66 / 70
65話
しおりを挟む
「さて、今日は改めてお招きありがとうね。」
「構わない。娘が世話になったようだしな。」
「いやそう!話聞いた時はびっくりしたよ!まさかアリアちゃんがカンニングの冤罪をかけられるとか、しかも助けたのは僕の娘というじゃないか。」
机を挟んだソファに腰かけていたにもかかわらず身を乗り出し公爵に詰め寄る。その表情は驚きよりもうれしさや楽しさというった感情がうかがえる。
「しかも勉強会にティーパーティ!ましてや授業を一緒にサボったと聞いたよ!いやぁ、青春だね!懐かしいよ!」
「……最後のは報告に上がっていないぞ。」
サボった、なんていう話は聞いていない公爵が顔を歪ませ呟く。アリアは、当主にする報告に基本噓偽りを伝えない。けれどサボりだけはどうしても言えず、その真実を隠していた。といってもアムネジアも素直に伝えたというよりも口を滑らせたというのが正しいのだが。
「あれ、そうなの…?まぁでも、君がつべこべ言える立場でもないでしょ?ね、サボり魔クラレンス君。」
「……。」
「それとも不良公子のほうがいいかな?」
「あれはレベルの低い授業をする方が悪い。あと、もう公子ではない。」
不良公子。それは二人がまだ学園に通っていた時代にあだ名としてつけられていた名前だった。昔から才覚に溢れ努力をせずともそれなりの成績を残すことのできた公爵は、学園でやる授業よりもさらに先の場所を自分で学んでしまった結果、学ぶことがなくなりサボりの常習犯だった。そのため、アリアのサボりにとやかく言うことができないのだ。
「気にするところ、そこなのかい?ま、叱るつもりがなさそうで安心したよ。君が叱ったりするなんてするとアムネジアが気に病むからね。」
その瞬間、公爵はしまったと思った。しかし、その時にはもう遅く、デレデレとだらしない笑みを浮かべながら、次から次へと出してくるアムネジアに対する誉め言葉に自慢話。こうなった侯爵はよほどのことがないと止まらないため、シンプルに面倒くさいのだ。
「あー……お話し中、失礼イタシマス。お茶のゴヨウイが整いマシタ。」
「入れ。」
どうしたものか、と公爵が考えあぐねていると、ちょうどいいタイミングで扉の向こうからノックとともにヴィノスの声が聞こえてきた。にやりと性格の悪い笑みを浮かべて入室許可を出せば、気まずそうな表情と硬い動きでヴィノスが入ってきた。
「おや?君は確か……ヴィノスくんだっけ?」
「うぇ?……あーハイ。えっと、アリアおじょー様の、専属従者のヴィノスと、申します。」
「君の話もよく聞いてるよ~!何時もアムネジアがお世話になってるね!」
朗らかに語り掛ける侯爵に対してヴィノスがティーセットなどを乗せたワゴンを持っているにもかかわらず、徐々に徐々に距離をとっていく。その動きはさながら飼い主の知り合いの溺愛から逃げる飼い猫のようだった。
「……ご当主サマ。」
「ヴィノス。今日は許す、座ったらどうだ?」
「いえ、あの……俺、ぼ、私は……すぐにでも。」
「座ったらどうだ?」
助けを求めたにもかかわらず、悪い笑みのまま逃げ場をなくされたヴィノス。どうしたものかと考えても、侯爵からもどうぞ、といわれてしまう。すぐにでもアリアを呼んで、身代わりにして、逃げ出したい気持ちにかられるが、残念ながらこの応接室は二階で、アリアたちは中庭のガゼボにいるのだ。助けなんて呼べない。
「おや、これは……もしかして薔薇かい?」
「あ。えーっと、確か、薔薇の花のお茶?と、薔薇のお茶菓子だって言ってました。カトリーヌ家にちなんだものを揃えたいって、お嬢が言ってたんで。」
「へぇ!!あのセンス皆無のクラレンスの娘とは思えないセンスの良さだね!」
「お前は余計な一言を言わないと喋れないのか。」
二人はアムネジアとアリア同様、幼いころからの関係だ。その間には気の置けない空気が漂っている。ただそれは、ヴィノスがどうしてこの空間を共にしてお茶をさせられているのかの理由にはならない。気まずい空気を感じながら逃げるように、机の上に広げられた薔薇を一輪手に取り口に含むと、シュガークラフトだったのか、砂糖の甘みが口いっぱいに広がる。
「~~っ!」
その甘さに夢中になったのか、一つ二つとどんどん口に含んでいく。話に夢中になってどうせ食べないのだからと皿ごと自分の前に引き寄せるがめつさだった。シュガークラフトを食べきり、今度は飴細工らしきそれに手を伸ばそうとしたとき、クスリと侯爵が笑った。
