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67話
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「いいアムネジア!王太子の婚約者になるなんてどうでもいいけれど、クラレンスの一人娘に負けるのだけはだめよ!」
「アリアもいつか、心から自分を愛してくれる人と肩書じゃなく自分を見てくれる友人を見つけるのよ。」
アリアとアムネジアは昔から正反対のことを言われて育った。侯爵家にも関わらず自分達よりも階級上の公爵家を目の敵にする母にも、婚約者や友人すらいない自分にそんなことを言ってくる母にも、二人は首をかしげていた。
けれどこの二人のその教育は、二人が歩んできた人生を如実に表したものだった。
まず、アムネジアとアリアの母親は、双方自分の夫が幼いころからの婚約者だったわけではなかった。二人の両親があるべきところに収まったのには、それはそれは壮大な、それこそ貴族史に名を遺すくらいに大きく、そしてふたを開けてみればくだらない出来事があった。
「や、不良公子様。今日もサボり?そろそろ先生に怒られるんじゃない?」
「……またお前か、カトリーヌ。あと、お前がここにいる時点で、その言葉はお前にも降りかかるぞ。」
「いやー、成績を修めればサボっていいっていうシステムが悪いと思うんだよね。」
「そんなくだらない話をしに来たのなら今すぐお前を教室に引きずっていくぞ。」
にこにこと、いや、この場合はニヤニヤというのが正しいのだろう。そんな性格の悪い笑みを浮かべて、若き日のカトリーヌ侯爵は屋上で悠々自適に寝転がる不良公子に話しかけた。この会話もすでに数えきれないほどしてきた。呆れたように身を起こしたクラレンス公爵に対して、カトリーヌはずいと顔を近づけて内緒話をするように声を潜めて話しかけた。
「君にいい話を持ってきたんだ。」
「却下だ。お前の持ってくるいい話は大概ハイリスクハイリターン。いうなれば無茶だ。」
「ええー!その無茶で愛しの無欠令嬢が手に入るとしても君は僕の話を無視するの?」
「……どういう意味だ。」
この屋上での会合を始めて早一年ほど。無欠令嬢と呼び声高いその令嬢に、クラレンスが懸想していることは、カトリーヌにとっては当然の事実になっていた。カトリーヌは決して慈悲深い人間ではない。むしろ、自分の望みのためならば、自分を高めるのではなく他人を蹴落とすことを考える性格をしていた。
「君はこれで釣れると思ってた!一年つるんだ友のためさ!適当な女じゃなくてどうせなら想い人を手に入れられるようにしてやろうという気遣いさ。だからほら、話を聞いてみないか?」
「どうにも要領を得ない会話だ。お前の望みと、それを叶えてやる対価。そして用意した計画の全貌。それらすべて、出し惜しみせずとっとと話せ。」
「うわー。雰囲気とかそういうのは何もないわけ?ドラマチックな展開も会話も何もかも興味なし?君って舞台とかにダメだしするタイプでしょ。」
自分よりも格上の貴族が不機嫌になったとしてもその飄々とした態度を崩さない様子に、さらにクラレンスの表情が硬くこわばっていく。けれどそこで話を切り上げようともしないのは、ひとえに、相手の口から出てきた想い人が手に入るという文言が気になって仕方がなかっただけだった。
「それで、何をすればヴァイゼを手に入れられるというのだ。そして、そのためにお前は何を望む。」
「そんなの決まってるじゃん。君の婚約者の、オリビエだよ。」
「……あぁ、お前は前からそう言っていたな。」
クラレンスには昔から、自分の将来の妻として、オリビエという少女があてがわれていた。といっても二人の間に婚約という明確なものはなく、ただしくは婚約者候補という、切りやすいようで切りづらい関係だった。
「候補だ。欲しければくれてやると言わなかったか?彼女は別に、俺に想いを向けてはいない。」
「それが出来たら苦労してないんだよねー。ほんと邪魔。だからとっとと君には無欠令嬢なりなんなりとくっついてもらわなきゃ困るんだわ。」
「お前は俺を介して自分に何かを言うのが好きだな。そっくりそのまま返すぞ。王太子の婚約者を簡単に奪えていたら、それこそ苦労していない。」
剣呑な空気が屋上に流れる。方や相手を睨みつけ、方や相手に笑いかける。けれどやはりどちらも、相手を憎むような、だるがるような、そんな好意とは真逆の想いがみてとれる。
「だーから、やさしい僕が計画を持ってきてやったんだろ?ほら感謝して僕とオリビエの仲を取り持つくらいしろよ。」
「お前の計画にどれだけの確実性と信憑性があるかにかかっているな、それは。お前の協力が必要になればなるほど、俺は自分の立場をいいように使うぞ。」
「それで最終的に最愛が手に入るなら、僕は別に構わないね。」
「……悔しいが同意見だ。さぁ、時間は有限だ。話を聞こう。」
二人の利害が一致した。それだけで、愚かにも程がある無鉄砲であり得ない机上の空論が、確実的で失敗のない完璧な計画へと変貌を遂げ、学園という狭い檻の中で動き始めた。
「じゃ、まず手始めに、王太子を恋に落とそうぜ?」
「ヴァイゼと、なんて言ったらお前の顔ぶん殴るが大丈夫か?」
「血の気が多いし早とちりがすぎるよ。さすが不良公子。まじその化けの皮剥がれて無欠令嬢に怯えられればいいのに。」
「……本当にお前は俺をどう思っているんだ。」
ニコ、と腹の中を読めない笑顔をたずさえながらカトリーヌは言う。
「くっそ邪魔で大嫌いな友達。」
