黒鬼の旅

葉都

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第一章 銀の訪れ

第二十話 銀の敵

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銀髪の鬼の両手が、黒く砕け、さらさらと風に巻かれて消えていく。


「……。」


青柳は、銀髪の鬼の前に立つ、灰色の小鬼の姿に目を見張り、そして口を引き結んだ。


(ふざけんな。)


眉間にシワを寄せた。


(ふざけんな。)


小鬼は、青柳の知っている灰色だ。

黒い鬼じゃない。

優しい微笑みを浮かべる、恐ろしい黒鬼じゃない。

青柳は顔を伏せた。

地面に落ちた雫に口を曲げ、再び顔を上げると二体の鬼の動きを注視する。






銀髪の鬼は、両手が存在していた空白を見つめていた。

そして、自分の半分ほどの背丈しかない灰色の小鬼を見る。



"オレは、オマエの救い主だ"



銀の鬼の顔から、ごっそりと表情が消え落ちた。

けれども、その空色の目には、煮えたぎる溶岩のような不吉な色があった。


鬼の両肩から背中にかけて、銀色の塊が山のように盛り上がる。

その山は、銀色の翼持つ異形の群れを生み出した。

翼の生えた長い手足を持つ人型の異形、どろどろの銀の肌に、虫のような複眼だ。

その群れは、空を覆い、森を覆う数まで増えていく。

異形の人型は、鈍く低い雄叫びを上げると、一斉に腹から黒い骨を抜き出した。

それは捻り捻れ、螺旋状の黒槍になる。

黒朗の片足が地面を打つ。

ひび割れる大地。

割れた地盤を空へ蹴り上げた。


「は?」


宙に浮かぶ大きな土塊に、青柳は顔をひきつらせた。

黒朗は、それを蹴った。

砕けた無数の瓦礫が、銀色の異形たちの急所を撃った。

半数以上の異形が、地面に墜落していく。


(えええええー?!!)


それを見た残りの異形たちが、黒朗めがけて一斉に槍を投げた。

雨のように降ってくる槍に、黒朗は右手を前に突き出した。

右手から黒い陽炎が沸き立ち、黒朗を覆う。

陽炎の壁に触れた大量の槍は、一瞬で跡形もなく消え去った。


(アイツの手)


青柳は、黒朗の手の平が、真っ黒なのに気が付いた。

手の平だけ、灰色の皮膚が剥がれて、中から闇のように黒いものが見えるのだ。


(アレは)


黒朗が暴走した時の姿、黒い鬼のもの。

すべてを焼きつくす恐ろしい鬼の色。





黒朗は地面を蹴り、銀色の異形の群れの間を一瞬で走り抜けた。

銀髪の鬼の背後に回り、その背中、異形を生み出し続ける銀色の肉山を、黒陽炎を纏う手で掴もうとする。

が、ギョロリ、一対の大きな黒眼窩と目があった。

ぐぐり、それは銀の鬼の身体から飛び出した。

黒朗の腹に、鋭い巨大な角を突き刺し、黒朗の身体を弾き飛ばす。

鼻先に針山のような角と鎧のような皮膚を持つ、銀色の、巨大な蜥蜴トカゲの異形。

黒朗に向かって威嚇の唸り声を上げながら、銀色の煙を吹きかけた。


(これは、毒)


その煙を浴びた木々が、黒くどろどろに溶けて地面に消え失せ、黒朗の灰色の肌が茶色に染まる。

それは、先程の異形の角の一撃で、ヒビが入っていた腹に入りこみ、灰色の肌を茶色に染めて、ぼろぼろにし始める。

黒朗の身体の中にじわりじわりと入りこむ。


『…グゥッ…』


黒朗は、くるりと空中で方向転換をすると、地上に向かって両手を向ける。

黒陽炎が吹き出した。

巨大蜥蜴の足元の大地を穿ち、巨大な大穴を作った。

巨大蜥蜴はよろけて、悲鳴を上げながら、深い底へ落ちていった。

が、蜥蜴の身体がバキバキ割れ、中からたくさんの銀色の触手が飛び出し、それは、黒朗の身体に巻き付いた。


『!!』


黒朗は、巨大蜥蜴と共に、大穴の底へ引きずりこまれた。

巨大蜥蜴の血肉が溶け、銀色の沼になる。

触手の蠢く沼の中から、鋭い刃のような花弁を持つ銀色の花がいくつも顔を出した。花の真ん中で、蛙のような姿をしたものが口をあけ、毒の霧を吹き出している。

捕らえた黒朗の頭に乗り上げて、小さな手でぺちぺち叩き、ゲラゲラ笑っている花がいた。

しくしく泣いている花も、怒っている花もいた。

騒がしげな穴の中、黒朗は、毒で身体が強張り、触手の戒めもほどけない。

ひたり、と銀髪の鬼が、沼に降り立った。

沼は口を閉じて、主の足元にひれ伏す。

声が響く。



『おまえはここで溶けて消える』


『ひとかけらも残さず』



銀髪の鬼は、黒朗の顔を片足で踏みつけた。



『消え失せろ!!』



黒朗の頭が、身体が、銀色の毒沼に沈む。


青柳は戦慄した。


銀髪の鬼に、黒朗が毒沼に沈められた。

銀髪の鬼が、生きている。


誰かが必ず死ぬ。


(死ぬ)


つぷ、


(死ぬ)


