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第一章 銀の訪れ
第十八話 素晴らしい
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三泉神社に続く石段を、たくさんの人が行きかう。
きゃッきゃ笑う小さな子供を連れた若い夫婦に、ゆっくり歩む老夫婦。
その手には、丸く編んだ藁縄に竜の絵が描かれた白い土鈴が付いた御守りがある。
その年に収穫された供物の見返りに、竜神様からいただくというものだ。
村人は、それを家の戸口に飾って魔除けとしたり、身につけたりしている。
コロコロと鳴る音が、神社のあちこちから聞こえてきた。
「……。」
青柳は、首に下がる白い土鈴を見下ろす。
村人たちの魔除けの鈴と比べて、3倍くらい大きい。
音も同じように大きくなり、動くたびにガラゴロゴロゴロいうのだ。
すれ違う人たちの視線が、わずらわしい。
(オレは、犬猫じゃないっての。)
一番あれなのは、青柳の腰にくくられた太い藁縄だった。
縄の先は、隣を歩く藁色の髪の少年の腰にくくられていた。
昨晩は、わんわん泣き喚いていたくせに、今は、にこにことご機嫌に、屋台で買った串団子をむしゃむしゃ食べている。
「?、青柳も食べる?」
「…いらねぇ。つーかよ、これ外そうぜ?な?恥ずかしいだろッ!」
団子を差し出す比呂に、青柳は縄を掴み訴える。
だが、比呂は困った顔で、首をかしげる。
「けど、どうやって外すの?青柳の刀で切れなかったじゃないか。」
前の晩、村を出ていくと言った青柳に、比呂は泣きわめき離れようとしなかった。
それを見た神主は、のしのしと神社の社に向かい、のしのし戻ってくるとその手に持ってきた藁の縄を、青柳と比呂の腰に結びつけた。
すると、比呂は不思議そうな顔をして、青柳から離れた。
青柳は、すぐに刀を抜き縄を切ろうとしたが、いくらやっても切れない。
「神様の御縄だからな。人間には切れないぞ。」
神主は、ニヤニヤ笑いながら、比呂を小脇に抱えて家に入っていく。
そうすると、必然、青柳も付いていかざるを得ない。
青柳の旅立ちは、ぶち壊しとなった。
「オレには無理でも、他のヤツなら大丈夫かもしれないだろ?」
青柳は、懐から短刀を取り出す。その鞘は白地に黒竜と赤竜が描かれていた。
「どうしたのそれ…」
「神主様の腰にあったヤツ。」
「盗んだの?!」
「霊験アラタカな刀なら、ってよ、いいから、やる!切れ!」
比呂は、しぶしぶ短刀を受け取った、が、縄を切ろうとしてもやはり切れない。
「うあーーー!!」
地団駄を踏む青柳の肩にするりと白い手がかかる。
「何してるのかな?」
緑色がかった黒髪と目をした美女、村長の杜若だった。
白い着物に、黒地に白い竜の柄の帯を締め、
その上から、白の羽織を着ていた。
後ろには村長の幼なじみ兼護衛の男、春重が、村長にしなだれかかられてる青柳にギリギリと殺気を飛ばしている。
今日は祭りだからか、野良作業着ではなく、筋肉ムキムキの身体に、白い狩衣と黒い袴を身に付けている。武器は、いつもの鎌ではなく、槍を一本持っていた。
「まさか逃げる気?ねぇ、ねぇ?!」
「そ、そ村長おおお?オレ、?!!…イッテえええ?!!!」
春重が青柳を足払いで仰向けに地面に転がし、槍の石突きで、青柳の鳩尾を突いた。
杜若は、ぐすりと顔を歪めた。
「…昨日、神主様にお話を聞いた時、私がどんな気持ちだったか…。」
昨晩の青柳の出ていく宣言を聞いた神主は、村長の家に怪しげな手紙(半透明な鶴)で連絡したらしい。
村長は、すぐに駆けつけた。後ろには、いつもの春重もいて、何故か、三夜婆さんもいた。
青柳の全身から汗が吹き出した。
その後は、三夜婆さんに締め上げられ、村長に情のない言動だと責め立てられ、泣かれ…、泣かれて…。
「あれだけ言ったのにわかってくれてなかったのね?グスッ」
「そ、村長…、ッイッテええええ!!やめろグリグリすんな!腹が出るッ!!」
比呂は、はらはらと涙を流す杜若を見上げた。
「村長…青柳は、村長のこと、大好きなんだよ。本当は、離れたくないんだ。」
「?!っ、まッ!比ッ!グアッ?!グアーッッ!!」
跳ね起きようとする青柳は、だが、鬼のように凶悪な顔をした春重の、更なる強圧に阻まれた。
「…まあ。」
「けど、なんか、心配してる。すごく心配してるんだ。理由はわからないけど…。」
村を出ていくと、嘲り、笑う青柳の身体にまとわりついていたのは、
悲しい…怖い…
たくさんの青。
青柳は大人たちに問い質されても、理由をどうしても言わなかった。
杜若は、比呂の藁色の頭を撫でた。
「わかってる。青柳は文句ばっかり言ってるけど、村のみんなのこと大好きなのよ。比呂のこともね。」
「…うん。」
もじもじと顔を赤らめる比呂。
「ヤメロー!!?」
顔を真っ赤にして地面でのたうち回る青柳の顔を、杜若は覗き込む。
「大丈夫よ、青柳。あなたは、もう村を出て行かなくてもいいの。…問題は、解決するわ!」
