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第十八章

18-3ジュメルの影

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 18-3ジュメルの影


 「エルハイミさん!?」

 「へっ?」

 
 初めて会うはずなのにリーリャさんはあたしの名前を知っていた。
 いや、見た事すらないあたしの顔を知っていること自体が驚きだ。

 「どうしたんだいリーリャ?」

 「‥‥‥」

 母親のベピーさんに言われ黙ってしまうリーリャさん。
 みんな首をかしげる。

 「初めましてですわ、リーリャさん。私はエルハイミという者ですわ。あなたが一度お亡くなりになって蘇ったと聞きお邪魔させていただいたのですわ」

 あたしは努めて冷静にそして可能な限り優しい口調でそう言う。
 しかしリーリャさんは一言もしゃべらない。

 「どうしたのかの? このエルハイミさんはお前さんの力になってくれるかもしれんのじゃぞ?」

 「‥‥‥違う」


 ん?
 今なんて言った?


 「違うのよ、あなたでは私を救えないわ、エルハイミさん」


 んん?
 なんだろう、この口調?
 どこかで‥‥‥


 「どんなに凄い力が有ろうとも、あなたには私をすくえないわ!」


 そう言って向こうを向いてしまう。
 そしてまたリーリャさんは黙ってしまった。


 「お姉さまを知っている?」

 「どこかで聞いたような口調ね?」

 イオマもシェルも何故か私の前に出る。
 そしてコクも。

 「もうやめなさい、あなたの戦いは終わったのです」

 コクがそう言った瞬間だった。


 「【炎の矢】!!」


 いきなりリーリャさんはあたしたちに攻撃魔法を仕掛けてきた。
 しかしあたしは既に【絶対防壁】の魔法を展開していた。


 ばしゅっ!
 ばばバシュッ!!
 
  
 【炎の矢】が【絶対防壁】に阻まれ当たって消えていく。

 「くっ!」

 リーリャさんは立ち上がり窓から逃げようとする。
 しかしそんな事は予想済み。
 あたしは右手を差し出し魔法を発動させる。

 「【拘束魔法】バインド!」

 光のロープがリーリャさんを捕らえ、きっこぅ‥‥‥ いや、菱形の網目で縛り付ける。
 そしてヨガの木魚のようなポーズで縛り上げ動けなくする。


 「くそうっ! 殺せ!」


 くっコロを言い放ちリーリャさんは憎悪の瞳をあたしに向ける。

 しかし一体どう言う事だ?
 いきなり攻撃魔法を仕掛けてくるわ、あたしの顔や名前を知っているわ。

 しかしそんなリーリャさんの前にコクが歩み寄る。


 「もう終わったのです。いい加減諦めなさい。それとあなたにはこれを返しましょう」


 そう言って懐からドーナッツを取り出す。
 それを見たリーリャさんはハッとしてコクを見上げる。

 「まさか、私が誰だか分かっているの?」

 「貴女の戦いは終わった。もうその呪縛に捕らわれる必要は無いでしょう? お母様、彼女を放してやってください」

 コクはそう言ってあたしに振り返る。
 まあ、コクがそう言うのなら大丈夫だろう。
 あたしは【拘束魔法】を解除する。


 「リ、リーリャ、お前何てことするんだい!」

 「これが魔法なのか‥‥‥」


 母親のベピーさんマック村長は目の前で起こった事に只々驚く。
 そして【拘束魔法】から解き放たれたリーリャさんはその場でうずくまり涙する。


 「もう嫌なの。力も無くなり目的も果たせなかった。風の噂で『狂気の巨人』も倒されたと聞き、あの時ククまで失った。こんな私に生きる価値なんて無いのよ!」

 しかしそんなリーリャさんにコクはしゃがんでその手を取りもう一度ドーナッツを差し出し渡す。

 「ではこれを食べて人生をやり直しなさい。あなたは生まれ変わった。恨みで四百年の呪縛からもう解き放たれた。以前の貴方はもう死んだ。今のあなたはリーリャとして決して豊かでないこの村を助けてやりなさい。あなたの豊富な知識なら出来るでしょう? この村の人たちにこのドーナッツが食べさせてあげられるほどに」

