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第一章 銀の訪れ
第五話 同棲…?
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「よう~、こっちだ、こっち!」
闇夜の中、熊のような神主が提灯を片手に佇んでいる。
声はいつも通りだが、少し不安そうな表情をして青柳に背負われた比呂を見つめる。
「え~っと…神主様…」
「神さんから聞いてるよ。世話かけたな!」
「いや、別にいいですけど…」
御告げのようなものがあったのだろうか、青柳は顔を歪めた。
(あのウサギ野郎、まさか…)
あれから比呂は夜になっても目覚めなかった。
竜神によると、すぐに目覚めるものなのだそうだ。
比呂の回りをふわふわしていた竜神はくるりと黒朗につぶらな赤い瞳を向けて言ったのだ。
【鬼!神主の家から出ていけ。この子に、キサマは毒なのだ!】
『……そうか、それなら』
【そうだな、今宵から…コイツの家に住めばよい!!】
ビシッと青柳のほうに指先を向けて言い放ったのだ。
神主は青柳の背から比呂をヒョイッと取り上げ片腕に抱えた。
「じゃ!くれぐれも喧嘩とかするなよ。二人とも仲良くするんだぞ!」
『……。』
「ちょッ、神主様、オレ…」
「頼んだぞ!青柳!」
「ッ、おう!………って」
うええ~ッ、と青柳はうめき声を上げながら、膝から崩れ落ち、灰色の小鬼は家に帰る神主を見送った。
「だからって、何でオレの家に住むことになるんだよ!?か弱い女の子のいる家にだぜ!?鬼を!?喰われろってか、エサになれってか、ありえねーだろ!!ふざけんなー!!」
『…オレはアオヤギなんか喰わない。』
黒朗は、竈の前で火を起こしながら言った。
青柳の住む小屋に着いた黒朗は、青柳の取ってきた鈴梨と鹿肉を切る。
とりあえず、怒れる家主の腹を満たすのが、一番だと黒朗の勘が言っている。
人間は腹が減ると怒りだす、腹が満たされれば眠る。
眠れば静かだ。
「なんかッ、てッ?…オマエ…何してんの?まさかッ、オマエ料理なんて作れたりしてんの?」
『…作れる。』
「……。」
机代わりにした大きな丸太の上に、鈴梨と鹿肉の炒めもの、ふかした小芋、青菜のおひたしと並んでいる。
青柳と黒朗は小さめの丸太を椅子にして向かい合って座っていた。
青柳は、おそるおそる料理を口にした。
「…何で、ガラの葉をおひたしにしてんの?鎮静薬に使うよな、これ。つーか、これ食べて大丈夫なの?」
苦味はなく、さわやかな甘味が少しする。
『…青柳が興奮していたから。少量なら問題ない。以前食べた人間は廁からしばらく出てこなかった。大量に食べると腹を下すらしい。…失敗だった。』
「オマエ何してんの。」
『…その夜は大事な用があると、前日から浮かれていたから、オレは落ち着かせようと思ったんだ。』
「へ~?」
青柳は口いっばいに頬張ってモグモグしている。
『…普段は、身なりを気にしないのに、風呂に入ったり、髪を結ったり、ひげを剃ったり、歌を歌ったり、踊ったり…異常だった。』
「……は~、女か~、それ、その夜ダメになったってことだろ?鬼だなオマエ。かわいそうだなぁ、その男~、ハハハッ」
『…神主だ。』
「…神主様か。」
30代後半の神主が、嫁さんを絶賛募集中なのは村中誰でも知っている。
『…殴られた。』
「…エェ!!?オマエ、固いじゃん…」
『…神主がさらに泣いた。』
「ぶはッ!あははッ!」
夕飯の後、青柳は布団の山から薄い布をとると、それを抱えて小屋の梁の上まで登った。
『…アオヤギ?』
「オレはこっちで寝る。オマエはそこらで寝ればいいんじゃねーか。」
青柳は、そのままゴロリと横になった。
真夜中、黄色い目が闇の中で瞬く。
黒朗は、寝床の中で身動いだ。
屋根の梁の上で寝ると言った青柳の寝息は、聞こえない。
『……。』
青柳の気配を探すと、森の奥にいるようだった。
鬼といるよりも、外の獣のほうがましなのだろうと黒朗は考えた。
神主の家の気配を探り、二人とも眠っているのがわかる。
『……。』
比呂の怯えた目を思い出した。
(仕方がない。)
黒朗は目を閉じた。
(オレは鬼だ。)
早朝、物音に、黒朗が小屋の扉を開けてみると、
青柳が戸口の前で倒れていた。
地面に突っ伏す黒い頭がもぞりと動き、青い目が億劫そうに黒朗を見上げた。
「オレは、寝る…。お、こ、すな、よ…」
そう言って、青柳はそのまま寝てしまった。
その身体は土や草で汚れて、汗だくで、傷もあった。
『……。』
黒朗は青柳をヒョイッと横抱きにすると、小屋の中へと運んだ。
青柳の着物や身体に付いた草や土をそっと払い、黒朗は、自分の使っていた布団に寝かせる。
小屋の隅に置いていた薬箱を持って、青柳の側に座る。
(傷口に、しみない薬…。)
いくつかある傷薬の中には、致命傷さえ一瞬で治すが、のたうち回り泡を吹く薬もあるから気をつけなくてはいけない。
黒朗は、傷のある青柳の腕をとった。
『?』
傷口が蠢いていた。
ゆっくりと、ゆっくりと、傷はふさがっていく。
『………。』
他にある青柳の傷を見てみると、すべて同じようなことが起こっていた。
『………。』
黄色い目が、細まる。
(良かった。)