杜若の目がギラリと光る。
「神主様が、クズどもを血祭りに上げてくれるわッ!!」
「え?」
「村の子に手を出して、生きて帰れると思うなよ!!」
「え?!」
「え?ちがう?」
ひげを生やした熊のような男だが、三泉神社の神主である、白泉は、目を見開いた。
祭りの合間を抜けてきたため、黒地に白い雲と金色の稲妻を浮かべた狩衣に、白い袴という、神主の正装である。
「あんたが、青柳のケツを追い回してた、男好きだって…」
「………。」
「そうだよ!昨日、青柳が、アタシのところに来た時も、コイツが、後ろに引っ付いてた。コイツのせいに違いないね!」
「………。」
「ほら、目撃者もいるんだよ?オレはね、絶対嫌だけどね、あんたほどの色男ならいいっていうヤツもいるだろうけどね?アイツはね?ダメなのよ、アイツ猿で、男にしか見えないけどね?ああ見えて女の子なのよ、あんたのケツにはならないの。」
「突然来て、何言ってんの?!!あんたら?!!」
春風は、神主と、その横にちょこりと立つ老婆、三夜婆さんに、叫んだ。
彼らの言葉に、主である紅羽は、真っ白になって震えている。
青柳の家の庭にやって来た2人の訪問者は、春風と紅羽を見つけると、ものすごい勢いで詰め寄ってきて、まくし立てたのだ。
三夜婆さんは、春風の腹に、高速で指をつつきこむ。
「男好きに迫られた、青柳のアホがッ!村出て行くって言ってやがんだよッ!とぼけたこと言ってんじゃあねぇぞ!坊主!!張っ倒すぞッ!!」
「イダダダダダダダダ?!!!」
【何だとオオオオ?!!】
甲高い声が聞こえたほうを見ると、鋼の小さな鳥籠が、草むらから顔をだした岩の上に置いてあった。
鳥籠の中には、水色の蛇と、小さなものがいた。
「ラユシュさん?!」
銀髪と褐色の肌の老人、ラユシュが座っていた。
「アンタそんなとこで何やってるんだ?!」
籠をひっつかみ叫ぶ三夜婆さんに、飛んでくる唾を灰色の着物の袖で防ぎつつ、ラユシュは困ったように笑った。
【おい!ババア!!青柳が村を出て行くってどういうこと?!】
水色の蛇が、そんなラユシュの前に滑り込み、クワッと口をあけた。
ラユシュも腕を組み、首をかしげる。
「あー、そうですよ、それどういうことです?」
【青柳が、ボクを置いていくーー?!!イーヤアアアアアアーーッッ!!!】
「…耳が…」
紅羽は、騒がしいその鳥籠を、三夜婆さんから取り上げた。
「……。」
紅羽は、鋭い目で辺りを見渡す。
「ダメだぜ、お客さん。」
神主の手が伸び、紅羽から鳥籠を奪う。
「アンタには、おとなしく青柳を諦めて帰ってもらいたいんだ。もちろん、ラユシュのじーさんも。」
「……鬼を野放しにできるものか。」
「それがねー」
【帰れ】
フワリと雲が沸き立ち、白いウサギのような風体をした、竜神の白雲が、神主の隣に現れた。
その赤い視線をひたりと、紅髪の青年に定める。
【この村から、何1つ持ち去ることは許さん。諦めて帰れ。】
「うちの神様も、こう言ってるんだよねー」
「おや、おや、久しぶりだよ。白様だ!」
紅羽は、白雲を睨み付ける。
炎が揺れ踊り、紅羽の足元に赤い狼が姿を現す。
〈白竜よ。何故、鬼を守る。〉
【ラユシュは、人間だ。青柳もだ。連れていく必要などない。貴様なら、わかるだろう。その鼻は飾りものか?】
〈アンタこそ、頭がおかしいのか?そこの老人もあの子供も危険だ。それに、黒い鬼、とは一体何だ?〉
【!!あれか?あれは持っていっていいぞ!!】
白雲の険しかった顔が、パァッ!と輝いた。
【我は、アイツなんて知らんしな、アイツなんかしゃべったこともないしな、アイツなんか手におえ…、怖くないしなッ!】
〈……………。〉
赤い狼は、赤髪の青年を見上げた。
〈帰るぞ。〉
「?!」
〈厄介事に関わる必要はない。〉
【ちょっと待て!】
〈お身体に気をつけてお過ごしください、ご老体。〉
【我は、ピチピチだッ!!】
鳥籠の中から、赤い狼と白い竜の争いを見ていた水色の蛇は、隣にいる人間に目を向ける。
眉間にシワを寄せた顔、その色は、どす黒く、シワの刻まれた額から汗が滴る。
【どうしたんだ?震えて……。病か?おい!熊!どうにかしろ!】
舞台の四隅に立てられた、青々とした羽葉の枝の上で、赤色と黄色と白色と水色の飾り布が泳ぎ、白い鈴がカラコロ鳴る。
舞台の上を、村の子供たちが、赤い狩衣と白い袴を身に付け、金色の鈴を右手に、白色の鈴を左手に持ち、笛の音に合わせて踊る。
興味津々に見物している比呂の横で、青柳は頭を抱えていた。
神主たちが、赤髪の旅人のところへ殴り込みに、しかも、ものすごく失礼な誤解をして行ってしまった。
青柳が、全く違うと慌てて否定したが、村長は、気にしなくていい、大丈夫と言うばかり。
(大丈夫って、大丈夫じゃないんじゃないか?赤髪野郎ぶちギレるんじゃ、えー?どうしてそんな変な話になって…面倒くせー!つーか、言わねーオレのせいだけどー?!いや、オレじゃなくて、クソ鬼のせいだ、クソ鬼が見つかりやがるから!出てこねーからで、オレは悪くねーー!!くそオオオオーー!!)
