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第一章 銀の訪れ
第十九話 だから頼む
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「仁矢…?」
頭上から降ってくる、聞き覚えのある笑い声。
青柳の首を掴む銀髪の鬼の手が動かない。
視線だけを上に向ければ、艶やかな黒髪と赤い目の美しい女…男、仁矢が、大木の枝の上にいた。
異国の白い衣装に赤い長布をまとい、とても愉しげに笑っている。
『なに、オマエ』
銀髪の鬼は、仁矢に眉をひそめ、青柳の顔に爪立てていた右手を向けた。
悲鳴のような鳴き声をあげ、鋭利な銀色のトゲに覆われた大蛇が、鬼の手から飛び出した。
仁矢の頭に喰らいつこうとするそれを、黒縄は隙間なく縛り、そのまま出所の鬼の腕に、首に、頭に、身体中に巻き付いた。
『は』
黒縄が生き物のように蠢いた。
鬼の目や、鼻や耳、口の穴に入り込んでいるようだった。
ビクリビクリと鬼の身体が波打つ。
ふつり、と鬼の身体が千々に刻まれ、地面にぼとぼと落ちた。
肉塊に、紫色の炎が灯る。
青柳は、とりあえず仁矢に向かって叫んだ。
「おまええッッ!オレも殺す気かッッッ!!」
青柳は、首を掴む鬼の手がわずかに緩んだ隙に、くるりと鬼の腕に乗り上げ蹴り跳び、鬼から退避していた。
だが、一瞬でも遅れていたら、青柳も黒縄でバラバラにされていただろう。ギリギリだ。
「はあ?そんなことないわよー。アタシはー、縛るだけのつもりだったんだからー…………チッ!」
「舌打ちしてんじゃねーよオオー?!!」
叫んだ拍子に、青柳の顔の傷からはさらに血が噴き出した。
青柳の目から涙がぼろぼろ。
「ぐううううぅ~!!」
「アッハ!だッさ!ところで何なわけ?ソイツ。」
仁矢は、紫色の炎に焼かれる肉塊を黒縄で指し示す。肉塊の回りで、茶色の小鳥が地面を啄んでいる。
「……オマエも何なの?その気色悪い鞭とか、何なんだよ?!」
「失礼ねー。」
仁矢の手にあった黒縄は、するすると短くなり、仁矢の耳下まである黒髪に引っ付いた。
(髪?!!)
「何だよそれ?!」
姿形、体力だけでなく、髪まで化け物じみていたとは…
「今朝起きたらこうなってたわ。昨日の夜、身体が熱くて仕方なかったのよね。月子さんと同じ屋根の下にいられて興奮してしまったのかと「ほんとくそ殺すコイツ」思ってたんだけど、コレのせいみたい。あるじ様の贈り物ね。」
腰まである艶々の長い黒髪に、仁矢はうっとりと笑う。
青柳は、脱いだ異国の白衣で仁矢の首を括りかけて、その手を止めた。
「…あるじ。」
(昨日の夜?)
青柳の脳裏に、灰色の小鬼が、赤い目をした黒鬼が、浮かんだ。
仁矢が「あるじ」と呼ぶのは、黒朗だ。
(昨日、アイツ、玉から出てきかけてた)
玉から黒いモノを垂れ流していた。
魔王のごとく鬼が現れるのかと恐慌したのだ。
酒壺に落ちたら収まったが…。
ハッとして、首から下げた守り袋の中身を覗く。
「!!」
抹茶色の袋の底は、穴が空いていた。
焦げた跡のような穴。
青柳の着物の胸の辺りにも点々と、焦げたような跡が付いている。
「グヤアアアアアアアアーーーーーーッ!!」
「ちょっ?!アンタどうし」
「ない!!玉がないー!!!落ちた!!大魔王が復活な感じでエエエエ!!あの野郎酔いつぶれて寝てろっつーのクソ鬼がー!!」
「まあ!」
「…何で化粧しやがる何で持ってる」
「あら、あるじ様に初めて会うからに決まってるわ。女は気になる人の前ではキレイでいたいものガッ?!」
青柳は、辺りを見回した。
見つからない。
(どこだ、どこに、いつ落とした?)
