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 今日はわたくしの誕生日。成人として認められる、生まれてから十八年という記念すべき日だ。

 公爵家の長女であり、嫡子であるわたくしの成人の義とお披露目の場として行われる本日のパーティーは、王族が開くパーティーに次ぐほど盛大で豪華な規模となっている。敵対派閥を含め、この国のほとんどの貴族が集まるこの場所に、わたくしは誇らしげな顔で立っていた。

 内向的でおしゃべり下手とはいっても、成人した以上はもう大人だ。これからは我が公爵家のために社交もしっかりと行う必要があるし、領地運営にもこれまで以上に積極的に関わっていくつもりでいる。

 嫌なことから逃げて、泣き言を言っていられる子供時代はもう終わったのだ。

 さすがのエドモンド様も今日ばかりは黙ってわたくしに寄り添い、祝いに駆けつけた来賓たちへの挨拶回りを一緒にしてくれた。最低限度の常識は持っていたらしく、なによりである。

 もう二ヵ月もすれば、わたくしは貴族学校を卒業する。その半年後にはエドモンド様との婚姻式を行う予定になっている。しかし、婚約者の妹と不貞を働くような下衆男との結婚など、絶対に願い下げだ。

 わたくしはエドモンドとの婚約を、絶対に、なにがなんでも、破棄するつもりでいる。

 では、いつ破棄するのか? 
 実は今日、このパーティー会場で正式に発表するつもりだった。

 おかげで会場入りして以来、心臓が飛び出すのではないかと思うほど緊張しまくっていた。


 やがてパーティーも中盤にさしかかり、挨拶回りがすべて終わった頃、わたくしはエドモンド様と組んでいた自分の腕をすっと抜き取った。不思議そうな顔をするエドモンド様をその場に残し、会場の中央付近まで一人で歩くと、わたくしは手を軽く上げることで楽団に音楽の停止を命じたのだった。

 その途端、会場を満たしていた音楽がふいに止まった。次の音楽が始まらないことに来賓がざわつく中、わたくしは震える拳をギュッと握りしめながらも胸を張り、堂々とした態度で彼らに向かって微笑んでみせた。

「皆様、今日は起こし下さって誠にありがとう存じます。若輩であり未熟者ではありますが、今後増々研鑽を積み、王家のため、また我が領地のために励んでいく所存でございます。またそのためにも、伴侶となる方には信用と信頼を求めることはわたくしの当然の権利。なので本日この場を持って、わたくしはエドモンド様との婚約を破棄させていただきます!」

 騒然としていた会場が一瞬にして静まり返った。会場内の視線のすべてがわたくしに集まっている。その強い圧に負けないように、わたくしは更に微笑みを深くした。

「破棄の理由はここでは控えさせていただきます。新しい婚約者は、これからゆっくりと探す所存です。では皆様、中断失礼いたしました。どうぞパーティーをお楽しみくださいませ」
「ちょっと待って」

 その時、耳に心地よい男性の声が会場内に響いた。それはパーティーに参加してくれていたフリッツ殿下の声だった。

 衆目の中、殿下はわたくしの前に歩み出ると、いきなりその場で跪いた。

「クラリッサ、婚約が破棄されて自由の身になったのであれば、どうかお願いだ。わたしと婚約して欲しい」

 いわゆる公開プロポーズというものになるのだろうか。

 会場の至るところから、若い令嬢たちの「きゃーっ」という歓声が聞こえた。
 他の貴族の皆様方も、興味深そうにフリッツ殿下とわたくしを注視している。

 そしてわたくしは、突然の求婚に驚きすぎて言葉も出ないどころか、意識を失ってしまいそうなほど衝撃を受け、混乱し、驚いていた。

 え、フリッツ殿下、今の求婚は本気ですの?
 それともなにかの冗談?

 予想していなかった事態に脳処理が追いつかず、眩暈と頭痛がしてきてしまう。
 わたくしは眉間を指でぎゅうぎゅう押しながら、いまだ目の前で跪いている美貌の王子殿下に質問を投げかけた。

「本気で言ってらっしゃいますの?」
「もちろん、この上なく本気だよ。わたしは幼い頃からずっとクラリッサを大切に想ってきた。生涯をかけて幸せにすると誓う。だからどうかこの手を取って欲しい。どうかわたしに君を幸せにする権利をくれないか」

 その真剣な表情から、フリッツ殿下が本気であるとわたくしには分かった。

 わたくしたちの間に恋愛感情は、おそらくないだろう。
 それでも殿下が結婚してくれると言うのなら、こんなに嬉しいことはない。幼い頃から誰よりも大好きで、一緒にいて安心できて、心休まる時間をくれる人だった。そしておそらくわたくしも、殿下にとってそういう存在なのに違いない。

 ふと気付くと、パーティーの参加者たちが固唾と飲んでわたくしと殿下を見守っていた。殿下の求婚にわたくしがどう返事するのか、今か今かとワクワクしながら待っている。

 わたくしは苦笑しながら殿下を見つめた。
 困った人。こんなことろで王族からプロポーズされてしまっては、断ることなんてできるはずがない。それが分かっていて、殿下はこのパーティー会場でプロポーズして下さったのだ。自分に自信が持てないわたくしが迷わなくてすむよう、逃げ道を塞いでくれたのだ。

 跪き、わたくしを見上げるフリッツ殿下の視線は甘い。
 わたくしの胸が意外にもキュンとときめいた。

「フリッツ殿下。結婚の申し込み、とても嬉しいです。謹んでお受けしま――――」
「ちょっと待て!」

 喜びを胸にわたくしが今まさに求婚の返事をしようとした時、無粋な声に割って入られた。そこには怒りの形相でわたくしを睨む、エドモンド様の姿がある。

「なにをやっているんだ、クラリッサ。おまえの婚約者はこの俺だ!!」

 更にその後ろには、怒りで顔を真っ赤にしたお父様も見える。

「急に婚約破棄など言いおって、そのような勝手が許されるわけがなかろう! おまえの婚約者はエドモンド殿だ! 」
「そうだ! それに、どうして俺が婚約破棄などされねばならない?! 公爵家側から一方的な破棄を望むと言うのなら、当家としては違約金の請求をさせてもらうぞ」

 お父様の隣にはお継母様がいて、エドモンド様の腕にはカテリーネがぶら下がるようにへばり付いている。四人は異口同音にわたくしにギャーギャー喚き散らし始めた。

 まったく煩くてかなわない。お客様の前だということを理解できているのだろうか。呆れ返りながらも取り合えず、わたくしはエドモンド様の質問に答えることにした。

「この度の婚約破棄、決してわたくしの我儘による一方的なものではありません。エドモンド様、あなたは婚約者がいながら不貞を働きました。そのような不誠実な男性は我が公爵家に相応しくありません。だかこその婚約破棄ですわ」
「ふっ、不貞?!」

 エドモンド様が青褪めて叫んだ。

「お、俺がいつ誰と不貞したと言うんだ?! 失礼な言いがかりはよせ!」
「言いがかりではありません。エドモンド様はずっと浮気していましたわよね。お相手は、ほら、たった今もあなたと仲良く腕を組んでいるわたくしの妹、カテリーネですわ」

 来客の鋭い視線がエドモンド様の腕に突き刺さる。
 エドモンド様が慌てて自分の腕からカテリーネの手を引っぺがした。



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