黒鬼の旅

葉都

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第三章 死面の篝火

第十三話 カエルの様

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一瞬の閃光、気付けばコレウセの両腕と両足は、銀色に光る鋼のカセに捕えられていた。


(なに、コレ?!)


枷を外そうとコレウセは力を入れたが、びくともしない。


(捕まった?!え?!なんで?!なんでオレ捕)


もがく床の上、茶色い革靴の足先が視界に入り、止まる。

見上げれば、そこには鋼色の髪をした10才くらいの少年が立っていた。

髪と同じ色の目を輝かせ、コレウセを見ていた。

異国人のクレハと同じような形の服に、両手には肘まで革の手袋を、両足には膝まである長い革靴を履いている。


「でっかい牛ッ!」

【ッ?!!】


コレウセの身体がふわりと浮いた。

再び銀色の光がコレウセの身体を廻り、身体が曲がりウズクマった形で、鋼の輪に拘束された。


「カエルだけじゃ、ちょっと足りないもんな~。」


子供は、右肩に大カエルを引っかけ、天井へ向けた左の手の平にコレウセをのっけながら出口へと踵を返す。


【ええッ---?!】

【うるさい!このむっちり牛!】

【?!】


隣から聞こえた声に目をやれば、逆さまになったカエルのもっちりと膨れた薄紫色の腹。

声にあわせ腹が弾み、4本指の手がついた長い黄緑色の腕が、ぶんぶんと宙をかく。


【むざむざと捕まりやがって!!この!なんとかしろ!オレ様を助けだせ!!こんの役立た牛ッ!!】

(…つぶす?)


ざわりと血が騒ぐ。

コレウセは、それを押さえつける。


(…いやケンカはダメだ。ここにぶちこまれたら、ルウスんとこに行くのには楽だけど、…母ちゃんに、…母ちゃんに…、コロサレルっ!!)


【オイコラ!聞いてんのか?!ちょっとそのおまえのぶっとい角でこのクソガキを刺してやれ!ブスッとな!】

【おまえがやれよッ?!】

【バカめッ!返り討ちが怖いからおまえがやるんだよ!】

【なに言ってんだコイツ?!】


「カエルは蒸すか、揚げるか、活け作りもいいな~、牛は、丸焼きさッ!!」


子供が、軽快にひとり言を呟いた。

黄緑色のカエルは、ガクガクと震えだした。


【火責め、油責め、生きたままアアア--!?ハアアア--ー、恐ろしいこと言いやがるうゥぅ--!!】

(牛は丸焼き?!丸焼き?!え?!オレ食われる感じなの?!え?!ウソだろ?!)


【ちょっ、オレ人間なんだけど!!】

「ん?」


コレウセの言葉に子供は顔を上げる。


【今はこんなナリなりだけど、元に戻れば人間なんだよ!】


子供は、コレウセをじっと見て、


「どっちでもいいさ。おまえ、絶対うまいもん!」

【は?!】


幼げな顔をニヤリと歪ませた子供に、コレウセはあっけにとられた。


(オレはよくねえええエエ-----ー!!)





赤い花びらが、




白い花びらが、




黄色い花びらが、





あたりに舞い散る。






子供とコレウセの前に、すっ、と突っ立つ者がいた。


黒い燕尾服とシルクハットを身に付けたカエル。

子供と同じくらいの大きさのほっそりとしたオレンジ色のカエルだ。


【ダムチャ!】


オレンジ色のカエルを見て、動かなくなっていた黄緑色のカエルが喜色の声を上げた。

ダムチャと呼ばれたカエルが、片手に持つ杖を優雅に揺らし、トンと床を突く。


「【!?】」


【ダムチャ--!!親友よおおおー!!】

【やめたまえ、バロイ。油がひどい。】


オレンジ色のカエルに横抱きにされた黄緑色のカエルが、むぎゅむぎゅとオレンジ色のカエルに頬ずりしている。


【え?あれ?】


銀色の縛めが消えて、突っ立つコレウセの背後には、鋼色の髪の子供が蹲っていた。

手足を鋼の輪に拘束されて。


(なにこれどういうこと?!)


