黒鬼の旅

葉都

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第三章 死面の篝火

第六話 起きて

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黒い鱗の大蛇が、大口を開けて迫る。

螺鈿ラデン色の粘液の滴る牙と、真っ暗な口内が覗き見える。

その頭が、消えた。



【あなた…ほんとうに】



辺りを取り囲む黒大蛇たちの頭が、消えていく。

灰銀色の鱗に覆われた長い尾が、青い空を背にして、くねっていた。

尾が、花房のようにくわりと裂けて、閉じる。



【不味いわ…!】



巨大なワニの口から、野太い声ががらがらと鳴る。

青柳の周りにある黒くてヌメヌメしたものが、震えている。

小さな音が聞こえる。



(どうなってんだ?)



巨鰐の下で、仰向けに転がっていた青柳は、身体を起こし立ち上がる。

黒大蛇たちの渦の中心から、笑い声が上がった。

氷色の髪をした男がいた。



(アイツは…)



魅了の術に頭をヤられた時に視界に入った、水色の蛇を掴んで笑っていたヤツだと青柳は思い出した。



(アイツは…)



青柳の心臓が早鐘を打ち、米神を汗が伝う。


笑う男は、視線をこちらに向けた。

片足をそれに振り下ろす。



【ひどいこといいやがるッ!オレが不味いのはオレのせいじゃアない…】



男は、大きく口を開けた。

鋭い牙の生えた口、真っ青な喉と長い舌。



【閉じ込められて、ろくなものが喰えなかったせいだ】



がぶり、


牙を立てる、

立てる。



口元を汚す、あふれて出てくるのは、

青く輝く血。




咀嚼する。




ーーー水色の大蛇の肉を




「ーーーーー!!」

(水嘉多月ミナカタツキーー!!)


黒大蛇に巻き付かれた水色の大蛇は、男に噛みつかれるたびに苦悶の表情を浮かべ、身体を波打たせた。


男の青い目が、青柳を見た。


にまりと笑んだ男の周り、宙に、音を立てて現れた黒い氷塊の群れが、青柳と巨鰐に向かって波のように押し寄せる。



【あら、まあ、】



青柳の周りにあった黒いものが、でろんぞろんと巨鰐と青柳たちの前に集まった。

黒いものたちは、青い湖の底から、どんどんやって来た。

それは、固まり、高い高い壁となり、突撃してきた黒い氷の大群を防いだ。


いや、



「呑み込んでる…?」

【のどごし、最低ーー】



氷色の髪の男は、青い目を細めた。

黒い氷波を呑み込んでいた黒い壁が、凍りつき始めた。



【得意だぜ、水気のあるヤツ操るの~♪】

【……わたくしを侵そうだなんて、1000年早い……】



甲高い音がした。

男の片眉が跳ね上がる。


凍りつき固まっていた黒い壁の一部が、元の姿へと戻っていく。

壁を這う、白金の燐光。

その黒い壁に手をつく黒髪の人間がいた。

青い目が、男を見上げる。



【へ~エ】







日の光に輝いて、青い水の玉が、ふわふわ浮かぶ。

その上にのっている水色の蛇が言っていた。



“あぁ!もう、青柳は、雑念が多いよ!だから上手くいかないんだ…、集中するんだ、君なら必ず出来るから”


“わかってる!オレは、天才なんだからな!出来るのはわかってるんだよ!”


“天才って、”


“こんなの、こんなのなァーー!!”



草原の上、青柳の身体から、白金の燐光がゆらりと立ち上り、丸くなり、そして、伸びてゆく、



“わかった!”


“そうかい、そうかい…ッ?!”



水色の蛇が乗っていた、水の玉に白金の線が浮かび、ぼしゃりと崩れた。



“なッ!!なッ?!”



落ちた草の上で、うろたえる水色の蛇に、青柳はにやりと笑い、両拳を握る。



“やったぜッ!!”


“青柳ーー?!!”