「ちょっと、あんた!」
もんもんと悩む青柳に艶やかな声がかかる。
黒髪と赤い目をした絶世の美女、男、仁矢が立っていた。
長い黒髪を登頂部で1つにまとめ、ひらひらとひだのある白い異国の衣に、赤地に銀色と緑色の糸で模様を縫いつけた長布を巻き付けている。髪飾り、耳飾り、首飾り、腕輪と、銀色と緑光石で飾られ、その姿は、大国を滅びに導いたという、伝説の美姫のようである。
仁矢の周りは、失神者の屍が積み重なり始めていた。
美しい!とばたりと倒れた人の後ろにいた人が、また、ああ!とか感嘆の声を上げて倒れるのだ。
祭りの人混みの中、どんどん将棋倒しのように広がるそれを、青柳はげんなりと比呂はぽかんと眺める。
「まだ着替えてないの?信じられない!あのガキどもの次は、アタシたちが踊る番よ!」
「は?踊らねーよ?見てみろこれ。全然切れねーし。」
青柳は、比呂とつながる縄を掲げる。
「は?!何言ってんの?!あれが見えないの?!」
仁矢の指差す方向を見てみると、仁矢の名前がかかれたハチマキを頭に巻き、旗を広げ、境内にひしめく団体がいた。
皆、ギラギラとした目で、こちらを見ている。
「「「「ジンヤさまーーーーッッ!!!」」」」
「えなにあれ」
「あれ、仁矢の周りで、よく見かけるよ。おっかけっていうんだよ。」
顔をひきつらせる青柳に、比呂はその袖を引きながら伝える。
「呼び捨てしてんじゃないわよ、クソガキ。とにかく?このアタシを魅せてやらないわけにはいかないじゃぁない?ホラ、さっさとこれに着替えなさいよッ!」
青柳に投げてよこされたのは、仁矢と同じ、白いひらひらの衣に、青地に、銀色と緑色の糸で模様を縫いつけた長布と、装飾品。
「無理なこというなよ。比呂をどうするんだよ?抱えるのか?おまえ踊れたか?比呂。」
比呂は、青柳と仁矢の練習を思い浮かべた。
青柳が壺を、仁矢が剣を持つ演舞は、美しかった。
が、殺し合いだった。
青柳は壺で潰そうとし、仁矢は切り刻もうとしていた。
少しでも隙を見せれば、死が待っているという、地獄の…
「…踊れない。…死ぬッ!」
「ほらみろ。?、死ぬって何だ。」
「いいから、着ろ!!アタシの晴れ舞台を月子さんに見てもらいたいの!!ほら、上からかぶればいいわよ!これ邪魔!」
「勝手なこと言ってんな!一人で踊れよ?!」
仁矢は青柳の首からゴロゴロなる大きな白い鈴を取り上げ、比呂に押しつけると、無理やり白い衣をガボッと着せて、青い長布を首に巻き付ける。
比呂は、白い鈴を首にかけてみた。
大きくて、比呂の顔ぐらいあるその鈴。
「……?」
比呂は、首をかしげた。
(どうしたんだろう。)
なんだか震えている。
カラコロ、ゴロ…
「きれいな織物ですねー。」
青柳の青い長布を手にとり、若い男が話しかけてきた。
黒髪と黒い目のにこやかな顔をした若者だ。
「銀色の小鳥と、緑の樹の模様…ですか。」
仁矢は、男を見て眉をひそめる。
青柳は、ラユシュ老人が、虹色玉から青い長布を作っていた時に言っていた言葉を思い出す。
「鳥は、南の国の神様なんだってよ。樹から葉っぱをむしって、ばらまいて、大地とか、なんとか、色々作ったって言ってた。」
「ふふふ」
男は、何度もうなずいた。
「そうでした、そうでした。」
「……。」
青柳は何となく比呂を見て、男を見た。
「オレのうちに住んでるヤツが、作ったんだ。神様大好きなジジイ坊主。」
「へぇ、お坊さんですか。博識な方ですね、異国のモノなのに。」
「ここの国のヤツじゃあない、異国人でさ。肌の色も茶色で。ブラトゥ国のヤツで、トマシラっていう村の」
「トマシラ?」
ゴロ… コロ…
男の顔から、かたりと表情が消えた。
「…知ってるのか?」
青柳は、不思議そうに男を見ながら、かぶらされた白い衣を整え、青い長布を首に巻き付けた。
装飾品は、地面に捨てる。
「そのお坊さん、は、」
男の目の色が、黒、空色、黒、と変化する。
「にんげんは」
「あ?作ったヤツ?オレの家にいるぜ?会いたいか?」
「はい…」
「いいぜ、連れて行ってやるよ。」
青柳は、比呂を引き寄せ、背負った。
二人をつなぐ縄に、男は首をかしげる。
「その縄は?何?」
「切れないんだよ。」
「?切れましたよ。」
男に引きちぎられて、縄は、ぼとりと落ちた。
パンッ!パンッ!パンパンパンパンパン!