「本当、話に違わない不躾さだね。君がそれを咎めないってことは、それだけこの子は有能なのかな?」
「ヴィノスの雇用主は私ではない。解雇の権限も、私にはない。」
「正真正銘のアリアちゃんのお気に入りってわけだ。」
ガリ、と歯を薔薇の飴に突き立て、嚙み砕けばえぐられた薔薇が出来上がる。数々の薔薇が食い荒らされる中、その様子を穏やかな笑みを浮かべながら眺めていた侯爵は恐ろしいものだとつぶやいた。
「……何でしょう。」
「いや、何でもないさ。できることなら、これからもアムネジアがアリアちゃんと仲良くしてくれることを願うよ。さて、雑談はこれくらいにしよう。本題に入ろうか、クラレンス。」
「そうだな。」
さらりと本題に入ろうとする二人に、ポロリと口の端時からクッキーのかけらをこぼす。自分がいるのにいいのか、今ならこの空間から立ち去れるのかと思って腰を上げようとしたが、その瞬間に二人同時に視線を向けられ、すごすごとヴィノスは上げた腰をもう一度下した。
今頃能天気な会話をする二人の様子を眺めているだけのミーシャを恨めしく思った。
「構わない。娘が世話になったようだしな。」
「いやそう!話聞いた時はびっくりしたよ!まさかアリアちゃんがカンニングの冤罪をかけられるとか、しかも助けたのは僕の娘というじゃないか。」
机を挟んだソファに腰かけていたにもかかわらず身を乗り出し公爵に詰め寄る。その表情は驚きよりもうれしさや楽しさというった感情がうかがえる。
「しかも勉強会にティーパーティ!ましてや授業を一緒にサボったと聞いたよ!いやぁ、青春だね!懐かしいよ!」
「……最後のは報告に上がっていないぞ。」
サボった、なんていう話は聞いていない公爵が顔を歪ませ呟く。アリアは、当主にする報告に基本噓偽りを伝えない。けれどサボりだけはどうしても言えず、その真実を隠していた。といってもアムネジアも素直に伝えたというよりも口を滑らせたというのが正しいのだが。
「あれ、そうなの…?まぁでも、君がつべこべ言える立場でもないでしょ?ね、サボり魔クラレンス君。」
「……。」
「それとも不良公子のほうがいいかな?」
「あれはレベルの低い授業をする方が悪い。あと、もう公子ではない。」
不良公子。それは二人がまだ学園に通っていた時代にあだ名としてつけられていた名前だった。昔から才覚に溢れ努力をせずともそれなりの成績を残すことのできた公爵は、学園でやる授業よりもさらに先の場所を自分で学んでしまった結果、学ぶことがなくなりサボりの常習犯だった。そのため、アリアのサボりにとやかく言うことができないのだ。
「気にするところ、そこなのかい?ま、叱るつもりがなさそうで安心したよ。君が叱ったりするなんてするとアムネジアが気に病むからね。」
その瞬間、公爵はしまったと思った。しかし、その時にはもう遅く、デレデレとだらしない笑みを浮かべながら、次から次へと出してくるアムネジアに対する誉め言葉に自慢話。こうなった侯爵はよほどのことがないと止まらないため、シンプルに面倒くさいのだ。
「あー……お話し中、失礼イタシマス。お茶のゴヨウイが整いマシタ。」
「入れ。」
どうしたものか、と公爵が考えあぐねていると、ちょうどいいタイミングで扉の向こうからノックとともにヴィノスの声が聞こえてきた。にやりと性格の悪い笑みを浮かべて入室許可を出せば、気まずそうな表情と硬い動きでヴィノスが入ってきた。
「おや?君は確か……ヴィノスくんだっけ?」
「うぇ?……あーハイ。えっと、アリアおじょー様の、専属従者のヴィノスと、申します。」
「君の話もよく聞いてるよ~!何時もアムネジアがお世話になってるね!」
朗らかに語り掛ける侯爵に対してヴィノスがティーセットなどを乗せたワゴンを持っているにもかかわらず、徐々に徐々に距離をとっていく。その動きはさながら飼い主の知り合いの溺愛から逃げる飼い猫のようだった。
「……ご当主サマ。」
「ヴィノス。今日は許す、座ったらどうだ?」
「いえ、あの……俺、ぼ、私は……すぐにでも。」
「座ったらどうだ?」
助けを求めたにもかかわらず、悪い笑みのまま逃げ場をなくされたヴィノス。どうしたものかと考えても、侯爵からもどうぞ、といわれてしまう。すぐにでもアリアを呼んで、身代わりにして、逃げ出したい気持ちにかられるが、残念ながらこの応接室は二階で、アリアたちは中庭のガゼボにいるのだ。助けなんて呼べない。
「おや、これは……もしかして薔薇かい?」
「あ。えーっと、確か、薔薇の花のお茶?と、薔薇のお茶菓子だって言ってました。カトリーヌ家にちなんだものを揃えたいって、お嬢が言ってたんで。」
