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第一章 銀の訪れ
第八話 手
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灰色肌の小鬼、黒朗は困っていた。
無表情に困っていた。
1人の子供が5人の子供に囲まれていた。
悪意のある声が響く。
「変な髪~、ホウキみた~い」
そう言った子供に、藁色の髪を引っ張られていたのは比呂だった。
袋を抱えながら懸命に逃げようとしている。
「…やメて…!」
「何持ってんだ?」
「あ、芋だ!」
「よこせ!」
「渡せよ~!!」
比呂は袋や腕やら着物やら引っ張られる。
『……。』
黒朗は振り返り、自分の襟首をつかみ離さない男を見た。
『…離してくれ。』
「誰が離すか!子供を食うつもりだろう!」
黒朗の頭ほどもある力こぶの腕を持つ大男だ。
村の男だった。
村長の家に行った時に見かけたことがあった。
『…食う?』
今日も黒朗は薬売りのため、木の下でいつも通りに蓙を敷いて座り、客を待っていた。
青柳も、やはりいつものように、ゴロリと昼寝をし始めた。
『………。』
ふと、山の方角が気になり気配を探った。
村の人間、見知った人間の気配、神主、そして比呂の気配がした。
人見知りの比呂の周りにいる人間が気になり、様子を見に来てしまったのだ。
『…ヒロを助ける。』
「は?助け?!鬼が?!ウソ言ってんじゃねーぞ!!」
大男は、黒朗の首をその大きな手で、がしりと掴んだ。
『……オレは、ウソは言わない。』
黒朗は、丸い黄色の目で大男を見つめる。
大男は、だらだらと汗をかきはじめた。
「くそッ、」
黒朗の首を掴む手は震え、血管が浮き出ている。
「バケモンがッ!」
小鬼の首は岩のように固かった。
「何してんだテメェ~らァ!!!」
老婆が道の真ん中に立っている。
鬼婆がそこにいた。
「ミッ、」
「ミツヨババア!!」
「ババアァ!!!」
「あばばば……」
「ヤバい。」
「腐った性根じゃの~、おめぇら」
首をコキコキ、腕をグルグル回しながら子供たちに近づく。
「いっぺん死んどくか?」
「「「「「ぎゃああああああああああああああああああァァァァァ!!!」」」」」
『………………………………ミツヨ。』
「えッ、ちょッ、待てえ!!!ババア!!」
鈍い音が響くあれな大惨事に、黒朗を掴んでいた大男は、慌てて暴れる鬼婆を止めに入った。
『…大丈夫か、ヒロ。』
「~!!」
泣きじゃくる子供たちと、かばおうとして、鬼婆、三夜婆さんに殴られる大男とを呆然と見ていた比呂は、かけられた声に震える。
(怖い。)
黒朗が、あの恐ろしい鬼がいた。
小鬼は、比呂に近づかない。
それでも、比呂にはーーー
(怖い。…けど)
「なんで、ここにいるんだよ!」
比呂は叫んだ。
黒朗は、目を見開く。
「なんでおまえ、ここにいるんだよ!」
『…ヒロ』
「おまえが、山に、いると思ったのに、なんで」
山を覆う黒い気配。
恐ろしいものは、まだ、いる。
比呂は泣きじゃくりながら、立ち上がり、山へヨロリと歩きだした。
『…どこに行くんだ、ヒロ。』
「……。」
『……山は危ない。』
三泉神社の主、竜神様である白雲は、お気に入りの壺を磨いていた。
空色の水をたたえる羽泉の上でぷかぷか浮かぶ白雲の周りには、赤や、黄、橙の長い布が舞っている。
美しい色合いのそれにも白雲はご機嫌だ。
そんな時間が、竜神にとっては素晴らしい時間なのだ。
が…
「ウオオおおおお!!」
「「「「「ギャアアアアア!!!」」」」」
叫びと共に、平和な竜神の家である羽泉に、黒髪と青い着物姿の人間が突っ込んできた。
【何してる!人間!】
