黒鬼の旅

葉都

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第二章 地の底の緑

第四話 昼の通り道

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細い道の両脇に、雑然と立つ建物たち。

お昼時の光を、土壁が照り返す。


茶色く日に焼けた身体に、袖のない白いシャツ、黄土色のズボン。

黒い長袖の上着を腰に巻き付けた少年、コレウセは通りすがりの人物の視線の先を見て、声をかけた。


「おいしいよ。」


視線の先、コレウセの家の前にある長い台には、食べ物がのった皿がたくさん置かれている。

赤や、緑色の野菜や、肉の料理の中で、子供の頭ほどの大きさの丸い黄色いものが、ぼん、と異様に目立っていた。

その人物は、コレウセに勧められた、背もたれのない三つ脚の木椅子に座る。

黄色の丸いもの、このあたりの主食となるマルモを、渡された箸でつついている。

ほろほろと、カケラが落ちた。


「食べないの?おにーさん…?うわッ?!ソイツ?!」


マルモを、横から白い小鳥がつついていた。

フワフワの白い毛帽子をかぶった小鳥は、群青色の目を見開き、ムシャムシャと食べている。

気にしない様子の少年に、小鳥からそろりと距離を取ると、コレウセは台の上に頬杖をつき、客人たちを眺めた。


「おにーさんどこの国から来たの?そんな服初めて見た。」


その人物は、白い長衣と茶色がかった黒のズボンを身に付けていた。

艶々の美しい白の衣には、パラリ、パラリと、太陽や雲が、玉虫色をした糸で散りばめられている。

揺らめく茶色の髪、すっぽりと円柱型の白い帽子をかぶった少年は、黒い長布を首元に巻き、これまた黒い手袋と、黒い靴を身に付けている。


『…空から』


少年は、人差し指を空に向けそう言うと、横でマルモを啄んでいた小鳥が、ピトピキュ鳴いた。


『…間違えた。北の……「ピトピヒャラ」から来た僧侶だ。』


途中、小鳥の鳴き声で聞き取れなかったが、コレウセは頷いた。


「ソウリョ?ふーん…おにーさんの服、その服なんだ。キレイだよな。

…あ、虎がいるー。虎は、このあたりじゃ、神聖なんだぜ。あっちの山、タウランガ・テナタっていうんだけどさ、"巨人の牙"って意味。あの山、ずっと氷で覆われてて、登ったやつはいないんだけど、あの山のてっぺんにかかる雲の先には、神様が住んでいて、真っ白い虎の姿をしているんだってさ。」


コレウセは、白い長衣に描かれた虎の模様を指差し言った。

小鳥が、コレウセをその空色の目で見て、ヴィッタッタピナと鳴いた。

少年は、白い唇を開いて、マルモを箸で口の中へ運んでいる。

それにしても血色が悪い、とコレウセは思う。

家の白壁や、雲のように真白い。

揺らめく茶色の髪と茶色の目と、優美な顔立ち、陶器でできた人形のようだ。

少年は、コレウセをちらりと見て、身に付けている白い長衣を指差した。

指の爪まで白かった。


『…オレたちもいる。』

「?」


少年が無表情にそう言って指差すところを、コレウセは見た。

白い長衣に、太陽を囲む虎たちの模様があった。

その隙間に、灰色の小人と鳥がいた。

虎の足先くらいの大きさだ。

目を凝らさないと見えない。

コレウセには、少年の言っていることが意味不明だった。

が、とりあえず言った。


「ちっせえッ!」












毛皮への侮辱に怒り狂い、黒朗に襲いかかっていた虎たちだが、そのうちの1体が、むしりと、己の毛を一掴みして黒朗に向かって叫んだ。


[駄毛かどうか、試してみろ!!]