青柳は、地面に這いつくばり探し回る。
見つからない。
青柳は唇をかみしめた。
「クソッ!!どこ行ったんだよッ!!クソ鬼!!」
(アイツの気配を、見つけられないか?)
「オイ!仁矢!!オマエ!たしかアイツの気配、すぐわかったよな!」
仁矢が美女男になって、初めて訪れた時、青柳の首にかかった守り袋の中の玉を、「あるじ」と呼んだ。
「当たり前よー」
「…じゃあ、って、何してんだ。気持ち悪ッ!!」
仁矢は銀色の鬼の肉塊の中にうつ伏せに倒れ、もぞもぞ動いていた。
「アンタが蹴り入れて、突っ込んだんでしょーが、あり得ないわー、油断したわー、寝グソ野郎のくせにッ!!」
白い指で、紫色の炎に焼かれる肉塊をまさぐる。
「あ」
その下に、金と黒が混ざり合う玉があった。
玉には細かいヒビがあり、触れる地面は焼け、赤く彩られている。
「あるじ様」
仁矢は、玉をそっと両手にすくった。
仁矢の手も赤く染まっていく。
「手を離せ!!仁矢!!」
仁矢は青柳を振り返った。
『にげろ』
地面を啄んでいた茶色の小鳥の羽が、銀色に変化し、仁矢の顔を突き抜けた。
鬼の肉塊がうねり、増殖する。
褐色の腕が、
足が、生えた。
美しい曲線を描く上半身が
黒い唇から漏れる吐息が
空色の目が
長い銀髪をなびかせて、美しい鬼が立つ。
銀色の小鳥が、黒い衣を纏う鬼の肩にポトリと落ちて、溶ける。
『ひどいよー』
銀髪の鬼は、地面に転がった仁矢の身体に目をやると、その手に握られた玉に、笑った。
『おかしーなあー』
鬼の褐色の指から、ぷつりと銀色と空色の混じった滴が生まれる。
『人間に味方をするのか、異形のモノが』
滴はいくつもの流線となり、玉を囲み始めた。
流線が触れた仁矢の指が消え始める。
赤が走った。
それは、鬼の手を切り落とし、玉を囲う流線を切った。
銀色の鬼の四肢を細切れにしようとするそれに、鬼は飛び退く。
『?何をした?』
青柳だった。
手に持つのは、血の滴り落ちる白い布ただ一つ。
彼女の目は、怒りに燃えていた。
息は荒く、汗だくで、足元もふらついている。
だが、銀色の鬼が動きをみせると、青柳の持つ白い布が赤い光沢の刀となった。
『おもしろーい』
「…せ………な…。」
『だが、可愛らしい曲芸だ。死ぬしかない。』
銀色の鬼の手から、再び、銀色と空色の流線が現れ、青柳を、仁矢を、いや、玉を狙う。
青柳は、仁矢の身に付けた、その血に染まった赤い長布を硬質化させ防いだ。
だがその銀色と空色は、徐々に長布を消していく。
絶え間なく流れてくる銀色と空色の滴を散らし、反らしながら青柳は、考えた。
とても恐ろしい化け物について考えた。
こんな時まで、ぐずぐず閉じ籠り、躊躇う、阿呆について考えた。
「オレが、殺してやる」
「オマエが、暴走したら、殺してやる」
こんなイカれたヤツに殺られてたまるか。
何でもかんでも殺すつもりのクソ野郎。
人も
動物も
木も
山も
全部
全部!!
(ふざけるなッ!!)
優しい人たちを
命を
(ふざけるなよ!!!)