 そう言って立ち上がった。



 「姉ちゃん! 何があった!?」


 あたしたちの後ろから少年の声がした。
 見ればベピーさんに少し似た男の子だった。

 「マイト」

 ベピーさんがそう呼んだ男の子はリーリャさんの弟だったらしい。
 マイト君はリーリャさんの元へ駆けつけ彼女を引き起こす。

 「姉ちゃん大丈夫か? 何があったんだ?」

 「‥‥‥マイト」

 リーリャさんはマイト君に助けられまたあの椅子に座る。
 そしてコクの渡したドーナッツを見ている。

 コクはあたしのもとへ戻ってくる。
 
 「コク、あなたはリーリャさんが誰だか分かっているのですの?」

 「ええ、お母様。彼女は四百年の呪縛から解き放たれれば只の優しい女性です。だから利息をつけてドーナッツを返してあげました」

 「四百年‥‥‥ クク‥‥‥ って、まさかイパネマですの!?」

 あたしは驚き同調してリーリャさんを見る。
 そして間違いなくその魂の色や質があの十二使徒だったイパネマである事を確認した。

 「た、確かにこの魂は十二使徒のイパネマですわ。でも何故ですの? それに魂の器がそのままなのに魔力が生成されていない?」 

 「それはお母様ならよくお判りでしょう? 魂と体が同調できていない。つまり生きてはいるが以前の様には馴染んでいないのです」

 コクはそう言ってイパネマを見る。
 イパネマは涙をマイト君に拭かれこちらを見る。
 するとマイト君があたしたちの前に立ちふさがる。

 「なんなんだあんたら、姉ちゃんを泣かせるなんてどう言うつもりだ!?」

 怒りに拳を震わせ吠えるマイト君。


 うんうん、わかる。
 弟って可愛いのよ!
 こんなふうにお姉ちゃんを慕ってくれるんだもんね!!


 しかし‥‥‥

 「初めまして、マイト君でよろしいのですかしら? 私はエルハイミ。あなたのお姉さんの力になりたくてここへ来たのですわ」

 にっこりと笑って優しく言ってやるとマイト君は顔を赤らませてあたしに聞く。

 「エ、エルハイミとか言ったな? 姉ちゃんに何したんだよ?」

 「いえね、あなたの姉にとりついていた悪いものを取り除いたのですわ。しかし残念ながら以前の記憶を全てなくしてしまっていますわ。でも大丈夫、マイト君がいれば、大丈夫でしょう? そうですわねリーリャさん?」

 「エ、エルハイミさん?」

 「貴女にとりついていたイパネマという亡霊はいなくなりましたわ。あなたはこの村で過去の記憶はなくしてしまったけど亡霊の豊富な知識は残っていますわ。だからその知識でこの村を豊かにしてもう一度マイト君たちと仲良くやっていくのですわ」

 あたしがそう言うと今度はコクが言う。

 「リーリャとか言いましたね? これで借りは利息をつけて返しました。もし利息が多いと思うなら次に来た時にそのドーナッツよりもおいしいドーナッツを食べさせてください。あなたならできますね?」

 コクにそう言われリーリャさんはそのドーナツを割って食べた。

 「ほんと、ガレントの小麦は質が良い。美味しいわ。マイトあなたも食べてみなさい」

 そう言ってまたドーナッツを割ってマイト君の口に放り入れる。

 「なっ、ねぇちゃ‥‥‥ もごもご‥‥‥ な、何だこれすっげーうめえぇ!!」

 リーリャさんは残ったドーナッツを更に割り母親のベピーさんやマック村長にも食べさせる。

 「なんだいこれは? なんて美味しいんだい!」

 「ほんに、これほどうまいものは初めてじゃ!」

 二人もそれを食べて驚いている。
 あたしはそれを見てから二人に話す。

 「ベピーさん、マック村長。リーリャさんは残念ながら過去の記憶をなくしてしまいましたわ。でも四百年を生きた魔女の呪いからは解放され新たな人生を歩めるでしょうですわ。ですからゆっくりとリーリャさんと打ち解け合ってくださいですわ」

 あたしはそう言ってこの部屋を後にする。


 「ふう、おいショーゴさんよもう大丈夫だからその手を放してくれないか? その義手はあまりにも強力なんで剣がゆがんじまう」

 「それはすまなかった、英雄ドゥーハン=ボナパルド殿」

 あたしが通り過ぎる際ショーゴさんがドゥーハンさんの剣の柄を義手で押さえていた。
 心配してくれるのはうれしいけどいきなり剣を抜いてはまずいでしょう?


 「エルハイミ、もう良いんだな?」

 「はい、リーリャさんはもう大丈夫ですわ」


 ドゥーハンさんはもう一度息を吐き興味が無くなったとでも言わんばかりにあたしに付いて部屋を出た。


 そんなあたしの横にコクが来る。

 「コク、良くイパネマだとわかりましたわね?」

 「ドーナッツは人の縁。半分になっても引き寄せまた元の輪になる。そう言う事ですお母様」



 そう言ってコクはにっこりと笑うのであった。
 
 
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