黒鬼の旅

葉都

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第三章 死面の篝火

第十四話 人鳥と黒の海

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そこは闇の中、虫の声も鳥の声もしない。

木々の葉擦れの音もしない。

地上とは違う、無音の場所ーーー



歩みを止めて、手を伸ばし、

足元を流れる闇の中から拾い上げる。


ほろほろと零れ落ちる闇の残滓の中から、

小さな玉が顔を出した。


所々とひび割れた玉は、ぼおっと淡く輝く。

それは、霞の雲に姿を隠した月の様ーー。


玉から垂れ下がる灰色の紐が、ゆらりと揺れる。



赤い波がうねっていた。



赤金色の火の粉が上がっている。



ぐつぐつと煮えたぎる溶岩の塊のような、

巨大な赤く輝く球体が、浮かんでいた。





青柳と季忌鉛師が引きずり込まれたそれは、

ダノクトで罪を犯した者たちが落とされる牢獄、ロラピタヌカだ。

その側に、青い影が立っていた。

山よりも巨大な火球の、五等分の一ほどの大きさの青い巨人だった。

その青い巨人の拳が、何度も何度も赤い球体に振り下ろされていた。

赤い球体はびくともせず、変わらずに燃えている。

青い巨人から唸り声のような音が出た。

巨人の脳裏に、灰色の髪に赤紫色の目をした少年の姿がよぎる。



ウバエ テニイレロ



巨人の中に漲みなぎる意思。



アレヲ カナラズ テニイレロ



それが、

巨人の、



イノチト ヒキカエニシテデモ テニイレロ



存在意義なのだ。



[!]



青い巨人の前に何かが在った。

恐るべき存在感を持つ何かが。

辺りの闇に紛れたそこに目を凝らす。

赤い。

2つの赤い光が浮かんでいる。

それは赤い目だった。

闇色の身体をした、一本角の魔神が立っていた。



[!!]



魔神の目玉が燃えている。



輝き、



まぶしい、



熱い、



熱い…



[ーーッガァ!!]



巨人の身体が震え出し、身体がボコボコと蠢いた。

巨人の右肩の後ろの肉が、山のように盛り上がる。

青い肉山の先が落ち窪み、ボコリ、穴が開いた。



ヒイイヤヤアアーーーーーー



青い穴から、狂おしい悲鳴のような、不穏な音が発せられた。

禍々しい声を闇に響き渡らせながら、

ぐねりと、青い肉が曲がる。

黒鬼の方を向いて、穴は蠢いた。



カカカカカカカカカカカカカカカカカカカカ



目も、耳もないその青い穴から、



ヒャハハハハハハハハハハハハハハハハハハ



哄笑の音が鳴り響く。



ヒャハハハハハハハハーーーーーアアアアーー!!



ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ



ハハ




青い穴は、そうっと、




ハァーーーーー




唇を閉じた。




(消えた)




いる




(消えた)




そこに




(消えた)




いる





火の粉が、

砂嵐のように男の周りを吹き付ける。




【嘘だろう?】




黒い翼を背に負うその男は、青黒い目を見開いた。

周りで蠢いていた、青くて、黒くて、紫色の禍々しい異形の群れが、火の嵐にのまれて消えていく。


男の背にある大きな黒い翼に、

火の嵐が手を伸ばす。


そこにはいない者の手が、

黒鬼の手が伸びていく。


黒灰と火の粉となって消えていく、

青い巨人の身体の先の、


操り人の首へと伸びていく。



【ギィやア!!!!!】



黒翼の悪魔、ウロイゴの白い喉の真ん中が、灼熱の色に染まる。

ウロイゴの青黒い目の奥底で火が踊った。

彼のなかを蹂躙していく。

ぎりりと軋む音が、黒い血が、青い唇から流れ落ちる。



(ジャージィカルッッ!!!!!)



