1 / 6
1
しおりを挟む
物心ついた頃から、カモカルディ公爵家息女ベルティーアには前世の記憶があった。
前世では日本という小さな島国で生きていた。ごく普通のどこにでもいる会社員として、平凡に暮らしていた。
転生先がどうやら異世界らしいと気付いた時、ベルティーアは飛び上がって大喜びした。新しく生まれ変わったこの世界が、魔法なんてものが存在するファンタジックな世界だと気付いたからだ。
それだけじゃない。女神がいて魔物がいて妖精もいるし、あの有名なエルフなんていう生き物も存在している。滅多に会えないらしいがドラゴンだっているんだそうだ。
「マジかよ!」
思わずベルティーアは日本語で叫んだ。興奮のあまり叫ばずにはいられなかったのだ。
だって、異世界ではお約束の、あの冒険者ギルドだって存在するっていうのだから、これが興奮せずにいられようか。
知れば知るほど、ここはベルティーアにとって夢みたいな楽しい世界だった。見るもの聞くもの全てが面白くて、父親が雇ってくれた貴族教育のための家庭教師たちの教えを、片っ端からすごい勢いで吸収し、学んでいった。
マナーやダンスも、前世ではほとんど学ぶ機会もなかっただけに、逆に面白くて一生懸命練習した。魔法の勉強なんてもう楽しすぎるあまり、満面の笑顔で狂ったように何度も何度も飽きもせずに練習したし、本も読んで知識を入れまくった。
「お嬢様の魔力量はすごいですからね。真面目に学べば、将来はきっとすごい魔術師になれますよ」
「本当ですか、先生! わたくし、がんばりますわ!!!!!」
魔術の教師からの言葉に大歓喜し、ベルティーアはこれまで以上に魔法の習得に力を入れた。公爵邸にある図書室の魔法関係の本を読みあさり、暇さえあれば自主練に励んだ。
当然のことながら、ベルティーアの能力は加速度的に高まっていった。それに伴い、ベルティーアの評判も高まっていく。
カモカルディ公爵家の令嬢は天才らしい。
しかも、素晴しいのは能力だけではなく、容姿もとんでもなく美しいのだそうだ。
父親譲りの深紅の髪はカモカルディ公爵家特有のもので、いつも豊かに艶やかに波打っている。少しだけ吊り気味の目は深い湖を思わせる緑色で、それは常に理知的な色を滲ませていた。白い肌に形良い唇、ふっくらとした愛らしい頬など、どこをとっても過不足がない。
全体的に見て、まるでお人形のように整った麗しい容姿のベルティーアは、その賢さも相まって、いつの間にか世間から『カモカルディ公爵家の宝玉』と呼ばれるほどの存在になっていた。
そんなベルティーアに婚約者ができたのは、彼女が八才の時である。相手はこの国の第一王子、同じ年のイルミナートだった。イルミナートが王となった時、カモカルディ公爵家が後ろ盾となることを示すための、誰の目から見ても政略的に成立した婚約だった。
しかし、どんな理由からであろうとも、相手は将来の夫である。イルミナートと良好な関係を築き、少しでも幸せな家庭になるように努力しようとベルティーアは思った。
そんな決意の元、ベルティーアは婚約式の席で初めてイルミナートと顔を合わせた。その時に見たイルミナートのあまりの可愛らしさに、ベルティーアは目ん玉が零れ落ちるかと思うほど驚いたのだった。
天使だ、ここに天使がいる!!