破裂音が響き、子供の悲鳴が上がった。
舞台で舞う子供たちが持っていた鈴が砕け、黒く溶け落ちていた。
砕けたのは白い鈴。
黒く溶け落ちたのは、金色の鈴。
「さあ、行きましょう。」
男は、とても嬉しそうに笑った。
比呂は、ガタガタ震えながら、青柳の背中をぎゅっと掴む。
「すごいな、オレがいくらやっても切れなかったのに。」
青柳は、比呂を背中から降ろした。
「じゃあ、おまえはここで遊んでろ。ウサギ野郎が、もうすぐくるから、あいつと一緒にいろ。」
「あ、あおやぎ」
比呂の顔は、紙のように白かった。
男を見た時から、ずっと、怯えていた。
青柳は、考える。
(けれど、アイツの時ほどじゃあない。)
「おや、君の、髪の色は、なんだか」
そう言った男が、比呂の藁色の髪に手を差しのべた。
その指先は
褐色の
黒い爪の
『金、色、ではないか?』
男の唇が、激しい喜びを、
男の目が、激しい憎悪を語る
長い銀の髪をなびかせて
黒い2本角
禍々しいほど美しい鬼が現れた。
ああ
ああ
魔の闇の
異形となった我が身だが
(オレの家族を)
聖なる太陽
(恋人を)
清らかな月
(友を)
この身を焼きつくす光よりも
(村の人たちを)
憎い
(殺した)
忌まわしい
(殺した)
存在への
(殺した)
怒りが
(殺した)
怒りが
カラ、ゴロ、コロ、コーーーーーーー ー
光がはじけた。
鬼の褐色の手が消え、その顔も黒くどろどろに溶けている。
鬼と子供の間で、バチバチと雷光を放ち、半透明の小さな竜が吼えていた。
比呂の胸にあった白い鈴は、砕け落ち、地面に散らばっている。
「目ー腐ってんのか。」
鬼の視界に、青い空が広がる。
小さな銀色の小鳥が、緑の樹と共に
世界を旅する。
その空色の目に、世界をうつす。
それは、
青い長布は、鬼の頭を、肩を、腹を包みこみ、
『……!!』
縛り上げた。
鬼の身体が宙に浮く。
流れる景色、景色。
子供が小さくなっていく。
鬼はもがくが、青い長布は巻き付いて離れない。
『何だ、これは』
『ねー、これ、何?何で取れないのー?』
鬼は、青い長布の先にいる青柳を振り返る。
「うる、せー!!」
青柳は、歯をくいしばる。
比呂を殺そうとした鬼に怒りが止まらない。
自分の側にいる人間が、死にかけた事実に、恐怖と怒りが止まらないのだ。
そして、その鬼の姿が、
空色の目が、顔が、肌の色が、髪の色が、
青柳に、くそったれで、最悪な事実を教えるのだ。
『金色、金色は、殺す---』
鬼の身体から、異形の動物や、虫や、植物がこぼれ落ちた。
銀色のそれは地面に落ちると、黒い眼窩を神社のある方角へ向けた。
『皆殺しだ。』
銀色のそれが通った道は、黒く溶けた。
どろどろに腐った。
それに触れられた小さな栗鼠リスの身体がみるみる黒くなり、銀色にパクリと食べられる。
銀色は、2つに別れた。
「!!」
『たくさん食べろ、食べて、食べて』
『そして』
『死ね』
『死ねばー』
『あれの身体の猛毒で、全部、腐り枯れる。』
『金色が愛した土地、育んだ植物も、動物も、二度と生まれない。』
『そうやって金色の国を消した。』
『アイツらは、もう、生まれない。』
『二度と…』
鬼は、笑い声を上げる。
『素晴らしいーーーーー----!!!!!!』
「やめろ!!」
青柳は、叫んだ。
「比呂は、おまえの言う、金色の髪じゃない!!この村のヤツだって関係ない!!殺すなんておかしい!!」
鬼は、目を瞬いた。
『そーなの?』
「そうだよ!!」
『本当かな?』
「本当だッ!!」
『でも』
鬼は、地面にトンと降りた。
青い長布は、黒く腐りちぎれて、宙に消える。
黒く潰れた顔も、消えた腕も、みるみる元に戻ってゆく。
鬼は、にっこりと笑った。
『どーでもいいよ、そんなこと。』
「……!!」
『人間がどうなろうが、どうでもいい。』
銀色の鬼は、地面に転がった青柳の首を掴み上げる。
美しいその鬼の顔は、心から嬉しそうに、楽しそうに、青柳の顔の半分に黒い爪を立て引いた。
「グッ!!!アッ、アアッ!!」
血が溢れ、地面にしたたり落ちる。
静かな森の中に、少女の悲鳴が響き渡る。
(人間の悲鳴は、素晴らしい。)
と鬼は思う。
何度聞いても、癒されるのだ。
何度聞いても、
何度聞いても、
何度聞いても、
飽きやしない。
それは、不安に泣く子供に
母が歌う子守唄のような
それは、砂漠に渇いた身を潤す
水のような
(あの子供の悲鳴もきっと…)
静かな森。
『?』
鳥の声も、虫の声も、聞こえない。
静かな森。
人間の悲鳴が、聞こえない。
ボタボタボタボタボタ…
紫色の炎を上げた、黒いモノが降ってきた。
『?!』
異形の生き物たちが、黒い縄に縛られ、巨大な肉団子のように潰れて木の枝に巻き付けられていた。
それは、鬼が先程生み出した、銀色の異形の生き物の、成れの果てだった。
「あー、ヤダヤダ。何でアタシがこんなコトしなくちゃならないの?」
その肉塊の隣に座り、悩まし気に、絶世の美女はため息をついた。
クイッと、その白い指に絡んだ黒縄を引っ張る。
パンッと、巨大な肉団子が弾け飛んだ。