殺すことは許さない
だから
頼む
頼む
「黒朗ッ!!」
銀色の髪をなびかせた美しい鬼を、灰色肌の小鬼が見上げていた。
髪はなく、つるハゲで、その額には一本の角。
『何だ、オマエは』
『…………。』
『オマエは、だれー?』
『…………。』
銀色の鬼は、黒朗の顔を覗きこみ、両手で掴む。
まん丸の満月のような黄色い目。
『不愉快な、色』
ぐしゃり
銀色の鬼の手を、灰色の小鬼の手が握り潰した。
小鬼が開いた手の平から、さらさらと黒い灰が流れ、風に吹かれて消えていく。
黒朗は、銀色の鬼の空色の目を見て、言った。
『…オレは、オマエの救い主だ。』
頭上から降ってくる、聞き覚えのある笑い声。
青柳の首を掴む銀髪の鬼の手が動かない。
視線だけを上に向ければ、艶やかな黒髪と赤い目の美しい女…男、仁矢が、大木の枝の上にいた。
異国の白い衣装に赤い長布をまとい、とても愉しげに笑っている。
『なに、オマエ』
銀髪の鬼は、仁矢に眉をひそめ、青柳の顔に爪立てていた右手を向けた。
悲鳴のような鳴き声をあげ、鋭利な銀色のトゲに覆われた大蛇が、鬼の手から飛び出した。
仁矢の頭に喰らいつこうとするそれを、黒縄は隙間なく縛り、そのまま出所の鬼の腕に、首に、頭に、身体中に巻き付いた。
『は』
黒縄が生き物のように蠢いた。
鬼の目や、鼻や耳、口の穴に入り込んでいるようだった。
ビクリビクリと鬼の身体が波打つ。
ふつり、と鬼の身体が千々に刻まれ、地面にぼとぼと落ちた。
肉塊に、紫色の炎が灯る。
青柳は、とりあえず仁矢に向かって叫んだ。
「おまええッッ!オレも殺す気かッッッ!!」
青柳は、首を掴む鬼の手がわずかに緩んだ隙に、くるりと鬼の腕に乗り上げ蹴り跳び、鬼から退避していた。
だが、一瞬でも遅れていたら、青柳も黒縄でバラバラにされていただろう。ギリギリだ。
「はあ?そんなことないわよー。アタシはー、縛るだけのつもりだったんだからー…………チッ!」
「舌打ちしてんじゃねーよオオー?!!」
叫んだ拍子に、青柳の顔の傷からはさらに血が噴き出した。
青柳の目から涙がぼろぼろ。
「ぐううううぅ~!!」
「アッハ!だッさ!ところで何なわけ?ソイツ。」
仁矢は、紫色の炎に焼かれる肉塊を黒縄で指し示す。肉塊の回りで、茶色の小鳥が地面を啄んでいる。
「……オマエも何なの?その気色悪い鞭とか、何なんだよ?!」
「失礼ねー。」
仁矢の手にあった黒縄は、するすると短くなり、仁矢の耳下まである黒髪に引っ付いた。
(髪?!!)
「何だよそれ?!」
姿形、体力だけでなく、髪まで化け物じみていたとは…
「今朝起きたらこうなってたわ。昨日の夜、身体が熱くて仕方なかったのよね。月子さんと同じ屋根の下にいられて興奮してしまったのかと「ほんとくそ殺すコイツ」思ってたんだけど、コレのせいみたい。あるじ様の贈り物ね。」
腰まである艶々の長い黒髪に、仁矢はうっとりと笑う。
青柳は、脱いだ異国の白衣で仁矢の首を括りかけて、その手を止めた。
「…あるじ。」
(昨日の夜?)
青柳の脳裏に、灰色の小鬼が、赤い目をした黒鬼が、浮かんだ。
仁矢が「あるじ」と呼ぶのは、黒朗だ。
(昨日、アイツ、玉から出てきかけてた)
玉から黒いモノを垂れ流していた。
魔王のごとく鬼が現れるのかと恐慌したのだ。
酒壺に落ちたら収まったが…。
ハッとして、首から下げた守り袋の中身を覗く。
「!!」
抹茶色の袋の底は、穴が空いていた。
焦げた跡のような穴。
青柳の着物の胸の辺りにも点々と、焦げたような跡が付いている。
「グヤアアアアアアアアーーーーーーッ!!」
「ちょっ?!アンタどうし」
「ない!!玉がないー!!!落ちた!!大魔王が復活な感じでエエエエ!!あの野郎酔いつぶれて寝てろっつーのクソ鬼がー!!」
「まあ!」
「…何で化粧しやがる何で持ってる」
「あら、あるじ様に初めて会うからに決まってるわ。女は気になる人の前ではキレイでいたいものガッ?!」
青柳は、辺りを見回した。
見つからない。
(どこだ、どこに、いつ落とした?)