混乱するコレウセの視界に、こちらに背を向け逃げていくカエルたちの姿が見えた。

長い廊下の先、その姿は砂粒のように小さい。


【はやッ!!】


《早く逃げなさい、コレウセくん。》


コレウセの耳元で、さっきのダムチャと呼ばれたオレンジ色のカエルの声が聞こえた。



《彼は危険すぎて、私に出来るのはこれだけだ。》



鋼色の髪の子供が、鋼の縛めをブチリと引きちぎる。




その上から、大きな影が降ってきた。




黒紫色の魔物だ。

二足歩行のトカゲのような魔物だ。

頭は、全長の3分の1もあり、背には、黄色いヒレが、長い尾の先まで生えている。

コレウセよりもずっと大きな魔物のその拳を、子供の片方の手の平が止めていた。

魔物の太い腕に巻き付く赤銅の飾りが、じゃらじゃらと踊るように鳴っている。

二人の触れる場所から、低い振動音と円光が発生している。


【行け】


黒紫色の魔物が、緑色の目をギョロりと動かし、コレウセを見た。


【え、あれ、さっきの、ハクイさん?】

【チッ!!】


黒紫色の魔物の尾がぶんと振られ、

その瞬間、コレウセの身体がふっ飛んだ。


【おや】


走るオレンジ色のカエルが、すれ違うコレウセにそう言って、


【ふわーはッ!!】


その前を走る黄緑色のカエルは、コレウセを見て、ニヤけ面でへんな声を上げた。



そして

白いものが、コレウセの視界を埋める。





「いい度胸だな、罪人ども。」





床に顔をめり込ませたコレウセの頭の上に、

ガッと、白靴の細長い足が落ちた。

真ん中分けの短いサラサラとした黒髪、垂れぎみの黒目、真っ白な肌の痩せた男。

白いふわふわの外套を羽織っている。

一見、吟遊詩人のような、あるいは女を転がしてそうな優男にしか見えないが、黒鬼の牢獄の番人である男、ファウスであった。


【げえエエ--!!クソ虫ヤロウ!?】

【ま、待ちたまえ牢番殿!我らはただあの新入りから襲撃を受けて】


叫ぶ黄緑色のカエルとうろたえるオレンジ色のカエルの脳天に、ファウスの白いホウキが振り下ろされた。

ぐひっ!とか、ぐへえッ!という声を上げて、カエルたちの姿が消え失せる。


【チッ!】


ツバぜりあう鋼色の髪の子供と黒紫色の魔物の方へかっぽかっぽと足を繰り出し近づくファウスに、魔物の目が焦りを浮かべる。

子供と魔物の間にある、不可解な振動音と円光は止まらない。


「あんたも、強そうだな。」


ファウスを見上げて、キラキラした目で子供はそう言った。

子供の腕にある革の手袋は裂け、肌に枝葉のように赤い傷が刻まれている。

裂けた服の間から見えた黒いものに、ファウスは目を細めた。

罪人の力を縛るソロイが、子供の胸板を覆っているようだった。


(いや、これはほぼ全身じゃないか?)


両手足に身に付けた革に、なにかの力を感じる。ソロイはそこは避けている。


(全身を封じる必要がある奴…、とか、あのヤロウ、とんでもねーもの落としやがって)



「やっぱり、この国、いいなー。」



弾む声で、



「強そうなのが、いっぱいいる。」



子供は言った。



鋼色の目が、爛々と輝く。

ミキメシと、生木の裂けるような音が響く。

同時に、子供の腕に、鋼色の毛がざわざわと生えていく。

黒紫色の魔物の拳が、押し返されていく。

黒いソロイが動き、子供の腕を包もうとするが、弾かれている。


「ハハハハハ!!」


子供は高い笑い声を上げた。

激しくなる振動音と円光が、コレウセやハクイの身を圧迫する。

その後方からやってきていた老人夫婦が、ばたり、ばたりと倒れた。


「戦おうよ!!ずっと、いっぱい、戦おう!!永久に!!戦い続けようよ!!」

「--ー。」


ファウスの手の中にある白い箒が輝き、その先から、白い風が飛び出した。

風は、子供の周囲をぐるぐると流れ、不可解な振動音と円光を遮断した。


「アハハハハハ!!ハハハハハハハハ!!」


それを見た子供は、さらに楽し気に笑い声を上げた。


「戦おうよ!!ねー!!ねーー!!」

「ジャージィカルのヤツ、とんでもねーの落としてきやがったなァ。」


苦虫を潰したような顔をしたファウスの片方の黒い目が、緑色に鈍く光っている。


「ねー!!ねー!!ねー!!」

「うるさいな、おまえいつもそうなの?周りにいるヤツらに大迷惑だろ。」

「周り?」


輝いていた目が、少し翳る。

振動音と円光も、少し弱くなった。


「そうだな、周りにいるヤツは、みんなオレより弱いから、壊れやすくてさ、よく、ジイヤに叱られる。けど、ここにいるヤツはそうじゃない!地獄の王も、おまえも、おもいッきり遊んでもさ、壊れないだろ?!」