ふわふわの淡い金髪に瞳はサファイアのような濃い碧色。その目元は涼やかで、薄い唇は品良く常に笑みを浮かべている。纏う空気は柔らかく清廉で、その美しさは神々しいと言えるほどのものだった。
もし本当に天使がいるとするならば、間違いなくこんな見た目をしているに違いない。
ベルティーアは本気でそう思った。
初めて自分を鏡で見た時、そこに映った女の子のことをなんて綺麗な子だろうと思った。が、その時の衝撃を何倍も上回るほどの美しい生き物がそこにいる。
イルミナートの美貌にあまりにも驚いたせいだろう。ベルティーアはハッと気付いたのだ。自分が今いるこの世界は、前世でハマって遊びまくった乙女ゲームの世界だということに。
イルミナートはメイン攻略対象であり、前世のベルティーアの最推しキャラだった。そう考えると、なるほど、神々しく見えるはずである。
言うまでもなく、ベルティーアはヒロインを虐める悪役令嬢なのだった。
物語の舞台は、十五才になった貴族の子供たちが通う王立魔術アカデミーである。ベルティーアが二年になる年にヒロインが同学年に編入して来るところから、このゲームはスタートすることになる。
ようするに、よくあるアレである。珍しい光属性を持つ元平民の男爵令嬢ヒロインが、高位貴族のイケメン令息たちを自分に惚れさせて楽しむという、テンプレ的なゲームだった。意外性など少しもない、初心者向けのものである。
記憶によれば悪役令嬢ベルティーアは、ヒロインがどの攻略対象を選ぼうと、なにかしらの悪事を必ず仕掛けてくる面倒臭いキャラだった。結果として、貴族籍を剥奪された上に国外追放に処されてしまう。
それを思い出した時、ベルティーアは最初はがっかりしたものの、次にあることに気付き、大いに喜んで瞳を輝かせた。
これってもしかして、国外追放後は自由じゃない?
この世界の第二の人生、冒険者として生きることができるんじゃない?
ヤバい、めっちゃラッキーじゃん。あはは、どうしよう、超興奮してきた!!
喜びのあまり、ベルティーアはその美しく整った顔にふわりとした満面の笑みを浮かべてしまった。
それを見たイルミナートはハッと息を飲み、頬を赤く染めてベルティーアに見惚れてしまう。
ベルティーアはそれには全く気付くことなく、笑顔のままでイルミナートの手をとり、両手でぎゅっと握った。
「殿下、これからよろしくお願い致しますわね! 至らないところも多いとは思いますが、精一杯務めさせていただきたく存じます」
「う、うん。こちらこそよろしく頼むよ」
にこにこ笑顔のベルティーアと、彼女を真っ赤な顔で見つめるイルミナート。婚約者になった二人が仲良く手を繋ぐかわいらしい姿に、周囲の大人たちはホッコリした気持ちになったのだった。
前世では日本という小さな島国で生きていた。ごく普通のどこにでもいる会社員として、平凡に暮らしていた。
転生先がどうやら異世界らしいと気付いた時、ベルティーアは飛び上がって大喜びした。新しく生まれ変わったこの世界が、魔法なんてものが存在するファンタジックな世界だと気付いたからだ。
それだけじゃない。女神がいて魔物がいて妖精もいるし、あの有名なエルフなんていう生き物も存在している。滅多に会えないらしいがドラゴンだっているんだそうだ。
「マジかよ!」
思わずベルティーアは日本語で叫んだ。興奮のあまり叫ばずにはいられなかったのだ。
だって、異世界ではお約束の、あの冒険者ギルドだって存在するっていうのだから、これが興奮せずにいられようか。
知れば知るほど、ここはベルティーアにとって夢みたいな楽しい世界だった。見るもの聞くもの全てが面白くて、父親が雇ってくれた貴族教育のための家庭教師たちの教えを、片っ端からすごい勢いで吸収し、学んでいった。
マナーやダンスも、前世ではほとんど学ぶ機会もなかっただけに、逆に面白くて一生懸命練習した。魔法の勉強なんてもう楽しすぎるあまり、満面の笑顔で狂ったように何度も何度も飽きもせずに練習したし、本も読んで知識を入れまくった。
「お嬢様の魔力量はすごいですからね。真面目に学べば、将来はきっとすごい魔術師になれますよ」
「本当ですか、先生! わたくし、がんばりますわ!!!!!」
魔術の教師からの言葉に大歓喜し、ベルティーアはこれまで以上に魔法の習得に力を入れた。公爵邸にある図書室の魔法関係の本を読みあさり、暇さえあれば自主練に励んだ。
当然のことながら、ベルティーアの能力は加速度的に高まっていった。それに伴い、ベルティーアの評判も高まっていく。
カモカルディ公爵家の令嬢は天才らしい。
しかも、素晴しいのは能力だけではなく、容姿もとんでもなく美しいのだそうだ。
父親譲りの深紅の髪はカモカルディ公爵家特有のもので、いつも豊かに艶やかに波打っている。少しだけ吊り気味の目は深い湖を思わせる緑色で、それは常に理知的な色を滲ませていた。白い肌に形良い唇、ふっくらとした愛らしい頬など、どこをとっても過不足がない。
全体的に見て、まるでお人形のように整った麗しい容姿のベルティーアは、その賢さも相まって、いつの間にか世間から『カモカルディ公爵家の宝玉』と呼ばれるほどの存在になっていた。
そんなベルティーアに婚約者ができたのは、彼女が八才の時である。相手はこの国の第一王子、同じ年のイルミナートだった。イルミナートが王となった時、カモカルディ公爵家が後ろ盾となることを示すための、誰の目から見ても政略的に成立した婚約だった。
しかし、どんな理由からであろうとも、相手は将来の夫である。イルミナートと良好な関係を築き、少しでも幸せな家庭になるように努力しようとベルティーアは思った。
そんな決意の元、ベルティーアは婚約式の席で初めてイルミナートと顔を合わせた。その時に見たイルミナートのあまりの可愛らしさに、ベルティーアは目ん玉が零れ落ちるかと思うほど驚いたのだった。
天使だ、ここに天使がいる!!