あの、破壊しか能の無い化け物が、

遠い地、しかも、幾重からなる異空間と化した場所を探り当てるとは思わなかった。



(だが、ね)



ウロイゴの足元から、青の、紫の、黒の影が、ぶわりと吹き出す。

ウロイゴの首に絡み付いた。

禍々しい気配のその影たちは、首の光っている部分に入り込み、その光を打ち消した。



【残念だなッ、ジャージィカルウウウーー!!】



ウロイゴは癒された喉を鳴らし、高らかに嗤った。



【オマエに、私は殺せないよ!】



青闇色の影が、ウロイゴと黒鬼の在る空間を己の色へと染めていく。



【クククッ!!あはははははははッ!!】



青闇の嗤い声が、世界中に満ち溢れた。
















闇の中、黒鬼は、瞬きをひとつ落とす。


『…………』


黒翼の男の首を掴んだ手を見てから、あたりを見渡す。

闇ばかりの世界に、赤い球体がぽこりと浮かんで燃えている。



むずり、足元にあるモノを掴む。



黒い巻き毛、顎髭の甲冑姿の男を。















◇◇◇






緑色の瑪瑙メノウのような目がこちらを見た。

瞬きするたびに、半透明な睫毛が日の光を反射する。

近寄ってきた顔に、仁矢は思い切り拳を入れた。



ぼにょ~ん



が、その拳は珍妙な音と共に弾かれる。

仁矢と同じくらいの背丈の鳥が、つぶらな目をぱちぱちと瞬かせて仁矢を見返してくる。

全身に褐色の毛を生やした、ぷくぷくと肉付きのよい、二足歩行の鳥、のようなものだ。

嘴はある。

だが、翼は人間の腕のように重く脇に垂れ、空を羽ばたけるような軽さはない。

腹はぽっこりとし、その下には短く太い足が生えているのだ。

黒い足は、五股の葉のように、水掻きのある足だ。



「…なによ?」



仁矢の前に、翼もどきの手の平が差し出された。

その上には、緑色の小さな魚が一匹、ピチピチとのっていた。

ガラス玉のように半透明で、頬や腹には、筆を佩いたような赤い色が走っている。

仁矢は、緑色の魚を見てから、褐色の鳥を見て、しかめ面をした。

そんな顔をしても、絶世の美女とみまごう男である仁矢の美貌は損なわれない。

その憂いを晴らそうと、老若男女が奔走するだろう。


だが、



「ちょっ、ちょっとやめ、やめろ!!」



鳥は、ぐいぐいと魚を、というか手を、仁矢の顔に押し付けていく。

周りにいた黒白の鳥たちが、振り返って仁矢たちを見たが、興味なさ気に元に戻っていく。

黒白の鳥は、ぷくりとした白い腹以外が真っ黒で、黒い嘴、緑色の目をしている。

褐色の鳥よりも一回り大きい。

大きな鳥たちは、短い足を使って、歩き初めの赤ん坊のように、よったらよったらと歩く。

何を考えているかわからない、まん丸の目をして、甲高い鳴き声を上げる。



「あーーッ!!」



大声を上げて、仁矢と褐色の鳥の間に、薄黄色の髪の少女が飛び込んだ。

顎の辺りで切り揃えられた髪、濃い緑色の長い上衣と黒いズボン、足には柔らかな黄土色の皮靴を履いている。



「ダメって言ってるじゃないですかッ!!」



少女は、鳥の翼手にのせられた緑色の魚を両手でひっ掴んだ。

焦った顔で仁矢を振り返った少女は、仁矢の姿を見上げて息をのみ、赤く染まった顔で言った。



「海で採れる魚は人間には毒なんです!!だから、受け取らないでくださいッ!!」



少女は、どこかへ歩き出した褐色の鳥を手で指し示す。



「この人たち、ぽんぽんと渡してくると思いますけど、絶対に受け取らないでください!」

「うるさいわよミクト。受け取るわよ、どんなものでもね。」

「はへ?」

「貢物は下僕からの愛よ。下僕の愛を受け取るのが主たる者の務めなんだから。たとえそれがッ、殺意であったとしてもねーーー!!」



仁矢は、おのれの身体を両腕で抱きしめ、くねくねと身を捩りながら言った。

その目はとろりと色気を流し、頬は赤く、息が荒い。

小声で、アア!アルジサマ!仁矢わ、仁矢わアアー!とか言っているようないないような…。



「ッ!な、」



少女、ミクトは、仁矢の色気にクラクラしながらも叫んだ。



「なにバカなこと言ってんですかッ?!あの鳥さんたちは、あなたのことなんかこれっぽっちも、毛の先っぽほども思ってないでしょ!!現実見てください!!」

「そうだったわ…。」



仁矢は、ぷい、と美しい顔をしかめた。



「腹立つわあの態度ッ!許せない!こんなにも美しい、このアタシが声かけてるっていうのに素通りに!昼寝?!求愛もしないし、ひれ伏しもしない!!なんでだと思う?!ミクト!!」