「バカ!オレらが大丈夫でも、ここには弱いヤツもいるんだ!力を抑えろ!」

「弱いヤツなんかいないよ!どこにもいないね、そんなヤツ!」

「あっちでくたばりかけてるっつーの!」


ファウスが指を差した場所には、老人夫婦が倒れていた。おそらく、コレウセたちが心配になり様子を見に出てきていたのだろう。


「アレはオレのじゃないし、関係ないよ。」


子供は、なんの邪気もない目をファウスに向けて言った。


「おまえ…」


(!!)


ファウスは動きを止めた。


最愛の妹、フィユルがこちらにやってきている気配がする。

ファウスは、妹の位置を常時把握できるようにフィユルに魔法をかけている。

危険なことがあれば、フィユルにかけた守護魔法が発動するようにもしているし、ファウスにも察知できるようにしている。

ゴミ共がうようよいる牢獄で、ひとつの傷もつけることのないように。


(なんで、こっちに向かっている?!)


そして、フィユルの移動速度が速すぎる。


(くそッ!!)


ファウスのもう1つの目が、青白く輝いた。

急に黙り込んだ鋼色の髪の子供を見下ろす。


(コイツは殺すぞ!クロウ!!オレの最優先は、フィユルだからなッ!!)


ファウスの身体から、青白い光がバチバチと飛び出す。






「やっと見つけたぜ…」






ファウスのすぐ後ろで声がした。

それは、フィユルと共にいた人間の声だった。

黒髪と青い目をした人間の男、フィユルにカッコいいとか言われやがっていた、隙を見て魔魚の餌にしてやろうと思っていたあの男だ。

フィユルの気配も後ろにある。


(コイツか!!フィユルをこんなところに連れてきやがって!!千切りにして、魚のエサにしてやるッ!!)



振り返ったファウスは、停止した。



全身真っ赤な人間が立っていた。



ポタポタと、赤い液体が床に落ちる。



「?!」



赤いモノが、ざっと浮き上がり、霧散した。

姿を現したのは、黒髪と青い目と青い服の人間、たしかアオヤギだ。


「おまえ…!」

「あ、お兄さん」

「お兄さんやめろッ!!フィユルはどこだ?!」


アオヤギの背で、何かが動いた。

ファウスは青柳の背負う水色の箱に駆け寄った。

触れるとぷるりとへこむ箱の蓋がフッと消え、

橙色の長い髪と、桃色の目をした女の子がファウスを見上げた。


「フィユル!!」


ファウスは、フィユルを抱き上げた。

その瞬間、水色の箱はパッと霧散する。


「無事だったんだね!!こんな汚ならしいクソヤロウどものいるトコになんて来ちゃ危ないじゃないか!!」

「お兄ちゃん!!ヤギさんを止めて!!あの人たちが死んじゃうよ!!」

「?死ぬ?だれが?ここにいるゴミどもは、ソロイを身に付けているから、そんなことは起きないって知っているだろ、フィユル。」

「え?あれ?いない…?」


フィユルは、焦ったように、何度も辺りを見渡していた。


(罪人同士で戦っても、致命傷になる攻撃はソロイの黒に消される。傷を負ってもソロイの銀が癒す。だから、死ぬわけ…)


ファウスは、鋼色の髪の子供に声をかけているアオヤギを見た。

フィユルを片手に抱えて、ファウスはアオヤギに近づく。


「アオヤギくん。」

「なんですか、お兄さん。」

「首を引きちぎられたいようだね。」

「そういえば、殺されかけてたなー。コイツが助けてくれなきゃ危ないとこだった。」


鋼色の髪の子供の肩の上で、黄色い蜘蛛が前肢をワシャワシャと振り上げる。


「罪人は、ソロイを身に付けている限り、死にはしないから大丈夫さ。」

「へ~、そりゃア、すごい。」

「黒が、相手への致命傷になる攻撃を消すんだ。クロウの力だ。」

「へ~。」

「銀が、癒しの力だ。身に付けた者の心身を癒す。ゾフタルキタの力だ。」

「へ~。」

「傷跡ひとつない今の君には、必要なさそうだけど、」


ファウスは、アオヤギの腕を取る。

黒いソロイに包まれたそれの、銀の石が淡く輝いていた。


「君は今、何をしているの?」











青い氷が、捻れ、捻れて、伸びていく。



(助けてくれ!!誰か!!)