ふわふわの淡い金髪に瞳はサファイアのような濃い碧色。その目元は涼やかで、薄い唇は品良く常に笑みを浮かべている。纏う空気は柔らかく清廉で、その美しさは神々しいと言えるほどのものだった。
もし本当に天使がいるとするならば、間違いなくこんな見た目をしているに違いない。
ベルティーアは本気でそう思った。
初めて自分を鏡で見た時、そこに映った女の子のことをなんて綺麗な子だろうと思った。が、その時の衝撃を何倍も上回るほどの美しい生き物がそこにいる。
イルミナートの美貌にあまりにも驚いたせいだろう。ベルティーアはハッと気付いたのだ。自分が今いるこの世界は、前世でハマって遊びまくった乙女ゲームの世界だということに。
イルミナートはメイン攻略対象であり、前世のベルティーアの最推しキャラだった。そう考えると、なるほど、神々しく見えるはずである。
言うまでもなく、ベルティーアはヒロインを虐める悪役令嬢なのだった。
物語の舞台は、十五才になった貴族の子供たちが通う王立魔術アカデミーである。ベルティーアが二年になる年にヒロインが同学年に編入して来るところから、このゲームはスタートすることになる。
ようするに、よくあるアレである。珍しい光属性を持つ元平民の男爵令嬢ヒロインが、高位貴族のイケメン令息たちを自分に惚れさせて楽しむという、テンプレ的なゲームだった。意外性など少しもない、初心者向けのものである。
記憶によれば悪役令嬢ベルティーアは、ヒロインがどの攻略対象を選ぼうと、なにかしらの悪事を必ず仕掛けてくる面倒臭いキャラだった。結果として、貴族籍を剥奪された上に国外追放に処されてしまう。
それを思い出した時、ベルティーアは最初はがっかりしたものの、次にあることに気付き、大いに喜んで瞳を輝かせた。
これってもしかして、国外追放後は自由じゃない?
この世界の第二の人生、冒険者として生きることができるんじゃない?
ヤバい、めっちゃラッキーじゃん。あはは、どうしよう、超興奮してきた!!
喜びのあまり、ベルティーアはその美しく整った顔にふわりとした満面の笑みを浮かべてしまった。
それを見たイルミナートはハッと息を飲み、頬を赤く染めてベルティーアに見惚れてしまう。
ベルティーアはそれには全く気付くことなく、笑顔のままでイルミナートの手をとり、両手でぎゅっと握った。
「殿下、これからよろしくお願い致しますわね! 至らないところも多いとは思いますが、精一杯務めさせていただきたく存じます」
「う、うん。こちらこそよろしく頼むよ」
にこにこ笑顔のベルティーアと、彼女を真っ赤な顔で見つめるイルミナート。婚約者になった二人が仲良く手を繋ぐかわいらしい姿に、周囲の大人たちはホッコリした気持ちになったのだった。
43
お気に入りに追加
255
あなたにおすすめの小説
転生した元悪役令嬢は地味な人生を望んでいる
花見 有
恋愛
前世、悪役令嬢だったカーラはその罪を償う為、処刑され人生を終えた。転生して中流貴族家の令嬢として生まれ変わったカーラは、今度は地味で穏やかな人生を過ごそうと思っているのに、そんなカーラの元に自国の王子、アーロンのお妃候補の話が来てしまった。
悪役令嬢は断罪イベントから逃げ出してのんびり暮らしたい
花見 有
恋愛
乙女ゲームの断罪エンドしかない悪役令嬢リスティアに転生してしまった。どうにか断罪イベントを回避すべく努力したが、それも無駄でどうやら断罪イベントは決行される模様。
仕方がないので最終手段として断罪イベントから逃げ出します!