つぷ、


ぶん



銀の沼から、飛び出した。

銀色の毒にまみれた、茶色のぼろぼろの手が一本。

光る糸に括られ、宙に浮かぶ。


『!?』

「……ッ…!!」


かすかに赤く光る糸を青柳は、大穴の外で引っ張る。


『おまえ』


銀色の毒にまみれた茶色の腕がぐぐりと動く。


「…黒朗ッ!!」


青柳は叫ぶ。


「狂うなよッ?!!はやまんなよッ?!はやまんじゃねぇ!!」


黒朗の茶色の皮膚が剥がれ落ち、灰色の皮膚が現れた。

黒い陽炎を纏った手の平が、銀の鬼の右足を掴む。


『離せえエエエエエエ!!!』


銀髪の鬼は、絶叫した。

その黒い衣の裾からのぞく、あるべきもの、両手がない。

黒朗に灰とされたその時から、再生できないのだ。

己の身体は、その能力によって、どんな時でも損なわれることはなかった。

命さえ生み出せた。



(だが、この魔物は)



銀髪の鬼の右足が銀色に変色し、銀の沼にそれを突き刺した。

下半身が銀色の数本の太い触手に変わり、肥大化し、黒朗を弾き飛ばす。

大穴いっぱいにあふれた触手は、銀髪の鬼の身体を空へ押し出した。

銀髪の鬼は、銀の触手から身体を分離させる。

眼下に、豆粒のような小鬼が見えた。



(あれはだめだ)

逃げる

(遠くへ)

砂と化した場所

(金色はいつか必ず)

殺せばいい

(逃げろ)

逃げて

(生きる)

生きて

(生きて)

すべて

滅ぼしてやる

生きて

滅ぼしてやる

すべて

生きて

すべて

すべて

すべて



小鬼から目を反らし、空を跳ぼうと鼻先を向け、

銀髪の鬼は動きを止めた。

彼の前を、何かが遮る。

虹色のそれは、丸く、まあるく、空から地上まで落ちて、辺りの森一帯を覆う。

銀髪の鬼は、地上を見下ろした。







空色の目が、彼を見つめていた。








「ジジイ!?」


暴れる銀色の巨大な触手を避けながら、銀髪と褐色肌の老人、ラユシュが、向かい側の穴の縁に立っているのを青柳は見つける。

その側には、水色の大蛇がいた。

かぱりと口を開け、青柳を見て震えている。

あたりに浮かぶ虹色の光が、青柳に降り注ぐ。


(すげえ、あったかい…)


その光は、青柳の顔や身体の傷を癒し、槍持つ銀色の異形の群れを消していく。

虹色の光の中、ラユシュ老人に襲いかかる影。

その顔は、大獅子の様相、背中には巨大な銀色の翼を、鋭い鉤爪の両足を持つ異形。

銀髪の鬼だった。

ラユシュ老人の身体を鉤爪で掴み、喰らおうと口を開いた。

が、ラユシュとの間に現れた小さな竜巻に遮られる。


ざくり


銀髪の鬼の後首から下、心臓に向かって突き刺された剣。


「…炎波」


鋼の剣が火色に染まり、鬼の身体の内側から光がにじみ、炎が吹き出した。


「間に合った、か?!」


海藻のような髪をした無精髭の男、春風が、走りながらやってくる。

銀髪の鬼の肩に乗っていた赤髪の青年、紅羽は剣を抜きざまに、銀髪の鬼の頭、翼を、足を斬り飛ばした。


銀髪の鬼の腹から銀色の肉山が飛び出し、牙の生えた口がラユシュ老人の腹に喰らいついた。

倒れたラユシュ老人の上で、肉塊は銀髪の鬼となり、老人の顔を覗きこんだ。

銀髪の鬼は、銀色の毒沼が消えた穴の中から、灰色の小鬼が立ち上がる気配を感じる。



(来る)



『あれは、何だ?』



ラユシュ老人は血の流れる口で、笑った。



「救い主だよ。」



銀髪の鬼は、それを聞くと



『バカだなー』



と、無表情に呟いた。



空色の目は、毒のよう。



『そんなもの、いない。』



そして、ラユシュ老人の喉笛に噛みついた。



銀髪の鬼の身体が膨れ、代わりに巨大な銀色の触手が何本も現れた。

それは、ラユシュ老人を一瞬で飲み込み、森を侵し、巨大な大樹となった。

だが、それは、空に向かって枝を伸ばす。

枝の先々から、銀色の葉が芽吹き、黒い実が成る。


〈まずいぞ!〉


炎が揺れ躍り、現れた赤い狼が、紅羽に吠える。


〈燃やせ紅羽!〉


大樹の根が生えた地は、みるみる干上がり、草木も枯れて、地が割れる。


〈あの黒いのが割れたらまずい!〉

「燃やせって?!あんなデカイの無理だろ!」


春風が、赤い狼の言葉に悲鳴を上げる。


〈おまえが、補佐をするんだ!〉

「そっ、そーですねエ、エエエー?!あ?!若?!」



赤髪の青年の手の中で、剣が燃えた。

紅羽は、剣を大樹の幹に撃ち込んだ。


「…滅魔炎」


撃ち込む寸前、剣の炎は、巨大な白金炎の剣となり、幹を横凪ぎにした。

炎を風が下から巻き上げ、大樹の頂上まで燃え上がらせた。

黒い実が、葉が燃え、白い砂となって消えていく。

幹と枝が、ミシミシと音をたて、


にゅるりと蠢くと、炎を飲み込んだ。


再び、葉を、実をつける。

さらに一回り大きくなって。


その枝先は、虹色の壁まで届き、けれど遮られて、のけ反るように成長していく。


丸い虹色の壁の中を、銀色の魔樹が侵食していった。


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