『……?』


そうだ、使わずに何を言う、と他の虎たちも言って、むしりと、した。

各々の毛を、集めて、集めて、集まった白毛の小山の周りを数十体の虎たちが囲み、順々に何かを言った。

すると、白い毛が太陽の色に染まり、くるくると舞って、固まって、白い長衣と帽子になった。

そして、元々、黒朗が着ていた黒い着物と茶色の袴も、むしりとされて、茶色がかった黒のズボンと、黒い長布と、黒手袋と黒靴に変えられた。

着てみると、それらは、黒朗の沸き立つ力をなかなか良く押さえた。

そして、その衣服に、虎たちは色移の能力を付けた。

黒朗の灰色の髪が、肌が、人間たちに違和感のない色彩と見えるようにする能力である。

灰色の髪と黄色の目が茶色く、灰色の肌は、白色へ。

ついでに、灰色の小鳥にも、フワフワの白い毛の帽子が作られた。

その帽子をかぶると、小鳥の邪悪な黒目が、空色のつぶらな目に、灰色の身体が、白色に変化した。





ごと、と、台の上に、赤いタレがからまった太麺の皿がのった。

奥にいた中年の女性が、厨房から運んできたのだ。


「どうしたの、コレウセ。あら、この鳥ちゃんは…」


太麺を、ピヒャラと鳴いてすすり始めた小鳥をつまもうとした女性の手を、黒朗の白い手が掴む。


『…邪魔をするとつつく。…大丈夫だ、金なら払う。』

「あら、そーお?うふふ」


黒朗は、懐から薄緑色の袋を取り出した。


「母ちゃん、何でれでれしてんだよ。」

「だってー、かわいかっこいい子じゃなーい。」

「きもいこと言ってんじゃねーよ。」

「何ですって?ひどいこと言う子だわ!」

「いた、いたい、ほおはなしぇ、とーちゃ、にいいつけ、か、な」


黒朗は、小指の先ほどの銀色の粒を机に置いた。


『…これで足りるだろうか?』

「えー、多いわ…あら、小鳥ちゃんが、全部食べちゃいそうだし、いいかしらー。あと5つちょうだいな。」

『……。』


白い小鳥は、台の上に置かれた山盛り料理をはじからはじまで食べ尽くそうとしていた。


「あのちっさい身体のどこにいってんのこの料理、おかしいだろー。」


コレウセは、目と口をあんぐり開けて、小鳥の食べっぷりを眺めた。

黒朗は、薄緑色の袋の中身を台の上にひっくり返す。

3粒の銀が、転がった。


『……。』

「あらー。」







ダフネは、ふと気になる気配に目をやった。

昼時、屋台が建ち並ぶこの通りは、人が多い。

けれど、見失うことはなかった。

白い帽子、白い衣の上に茶色いエプロンを身につけた少年が、立っていた。

立ちふさがった長身の厳つい顔つきの男を無表情に見上げる。


『…いらっしゃいませ。』

「ちっげーよ、クロー!あ、ダフネ隊長いらっしゃい!にっこり笑って、いらっしゃいませー!お客さんには愛想良くだよ。」

『…大丈夫。必要ならどうせ買う。』

「どんな態度だよ!いいか、おんなじ値段で、おんなじ食べ物食えるとして、嫌な態度の店員と感じのいい店員とじゃ、絶対感じのいいほうがいいだろ?!」

『…別に、そういう人間には慣れてる。』

「おまえじゃねー!普通の人間はな、嫌なことは避けるんだよ!」

『……。』

「何だその目!』

『…逃げるのは良くない。』



ダフネは、言い合う二人の少年の向こう、小さな籠に近づく。

籠に敷かれた布の上で、白い小鳥が眠っていた。

ダフネは、その姿に目を見張る。


「そうだな、逃げんのはよくねーよな。おまえもだ。」

『…やめろ、顔をこねるな。』

「いーから、こーだよ、こーんな感じで口を上げるんだよ!」

「オオオオーーーーーーー!!!」


突如、男の野太い叫びが上がった。


「オオオオ!!」


ダフネ隊長が、小さな籠を抱え震えていた。


「ダ、ダフネ隊長?どうしたの?」


おそるおそる声をかけたコレウセは、振り返ったダフネ隊長のぐしゃぐしゃの泣き顔にヒッと声を上げた。


「…神がいた。」


ダフネ隊長は、褐色の髭を涙で濡らしながら、籠を高々と頭上に掲げた。




「神がいたぞーーーーーーーーーーーー!!」










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