「うるせぇ! ここなら、なんとかなるか、と、思ったんだよ!つーか、何とかしてくれ!」
ずぶ濡れで叫ぶ青柳のその後ろには、
「「「「「「ゴギャアアアアアアアアアアア!!!!!」」」」」」」
大蛇が大木に巻きつき、鳴き叫んでいた。
その頭は、ギョロギョロと数十の目玉に覆われ、青黒い身体には、鬣のような長い黒い毛、そしてたくさんの手が生えており、メシメシと大木に指をめり込ませている。
青柳が倒した異形が、大岩のような身体から、大蛇のようになって、再び追ってきたのだ。
それは、白竜の大切な家の庭の神木を、メキョリと絞め折った。
そのまま、眼下にいる青柳に襲いかかろうとするが、見えないものに弾きとばされているようで目的を果たせないでいた。
「おお~、結界か?…クソ鬼には効いてなかったのに…」
ホッとする青柳に、白竜は詰め寄った。
【ヤツがおかしいのだ!それよりなんだあれは!】
「知らねーよ、コイツに呼ばれて行ったら、動物たちを食い散らかしてて…切っても切っても死なねぇんだ。」
青柳は、懐から着物にくるんだ子猿を取りだした。
【ひどいケガじゃないか!】
「あ!コイツ、比呂みたいに、この水で治るか?」
【!、ああ、そうだ、入れてみろ!】
慌てて着物を取り外す青柳だったが、つるりと手がすべり、
「ア」
ボチャッと、子猿は泉に落とされた。
空色の泉の底に消えていく。
【あほ!溺れてしまうではないか!】
「う、うるせーなぁ!こっちはクタクタなんだよ!クソ~、クソ猿どこいった~」
【クソ、クソと、品のない人間だな!】
「クソ猿~「キィ~!!!」ぐひゃッ!」
泉の中から飛び出した子猿が青柳の顔に飛び付いたのだ。
くるくると青柳の頭や、肩で動き回っている。その背中にあった切り傷はすっかり消えていた。
【おお、おお、元気になった!】
よかった、よかったと喜ぶ竜神に、子猿はペコリとお辞儀をする。
そして、キィキィと訴えた。
白竜の赤い瞳が鈍く光った。
【ふむ、そうか】
竜神は、白金の輝きを放ちながら、身体を伸ばした。
その身体はぐんぐんと伸び、とぐろ巻く巨大な白銀の竜となる。
雲のようなふわふわの身体は、白炎のように逆立ち、愛くるしかった赤い瞳は、鋭く光っている。
【我の住処で、よくも好き勝手しおったな!!許さぬぞ!!!】
高く叫んだ白竜の身体中を、黄金の光が走る。
その光は、
(稲妻!!!)
!!!!!!!
放たれたそれは、あたりを目映い光で埋め尽くした。
光が消えたそこには、サラサラと黒い灰となって崩れていく大蛇の異形の身体。
【…ふん!全く!迷惑なヤツだ!】
するると、元の小さな身体に戻った白竜は、すんすんと鼻を鳴らした。
【どうだ、これでもう大丈夫だぞ!…む?】
くるりと振り返った竜神は、先程までいた人間と子猿が消えていたのに目を瞬かせた。
周りを見渡すと、泉から離れた岸に倒れている。
【どうした?どうしたのだ?】
青柳の周りをふわふわと漂い、心配そうに声をかける。
「…ふざけんなぁあ!」
がばりと青柳は身体をおこした。
「雷とか、死ぬじゃねーかッ!落とす前に言え!」
【ふむ?悪いヤツにしか、落ちんぞ。天罰じゃ~!】
両手を空に上げ、高らかに笑う白竜。
そんな竜神に青柳は、痺れる身体で叫ぶ。
「そんな都合よくいくかッ、見ろ!髪が、炭になって…」
「キィ!」
悪態をつく青柳の下から子猿が這い出し、元気に鳴いて、白竜に飛び付いた。
【ほらの。】
「え~??」
【おまえは人生を悔い改めなければいけないな。】
「は~?!」
青柳は炭と化した異形の巨体に近づき、注意深く見ていく。
【もう大丈夫だろう】
「うるせぇ。」
(オレだって、あの時にそう思ったんだ…)
青柳が真っ二つに切っても、死ななかったのだ。
(何か原因が…コイツの心臓を切れてなかったってわけだろ?)