「しっ、知りません…!」



ミクトは、顔を覗き込んでくる仁矢から、必死に顔を背けながらそう言った。

鳥たちのつぶらな目には、仁矢に対する熱情が一欠片だって見られなかった。

老若男女、野生動物だって仁矢に一目惚れしてしまうのに、この二足歩行の鳥たちは仁矢を見ても狂恋に落ちてこないのだ。








(うーん、やっぱりアルジサマと繋がれないわねー。遠すぎるからかしら?)



仁矢は、目の前に広がる黒い海を見渡す。

頭上には、白い空。

茶色い雲が浮かんでいる。



(ギョロ目をなめてたわー)



仁矢は、ギョロ目こと、緑色の巨人を思い浮かべた。

黒朗の眷属となった緑色の巨人に先輩眷属として挨拶をしたら、仁矢は腹を殴られた。

人外と化した仁矢でなければ、木っ端微塵になっていただろう。

微塵の代わりに、仁矢は吹っ飛ばされた。

山や、村や、街中、色々な場所へ突っ込みながら。

そうして、この白い空と茶色い雲、黒い海が広がる場所に終着したのだ。

雲といっても、黒い海からすぐ上に浮かんでいる。

陽の光を浴びると、黄みを帯びたり、赤や、緑、青色の光粒がキラリと輝く。

黒い海の方は、陽の光が当たっても、黒いままで、静謐に変わらない。

人間も、動物も、虫も、草も、木も、

生き物がいない。

波の音しか聞こえない。

静かな場所だった。


そんな黒い海から、ザバリと顔を出したのが、二足歩行の鳥たちだった。

奇っ怪な生き物の姿にふいをつかれた仁矢は、

あれよあれよという間に鳥たちに捕獲された。

そして、少し離れたところにある山の中へと連れていかれたのだ。

そこには、村があった。

藁葺きの家に、耕された広い畑。

人間の村のような場所、そこに鳥たちは住んでいた。

仁矢は、鳥たちの村に滞在するようになったのだが、仁矢の他にも人間がいて、それがミクトだった。

初めて仁矢を見たミクトは、その琥珀色の目を見開いて、しばらく固まっていた。





(人間なんて見るの久しぶりらしいし、来たのが、こ~んなにいい男じゃあ驚いても仕方がないわね~。)


「ねェ、いつからなの?」


つるりと白い麺をすすり、唇についた汁を舌で舐めとりながら、仁矢は言った。


「え?」

「いつからここにいるのかってこと。」

「それは、えっと、2、3年前くらいからです。」


仁矢と同じく、夕飯を食べていたミクトは、つっかえながらも答えた。


「そんなに?!こんななんにもないところにいるの?バカじゃない?!」

「バッ、バカじゃありません!」

「アタシは無理、あんなヘンな鳥しかいないとこなんてね。無理、帰るわよ、もう即帰るわよ。」

「…わからないんです…」

「?」



下を向いたミクトの声は、震えている。



「……帰り道が……、…わからないんです…。」

「は?」

「ここから、出ることができないんです。」

「は?何言ってんの?」







(んなわけないでしょうがーー!!)


 

仁矢は、爆走した。

自分が来たはずの方角へとひた走った。

人外となった仁矢の走りは、馬よりも速い。



「?!」



だが、いつの間にか出発した場所へと戻っている。



「何よコレ…」



他の方角にも走ったが、やはり戻って来てしまう。



「何よコレ…」



仁矢は赤い竜の姿に変身した。

空を飛び進んだが、やはり同じ場所へ戻ってしまう。



それを何度も何度も繰り返して、

ついに仁矢は地面に座り込んだ。



白い空を仰ぎ見る。





「何よコレエエエエエーーーーー?!!」








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