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第二章 地の底の緑
第九話 ひつよう
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そこは静かで、冷たい空間だった。
銀色の大鳥は、フワリと羽ばたいて砕けて、消える。
降り立った、黒鬼と、白い小鳥、狐と、人間二人。
「ん…?おまえ見たことあるぞ。」
青空のような声。
あざやかな黄緑色に、赤や黄色、群青色が星のように散らばる両目。
黒朗は黒く燃える身体を強張らせた。
「ジャージィカルじゃないか?」
髪も、肌も真っ白で、寝そべっていた青年は、黒朗を白い指で差しながら、そう言って笑った。
白く長い髪は、冷たい色をした石床を覆いつくすほどに広がっている。
その上を蜘蛛の糸のように這う、赤い数珠玉、鮮やかな赤玉、黒赤玉。
『…オマエ、…アルシャン、なのか?』
黒朗の黒く燃えていた身体は、灰色に、
赤く輝いていた目が、黄色に変わる。
身につけていた白の長衣は、所々黒朗の火で黒く焼け焦げてしまっていた。
『…なぜ人間の姿を…、虎の姿はどうした?』
遠い昔、雲の上から黒朗に声をかけてきた、黒と白の斑色の天虎。
黒朗に、力を封じる服をくれた神獣。
アルシャンは、困ったように笑った。
「まー、色々あったんだよ。おまえに会ったのは500年前だったか?」
『…それくらいだ。』
黒朗はこくりと頷いた。
「グッ!」
変な音が響いた。
気を失っていた春風が、顔をひきつらせていた。
(500年、500年…!?マジかよ、よく生き残ったなこの世界!!そして、長生きだなアイツッ!人外だからそんなことだろうと思ってたけど、聞きたくなかったッ!!)
狐仙人は、やさぐれた表情でうっすらと笑っている。
紅羽は、刀を抜いて、アルシャンと黒朗を見ている。
その隣には、赤い狼が立っていた。
小鳥は、むしゃみしゃと、頭の上にのせていたフワフワの白い帽子を喰っている。
空色だった目が、闇色の禍々しい呪いの目に変わっていた。
「実はさ~、恋しちゃったのよオレ~。」
のほほんとした声に、全員が動きを止めた。
『こい?』
数秒後、黒朗は笑う青年にたずねた。
そう、とアルシャンは頷く。
「人間の女の子にねー、恋しちゃってさ。生まれ故郷の雲海から飛び降りて、地上で暮らすようになっちゃってさ。その子の側にいるには人間の姿でいるのが一番だろ?」
『…ほ…………う…?』
黒朗はぎこちなく口を開く。
『それは…、そうだな……。それで、なぜここにいる?ここはーーーー』
黒朗は続けようとして言葉が出てこなかった。
黒朗たちが来た場所は、地上の街を染める呪いの根源。
『そのイカレ野郎は知り合いってことか?クソバケモノ。』
白から銀に色を変えた小鳥が、闇色の目でアルシャンと黒朗を見た。
「失礼な鳥だな~。」
『それは血だな。』
「ん?」
『その赤い玉は、人間の血だろう、と言ったんだ。』
「ああ、」
アルシャンが白い髪、身体に纏う赤い数珠玉。
「うん、そうだぜ、これ、全部そう。あいつの血だよ。約束のあかしだ。」
幸せそうに笑って、アルシャンは赤い数珠玉に頬を寄せる。
その赤い数珠玉は、その空間の冷たい色の石床に無数に散らばっている。
『その娘、殺したのか?』
「はあッ?!」
小鳥の言葉に、アルシャンは、目を吊り上げた。
「ちがうよ、オレが殺すわけないだろ?!何言ってんだよ?!」
「そうだよ今すぐ謝れ鳥イイ!!」
アルシャンの床面に伸びた白い髪が針のように空間に逆立って、春風は串刺しを避けながら叫ぶ。
「あいつは生きているよ。」
アルシャンは、赤い数珠玉を手に絡める。
「上から落ちてくるんだ。春になるとな。」
