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 その日の放課後、王立アカデミーの生徒会室に呼び出された侯爵令嬢アンジェリカは、そこで婚約者である公爵家嫡男マリオスから言われた言葉に驚愕するあまり、しばらく体が硬直して動けなくなってしまった。

「アンジェ、わたしたちの婚約を白紙に戻さないか」

 アンジェリカを見つめるマリウスは、いつも多くの令嬢たちの視線を釘付けにしているだけあって、実に精悍で整った容姿をしている。
 サラサラの長い銀髪は後ろでキッチリと結ばれていて、その瞳と同じ新緑色のリボンでいつも美しく飾られていた。均整のとれた肉体は、服の上からでも分かるほど鍛え抜かれていて逞しい。

 マリウスの優れているのは見た目だけではない。
 優秀な生徒の多いことで有名なアカデミーにおいて、常に成績上位者に名を連ねるほど明晰な頭脳の持ち主でもある。

 二人の婚約は家同士で結ばれた政略的なものであったが、初めてマリウスに会った七年前の十才の時、アンジェリカは彼を見て一目で恋に落ちた。
 生まれて初めての恋だった。

 以来ずっと次期公爵であるマリウスの伴侶に相応しい淑女になるため、アンジェリカは一日も欠かすことなく努力を続けてきたのである。
 座学にダンスに礼儀作法、歴史や外国語だけでなく、様々な分野において知識と教養を身に付けた。

 当然ながら自身の美貌も磨きあげた。
 夫となるマリウスに恥をかかせてはいけないと、肌の手入れは欠かさなかったし、黒髪はいつもしっとりと濡れているかのように潤いを与え、爪はいつでも輝かせ、ドレスや身に付けるアクセサリーをセンス良く選び、髪型にも常に気を配った。

 そういった長年の努力の末、淑女の鏡だと賞賛されるほど、アンジェリカは洗練された女性に成長した。
 すべてマリウスのためだった。

 これまでのアンジェリカの人生は、すべてマリウスのため、マリウスに恥をかかせないため、マリウスに幸せになってもらうために、そのすべてが注がれてきた。

 婚約した日から月に一度、必ずどちらかの邸で二人だけのお茶会を行ってきた。
 会って話をするたびに、マリウスを想うアンジェリカの気持ちはますます大きく膨らんでいった。
 欠点など一つもない。見た目だけではなく、マリウスは性格も極上だった。
 他人の機微に敏く思いやりがあって、とても優しい人柄をしていた。

 マリウスはいつだってアンジェリカに優しかった。
 作り物ではない自然な優しさや気遣いを感じるたび、アンジェリカは平然とした顔をしていながらも、心の中では感激のあまり滂沱の涙を流していた。

(はぁぁぁぁ、マリウス様やっぱり素敵、優しい、カッコいい、笑顔眩しい、好き、大好き、最高、この世の至宝!!!!!!!!!)

 アカデミーに入学してからは、マリウスに想いを寄せる令嬢のあまりの多さに、やはり彼の素晴らしさは誰もが認めるものなのだと改めて思い知らされたアンジェリカは、これまで以上に自分磨きに気合を入れるようになった。

 そんな弛まぬ努力の元、アンジェリカは非の打ち所がないと言われるまでの完璧な令嬢となったのである。

 それなのに。
 なぜかアンジェリカは、たった今、目の前にいる最愛の人から、婚約の白紙撤回を願われている。

 なぜ、どうして?!

 ショックのあまり頭の中が真っ白になったのも仕方のないことだろう。

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