「フフ、だけど…」
歪む赤い唇。
「アーハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!」
「寝グソ野郎の、悲鳴は最高ね!!すご~く癒されるわ!!最高だわーーーーーーーーー!!」
黒縄を宙に遊ばせながら、
仁矢は、大輪の花のように美しい笑顔を浮かべた。
きゃッきゃ笑う小さな子供を連れた若い夫婦に、ゆっくり歩む老夫婦。
その手には、丸く編んだ藁縄に竜の絵が描かれた白い土鈴が付いた御守りがある。
その年に収穫された供物の見返りに、竜神様からいただくというものだ。
村人は、それを家の戸口に飾って魔除けとしたり、身につけたりしている。
コロコロと鳴る音が、神社のあちこちから聞こえてきた。
「……。」
青柳は、首に下がる白い土鈴を見下ろす。
村人たちの魔除けの鈴と比べて、3倍くらい大きい。
音も同じように大きくなり、動くたびにガラゴロゴロゴロいうのだ。
すれ違う人たちの視線が、わずらわしい。
(オレは、犬猫じゃないっての。)
一番あれなのは、青柳の腰にくくられた太い藁縄だった。
縄の先は、隣を歩く藁色の髪の少年の腰にくくられていた。
昨晩は、わんわん泣き喚いていたくせに、今は、にこにことご機嫌に、屋台で買った串団子をむしゃむしゃ食べている。
「?、青柳も食べる?」
「…いらねぇ。つーかよ、これ外そうぜ?な?恥ずかしいだろッ!」
団子を差し出す比呂に、青柳は縄を掴み訴える。
だが、比呂は困った顔で、首をかしげる。
「けど、どうやって外すの?青柳の刀で切れなかったじゃないか。」
前の晩、村を出ていくと言った青柳に、比呂は泣きわめき離れようとしなかった。
それを見た神主は、のしのしと神社の社に向かい、のしのし戻ってくるとその手に持ってきた藁の縄を、青柳と比呂の腰に結びつけた。
すると、比呂は不思議そうな顔をして、青柳から離れた。
青柳は、すぐに刀を抜き縄を切ろうとしたが、いくらやっても切れない。
「神様の御縄だからな。人間には切れないぞ。」
神主は、ニヤニヤ笑いながら、比呂を小脇に抱えて家に入っていく。
そうすると、必然、青柳も付いていかざるを得ない。
青柳の旅立ちは、ぶち壊しとなった。
「オレには無理でも、他のヤツなら大丈夫かもしれないだろ?」
青柳は、懐から短刀を取り出す。その鞘は白地に黒竜と赤竜が描かれていた。
「どうしたのそれ…」
「神主様の腰にあったヤツ。」
「盗んだの?!」
「霊験アラタカな刀なら、ってよ、いいから、やる!切れ!」
比呂は、しぶしぶ短刀を受け取った、が、縄を切ろうとしてもやはり切れない。
「うあーーー!!」
地団駄を踏む青柳の肩にするりと白い手がかかる。
「何してるのかな?」
緑色がかった黒髪と目をした美女、村長の杜若だった。
白い着物に、黒地に白い竜の柄の帯を締め、
その上から、白の羽織を着ていた。
後ろには村長の幼なじみ兼護衛の男、春重が、村長にしなだれかかられてる青柳にギリギリと殺気を飛ばしている。
今日は祭りだからか、野良作業着ではなく、筋肉ムキムキの身体に、白い狩衣と黒い袴を身に付けている。武器は、いつもの鎌ではなく、槍を一本持っていた。
「まさか逃げる気?ねぇ、ねぇ?!」
「そ、そ村長おおお?オレ、?!!…イッテえええ?!!!」
春重が青柳を足払いで仰向けに地面に転がし、槍の石突きで、青柳の鳩尾を突いた。
杜若は、ぐすりと顔を歪めた。
「…昨日、神主様にお話を聞いた時、私がどんな気持ちだったか…。」
昨晩の青柳の出ていく宣言を聞いた神主は、村長の家に怪しげな手紙(半透明な鶴)で連絡したらしい。
村長は、すぐに駆けつけた。後ろには、いつもの春重もいて、何故か、三夜婆さんもいた。
青柳の全身から汗が吹き出した。
その後は、三夜婆さんに締め上げられ、村長に情のない言動だと責め立てられ、泣かれ…、泣かれて…。
「あれだけ言ったのにわかってくれてなかったのね?グスッ」
「そ、村長…、ッイッテええええ!!やめろグリグリすんな!腹が出るッ!!」
比呂は、はらはらと涙を流す杜若を見上げた。
「村長…青柳は、村長のこと、大好きなんだよ。本当は、離れたくないんだ。」
「?!っ、まッ!比ッ!グアッ?!グアーッッ!!」
跳ね起きようとする青柳は、だが、鬼のように凶悪な顔をした春重の、更なる強圧に阻まれた。
「…まあ。」
「けど、なんか、心配してる。すごく心配してるんだ。理由はわからないけど…。」
村を出ていくと、嘲り、笑う青柳の身体にまとわりついていたのは、
悲しい…怖い…
たくさんの青。
青柳は大人たちに問い質されても、理由をどうしても言わなかった。
杜若は、比呂の藁色の頭を撫でた。
「わかってる。青柳は文句ばっかり言ってるけど、村のみんなのこと大好きなのよ。比呂のこともね。」
「…うん。」
もじもじと顔を赤らめる比呂。
「ヤメロー!!?」
顔を真っ赤にして地面でのたうち回る青柳の顔を、杜若は覗き込む。
「大丈夫よ、青柳。あなたは、もう村を出て行かなくてもいいの。…問題は、解決するわ!」