アルシャンは、冷たい色の天井を指差す。
「300年間ずっと、ずーっと、この珠たちは途切れずにオレに届けられている、あいつの声だ。」
にっこりとアルシャンは笑った。
春風は、震えた。
とてもきれいな
無垢な
清廉な
その笑み
それが…
小鳥は、どろりと春風を振り返り言った。
『死んで詫びろ、クソタヌキ。』
「……タ、ヌ…。」
「鍋にしたら美味しそうですねー。」
狐仙人は、じゅるりと舌舐めずりをした。
顔を両手で覆い春風は呻く。
(勘弁してくれよ。何てことしやがる。)
「人間は、300年も生きられない。」
よく通る声で、赤髪の青年が言った。
「人間は、オマエたちのように強い生物ではない。オマエのいう女はもう死んでいる。」
「若ッ…!」
笑う白い青年を、突ついてはいけない。
「けど、あいつの血の匂いがするしさあ…。」
「それは、しブッ!」
紅羽の口が、がちんと閉じられた。
開かない。
真一文字に結ばれた口元が震えている。
紅羽は、春風を睨んだ。
「?どうしたんだ?」
動かなくなった紅羽に首を傾げるアルシャン。
『…こんなところで何をしているんだ。…アルシャン…。』
黒朗は、冷たい色の床に視線を落としながら尋ねた。
「待っている。」
アルシャンは、星空のような美しい黄緑色の目を細める。
「あいつが、来るのを待ってる。」
微笑んだ。
空から見ていた。
白雲の上、地上を眺めていた。
たくさんの生き物がいた。
小さくて、弱くて、すぐ消えてしまうような。
虎はいつも地上を眺めていた。
あるとき、音が聞こえた。
鳥の囀りともちがう。
海の波音ともちがう。
木の葉の揺れる音ともちがう。
それは、虎を惹き付けた。
知らず、その脚は、雲から離れる。
踏み締めた大地、
土の香り、
黒髪をなびかせた人間の少女が立っていた。
彼女が歌っていた音だった。
「待ってるんだよ。」
アルシャンは、悲しそうに笑った。
「あいつの声がきけないのは、さびしいけどな…。」
「愚かな神…。」
「だが、その愚かさのおかげで、」
「我々は、今日まで生き延びてこれたのだ。」
タラマウカ・ヒラクの国長の息子、ダガコは、灰色の髪にからめた指をほどき、寝台から降りる。
少年の裸の肩を掴み、耳元でささやく。
「犠牲は、必要なのだ。」
ルウスは、赤紫色の目を閉じた。
銀色の大鳥は、フワリと羽ばたいて砕けて、消える。
降り立った、黒鬼と、白い小鳥、狐と、人間二人。
「ん…?おまえ見たことあるぞ。」
青空のような声。
あざやかな黄緑色に、赤や黄色、群青色が星のように散らばる両目。
黒朗は黒く燃える身体を強張らせた。
「ジャージィカルじゃないか?」
髪も、肌も真っ白で、寝そべっていた青年は、黒朗を白い指で差しながら、そう言って笑った。
白く長い髪は、冷たい色をした石床を覆いつくすほどに広がっている。
その上を蜘蛛の糸のように這う、赤い数珠玉、鮮やかな赤玉、黒赤玉。
『…オマエ、…アルシャン、なのか?』
黒朗の黒く燃えていた身体は、灰色に、
赤く輝いていた目が、黄色に変わる。
身につけていた白の長衣は、所々黒朗の火で黒く焼け焦げてしまっていた。
『…なぜ人間の姿を…、虎の姿はどうした?』
遠い昔、雲の上から黒朗に声をかけてきた、黒と白の斑色の天虎。
黒朗に、力を封じる服をくれた神獣。
アルシャンは、困ったように笑った。
「まー、色々あったんだよ。おまえに会ったのは500年前だったか?」
『…それくらいだ。』
黒朗はこくりと頷いた。
「グッ!」
変な音が響いた。
気を失っていた春風が、顔をひきつらせていた。
(500年、500年…!?マジかよ、よく生き残ったなこの世界!!そして、長生きだなアイツッ!人外だからそんなことだろうと思ってたけど、聞きたくなかったッ!!)
