黒鬼の旅

葉都

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第一章 銀の訪れ

第七話 喰う

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「イテ!」


頬に当たった固いモノに青柳は声を上げた。
いったい何だと地面に転がるものを見ると、小石が転がっている。
突然の昼寝の妨害に、青柳は隣にいるはずの灰色の小鬼を見やる。


(…あれ?)


黒朗はいなかった。
むかつく三人男に会った後、村に着くといつもの大木の下で、売れない薬を横に石のように座っていたはずだ。
その代わりにいたのは、一匹の茶色い子猿だった。
頭のてっぺんの毛が白い。
その両手には、石が握られている。


「ええ?!オイ!?」


自分を見た青柳に、子猿はさらに石を投げつけた。


「イテ!!」


(コイツ、この間、鈴梨の木のとこにいた猿だな!)


あの時、母猿にしがみついていた子猿だ。


「オイ!投げんな!」


数日前に猿の縄張りに入り、食べ物を奪った青柳は猿たちにとって敵だった。
子猿の親たちは、青柳を排除しようとして彼女と梨の投げ合いをしていた。
子猿にとって、青柳はそうすべき相手、そういうことをしていい相手であると思われてしまったのだろう。


「あ~!!クソ!!」


パッと起き上がり、子猿の石攻撃から逃れようとその場を離れようとした青柳は、すばやく体にかけ登ってきた子猿にギョッとした。


「ウェッ?!何だよ!!離れろ!!」

「キィ~」


青柳の頭に両手でしがみつく子猿。
ワタワタと子猿を引き離そうとする青柳。


(…何だ?)


ふと鼻をつくにおいに青柳は動きを止めた。


(このにおい…)


子猿に触れていた手を見ると、赤く染まっている。
子猿の背中は血だらけで、何か鋭いもので裂かれた一線があった。


「なっ、何だこれっ、オマエやばいじゃね…」

「キィ~」


子猿は驚く青柳からするすると降りて、青柳を振り返る。
そして石を投げた。

その石は青柳ではなく、頭山へ続く道を跳ねる。


「…ええっ?…」


青柳は顔をひきつらせた。











黒と青の毛並みを持つ人の懐の中で、子猿は息も絶え絶えであった。

子猿をどこかに連れていこうとする人に、さんざん爪と牙で抵抗した。

すると、人は青い毛皮をとって子猿に巻きつけて懐に放り込み、山々を風のように駆け抜けた。

人なのに、四つ足で走る獣のようだ。








美しい緑の草原に囲まれたその水辺は、山に住む動物たちの憩いの場だった。
けれど今は、生臭い匂いと、赤い血と、肉片で覆われている。

それは、肉の人形と化したモノの中心にいた。

大岩のような青黒い身体、その半分ほどある長い顔。
その顔にはギョロギョロと大小の目玉がついている。
体には斑に生える長く黒い体毛と複数の手。
その手にたくさんの動物を掴み、鋭い牙を生やした口で喰らっている。
その手に捕まった雄鹿は、角を砕かれ、腹をむさぼり喰われていた。

その手は、熊だったと思われるものの頭を握り潰していた。

その手は、大木の幹を握り潰していた。

その手は、大地を握り潰していた。

その手は、二匹の猿を握り潰していた。


子猿の父猿と他の雄猿だった。


「キィー!!」


異形が、子猿の声にギョロリと目を向けた。


その視線に子猿は凍りつく。
強者への恐怖に本能が逃げろと叫び狂う。


その顔がふいに子猿の目前に迫った。


「ィ!!」


「……んな。」


父猿たちを掴んだ手が、空へと跳んだ。



黒くて青い人が、片手にキラキラ輝く長いものを持っていた。


水面のよう、


鋭く長いそれは、人の爪と牙。



「逃げんな、オレ!」



強ばった顔をしながら、青柳は異形にその手の刀を向けた。








人は危ないと教えられた



でも、いつも来る人の子は



優しくて


弱くて



仲間だ



けど


自分たちも弱い


突然泉に現れたアイツに


喰われるだけ


弱い


黒と青の毛並みの人を


思い出した


黄色の木の実のところにいた人


あの怖くて黒いモノといた人


大人の猿に負けなかった


強い


アイツより強いだろうか


倒れた人の子を心配した


してくれないだろうか


自分たちを



どうか


みんなを




助けて






「「「キィャアアアアアアアアアアアア!!」」」






手を斬られ悲鳴をあげる異形。

青柳はさらに、そいつの手を刀で斬った。

一つの手が青柳を地面に叩きつける。


「…ぐう!!」


踏みつけようとする脚を転がり避けて走る。
森の中に走り込むと、異形も青柳を追って木々の間を通ろうとその巨体で追って来る。
猿のように、太い木の幹を枝のように手で掴みながら進んでくるが、脚と思われたものも、人間の手のように見えた。


(しかもまた生えてきた!)


青柳が刀で切り落とした腕がボコリ、ボコリと元に戻っているのだ。


「……。」


(どうするこんなの)


青柳は走り続けた。

身体中が痛む。


「キィ…」


胸元で子猿が青柳を見ていた。

血まみれで、死にそうで。











炎に焼かれる故郷を眼下に

崖から落ちていく人を思い出す











一瞬の隙をつき、異形の手が青柳の腕を掴んだ。



「ぐっ!!」

「キィ!!」



青柳の腕が潰れる。



「ウ、グウ、ア!!」








泣いている


つかめなかった手


助けられなかった手


憎むべき者たち








異形がさらに青柳を捕まえようと前に踏み込んでくる。


「うううぜェェェェェ!!」


細く甲高い音があたりに響いた。


青柳の身体から白金の燐光が立ちのぼり、異形に掴まれていない片腕とその手に握られた刀が水色に輝く鱗模様に染まった。
その刃は獣の牙のようにギザギザだ。
青柳は歯をくいしばり、身体を回転させ、残った片腕で刀を異形に叩きつけた。
それは異形の身体を真横一文字に切り裂いた。
地響きをたてて異形の別れた身体が地面に落ちる。
異形の身体はその三分の二の体積が消滅していた。


(くるか?)


青柳は異形の再生を恐れたが、異形はそのままぴくりとも動かなかった。


「…ハァッ」


しばらく青柳は刀を構えていたが、もう動かない様子に刀を下ろす。


「…あ~、くそッ、最悪だよもう。何なんだよ、コイツ。一体何なんだよ!あ~、寝て~!!帰りて~!!つーか、こんなん村のヤツらが遭遇したら死んでね!?絶体死んでたよな!!…ハッ!?もう食われて、るのか?!」


喚きちらしながら、青柳は元に戻った刀を両手を使って鞘に納める。
異形に潰された腕は、正常に動いていた。
それを見る子猿に、青柳は顔を歪めた。


「これは内緒だぜ、オレだって好きでこんな身体なわけじゃないんだ。戦闘には便利だけどさ…本当に嫌いなんだよ。」


ぼそりと話す青柳は、虚ろな表情だった。
子猿を抱え、走り出す。


「行くぞ。」


「まだ、息のあるヤツがいるかもしれない。助かるヤツがいるかもしれない。」





この手で


守れるように


助けられるように


強くなる




泣いた子は


己に誓ったのだ















強くなる


一人残らず


殺せるように















ゴポリと、異形の欠片が波打った。






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