青柳は、地面に這いつくばり探し回る。
見つからない。
青柳は唇をかみしめた。
「クソッ!!どこ行ったんだよッ!!クソ鬼!!」
(アイツの気配を、見つけられないか?)
「オイ!仁矢!!オマエ!たしかアイツの気配、すぐわかったよな!」
仁矢が美女男になって、初めて訪れた時、青柳の首にかかった守り袋の中の玉を、「あるじ」と呼んだ。
「当たり前よー」
「…じゃあ、って、何してんだ。気持ち悪ッ!!」
仁矢は銀色の鬼の肉塊の中にうつ伏せに倒れ、もぞもぞ動いていた。
「アンタが蹴り入れて、突っ込んだんでしょーが、あり得ないわー、油断したわー、寝グソ野郎のくせにッ!!」
白い指で、紫色の炎に焼かれる肉塊をまさぐる。
「あ」
その下に、金と黒が混ざり合う玉があった。
玉には細かいヒビがあり、触れる地面は焼け、赤く彩られている。
「あるじ様」
仁矢は、玉をそっと両手にすくった。
仁矢の手も赤く染まっていく。
「手を離せ!!仁矢!!」
仁矢は青柳を振り返った。
『にげろ』
地面を啄んでいた茶色の小鳥の羽が、銀色に変化し、仁矢の顔を突き抜けた。
鬼の肉塊がうねり、増殖する。
褐色の腕が、
足が、生えた。
美しい曲線を描く上半身が
黒い唇から漏れる吐息が
空色の目が
長い銀髪をなびかせて、美しい鬼が立つ。
銀色の小鳥が、黒い衣を纏う鬼の肩にポトリと落ちて、溶ける。
『ひどいよー』
銀髪の鬼は、地面に転がった仁矢の身体に目をやると、その手に握られた玉に、笑った。
『おかしーなあー』
鬼の褐色の指から、ぷつりと銀色と空色の混じった滴が生まれる。
『人間に味方をするのか、異形のモノが』
滴はいくつもの流線となり、玉を囲み始めた。
流線が触れた仁矢の指が消え始める。
赤が走った。
それは、鬼の手を切り落とし、玉を囲う流線を切った。
銀色の鬼の四肢を細切れにしようとするそれに、鬼は飛び退く。
『?何をした?』
青柳だった。
手に持つのは、血の滴り落ちる白い布ただ一つ。
彼女の目は、怒りに燃えていた。
息は荒く、汗だくで、足元もふらついている。
だが、銀色の鬼が動きをみせると、青柳の持つ白い布が赤い光沢の刀となった。
『おもしろーい』
「…せ………な…。」
『だが、可愛らしい曲芸だ。死ぬしかない。』
銀色の鬼の手から、再び、銀色と空色の流線が現れ、青柳を、仁矢を、いや、玉を狙う。
青柳は、仁矢の身に付けた、その血に染まった赤い長布を硬質化させ防いだ。
だがその銀色と空色は、徐々に長布を消していく。
絶え間なく流れてくる銀色と空色の滴を散らし、反らしながら青柳は、考えた。
とても恐ろしい化け物について考えた。
こんな時まで、ぐずぐず閉じ籠り、躊躇う、阿呆について考えた。
「オレが、殺してやる」
「オマエが、暴走したら、殺してやる」
こんなイカれたヤツに殺られてたまるか。
何でもかんでも殺すつもりのクソ野郎。
人も
動物も
木も
山も
全部
全部!!
(ふざけるなッ!!)
優しい人たちを
命を
(ふざけるなよ!!!)
殺すことは許さない
だから
頼む
頼む
「黒朗ッ!!」
銀色の髪をなびかせた美しい鬼を、灰色肌の小鬼が見上げていた。
髪はなく、つるハゲで、その額には一本の角。
『何だ、オマエは』
『…………。』
『オマエは、だれー?』
『…………。』
銀色の鬼は、黒朗の顔を覗きこみ、両手で掴む。
まん丸の満月のような黄色い目。
『不愉快な、色』
ぐしゃり
銀色の鬼の手を、灰色の小鬼の手が握り潰した。
小鬼が開いた手の平から、さらさらと黒い灰が流れ、風に吹かれて消えていく。
黒朗は、銀色の鬼の空色の目を見て、言った。
『…オレは、オマエの救い主だ。』
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