黒鬼の旅

葉都

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第一章 銀の訪れ

第十一話 異国の老人

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突如地面から飛び出した虹色に輝く透明な球体が、藁葺き屋根の荒れた小屋を飲み込んだ。
それは、ぐいぐいと形を色を変え、白壁と赤い屋根の美しい家が現れる。


「何だ、これ…。」


青柳は、呆然と変わり果てた我が家を見上げる。
見上げるとは、どういうことだ、何だ?高すぎるぞ、高すぎないか?てっぺんが、周りの大木より高い?


「何てことしやがるジジイ…」

「いやいや、礼には及ばないぞ、小童。」

「迷惑だって言ってんだよ!何だよ、この気合いの入った家は!こんな小綺麗な家で安心して寝れるかッ!!」

「おかしなことを言うヤツだな…。」

「イヤ、だッ!!元に戻せッ!!クソがッ!!」




異形の手から生まれた老人、「ラユシュ」と名乗った男は、青柳の住処である山小屋を見た後、また、あの小鬼を封じ込めた不思議な力を使った。

ラユシュは、握っていた左手を開き、その手の平にある抹茶色の守り袋を唸る青柳に差し出す。


「ほら、受け取れ小童。」


青柳は、顔を強張らせ動きを止める。
受け取ったその袋の中には、虹色の玉が入っていた。
親指ほどの幅があるその玉の中に、灰色の小鬼が一匹眠っている。


「~~~~~~イ~~ヤ~~だ~~!!」







異形の「手」であった老人は、小鬼を封じ込めた岩に潰された竜を、岩をフワリと浮かせて救出した。


「私は、名をラユシュと言いまして、南方にあるブラトゥ国の僧侶です。いや、助かりました。悪魔に捕らわれてからの記憶が曖昧で、気がつけば、こんな有り様です。化け物と化していた私を元の人間に戻してくださった。偉大なる神竜よ、貴方には、感謝してもしきれません。」

【うむ、どうということではない。ラユシュよ、もし行くところがないなら、我の村に住めばいいぞ。キサマのような、立派な坊主がいてくれれば、村の皆も助かるだろう。】

「ハァ?!何でそうなるんだよ!変態!!」


声を上げた青柳に、白竜は怒る。


【変態とはなんだ!!!!】

「はあ?!てめえが、宝言ってんのが、人間の女の し・た・ぎ なんだよッ!!」

【?!】

白竜は、目を見張った。

【なんと!!だから、あんなにいい匂いが…】

「……なに言っちゃってるのかな……人間的に、ダメなんだよ、知らねーわけねーよな、神様よお。」

【いやッ、違う、神主がくれたのだ!!我が拾ったのをな、持ってるのを見て、くれるようになったのだ!!】

「…あの…オッサン…!!」

「…神主様…。」


青柳と比呂の頭に、へらへら笑うおっさん神主の顔が頭に浮かぶ。


【だっ、大体、キサマこそ、何故ラユシュが村にいることに反対するのだ?あの鬼を封じ込め、この地の危機を救った恩人だぞ。それに、裸の年寄りを放り出すのか?!すぐくたばるぞ?】

「そいつは、さっきまでやりあった化け物だった。動物を食い散らかしてたヤツだ。本当に人間か?信用できねーよ。うさんくせぇ。」

「……。」


険しい顔の青柳に、比呂も頷く。


【ふぅむ、では、キサマが見張れ。】

「は?」

【不安なのだろ?見張れ。】

「何言って」

【もちろん、コヤツもな!】


白竜は、小鬼の岩を指差した。
老人は、その大岩を瞬く間に小さな玉に変える。


「では、ご一緒しましょう、我が救い主殿。」


ラユシュは、手の平に乗せた玉に微笑みを浮かべた。













青柳の肩を、女が掴み揺さぶる。

ふわりとした緑色にも見える黒髪と黒い目をした20代前半くらいの美しい女だ。


「いったい、どういうことかな?青柳ちゃん?」

「……オレにも、さっぱりわからないよ、何なんだろう、すごいね、村長!」


青柳はすっとぼけてみたが、村長の杜若カキツバタの揺さぶりは激しさを増した。

すごい笑顔で、激しく揺さぶられる。

村長の幼なじみ、もとい金魚の糞の大男、春重ハルシゲが、隣で凄い眉間にシワを寄せているからやめてほしい。
村長の腰位の太さの腕が、その手にある鎌で、青柳の首を刈り取りたいと訴えているじゃないか。


(め、めんどくせ~、女のオレ睨んでねぇで、さっさと嫁さんになってくれって言えばいいじゃねーか。)


青柳には、恋とかわからない。

好きなのに何も伝えない春重が、理解が出来ない。
そして、嫉妬を他人にぶつけるヤツは大嫌いだった。
勝手な感情を押しつけ、傷付けるヤツが大嫌いだった。



(くだらねぇ。)