「あ、あ、あ、ああああああアアアアア」
突如、声が聞こえた。
かすれた低い老人のような声。
それは、異形の胸のあたりから聞こえてくるようだった。
青柳は、刀でそれを切り飛ばし、刀の先に突き刺した。
それは、手だった。
茶色い肌の、シワだらけの手だった。
「あああああ」
声は、その手からしてきた。
青柳は、ひっくり返したり、回し見たりしてみた。
普通の手だった。
(…………………。)
「………………手が………………。」
青柳の顔色は悪い。
【手だな】
白竜は ふむ、と当たり前のような顔をして答えた。
無表情に困っていた。
1人の子供が5人の子供に囲まれていた。
悪意のある声が響く。
「変な髪~、ホウキみた~い」
そう言った子供に、藁色の髪を引っ張られていたのは比呂だった。
袋を抱えながら懸命に逃げようとしている。
「…やメて…!」
「何持ってんだ?」
「あ、芋だ!」
「よこせ!」
「渡せよ~!!」
比呂は袋や腕やら着物やら引っ張られる。
『……。』
黒朗は振り返り、自分の襟首をつかみ離さない男を見た。
『…離してくれ。』
「誰が離すか!子供を食うつもりだろう!」
黒朗の頭ほどもある力こぶの腕を持つ大男だ。
村の男だった。
村長の家に行った時に見かけたことがあった。
『…食う?』
今日も黒朗は薬売りのため、木の下でいつも通りに蓙を敷いて座り、客を待っていた。
青柳も、やはりいつものように、ゴロリと昼寝をし始めた。
『………。』
ふと、山の方角が気になり気配を探った。
村の人間、見知った人間の気配、神主、そして比呂の気配がした。
人見知りの比呂の周りにいる人間が気になり、様子を見に来てしまったのだ。
『…ヒロを助ける。』
「は?助け?!鬼が?!ウソ言ってんじゃねーぞ!!」
大男は、黒朗の首をその大きな手で、がしりと掴んだ。
『……オレは、ウソは言わない。』
黒朗は、丸い黄色の目で大男を見つめる。
大男は、だらだらと汗をかきはじめた。
「くそッ、」
黒朗の首を掴む手は震え、血管が浮き出ている。
「バケモンがッ!」
小鬼の首は岩のように固かった。
「何してんだテメェ~らァ!!!」
老婆が道の真ん中に立っている。
鬼婆がそこにいた。
「ミッ、」
「ミツヨババア!!」
「ババアァ!!!」
「あばばば……」
「ヤバい。」
「腐った性根じゃの~、おめぇら」
首をコキコキ、腕をグルグル回しながら子供たちに近づく。
「いっぺん死んどくか?」
「「「「「ぎゃああああああああああああああああああァァァァァ!!!」」」」」
『………………………………ミツヨ。』
「えッ、ちょッ、待てえ!!!ババア!!」
鈍い音が響くあれな大惨事に、黒朗を掴んでいた大男は、慌てて暴れる鬼婆を止めに入った。
『…大丈夫か、ヒロ。』
「~!!」
泣きじゃくる子供たちと、かばおうとして、鬼婆、三夜婆さんに殴られる大男とを呆然と見ていた比呂は、かけられた声に震える。
(怖い。)
黒朗が、あの恐ろしい鬼がいた。
小鬼は、比呂に近づかない。
それでも、比呂にはーーー
(怖い。…けど)
「なんで、ここにいるんだよ!」
比呂は叫んだ。
黒朗は、目を見開く。
「なんでおまえ、ここにいるんだよ!」
『…ヒロ』
「おまえが、山に、いると思ったのに、なんで」
山を覆う黒い気配。
恐ろしいものは、まだ、いる。
比呂は泣きじゃくりながら、立ち上がり、山へヨロリと歩きだした。
『…どこに行くんだ、ヒロ。』
「……。」
『……山は危ない。』
三泉神社の主、竜神様である白雲は、お気に入りの壺を磨いていた。
空色の水をたたえる羽泉の上でぷかぷか浮かぶ白雲の周りには、赤や、黄、橙の長い布が舞っている。
美しい色合いのそれにも白雲はご機嫌だ。
そんな時間が、竜神にとっては素晴らしい時間なのだ。
が…
「ウオオおおおお!!」
「「「「「ギャアアアアア!!!」」」」」
叫びと共に、平和な竜神の家である羽泉に、黒髪と青い着物姿の人間が突っ込んできた。
【何してる!人間!】
「うるせぇ! ここなら、なんとかなるか、と、思ったんだよ!つーか、何とかしてくれ!」
ずぶ濡れで叫ぶ青柳のその後ろには、
「「「「「「ゴギャアアアアアアアアアアア!!!!!」」」」」」」
大蛇が大木に巻きつき、鳴き叫んでいた。