そう言うと思ってた
mios
恋愛
公爵令息のアランは馬鹿ではない。ちゃんとわかっていた。自分が夢中になっているアナスタシアが自分をそれほど好きでないことも、自分の婚約者であるカリナが自分を愛していることも。
※いつものように視点がバラバラします。
【二部開始】所詮脇役の悪役令嬢は華麗に舞台から去るとしましょう
蓮実 アラタ
恋愛
アルメニア国王子の婚約者だった私は学園の創立記念パーティで突然王子から婚約破棄を告げられる。
王子の隣には銀髪の綺麗な女の子、周りには取り巻き。かのイベント、断罪シーン。
味方はおらず圧倒的不利、絶体絶命。
しかしそんな場面でも私は余裕の笑みで返す。
「承知しました殿下。その話、謹んでお受け致しますわ!」
あくまで笑みを崩さずにそのまま華麗に断罪の舞台から去る私に、唖然とする王子たち。
ここは前世で私がハマっていた乙女ゲームの世界。その中で私は悪役令嬢。
だからなんだ!?婚約破棄?追放?喜んでお受け致しますとも!!
私は王妃なんていう狭苦しいだけの脇役、真っ平御免です!
さっさとこんなやられ役の舞台退場して自分だけの快適な生活を送るんだ!
って張り切って追放されたのに何故か前世の私の推しキャラがお供に着いてきて……!?
※本作は小説家になろうにも掲載しています
二部更新開始しました。不定期更新です
婚約破棄ですか。ゲームみたいに上手くはいきませんよ?
ゆるり
恋愛
公爵令嬢スカーレットは婚約者を紹介された時に前世を思い出した。そして、この世界が前世での乙女ゲームの世界に似ていることに気付く。シナリオなんて気にせず生きていくことを決めたが、学園にヒロイン気取りの少女が入学してきたことで、スカーレットの運命が変わっていく。全6話予定
モブ転生とはこんなもの
詩森さよ(さよ吉)
恋愛
あたしはナナ。貧乏伯爵令嬢で転生者です。
乙女ゲームのプロローグで死んじゃうモブに転生したけど、奇跡的に助かったおかげで現在元気で幸せです。
今ゲームのラスト近くの婚約破棄の現場にいるんだけど、なんだか様子がおかしいの。
いったいどうしたらいいのかしら……。
現在筆者の時間的かつ体力的に感想などを受け付けない設定にしております。
どうぞよろしくお願いいたします。
他サイトでも公開しています。
妹ばかりを贔屓し溺愛する婚約者にウンザリなので、わたしも辺境の大公様と婚約しちゃいます
新世界のウサギさん
恋愛
わたし、リエナは今日婚約者であるローウェンとデートをする予定だった。
ところが、いつになっても彼が現れる気配は無く、待ちぼうけを喰らう羽目になる。
「私はレイナが好きなんだ!」
それなりの誠実さが売りだった彼は突如としてわたしを捨て、妹のレイナにぞっこんになっていく。
こうなったら仕方ないので、わたしも前から繋がりがあった大公様と付き合うことにします!
光の王太子殿下は愛したい
葵川真衣
恋愛
王太子アドレーには、婚約者がいる。公爵令嬢のクリスティンだ。
わがままな婚約者に、アドレーは元々関心をもっていなかった。
だが、彼女はあるときを境に変わる。
アドレーはそんなクリスティンに惹かれていくのだった。しかし彼女は変わりはじめたときから、よそよそしい。
どうやら、他の少女にアドレーが惹かれると思い込んでいるようである。
目移りなどしないのに。
果たしてアドレーは、乙女ゲームの悪役令嬢に転生している婚約者を、振り向かせることができるのか……!?
ラブラブを望む王太子と、未来を恐れる悪役令嬢の攻防のラブ(?)コメディ。
☆完結しました。ありがとうございました。番外編等、不定期更新です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる