぱちくりとしながら自分の頬に手を当てる。
「シェル、これで貸し借りなしね。全く何その胸! どれだけエルハイミに愛されたのよ!? あの浮気者! でもまあ、私も人の事言えないからこれでちゃらね。この人生は約束通りフェンリルのままでいるわ。そして私は‥‥‥」
言い終わるが早いかまた姉さんは僕に抱き着いて来た。
しかもこれは以前と同じような抱き付き方!?
「ぶっ!」
「私にはソウマがいる! もうお姉ちゃんソウマのお嫁さんになる!!」
姉さんの胸に顔をうずもれ僕はもがく。
「フェ、フェンリルさん!? それはいけないのですわ! 不毛ですわ!! 禁断なのですわぁっ!!」
「あー、結局フェンリルのままが良いって事か。ま、それでもいっか」
ぴこぴこ。
エマ―ジェリアさんの騒ぐ声とあきれたセキさんの声が聞こえる。
アイミも耳をピコピコさせているっぽいけど誰でもいいから助けてっ!!
「‥‥‥ティアナ。そう、この人生はフェンリルでいるって事ね? まあ、それでも良いか。でもその選択は三百年前と同じであなたを苦しめる事になるかもしれないわよ? それでもいいのねティアナ?」
「割り切ってるわよ。私はエルハイミの事だって好きよ。でもソウマだって大好き! 彼女はまだあそこにいるのでしょ? 残り二人はあなたとコクに取られちゃったもの。だから動けないあの人が私の分。ならこの人生だって割り切れるわよ!」
そう言って姉さんはやっと僕を解放してくれた。
「はぁーはぁー、危うく窒息する所だった‥‥‥」
解放された僕は肩で息をつきながらちらりと姉さんたちを見る。
するとシェルさんは姉さんに手を差し出しながらニヤリとする。
「そう。だったらフェンリル、改めてこれからもよろしくね」
「ええ、シェル。早い所ミーニャを取り押さえましょう!」
がっしりと握手する二人を見ながら思う。
なんかこの二人以前よりやたらと気が合ってるんじゃないだろうか?
僕は何となくそう感じるのだった。
* * * * *
「見えてきたわね、ヘミュンの町よ」
シェルさんがそう言って見る先には町の城壁が見えて来た。
僕はその町を見ながら何故か姉さんの視線が鋭くなっているのに気付く。
「ふっふっふっふっ、とうとうヘミュンの町に着いたわね? ここでとうとうソウマと‥‥‥」
「止めはしないわよフェンリル」
姉さんとシェルさんがなんか意気投合して笑っている。
何故だろう、身の危険を感じるのは。
僕は背筋に冷たい物を感じるのだった。
「はぁ、だめですわねこの姉弟。全くソウマ君たらですわっ!」
向こうでエマ―ジェリアさんもぶつぶつ言っているのだった。
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