杜若の目がギラリと光る。
「神主様が、クズどもを血祭りに上げてくれるわッ!!」
「え?」
「村の子に手を出して、生きて帰れると思うなよ!!」
「え?!」
「え?ちがう?」
ひげを生やした熊のような男だが、三泉神社の神主である、白泉は、目を見開いた。
祭りの合間を抜けてきたため、黒地に白い雲と金色の稲妻を浮かべた狩衣に、白い袴という、神主の正装である。
「あんたが、青柳のケツを追い回してた、男好きだって…」
「………。」
「そうだよ!昨日、青柳が、アタシのところに来た時も、コイツが、後ろに引っ付いてた。コイツのせいに違いないね!」
「………。」
「ほら、目撃者もいるんだよ?オレはね、絶対嫌だけどね、あんたほどの色男ならいいっていうヤツもいるだろうけどね?アイツはね?ダメなのよ、アイツ猿で、男にしか見えないけどね?ああ見えて女の子なのよ、あんたのケツにはならないの。」
「突然来て、何言ってんの?!!あんたら?!!」
春風は、神主と、その横にちょこりと立つ老婆、三夜婆さんに、叫んだ。
彼らの言葉に、主である紅羽は、真っ白になって震えている。
青柳の家の庭にやって来た2人の訪問者は、春風と紅羽を見つけると、ものすごい勢いで詰め寄ってきて、まくし立てたのだ。
三夜婆さんは、春風の腹に、高速で指をつつきこむ。
「男好きに迫られた、青柳のアホがッ!村出て行くって言ってやがんだよッ!とぼけたこと言ってんじゃあねぇぞ!坊主!!張っ倒すぞッ!!」
「イダダダダダダダダ?!!!」
【何だとオオオオ?!!】
甲高い声が聞こえたほうを見ると、鋼の小さな鳥籠が、草むらから顔をだした岩の上に置いてあった。
鳥籠の中には、水色の蛇と、小さなものがいた。
「ラユシュさん?!」
銀髪と褐色の肌の老人、ラユシュが座っていた。
「アンタそんなとこで何やってるんだ?!」
籠をひっつかみ叫ぶ三夜婆さんに、飛んでくる唾を灰色の着物の袖で防ぎつつ、ラユシュは困ったように笑った。
【おい!ババア!!青柳が村を出て行くってどういうこと?!】
水色の蛇が、そんなラユシュの前に滑り込み、クワッと口をあけた。
ラユシュも腕を組み、首をかしげる。
「あー、そうですよ、それどういうことです?」
【青柳が、ボクを置いていくーー?!!イーヤアアアアアアーーッッ!!!】
「…耳が…」
紅羽は、騒がしいその鳥籠を、三夜婆さんから取り上げた。
「……。」
紅羽は、鋭い目で辺りを見渡す。
「ダメだぜ、お客さん。」
神主の手が伸び、紅羽から鳥籠を奪う。
「アンタには、おとなしく青柳を諦めて帰ってもらいたいんだ。もちろん、ラユシュのじーさんも。」
「……鬼を野放しにできるものか。」
「それがねー」
【帰れ】
フワリと雲が沸き立ち、白いウサギのような風体をした、竜神の白雲が、神主の隣に現れた。
その赤い視線をひたりと、紅髪の青年に定める。
【この村から、何1つ持ち去ることは許さん。諦めて帰れ。】
「うちの神様も、こう言ってるんだよねー」
「おや、おや、久しぶりだよ。白様だ!」
紅羽は、白雲を睨み付ける。
炎が揺れ踊り、紅羽の足元に赤い狼が姿を現す。
〈白竜よ。何故、鬼を守る。〉
【ラユシュは、人間だ。青柳もだ。連れていく必要などない。貴様なら、わかるだろう。その鼻は飾りものか?】
〈アンタこそ、頭がおかしいのか?そこの老人もあの子供も危険だ。それに、黒い鬼、とは一体何だ?〉
【!!あれか?あれは持っていっていいぞ!!】
白雲の険しかった顔が、パァッ!と輝いた。
【我は、アイツなんて知らんしな、アイツなんかしゃべったこともないしな、アイツなんか手におえ…、怖くないしなッ!】
〈……………。〉
赤い狼は、赤髪の青年を見上げた。
〈帰るぞ。〉
「?!」
〈厄介事に関わる必要はない。〉
【ちょっと待て!】
〈お身体に気をつけてお過ごしください、ご老体。〉
【我は、ピチピチだッ!!】
鳥籠の中から、赤い狼と白い竜の争いを見ていた水色の蛇は、隣にいる人間に目を向ける。
眉間にシワを寄せた顔、その色は、どす黒く、シワの刻まれた額から汗が滴る。
【どうしたんだ?震えて……。病か?おい!熊!どうにかしろ!】
舞台の四隅に立てられた、青々とした羽葉の枝の上で、赤色と黄色と白色と水色の飾り布が泳ぎ、白い鈴がカラコロ鳴る。
舞台の上を、村の子供たちが、赤い狩衣と白い袴を身に付け、金色の鈴を右手に、白色の鈴を左手に持ち、笛の音に合わせて踊る。
興味津々に見物している比呂の横で、青柳は頭を抱えていた。
神主たちが、赤髪の旅人のところへ殴り込みに、しかも、ものすごく失礼な誤解をして行ってしまった。
青柳が、全く違うと慌てて否定したが、村長は、気にしなくていい、大丈夫と言うばかり。
(大丈夫って、大丈夫じゃないんじゃないか?赤髪野郎ぶちギレるんじゃ、えー?どうしてそんな変な話になって…面倒くせー!つーか、言わねーオレのせいだけどー?!いや、オレじゃなくて、クソ鬼のせいだ、クソ鬼が見つかりやがるから!出てこねーからで、オレは悪くねーー!!くそオオオオーー!!)