灰色の小鬼は、一人頷いた。
(オマエは、簡単には死なないな。)
闇夜の中、熊のような神主が提灯を片手に佇んでいる。
声はいつも通りだが、少し不安そうな表情をして青柳に背負われた比呂を見つめる。
「え~っと…神主様…」
「神さんから聞いてるよ。世話かけたな!」
「いや、別にいいですけど…」
御告げのようなものがあったのだろうか、青柳は顔を歪めた。
(あのウサギ野郎、まさか…)
あれから比呂は夜になっても目覚めなかった。
竜神によると、すぐに目覚めるものなのだそうだ。
比呂の回りをふわふわしていた竜神はくるりと黒朗につぶらな赤い瞳を向けて言ったのだ。
【鬼!神主の家から出ていけ。この子に、キサマは毒なのだ!】
『……そうか、それなら』
【そうだな、今宵から…コイツの家に住めばよい!!】
ビシッと青柳のほうに指先を向けて言い放ったのだ。
神主は青柳の背から比呂をヒョイッと取り上げ片腕に抱えた。
「じゃ!くれぐれも喧嘩とかするなよ。二人とも仲良くするんだぞ!」
『……。』
「ちょッ、神主様、オレ…」
「頼んだぞ!青柳!」
「ッ、おう!………って」
うええ~ッ、と青柳はうめき声を上げながら、膝から崩れ落ち、灰色の小鬼は家に帰る神主を見送った。
「だからって、何でオレの家に住むことになるんだよ!?か弱い女の子のいる家にだぜ!?鬼を!?喰われろってか、エサになれってか、ありえねーだろ!!ふざけんなー!!」
『…オレはアオヤギなんか喰わない。』
黒朗は、竈の前で火を起こしながら言った。
青柳の住む小屋に着いた黒朗は、青柳の取ってきた鈴梨と鹿肉を切る。
とりあえず、怒れる家主の腹を満たすのが、一番だと黒朗の勘が言っている。
人間は腹が減ると怒りだす、腹が満たされれば眠る。
眠れば静かだ。
「なんかッ、てッ?…オマエ…何してんの?まさかッ、オマエ料理なんて作れたりしてんの?」
『…作れる。』
「……。」
机代わりにした大きな丸太の上に、鈴梨と鹿肉の炒めもの、ふかした小芋、青菜のおひたしと並んでいる。
青柳と黒朗は小さめの丸太を椅子にして向かい合って座っていた。
青柳は、おそるおそる料理を口にした。
「…何で、ガラの葉をおひたしにしてんの?鎮静薬に使うよな、これ。つーか、これ食べて大丈夫なの?」
苦味はなく、さわやかな甘味が少しする。
『…青柳が興奮していたから。少量なら問題ない。以前食べた人間は廁からしばらく出てこなかった。大量に食べると腹を下すらしい。…失敗だった。』
「オマエ何してんの。」
『…その夜は大事な用があると、前日から浮かれていたから、オレは落ち着かせようと思ったんだ。』
「へ~?」
青柳は口いっばいに頬張ってモグモグしている。
『…普段は、身なりを気にしないのに、風呂に入ったり、髪を結ったり、ひげを剃ったり、歌を歌ったり、踊ったり…異常だった。』
「……は~、女か~、それ、その夜ダメになったってことだろ?鬼だなオマエ。かわいそうだなぁ、その男~、ハハハッ」
『…神主だ。』
「…神主様か。」
30代後半の神主が、嫁さんを絶賛募集中なのは村中誰でも知っている。
『…殴られた。』
「…エェ!!?オマエ、固いじゃん…」
『…神主がさらに泣いた。』
「ぶはッ!あははッ!」
夕飯の後、青柳は布団の山から薄い布をとると、それを抱えて小屋の梁の上まで登った。
『…アオヤギ?』
「オレはこっちで寝る。オマエはそこらで寝ればいいんじゃねーか。」
青柳は、そのままゴロリと横になった。
真夜中、黄色い目が闇の中で瞬く。
黒朗は、寝床の中で身動いだ。
屋根の梁の上で寝ると言った青柳の寝息は、聞こえない。
『……。』
青柳の気配を探すと、森の奥にいるようだった。
鬼といるよりも、外の獣のほうがましなのだろうと黒朗は考えた。
神主の家の気配を探り、二人とも眠っているのがわかる。
『……。』
比呂の怯えた目を思い出した。
(仕方がない。)
黒朗は目を閉じた。
(オレは鬼だ。)
早朝、物音に、黒朗が小屋の扉を開けてみると、
青柳が戸口の前で倒れていた。
地面に突っ伏す黒い頭がもぞりと動き、青い目が億劫そうに黒朗を見上げた。
「オレは、寝る…。お、こ、すな、よ…」
そう言って、青柳はそのまま寝てしまった。
その身体は土や草で汚れて、汗だくで、傷もあった。
『……。』
黒朗は青柳をヒョイッと横抱きにすると、小屋の中へと運んだ。
青柳の着物や身体に付いた草や土をそっと払い、黒朗は、自分の使っていた布団に寝かせる。
小屋の隅に置いていた薬箱を持って、青柳の側に座る。
(傷口に、しみない薬…。)
いくつかある傷薬の中には、致命傷さえ一瞬で治すが、のたうち回り泡を吹く薬もあるから気をつけなくてはいけない。
黒朗は、傷のある青柳の腕をとった。
『?』
傷口が蠢いていた。
ゆっくりと、ゆっくりと、傷はふさがっていく。
『………。』
他にある青柳の傷を見てみると、すべて同じようなことが起こっていた。
『………。』
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灰色の小鬼は、一人頷いた。
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