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 物心ついた頃から、カモカルディ公爵家息女ベルティーアには前世の記憶があった。

 前世では日本という小さな島国で生きていた。ごく普通のどこにでもいる会社員として、平凡に暮らしていた。

 転生先がどうやら異世界らしいと気付いた時、ベルティーアは飛び上がって大喜びした。新しく生まれ変わったこの世界が、魔法なんてものが存在するファンタジックな世界だと気付いたからだ。

 それだけじゃない。女神がいて魔物がいて妖精もいるし、あの有名なエルフなんていう生き物も存在している。滅多に会えないらしいがドラゴンだっているんだそうだ。

「マジかよ!」

 思わずベルティーアは日本語で叫んだ。興奮のあまり叫ばずにはいられなかったのだ。

 だって、異世界ではお約束の、あの冒険者ギルドだって存在するっていうのだから、これが興奮せずにいられようか。

 知れば知るほど、ここはベルティーアにとって夢みたいな楽しい世界だった。見るもの聞くもの全てが面白くて、父親が雇ってくれた貴族教育のための家庭教師たちの教えを、片っ端からすごい勢いで吸収し、学んでいった。

 マナーやダンスも、前世ではほとんど学ぶ機会もなかっただけに、逆に面白くて一生懸命練習した。魔法の勉強なんてもう楽しすぎるあまり、満面の笑顔で狂ったように何度も何度も飽きもせずに練習したし、本も読んで知識を入れまくった。

「お嬢様の魔力量はすごいですからね。真面目に学べば、将来はきっとすごい魔術師になれますよ」
「本当ですか、先生! わたくし、がんばりますわ!!!!!」

 魔術の教師からの言葉に大歓喜し、ベルティーアはこれまで以上に魔法の習得に力を入れた。公爵邸にある図書室の魔法関係の本を読みあさり、暇さえあれば自主練に励んだ。

 当然のことながら、ベルティーアの能力は加速度的に高まっていった。それに伴い、ベルティーアの評判も高まっていく。

 カモカルディ公爵家の令嬢は天才らしい。
 しかも、素晴しいのは能力だけではなく、容姿もとんでもなく美しいのだそうだ。

 父親譲りの深紅の髪はカモカルディ公爵家特有のもので、いつも豊かに艶やかに波打っている。少しだけ吊り気味の目は深い湖を思わせる緑色で、それは常に理知的な色を滲ませていた。白い肌に形良い唇、ふっくらとした愛らしい頬など、どこをとっても過不足がない。

 全体的に見て、まるでお人形のように整った麗しい容姿のベルティーアは、その賢さも相まって、いつの間にか世間から『カモカルディ公爵家の宝玉』と呼ばれるほどの存在になっていた。

 そんなベルティーアに婚約者ができたのは、彼女が八才の時である。相手はこの国の第一王子、同じ年のイルミナートだった。イルミナートが王となった時、カモカルディ公爵家が後ろ盾となることを示すための、誰の目から見ても政略的に成立した婚約だった。

 しかし、どんな理由からであろうとも、相手は将来の夫である。イルミナートと良好な関係を築き、少しでも幸せな家庭になるように努力しようとベルティーアは思った。

 そんな決意の元、ベルティーアは婚約式の席で初めてイルミナートと顔を合わせた。その時に見たイルミナートのあまりの可愛らしさに、ベルティーアは目ん玉が零れ落ちるかと思うほど驚いたのだった。

 天使だ、ここに天使がいる!!

 ふわふわの淡い金髪に瞳はサファイアのような濃い碧色。その目元は涼やかで、薄い唇は品良く常に笑みを浮かべている。纏う空気は柔らかく清廉で、その美しさは神々しいと言えるほどのものだった。

 もし本当に天使がいるとするならば、間違いなくこんな見た目をしているに違いない。
 ベルティーアは本気でそう思った。

 初めて自分を鏡で見た時、そこに映った女の子のことをなんて綺麗な子だろうと思った。が、その時の衝撃を何倍も上回るほどの美しい生き物がそこにいる。

 イルミナートの美貌にあまりにも驚いたせいだろう。ベルティーアはハッと気付いたのだ。自分が今いるこの世界は、前世でハマって遊びまくった乙女ゲームの世界だということに。

 イルミナートはメイン攻略対象であり、前世のベルティーアの最推しキャラだった。そう考えると、なるほど、神々しく見えるはずである。
 言うまでもなく、ベルティーアはヒロインを虐める悪役令嬢なのだった。

 物語の舞台は、十五才になった貴族の子供たちが通う王立魔術アカデミーである。ベルティーアが二年になる年にヒロインが同学年に編入して来るところから、このゲームはスタートすることになる。

 ようするに、よくあるアレである。珍しい光属性を持つ元平民の男爵令嬢ヒロインが、高位貴族のイケメン令息たちを自分に惚れさせて楽しむという、テンプレ的なゲームだった。意外性など少しもない、初心者向けのものである。

 記憶によれば悪役令嬢ベルティーアは、ヒロインがどの攻略対象を選ぼうと、なにかしらの悪事を必ず仕掛けてくる面倒臭いキャラだった。結果として、貴族籍を剥奪された上に国外追放に処されてしまう。

 それを思い出した時、ベルティーアは最初はがっかりしたものの、次にあることに気付き、大いに喜んで瞳を輝かせた。

 これってもしかして、国外追放後は自由じゃない?
 この世界の第二の人生、冒険者として生きることができるんじゃない? 
 ヤバい、めっちゃラッキーじゃん。あはは、どうしよう、超興奮してきた!!

 喜びのあまり、ベルティーアはその美しく整った顔にふわりとした満面の笑みを浮かべてしまった。
 それを見たイルミナートはハッと息を飲み、頬を赤く染めてベルティーアに見惚れてしまう。

 ベルティーアはそれには全く気付くことなく、笑顔のままでイルミナートの手をとり、両手でぎゅっと握った。

「殿下、これからよろしくお願い致しますわね! 至らないところも多いとは思いますが、精一杯務めさせていただきたく存じます」
「う、うん。こちらこそよろしく頼むよ」

 にこにこ笑顔のベルティーアと、彼女を真っ赤な顔で見つめるイルミナート。婚約者になった二人が仲良く手を繋ぐかわいらしい姿に、周囲の大人たちはホッコリした気持ちになったのだった。



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