黒鬼の旅

葉都

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第二章 地の底の緑

第十一話 なんだこりゃ

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白髪の上で、赤い数珠玉が鳴る。

天虎が、頭上を見上げた。





黒い煙は、神殿内を渦巻き、外へと流れ出していく。

ルウスは、石板の下から現れた底のない穴の側にいき、膝を付くと、穴の底を覗き込んだ。

懐から、空色の花を一輪取り出す。



「……。」






小さなルウスは、野原で摘んだ花を、この穴によく落とした。




暗い穴の底にいる神様へ。




春になると、捧げた。




黒刃の短剣で、心臓のあたりを切りつける。




赤く流れ落ちる血の玉を、暗い穴の底へ落とす。




神様への感謝の祈りと共に。





「……。」


ルウスの手の中で、空色の花は黒く染まり、千切れ落ちる。





穴を覗き込んでも、見えるのは暗闇。



神様は、見つけられない。





石床に広がっていた黒い煙が、盛り上がる。

ゆらりと、異形のモノたちが姿を現した。

黒い硬質な身体、

頭には、5、6本の黒い角、

背に黒い翼をもつ人型や、

3メートルの巨人、

背から、無数の鋏を突き伸ばす大蠍。


「ギャアッ!!」


上がった悲鳴に、異形たちは赤い目を光らせ顔を向ける。

馬ほどの大きさの黒蜥蜴が、粉々に切り裂かれた。

赤い文字光る槍たちが、煙の中に姿を現す。


「何をした。」


震える低い男の声。

ルウスの父、ダゴスと、部下の男たちが剣槍を持ち、神殿の入口にいた。

金色の文字が彫られた魔除けの黒水晶の首飾りを胸の前に掲げている。

唱える神言が、金色の文字となって、空間に浮かび上がる。

近づくそれに、魔物たちは身を仰け反らせる。

ルウスは立ち上がる。


「正しいことを…。石板を壊しました。」


ざわ、ざわ


「なぜ、そんなことを…?!」

「そんなことをすれば、結界が消えてしまうんだぞ!!この街は、魔物に食いつくされてしまう!!」

「そうでしょうか?」


ルウスは、ぽっかりと空いた穴を指し示す。


「きっと、この深い穴の底から…、神様が出てくる。」

「!!」

「きっと、守ってくださいます。」


神官は、ざわ、ざわと顔を見合わせた。


「そ、そうだ!女神タラが、守ってくださる!!」

「今までもそうだったように!」

「キサマら何をしている!集中しろ!!封印を早く元に戻すんだッ!!」


悲鳴のような声で、ダゴスが叫ぶ。


「…父さん」


赤紫色の目が、ダゴスを見た。


「足の下…、踏みにじられ続けた者は、どうすると思いますか?」


ルウスは穴を指差しながら、にっこりと笑った。


「きっと、殺されてしまいますね、僕たち。」

「キサマッ…!」

『オオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!』


黒い煙の中から伸びる黒い腕。

天に向かって捻れ突く、二本の黒い角。

赤黒い目をした異形が、吼えた。

5メートルほどの背丈のそれは、結界の外にいる人面の魔物と似ていたが、それよりも大きい。

そして、二本足で、ぐらり、立ち上がった。

無表情の魔物は床を蹴り、ルウスの目の前に降り立った。

雄叫びと共に、ルウスに拳を撃ち込む。

鞭のような3本の尾が狙う。

が、魔物の拳は、神官たちの黄金の文字にからめとられる。

魔物は、ギリギリと唸る。


『…ウ、ウ、スウ…ヴヴ!!』

「…?」

『ーーースヴヴヴヴヴ!!』

「…?」

『ルウウウ!!!スウウウーーーー!!!!』

「!!」

『アアアアアアアアアアアアアアアアア!!』


身動きのとれないことに、魔物は苛立ち吼えた。


「ははは、意思があるの?コレウセ。」

「コレウセだと?!あの少年が、こんな巨大なッ、何をした!ルウス!」

「何も。コレウセは、黒砂病にかかってました。魔物になるのは時間の問題でした。」