男の両手は、操り人形のように赤いロープで天井に吊るされていた。

両足も同じく赤いロープに縛られ、四方に手足を広げた状態で、空中に留まっていた。

他の仲間の男たちも同じ状態だ。



(なんなんだよ、これはよォ?!)



辺り一面、青い氷に覆われていた。

吐く息さえ凍りつく、極寒の空間。

そして、天井から、足元から、

そこかしこから、青い氷のヤリが生えてきた。

メキメキと音を立て、争うように伸びていく。

中空に浮かぶ人間など、気にもせずに。



「うガアアあああああ!!」

「ギィヤアアアア!!」

「いたいいだいいだ--イイイイ--!!」



慈悲なく身体を貫いていく氷鎗に、男たちの悲鳴が響き渡る。

男たちの身に付けたソロイの銀が輝いていた。

そのおかげで、大量の血が流れても、すぐに死ぬことはないだろう。



だが、



脳天に近づく、氷の先、

股関に近づく、氷の先、



(どうしてこの氷は消えないんだ?!)



避けきれなければ、



(これは、攻撃だろう?!アイツも、ソロイを付けていたぞ。なんでソロイで消えねーんだよ?!)



避けきれなければ、



(くそッ!ちくしょう!!アイツ、あの)



黒髪と青い目の異国人、



揺れる、



青い目、



憎悪、憤怒、狂喜が揺れる--ー



(悪魔めエエエ--ー!!)