「そうか、俺も案外好意的に思っているぞ、お前のこと。」
この二人、実は一年前から有名な悪友コンビとして名が通っている。
「アリアもいつか、心から自分を愛してくれる人と肩書じゃなく自分を見てくれる友人を見つけるのよ。」
アリアとアムネジアは昔から正反対のことを言われて育った。侯爵家にも関わらず自分達よりも階級上の公爵家を目の敵にする母にも、婚約者や友人すらいない自分にそんなことを言ってくる母にも、二人は首をかしげていた。
けれどこの二人のその教育は、二人が歩んできた人生を如実に表したものだった。
まず、アムネジアとアリアの母親は、双方自分の夫が幼いころからの婚約者だったわけではなかった。二人の両親があるべきところに収まったのには、それはそれは壮大な、それこそ貴族史に名を遺すくらいに大きく、そしてふたを開けてみればくだらない出来事があった。
「や、不良公子様。今日もサボり?そろそろ先生に怒られるんじゃない?」
「……またお前か、カトリーヌ。あと、お前がここにいる時点で、その言葉はお前にも降りかかるぞ。」
「いやー、成績を修めればサボっていいっていうシステムが悪いと思うんだよね。」
「そんなくだらない話をしに来たのなら今すぐお前を教室に引きずっていくぞ。」
にこにこと、いや、この場合はニヤニヤというのが正しいのだろう。そんな性格の悪い笑みを浮かべて、若き日のカトリーヌ侯爵は屋上で悠々自適に寝転がる不良公子に話しかけた。この会話もすでに数えきれないほどしてきた。呆れたように身を起こしたクラレンス公爵に対して、カトリーヌはずいと顔を近づけて内緒話をするように声を潜めて話しかけた。
「君にいい話を持ってきたんだ。」
「却下だ。お前の持ってくるいい話は大概ハイリスクハイリターン。いうなれば無茶だ。」
「ええー!その無茶で愛しの無欠令嬢が手に入るとしても君は僕の話を無視するの?」
「……どういう意味だ。」
この屋上での会合を始めて早一年ほど。無欠令嬢と呼び声高いその令嬢に、クラレンスが懸想していることは、カトリーヌにとっては当然の事実になっていた。カトリーヌは決して慈悲深い人間ではない。むしろ、自分の望みのためならば、自分を高めるのではなく他人を蹴落とすことを考える性格をしていた。
「君はこれで釣れると思ってた!一年つるんだ友のためさ!適当な女じゃなくてどうせなら想い人を手に入れられるようにしてやろうという気遣いさ。だからほら、話を聞いてみないか?」
「どうにも要領を得ない会話だ。お前の望みと、それを叶えてやる対価。そして用意した計画の全貌。それらすべて、出し惜しみせずとっとと話せ。」
「うわー。雰囲気とかそういうのは何もないわけ?ドラマチックな展開も会話も何もかも興味なし?君って舞台とかにダメだしするタイプでしょ。」
自分よりも格上の貴族が不機嫌になったとしてもその飄々とした態度を崩さない様子に、さらにクラレンスの表情が硬くこわばっていく。けれどそこで話を切り上げようともしないのは、ひとえに、相手の口から出てきた想い人が手に入るという文言が気になって仕方がなかっただけだった。
「それで、何をすればヴァイゼを手に入れられるというのだ。そして、そのためにお前は何を望む。」
「そんなの決まってるじゃん。君の婚約者の、オリビエだよ。」
「……あぁ、お前は前からそう言っていたな。」
クラレンスには昔から、自分の将来の妻として、オリビエという少女があてがわれていた。といっても二人の間に婚約という明確なものはなく、ただしくは婚約者候補という、切りやすいようで切りづらい関係だった。
「候補だ。欲しければくれてやると言わなかったか?彼女は別に、俺に想いを向けてはいない。」
「それが出来たら苦労してないんだよねー。ほんと邪魔。だからとっとと君には無欠令嬢なりなんなりとくっついてもらわなきゃ困るんだわ。」
「お前は俺を介して自分に何かを言うのが好きだな。そっくりそのまま返すぞ。王太子の婚約者を簡単に奪えていたら、それこそ苦労していない。」
剣呑な空気が屋上に流れる。方や相手を睨みつけ、方や相手に笑いかける。けれどやはりどちらも、相手を憎むような、だるがるような、そんな好意とは真逆の想いがみてとれる。
「だーから、やさしい僕が計画を持ってきてやったんだろ?ほら感謝して僕とオリビエの仲を取り持つくらいしろよ。」
「お前の計画にどれだけの確実性と信憑性があるかにかかっているな、それは。お前の協力が必要になればなるほど、俺は自分の立場をいいように使うぞ。」
「それで最終的に最愛が手に入るなら、僕は別に構わないね。」
「……悔しいが同意見だ。さぁ、時間は有限だ。話を聞こう。」
二人の利害が一致した。それだけで、愚かにも程がある無鉄砲であり得ない机上の空論が、確実的で失敗のない完璧な計画へと変貌を遂げ、学園という狭い檻の中で動き始めた。
「じゃ、まず手始めに、王太子を恋に落とそうぜ?」
「ヴァイゼと、なんて言ったらお前の顔ぶん殴るが大丈夫か?」
「血の気が多いし早とちりがすぎるよ。さすが不良公子。まじその化けの皮剥がれて無欠令嬢に怯えられればいいのに。」
「……本当にお前は俺をどう思っているんだ。」
ニコ、と腹の中を読めない笑顔をたずさえながらカトリーヌは言う。
「くっそ邪魔で大嫌いな友達。」
「そうか、俺も案外好意的に思っているぞ、お前のこと。」
この二人、実は一年前から有名な悪友コンビとして名が通っている。
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