青柳の馬鹿にしたような目を、春重が睨み付ける。


「聞いてるの!?青柳?!」

「あー、いや、本当にオレ知らないんだよ。本当だって。」


青柳は、空高く吹き出している噴水を見る。

山を下りて村に来てみれば、収穫が終わった畑の土地から、水が吹き出していたのだ。
山に近い場所に、大きな噴水が一つ。
小鬼の暴走の影響であるのは、明らかだった。


(本当の理由とか、言いたくても、言えねェ…。)


「村長!あっちいよ、これ!水じゃあねぇなぁ。」


噴水を見に来ていた村人が、声をあげる。


「え?どういうこと?!」

「ちょっと、村長?!苦しい~」


村長は青柳の襟首を掴み、引きずりながら、噴水へ向かう。


「おや、これは、温泉だな。」

「え、何それ。」


村人の人だかりに、ひょっこりと顔を出したのは銀髪と褐色の肌をした老人だ。
空色の目を細め、ニコニコ笑う。


「身体を洗うのにいいぞ、温かくて気持ちいい。食べ物の調理も出来る。この野菜とか入れると、ほら。」

「「おお!!」」


さすが、ラユシュさんは物知りだなぁ、とわいわい騒ぐ村人たち。


「そして、あんたが連れてきた、あの、異国の方は、誰なの?」

「えっと、…………竜神がやっつけた化け物から出てきた。」

「化け物?!まさか、飲み込まれてたの?!」

「…………………うん…。」

「何て、お気の毒な…。」


(嘘は、言ってない…)


くいくいと、青柳の着物を引っ張る手。


「…比呂。」


すぐ横で比呂が、青柳を見上げていた。

その肩には、小猿のマルもいる。


「青柳、これあげるよ。」


比呂は、手に持った袋を青柳に押しつけた。
中には赤い果物や芋が入っていた。


「マルと一緒に採ったんだ。」

「ああ、ありがとう。」


比呂はコクリと頷き、駆けていく。




「…比呂が…、青柳、比呂の友達になってくれたの?」

「は?」


比呂の後ろ姿を、驚いたような顔で見ている村長に、青柳は考える。


(…トモダチ…?ああ、友達…。)


「んなわけねーだろ、そんなもん…う、ん?」


(前よりは、喋るようになったな。アイツ、オレ見ても怯えてないし、…喋ると友達なの、か?でも、小猿のほうが、アイツの友達みたいな感じ…)


青柳には、友達というものがいたことがない。


「村長は、オレの友達か?」

「え?」

「オレと村長は友達なのか?オレは、村の中では村長と一番喋るよな。」

「……。」


首を傾げる青柳に、杜若は青柳を抱きしめた。


「!?」

「そうよ!大切な友達よ!」


そういった杜若は、とても嬉しそうに笑った。
隣で、春重の歯ぎしりが聞こえる。


「ちょっ、村長?…イテテッ、このクソ男!頭割れるッ!!掴むなッ!!」

「…離れろ、ガキ。殺すぞ。」

「あ?殺れるも…村長ッ!離れて!頼む!マジでッ!!」

「そういえば、黒朗は?一緒じゃないの?」


杜若の言葉に、青柳は動きを止める。


「…アイツは、寝てる。」

「具合でも悪いの?」

「……さぁな、鬼のことなんて、わかんねーよ。」


青柳は、首からぶら下げた抹茶色の守り袋を見た。
守り袋の中には、虹色の玉が入っている。


「青柳?」


杜若は、青柳の頭を撫でた。


「泣きたい?」

「?!」


青柳は、杜若の手を振り払った。


「泣いたって、意味がない!!弱いままじゃ意味がないんだッ!!」


辺りが静まりかえった。


「…ご、ごめん、村長。」


青柳は、村人の中にいたラユシュの腕を掴み、歩き出す。





(オレは、弱い!弱い!力も弱いし、心も弱い!!村長、何も悪くないッ!!)



「おい、小童。」



(オレ、村長、大事なのに、オレ、春重のクソ野郎よりも、最低だ!!傷付けた!!!)



「全く」



(クソ鬼だってそうだ!)



(オレが、)



(傷付けたんだ!!)



(アイツは、)





いつも静かに座って



満月のような目をして



村を見た



山を見た



空を見た



鳥を見た



人を見た



風を見た



太陽を見た



花を見た



瞳に慈しみをのせて




(オレは、アイツがどんだけやばいヤツか知らなかった!)



(でも、)



(どんなヤツか、知っていた!!!)



(アイツは、きっと)



(自分に)



(絶望した)




大切なものを自分で壊す。

それは…




「もう、誰もいないぞ。小童」




青柳は、いつも黒朗が座っていた木を見上げた。



「ウアアアアアアアアアアアアァァァァァ!!!」



赤ん坊のように、泣いた。



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