その頭は、ギョロギョロと数十の目玉に覆われ、青黒い身体には、鬣のような長い黒い毛、そしてたくさんの手が生えており、メシメシと大木に指をめり込ませている。
青柳が倒した異形が、大岩のような身体から、大蛇のようになって、再び追ってきたのだ。
それは、白竜の大切な家の庭の神木を、メキョリと絞め折った。
そのまま、眼下にいる青柳に襲いかかろうとするが、見えないものに弾きとばされているようで目的を果たせないでいた。
「おお~、結界か?…クソ鬼には効いてなかったのに…」
ホッとする青柳に、白竜は詰め寄った。
【ヤツがおかしいのだ!それよりなんだあれは!】
「知らねーよ、コイツに呼ばれて行ったら、動物たちを食い散らかしてて…切っても切っても死なねぇんだ。」
青柳は、懐から着物にくるんだ子猿を取りだした。
【ひどいケガじゃないか!】
「あ!コイツ、比呂みたいに、この水で治るか?」
【!、ああ、そうだ、入れてみろ!】
慌てて着物を取り外す青柳だったが、つるりと手がすべり、
「ア」
ボチャッと、子猿は泉に落とされた。
空色の泉の底に消えていく。
【あほ!溺れてしまうではないか!】
「う、うるせーなぁ!こっちはクタクタなんだよ!クソ~、クソ猿どこいった~」
【クソ、クソと、品のない人間だな!】
「クソ猿~「キィ~!!!」ぐひゃッ!」
泉の中から飛び出した子猿が青柳の顔に飛び付いたのだ。
くるくると青柳の頭や、肩で動き回っている。その背中にあった切り傷はすっかり消えていた。
【おお、おお、元気になった!】
よかった、よかったと喜ぶ竜神に、子猿はペコリとお辞儀をする。
そして、キィキィと訴えた。
白竜の赤い瞳が鈍く光った。
【ふむ、そうか】
竜神は、白金の輝きを放ちながら、身体を伸ばした。
その身体はぐんぐんと伸び、とぐろ巻く巨大な白銀の竜となる。
雲のようなふわふわの身体は、白炎のように逆立ち、愛くるしかった赤い瞳は、鋭く光っている。
【我の住処で、よくも好き勝手しおったな!!許さぬぞ!!!】
高く叫んだ白竜の身体中を、黄金の光が走る。
その光は、
(稲妻!!!)
!!!!!!!
放たれたそれは、あたりを目映い光で埋め尽くした。
光が消えたそこには、サラサラと黒い灰となって崩れていく大蛇の異形の身体。
【…ふん!全く!迷惑なヤツだ!】
するると、元の小さな身体に戻った白竜は、すんすんと鼻を鳴らした。
【どうだ、これでもう大丈夫だぞ!…む?】
くるりと振り返った竜神は、先程までいた人間と子猿が消えていたのに目を瞬かせた。
周りを見渡すと、泉から離れた岸に倒れている。
【どうした?どうしたのだ?】
青柳の周りをふわふわと漂い、心配そうに声をかける。
「…ふざけんなぁあ!」
がばりと青柳は身体をおこした。
「雷とか、死ぬじゃねーかッ!落とす前に言え!」
【ふむ?悪いヤツにしか、落ちんぞ。天罰じゃ~!】
両手を空に上げ、高らかに笑う白竜。
そんな竜神に青柳は、痺れる身体で叫ぶ。
「そんな都合よくいくかッ、見ろ!髪が、炭になって…」
「キィ!」
悪態をつく青柳の下から子猿が這い出し、元気に鳴いて、白竜に飛び付いた。
【ほらの。】
「え~??」
【おまえは人生を悔い改めなければいけないな。】
「は~?!」
青柳は炭と化した異形の巨体に近づき、注意深く見ていく。
【もう大丈夫だろう】
「うるせぇ。」
(オレだって、あの時にそう思ったんだ…)
青柳が真っ二つに切っても、死ななかったのだ。
(何か原因が…コイツの心臓を切れてなかったってわけだろ?)
「あ、あ、あ、ああああああアアアアア」
突如、声が聞こえた。
かすれた低い老人のような声。
それは、異形の胸のあたりから聞こえてくるようだった。
青柳は、刀でそれを切り飛ばし、刀の先に突き刺した。
それは、手だった。
茶色い肌の、シワだらけの手だった。
「あああああ」
声は、その手からしてきた。
青柳は、ひっくり返したり、回し見たりしてみた。
普通の手だった。
(…………………。)
「………………手が………………。」
青柳の顔色は悪い。
【手だな】
白竜は ふむ、と当たり前のような顔をして答えた。
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