「ちょっと、あんた!」
もんもんと悩む青柳に艶やかな声がかかる。
黒髪と赤い目をした絶世の美女、男、仁矢が立っていた。
長い黒髪を登頂部で1つにまとめ、ひらひらとひだのある白い異国の衣に、赤地に銀色と緑色の糸で模様を縫いつけた長布を巻き付けている。髪飾り、耳飾り、首飾り、腕輪と、銀色と緑光石で飾られ、その姿は、大国を滅びに導いたという、伝説の美姫のようである。
仁矢の周りは、失神者の屍が積み重なり始めていた。
美しい!とばたりと倒れた人の後ろにいた人が、また、ああ!とか感嘆の声を上げて倒れるのだ。
祭りの人混みの中、どんどん将棋倒しのように広がるそれを、青柳はげんなりと比呂はぽかんと眺める。
「まだ着替えてないの?信じられない!あのガキどもの次は、アタシたちが踊る番よ!」
「は?踊らねーよ?見てみろこれ。全然切れねーし。」
青柳は、比呂とつながる縄を掲げる。
「は?!何言ってんの?!あれが見えないの?!」
仁矢の指差す方向を見てみると、仁矢の名前がかかれたハチマキを頭に巻き、旗を広げ、境内にひしめく団体がいた。
皆、ギラギラとした目で、こちらを見ている。
「「「「ジンヤさまーーーーッッ!!!」」」」
「えなにあれ」
「あれ、仁矢の周りで、よく見かけるよ。おっかけっていうんだよ。」
顔をひきつらせる青柳に、比呂はその袖を引きながら伝える。
「呼び捨てしてんじゃないわよ、クソガキ。とにかく?このアタシを魅せてやらないわけにはいかないじゃぁない?ホラ、さっさとこれに着替えなさいよッ!」
青柳に投げてよこされたのは、仁矢と同じ、白いひらひらの衣に、青地に、銀色と緑色の糸で模様を縫いつけた長布と、装飾品。
「無理なこというなよ。比呂をどうするんだよ?抱えるのか?おまえ踊れたか?比呂。」
比呂は、青柳と仁矢の練習を思い浮かべた。
青柳が壺を、仁矢が剣を持つ演舞は、美しかった。
が、殺し合いだった。
青柳は壺で潰そうとし、仁矢は切り刻もうとしていた。
少しでも隙を見せれば、死が待っているという、地獄の…
「…踊れない。…死ぬッ!」
「ほらみろ。?、死ぬって何だ。」
「いいから、着ろ!!アタシの晴れ舞台を月子さんに見てもらいたいの!!ほら、上からかぶればいいわよ!これ邪魔!」
「勝手なこと言ってんな!一人で踊れよ?!」
仁矢は青柳の首からゴロゴロなる大きな白い鈴を取り上げ、比呂に押しつけると、無理やり白い衣をガボッと着せて、青い長布を首に巻き付ける。
比呂は、白い鈴を首にかけてみた。
大きくて、比呂の顔ぐらいあるその鈴。
「……?」
比呂は、首をかしげた。
(どうしたんだろう。)
なんだか震えている。
カラコロ、ゴロ…
「きれいな織物ですねー。」
青柳の青い長布を手にとり、若い男が話しかけてきた。
黒髪と黒い目のにこやかな顔をした若者だ。
「銀色の小鳥と、緑の樹の模様…ですか。」
仁矢は、男を見て眉をひそめる。
青柳は、ラユシュ老人が、虹色玉から青い長布を作っていた時に言っていた言葉を思い出す。
「鳥は、南の国の神様なんだってよ。樹から葉っぱをむしって、ばらまいて、大地とか、なんとか、色々作ったって言ってた。」
「ふふふ」
男は、何度もうなずいた。
「そうでした、そうでした。」
「……。」
青柳は何となく比呂を見て、男を見た。
「オレのうちに住んでるヤツが、作ったんだ。神様大好きなジジイ坊主。」
「へぇ、お坊さんですか。博識な方ですね、異国のモノなのに。」
「ここの国のヤツじゃあない、異国人でさ。肌の色も茶色で。ブラトゥ国のヤツで、トマシラっていう村の」
「トマシラ?」
ゴロ… コロ…
男の顔から、かたりと表情が消えた。
「…知ってるのか?」
青柳は、不思議そうに男を見ながら、かぶらされた白い衣を整え、青い長布を首に巻き付けた。
装飾品は、地面に捨てる。
「そのお坊さん、は、」
男の目の色が、黒、空色、黒、と変化する。
「にんげんは」
「あ?作ったヤツ?オレの家にいるぜ?会いたいか?」
「はい…」
「いいぜ、連れて行ってやるよ。」
青柳は、比呂を引き寄せ、背負った。
二人をつなぐ縄に、男は首をかしげる。
「その縄は?何?」
「切れないんだよ。」
「?切れましたよ。」
男に引きちぎられて、縄は、ぼとりと落ちた。
パンッ!パンッ!パンパンパンパンパン!