牢番の妹と一緒にいたのは、やせっぽちのクソガキ。


あの牢番が、側にいなかった。


女を久しく抱いていない自分たちは、妹を使おうと思ったのだ。


世間知らずの力の無い妹、簡単に思い通りにできると思っていた。



だが、気づけばオレたちは全員倒れていた。



骨が、折られた。

内臓が、砕かれた。

手足が、もがれた。

割れた身体から、赤い血が吹き出した。



何度も、何度もだ。



死にはしない。



自分たちのソロイが、銀が、癒してくれるからだ。




そして、

アイツは、



あの青い悪魔は、




アイツの世界に、




氷の世界に、オレたちを放りこんだ。




叫んでも、叫んでも、誰もやって来ない。




助けは来ない。













「なーんにも」



青い目を細めて、青柳はファウスに言った。


「製作者がイカれてるから、こっちもイカれてるんじゃないですかねェ~」


青柳は、ふーッと、ため息をつきながら、頭を振った。

そんな青柳の手を、鋼色の髪の子供、季忌鉛師がガッ!と掴んだ。

青柳の両腕で輝くソロイをじっと観察する。

青柳の片足が、季忌の胸をゴッ!と蹴った。

が、季忌はびくともせずに、



ボキリ



「グアアアアアッ!!!」



青柳の腕を折った。



「何しやがるッ!!てめえッ!!ああッ?!」



ボキリ



もう1つの腕を折った。



「ギャアアアアアア!!」



青柳の両腕のソロイが、ひときわ輝きを増し、曲がってはいけない方向へ曲がっていた腕を元の状態へと戻していく。


「……てめえ、」


荒い息を吐き、涙をためた青い目で青柳は季忌を睨み付ける。


「やりすぎー。」

「……………クソッ!!」


青柳のソロイの銀は、もう輝いていない。


「邪魔すんじゃねーよッ!!」

「配下のヤツが間違ったら、正してやるのが、当然だ。」

「……………………………なんてった?」

「間違えた。」

「そうだろう。」

「嫁だった。」

「ョぉ」

「103番目の嫁。」

「ヒゃくさんッ?!オマエ、10歳くらいにしか見えないんだけど?!ひゃくさんッッ?!オレッ!オレ嫁1人もいないんだけどッ?!」

「それを言うなら、おまえ女なんだから、夫がいないが正しいだろ?」

「え?この魚のエサは、女の子だったのかい?」


顔をひきつらせた青柳を指差すファウスに、季忌は、うん、と頷いた。


「コイツに抱きしめられたんだけど「してねーよッ?!…あ?」その時、胸あった。」

「そうか、……………………………小さいんだな。」

「ううるせエエエ--!!見んなクソがアア!!う?!フィユル?!ちょ、やめ!!」

「それで、オレはコイツを嫁にすることにした。」

「なんでそうなるんだよ?!!」

「強い者は、弱い者を守らなくちゃいけないからさ。」

「は?」


口をぱっかりと開けて、茫然とする青柳。


「とりあえず、腹減ってんじゃないかなーと思って、カエル捕まえてさァ、黒牛とかすごくいいと思ったんだよなァ。」


少し離れた場所に立つ黒牛の魔物を、季忌はじーっと見つめる。


【よくない。全然よくない。】


黒牛ことコレウセは、ぎこちない動きで後退る。


『オイ、帰るぞ。小童コワッパ


灰色の小鳥が、何もない空間から姿を現した。


【ゾフさん~!!どこいたんだよ~!!オレ、焼き牛にされるとこだったんだぜッ!!】

『うまそうだな。』

【ひィッ!!】



空間が歪み、キラキラと、光の粒がにじみ出る。

巨大な黒い扉が現れた。


【そうだ!】


星空のような扉を前に、コレウセは振り返り、青柳に走り寄った。


【何でこんなことになってるのか知らないけどさ、オレ、クロウにさっさとアオヤギのこと出せって言うから!!】

「う?」

【アオヤギが無意味なケンカとかするわけないし!!きっとなにか理由があるんだろ?】

「う…」

【オレはアオヤギを信じてるからさ!!】

「……」


そう、鼻息荒く言って、黒牛は扉の外へと行ってしまった。



『そういえば、』



灰色の小鳥が、ひらりと、宙を舞う。

空色の目が、どろりと黒く濁る。



『残念だな、生きてるぞ。』



黒い焔を宿した青い目が、真っ直ぐと小鳥を見上げた。

青柳の唇の端が上がる。

キヒヒヒ、と笑い声を上げて、小鳥は扉の向こうへと消えていった。



「……………。」



青柳は、青い目を瞬かせた。



(そっか)



青柳はヒトちる。



(ここにいる時なら、アイツと話せるのか…。)



黒牛の魔物は、コレウセは、いつもイナナくばかりで、青柳には、何を言っているのか、さっぱりわからなかった。



(別に、話したくはねェんだけど…、さ。)



青柳の目に、翳りが射す。




「行くぞ!」



ふわりと、青柳の身体が宙に浮かんだ。

青柳の身体を胴を両手に掴んで、頭の上にのっけた季忌が、閉まりかける黒い扉へと駆け出していた。


「なななななにしてんだオマエ?!」

「脱走さ!やっぱり、地獄の王と一番戦いたいからな!」

「戦う?!!」

「そうだよ!オマエだって、首叩き切るって言ってたじゃん!夫婦でやってやろうぜ!」

「言ったけどな!けど!けど…!つーかその夫婦ってやめろッ!!」

「ダメだぜ、クソガキども。」



黒い扉を白金の煙がかき消した。

片目を緑色に染めた、黒髪の青年が、白い箒を手に青柳と季忌を睨み付ける。


「オレは、決して罪人を逃がさない。逃げたいなら、オレを殺すことだな。」


もう1つの黒い目が、青白く輝く。


「「!!」」


ファウスの発する威圧に、季忌は動きを止めた。


「わかったよ。」


季忌は青柳の身体を床に降ろした。


「おまえたちで、当分は我慢してやるよ!」


ぶすッとした顔で、季忌は言った。


「ただし、ごはんがちゃんと出るならな。嫁にひもじい思いをさせたくないんだ。」

「食事はちゃんと出るよ。」

「ならいいよ。」





青柳は、そんな会話をする2人を見ていた。

ファウスの強さには敵わないようなので、逃亡を諦めるのは賛成だ。

季忌の嫁呼びは論外である。

それよりも、青柳が気になっているのは、



(なんなんだコイツ…?)



黒髪、黒目に戻ったファウスをじっと見る。



(コイツ、2つ気配があるぞ。)



(コイツの中、2人いる。)




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