狐仙人は、やさぐれた表情でうっすらと笑っている。
紅羽は、刀を抜いて、アルシャンと黒朗を見ている。
その隣には、赤い狼が立っていた。
小鳥は、むしゃみしゃと、頭の上にのせていたフワフワの白い帽子を喰っている。
空色だった目が、闇色の禍々しい呪いの目に変わっていた。
「実はさ~、恋しちゃったのよオレ~。」
のほほんとした声に、全員が動きを止めた。
『こい?』
数秒後、黒朗は笑う青年にたずねた。
そう、とアルシャンは頷く。
「人間の女の子にねー、恋しちゃってさ。生まれ故郷の雲海から飛び降りて、地上で暮らすようになっちゃってさ。その子の側にいるには人間の姿でいるのが一番だろ?」
『…ほ…………う…?』
黒朗はぎこちなく口を開く。
『それは…、そうだな……。それで、なぜここにいる?ここはーーーー』
黒朗は続けようとして言葉が出てこなかった。
黒朗たちが来た場所は、地上の街を染める呪いの根源。
『そのイカレ野郎は知り合いってことか?クソバケモノ。』
白から銀に色を変えた小鳥が、闇色の目でアルシャンと黒朗を見た。
「失礼な鳥だな~。」
『それは血だな。』
「ん?」
『その赤い玉は、人間の血だろう、と言ったんだ。』
「ああ、」
アルシャンが白い髪、身体に纏う赤い数珠玉。
「うん、そうだぜ、これ、全部そう。あいつの血だよ。約束のあかしだ。」
幸せそうに笑って、アルシャンは赤い数珠玉に頬を寄せる。
その赤い数珠玉は、その空間の冷たい色の石床に無数に散らばっている。
『その娘、殺したのか?』
「はあッ?!」
小鳥の言葉に、アルシャンは、目を吊り上げた。
「ちがうよ、オレが殺すわけないだろ?!何言ってんだよ?!」
「そうだよ今すぐ謝れ鳥イイ!!」
アルシャンの床面に伸びた白い髪が針のように空間に逆立って、春風は串刺しを避けながら叫ぶ。
「あいつは生きているよ。」
アルシャンは、赤い数珠玉を手に絡める。
「上から落ちてくるんだ。春になるとな。」
アルシャンは、冷たい色の天井を指差す。
「300年間ずっと、ずーっと、この珠たちは途切れずにオレに届けられている、あいつの声だ。」
にっこりとアルシャンは笑った。
春風は、震えた。
とてもきれいな
無垢な
清廉な
その笑み
それが…
小鳥は、どろりと春風を振り返り言った。
『死んで詫びろ、クソタヌキ。』
「……タ、ヌ…。」
「鍋にしたら美味しそうですねー。」
狐仙人は、じゅるりと舌舐めずりをした。
顔を両手で覆い春風は呻く。
(勘弁してくれよ。何てことしやがる。)
「人間は、300年も生きられない。」
よく通る声で、赤髪の青年が言った。
「人間は、オマエたちのように強い生物ではない。オマエのいう女はもう死んでいる。」
「若ッ…!」
笑う白い青年を、突ついてはいけない。
「けど、あいつの血の匂いがするしさあ…。」
「それは、しブッ!」
紅羽の口が、がちんと閉じられた。
開かない。
真一文字に結ばれた口元が震えている。
紅羽は、春風を睨んだ。
「?どうしたんだ?」
動かなくなった紅羽に首を傾げるアルシャン。
『…こんなところで何をしているんだ。…アルシャン…。』
黒朗は、冷たい色の床に視線を落としながら尋ねた。
「待っている。」
アルシャンは、星空のような美しい黄緑色の目を細める。
「あいつが、来るのを待ってる。」
微笑んだ。
空から見ていた。
白雲の上、地上を眺めていた。
たくさんの生き物がいた。
小さくて、弱くて、すぐ消えてしまうような。
虎はいつも地上を眺めていた。
あるとき、音が聞こえた。
鳥の囀りともちがう。
海の波音ともちがう。
木の葉の揺れる音ともちがう。
それは、虎を惹き付けた。
知らず、その脚は、雲から離れる。
踏み締めた大地、
土の香り、
黒髪をなびかせた人間の少女が立っていた。
彼女が歌っていた音だった。
「待ってるんだよ。」
アルシャンは、悲しそうに笑った。
「あいつの声がきけないのは、さびしいけどな…。」
「愚かな神…。」
「だが、その愚かさのおかげで、」
「我々は、今日まで生き延びてこれたのだ。」
タラマウカ・ヒラクの国長の息子、ダガコは、灰色の髪にからめた指をほどき、寝台から降りる。
少年の裸の肩を掴み、耳元でささやく。
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