破裂音が響き、子供の悲鳴が上がった。
舞台で舞う子供たちが持っていた鈴が砕け、黒く溶け落ちていた。
砕けたのは白い鈴。
黒く溶け落ちたのは、金色の鈴。
「さあ、行きましょう。」
男は、とても嬉しそうに笑った。
比呂は、ガタガタ震えながら、青柳の背中をぎゅっと掴む。
「すごいな、オレがいくらやっても切れなかったのに。」
青柳は、比呂を背中から降ろした。
「じゃあ、おまえはここで遊んでろ。ウサギ野郎が、もうすぐくるから、あいつと一緒にいろ。」
「あ、あおやぎ」
比呂の顔は、紙のように白かった。
男を見た時から、ずっと、怯えていた。
青柳は、考える。
(けれど、アイツの時ほどじゃあない。)
「おや、君の、髪の色は、なんだか」
そう言った男が、比呂の藁色の髪に手を差しのべた。
その指先は
褐色の
黒い爪の
『金、色、ではないか?』
男の唇が、激しい喜びを、
男の目が、激しい憎悪を語る
長い銀の髪をなびかせて
黒い2本角
禍々しいほど美しい鬼が現れた。
ああ
ああ
魔の闇の
異形となった我が身だが
(オレの家族を)
聖なる太陽
(恋人を)
清らかな月
(友を)
この身を焼きつくす光よりも
(村の人たちを)
憎い
(殺した)
忌まわしい
(殺した)
存在への
(殺した)
怒りが
(殺した)
怒りが
カラ、ゴロ、コロ、コーーーーーーー ー
光がはじけた。
鬼の褐色の手が消え、その顔も黒くどろどろに溶けている。
鬼と子供の間で、バチバチと雷光を放ち、半透明の小さな竜が吼えていた。
比呂の胸にあった白い鈴は、砕け落ち、地面に散らばっている。
「目ー腐ってんのか。」
鬼の視界に、青い空が広がる。
小さな銀色の小鳥が、緑の樹と共に
世界を旅する。
その空色の目に、世界をうつす。
それは、
青い長布は、鬼の頭を、肩を、腹を包みこみ、
『……!!』
縛り上げた。
鬼の身体が宙に浮く。
流れる景色、景色。
子供が小さくなっていく。
鬼はもがくが、青い長布は巻き付いて離れない。
『何だ、これは』
『ねー、これ、何?何で取れないのー?』
鬼は、青い長布の先にいる青柳を振り返る。
「うる、せー!!」
青柳は、歯をくいしばる。
比呂を殺そうとした鬼に怒りが止まらない。
自分の側にいる人間が、死にかけた事実に、恐怖と怒りが止まらないのだ。
そして、その鬼の姿が、
空色の目が、顔が、肌の色が、髪の色が、
青柳に、くそったれで、最悪な事実を教えるのだ。
『金色、金色は、殺す---』
鬼の身体から、異形の動物や、虫や、植物がこぼれ落ちた。
銀色のそれは地面に落ちると、黒い眼窩を神社のある方角へ向けた。
『皆殺しだ。』
銀色のそれが通った道は、黒く溶けた。
どろどろに腐った。
それに触れられた小さな栗鼠リスの身体がみるみる黒くなり、銀色にパクリと食べられる。
銀色は、2つに別れた。
「!!」
『たくさん食べろ、食べて、食べて』
『そして』
『死ね』
『死ねばー』
『あれの身体の猛毒で、全部、腐り枯れる。』
『金色が愛した土地、育んだ植物も、動物も、二度と生まれない。』
『そうやって金色の国を消した。』
『アイツらは、もう、生まれない。』
『二度と…』
鬼は、笑い声を上げる。
『素晴らしいーーーーー----!!!!!!』
「やめろ!!」
青柳は、叫んだ。
「比呂は、おまえの言う、金色の髪じゃない!!この村のヤツだって関係ない!!殺すなんておかしい!!」
鬼は、目を瞬いた。
『そーなの?』
「そうだよ!!」
『本当かな?』
「本当だッ!!」
『でも』
鬼は、地面にトンと降りた。
青い長布は、黒く腐りちぎれて、宙に消える。
黒く潰れた顔も、消えた腕も、みるみる元に戻ってゆく。
鬼は、にっこりと笑った。
『どーでもいいよ、そんなこと。』
「……!!」
『人間がどうなろうが、どうでもいい。』
銀色の鬼は、地面に転がった青柳の首を掴み上げる。
美しいその鬼の顔は、心から嬉しそうに、楽しそうに、青柳の顔の半分に黒い爪を立て引いた。
「グッ!!!アッ、アアッ!!」
血が溢れ、地面にしたたり落ちる。
静かな森の中に、少女の悲鳴が響き渡る。
(人間の悲鳴は、素晴らしい。)
と鬼は思う。
何度聞いても、癒されるのだ。
何度聞いても、
何度聞いても、
何度聞いても、
飽きやしない。
それは、不安に泣く子供に
母が歌う子守唄のような
それは、砂漠に渇いた身を潤す
水のような
(あの子供の悲鳴もきっと…)
静かな森。
『?』
鳥の声も、虫の声も、聞こえない。
静かな森。
人間の悲鳴が、聞こえない。
ボタボタボタボタボタ…
紫色の炎を上げた、黒いモノが降ってきた。
『?!』
異形の生き物たちが、黒い縄に縛られ、巨大な肉団子のように潰れて木の枝に巻き付けられていた。
それは、鬼が先程生み出した、銀色の異形の生き物の、成れの果てだった。
「あー、ヤダヤダ。何でアタシがこんなコトしなくちゃならないの?」
その肉塊の隣に座り、悩まし気に、絶世の美女はため息をついた。
クイッと、その白い指に絡んだ黒縄を引っ張る。
パンッと、巨大な肉団子が弾け飛んだ。
「フフ、だけど…」
歪む赤い唇。
「アーハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!」
「寝グソ野郎の、悲鳴は最高ね!!すご~く癒されるわ!!最高だわーーーーーーーーー!!」
黒縄を宙に遊ばせながら、
仁矢は、大輪の花のように美しい笑顔を浮かべた。
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