いつか、必ず復讐を。



青柳は御堂の術を学ぶ。

力が必要だから。

だから、考える。

考えるのだ。


学び、


そして、

その逆を考える。



御堂の破壊の方法をーーー。







決して、勝てない。



そんなことが、


許されない、許さない戦いに、




敗北しないために、考えるのだ。








黒い壁の氷縛が解ける。



貪欲な捕食者が、黒大蛇と氷色の髪の男の元へと迫っていく。





〔ねー、ねー、あのさ〕




黒い大蛇と男が、黒い捕食者に手間取っていた時、

青柳は、水色の大蛇の元に降り立っていた。

その横で、白い大虎が、ぷかぷかと浮きながら、青柳に声をかける。



「…………」



水色の大蛇の身体を縛める黒い大蛇の身体に、白金の線が走り、バラバラに散った。



〔オレ、どうしよっか?〕

「…………」



傷だらけの大蛇が横たわる。



〔治したげる〕



白い大虎から吹いた風が、通りすぎた時、小さな水色の蛇がいた。

傷は、もうない。



「………ありがとう」

〔そう?〕



白虎は、尾を振る。



〔でも、きみは戻らないね、さっきまでのきみに〕

「…………」

【青柳…、逃げて、早く…】



水色の蛇が、呻く。



潮流ウルは、きみを殺す気だ…。きみは潮流を殺したヤツとはちがう、別の人間なのに、もう、前とはちがう。ちがう…】


水色の蛇の青い目から、青い涙がボトボトと零れた。


「…………」





【おい、おい、おい~?】



青柳と水色の蛇の前に、氷色の髪をした男が顔を出す。

白い風と、水色の膜が、男と青柳たちの合間を遮る。



【水喜多月~、逃げたらダメじゃあね~かア!オレ、腹減ってしょうがね~んだぜ?かわいい、愛しい、子のために、身を削ってくれるのが、親ってもんだろう?】

「?これ、おまえの子供?」



尋ねた青柳に、水色の蛇は、こくんと頷いた。



【青柳もそうさ!御堂の子供はみーんな僕のいとし】

「あー、そういう、わかったーーー、ぺッ!!」

【ぺッ?!】



青柳は水色の蛇をひっつかみ、白い大虎の背に放り投げた。

氷色の髪の男の、青い目を睨み付ける。


息を吐く。



「アイツは、オレのだ。」



唸るように言った青柳の言葉に、

男の青い目が、螺鈿色に変わる。



【…おまえは、そう思ってたんだろうが…】



笑みを浮かべていた顔から、表情が抜けて落ちて、歪んだ。



【水嘉多月が、選んだのは、おまえじゃない。このオレだ。オレを選んだんだ。


それなのに、


それなのに、


おまえは】




「水嘉多月は、オレの家族だッ!!」




青く燃える目が、螺鈿色の目を睨み付ける。




「オレは許さない…、オレの家族を傷つけたヤツを決して許さないッ!!」




螺鈿色の目が、瞬いた。




ふらりと彷徨い、光を放つ。




【…おまえにッ、おまえに、オレが倒せるわけねーだろオオッ!!】



黒い氷が、男を覆う。

鋭い刃槍のような黒い氷が覆う。

黒氷の塊は、青柳を守る白風と水色の膜に押し寄せる。



「…フゥーーー、ウルだかなんだか知らねーけどよォ」



青柳は、片手を男に向かって上げた。



「黙ってくたばってろ、くそじじいイイイーーー!!」



青柳の身体を、白銀の氷が覆う。

丸みを帯びた氷塊が、黒い氷塊を押し返す。


【は?!じじいだと、てめええエ?!】

「アア?!ぜってえ、じじいだろうが、青い目は、100年に一度くらいしか出てこねえくらい珍しいんだろ?今は、オレしかいねえってさアア!てことはだ!てめえは過去のじじいだ、死に損ないのじじいだ!!じじいは、さっさと若者に全部捧げて、安らかにクタバレヤアアーーー!!」

【あアアアアアア?!なんてクソガキだ!!頭のワリイ、弱いてめえに生きる価値があんのかアアン?てめえが死んどけヤアアーーーーー!!】

「うるせえ、てめえが死ねエエエーーーーー!!!!」



黒氷と白氷は増えて、


半分黒く、半分白い球体のよう。


山のように大きく、そして広がっていく。



湖が、森が、凍りついていく。











(あんなヤツ、どうだってよかったんだ。)





御堂の一族は、母を殺した憎き敵、





(消えてしまっても、よかったんだ。)





その一族を造り上げた神などに、

やる心など、あるものか。





(でも、アイツ、)




水色の蛇は、

眩しいものを見るように、青柳を見る。


その青い目のなかに、在るものを、

青柳は見たことがあった。





“青柳が鬼に成っても、僕は気にしないけどね。側にいるよ。”





“そうなっても、僕は青柳を愛してるよ!”







愛しているよ








「…まえ」


【よ~、顔色悪いぜ、クソガキ?降参しろよ、そして、死んじまえよ。】


「…おまえだって!!きっと、今だって、水嘉多月は、おまえを愛しているのに!!」





【それがどうかしたか?】






螺鈿色の目を細めて、氷色の髪をした男は嗤う。






【オレの欲しいモノじゃあねエ】




 


「…知ってるよ」





青柳の白氷が、黒氷に蝕まれていく。

嗤う男の顔が、強ばった。



【?!】



青柳の指先が、男の胸に触れていた。

男と青柳の間に在った氷が消えている。



赤い血肉がのぞく、青柳の指先から、

白金の燐光がゆれ広がる。



男の身体に、網目のように広がって、



その身体がひび割れる。



黒い血が吹き出した。




【ア…、なッ…!】




砕けて消えていく黒い氷塊、

赤く染まった黒髪の人間は、こちらを見ていた。

自分と同じ色したその目は、


あの時とは、ちがう色ーーー。




(ああ、)




(見たことある)




(見たこと…)




(あんな…)





男の視界は滲み、闇へと落ちていった。








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