「なぜ、こんな姿をし、しかも話せるのかということだ!!他の人間の魔物化と、違いすぎる!!」

「わかりません。彼は正義感が強く、優しい。こんなことをする僕への、強い怒りのせいか、あるいは…」


ルウスは、広がる黒い煙を指差す。


「これが、原因かもしれないですね。」


黒い煙は、止まらない。

穴の底から、どんどん流れて、神殿の外へ、

街へと向かう。


「人間を、」


悲鳴が上がる。


「魔物に」


神官の身体が膨れて、黒く染まって、


「変えてしまう。」


魔物が出来た。


「今まで街に広がっていた黒砂病の原因よりも、きっと強い力を持っている、そのせいかもしれない。」


隣り合う仲間が、次々と魔物に変貌していく状況に、場が混乱に染まる。

戦う者、逃げ出す者…。


「父さんは、変わりませんね。」


ルウスは、ダゴスを眺めた。

まだ人間でいる者たちを眺めた。


「きっと、魔除けを付けているか、いないか、ということでしょう…。」


ダゴスの首にある、金色の文字が彫られた魔除けの黒水晶の首飾りを見て、ルウスはそう言った。

ダゴスは、首飾りを握りしめて、息をついた。


「父さん」


瞬く間に、ダゴスの目の前にルウスが立っていた。

灰色の髪を揺らしながら、赤紫色の目で、父親である屈強な男を見上げる。


「僕は、父さんを、尊敬しています。」

「?!」


ルウスは、笑った。


「父さんを、愛しています。」


優しいそれは、


「父さんを、大切に思っています。」


普段と変わらない、笑顔。


「あなたが、」


ルウスは、ダゴスの首飾りに手を伸ばす。


「僕をそう思っていなくても。」


そして、引きちぎった。


「ルウッ…!!」

「あなたは、僕の大事な家族でした。」


ダゴスの悲鳴が響きわたる。

ダゴスの身体が、膨れ上がる。

ブクブクと膨れて、巨大な黒い芋虫のような異形に変わった。

身体の側面と後ろには、半透明の魚のようなヒレや尾が広がっている。

それは、石床を砕きながら、のたうち回った。


「なんということを、悪魔だ!!」

「自分の父親に!!」



人間の神官たちが、ルウスを責めた。


『るヴスウヴヴヴヴヴウウウ!!!』


コレウセは、ルウスに吼える。



ルウスは、それらに向かって、ふわりと笑った。







「最高の賛辞だ。」








ルウスは、神殿の外に出た。


緑の草原は、灰色に染まっていた。

その合間を、黒い煙が立ち上る。

赤や、黄色の美しかった花たちは、赤紫色の異形の花へと変わっていた。

黒い煙は、先へ、先へと進んで。


ルウスは、灰色の髪を揺らし、魔物と共に街に向かって歩きだす。










海藻のような髪をもさりとさせて、髭面の中年男が、穴から顔を出した。


「なんだこりゃ」


すごいでかい魔物たちと、異国人が戦いまくっている。


「なんだこりゃ、帰るか…」


穴の底に顔を引っ込めようとして、蹴り出された。


「いくぞ、春風。」

「ちょっ、まっ、若ーーー?!」


人間を喰おうとする魔物に飛びかかる赤髪の青年、紅羽を、春風は風をおこして追いかける。


「嫌ですねぇ…。なんて破廉恥な場所でしょう。」


続いて穴からふわりと飛び上がってきたのは、水色の毛並みの狐。

着物の合わせから、扇子を取り出し、パタパタと扇ぐ。


「くさいですし…。」


ぽーん、と、灰色の小鳥が、穴から飛び出した。

くるくる宙返りをして、すたり、狐の横に立つ。

小鳥は、闇色の目で回りを見渡す。


『……ハッ!』

「ん?」

『ハハハハハハハ!!アーハハハハハハハ!!』

「壊れましたか。」


狂ったように笑う小鳥に、狐仙人は嫌そうな一瞥を向けると、扇子を一振りした。

現れたのは、青い炎。

それは、狐仙人に向かって、無数の触手を吐き出した黒い芋虫型の魔物を燃やした。





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