「へぇ!!あのセンス皆無のクラレンスの娘とは思えないセンスの良さだね!」
「お前は余計な一言を言わないと喋れないのか。」
二人はアムネジアとアリア同様、幼いころからの関係だ。その間には気の置けない空気が漂っている。ただそれは、ヴィノスがどうしてこの空間を共にしてお茶をさせられているのかの理由にはならない。気まずい空気を感じながら逃げるように、机の上に広げられた薔薇を一輪手に取り口に含むと、シュガークラフトだったのか、砂糖の甘みが口いっぱいに広がる。
「~~っ!」
その甘さに夢中になったのか、一つ二つとどんどん口に含んでいく。話に夢中になってどうせ食べないのだからと皿ごと自分の前に引き寄せるがめつさだった。シュガークラフトを食べきり、今度は飴細工らしきそれに手を伸ばそうとしたとき、クスリと侯爵が笑った。
「本当、話に違わない不躾さだね。君がそれを咎めないってことは、それだけこの子は有能なのかな?」
「ヴィノスの雇用主は私ではない。解雇の権限も、私にはない。」
「正真正銘のアリアちゃんのお気に入りってわけだ。」
ガリ、と歯を薔薇の飴に突き立て、嚙み砕けばえぐられた薔薇が出来上がる。数々の薔薇が食い荒らされる中、その様子を穏やかな笑みを浮かべながら眺めていた侯爵は恐ろしいものだとつぶやいた。
「……何でしょう。」
「いや、何でもないさ。できることなら、これからもアムネジアがアリアちゃんと仲良くしてくれることを願うよ。さて、雑談はこれくらいにしよう。本題に入ろうか、クラレンス。」
「そうだな。」
さらりと本題に入ろうとする二人に、ポロリと口の端時からクッキーのかけらをこぼす。自分がいるのにいいのか、今ならこの空間から立ち去れるのかと思って腰を上げようとしたが、その瞬間に二人同時に視線を向けられ、すごすごとヴィノスは上げた腰をもう一度下した。
今頃能天気な会話をする二人の様子を眺めているだけのミーシャを恨めしく思った。
0
お気に入りに追加
103
あなたにおすすめの小説
【完結】不貞された私を責めるこの国はおかしい
春風由実
恋愛
婚約者が不貞をしたあげく、婚約破棄だと言ってきた。
そんな私がどうして議会に呼び出され糾弾される側なのでしょうか?
婚約者が不貞をしたのは私のせいで、
婚約破棄を命じられたのも私のせいですって?
うふふ。面白いことを仰いますわね。
※最終話まで毎日一話更新予定です。→3/27完結しました。
※カクヨムにも投稿しています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
悪役令嬢はどうしてこうなったと唸る
黒木メイ
恋愛
私の婚約者は乙女ゲームの攻略対象でした。 ヒロインはどうやら、逆ハー狙いのよう。 でも、キースの初めての初恋と友情を邪魔する気もない。 キースが幸せになるならと思ってさっさと婚約破棄して退場したのに……どうしてこうなったのかしら。
※同様の内容をカクヨムやなろうでも掲載しています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
完結 婚約破棄は都合が良すぎる戯言
音爽(ネソウ)
恋愛
王太子の心が離れたと気づいたのはいつだったか。
婚姻直前にも拘わらず、すっかり冷えた関係。いまでは王太子は堂々と愛人を侍らせていた。
愛人を側妃として置きたいと切望する、だがそれは継承権に抵触する事だと王に叱責され叶わない。
絶望した彼は「いっそのこと市井に下ってしまおうか」と思い悩む……
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
悪女の私を愛さないと言ったのはあなたでしょう?今さら口説かれても困るので、さっさと離縁して頂けますか?
輝く魔法
恋愛
システィーナ・エヴァンスは王太子のキース・ジルベルトの婚約者として日々王妃教育に勤しみ努力していた。だがある日、妹のリリーナに嵌められ身に覚えの無い罪で婚約破棄を申し込まれる。だが、あまりにも無能な王太子のおかげで(?)冤罪は晴れ、正式に婚約も破棄される。そんな時隣国の皇太子、ユージン・ステライトから縁談が申し込まれる。もしかしたら彼に愛されるかもしれないー。そんな淡い期待を抱いて嫁いだが、ユージンもシスティーナの悪い噂を信じているようでー?
「今さら口説かれても困るんですけど…。」
後半はがっつり口説いてくる皇太子ですが結ばれません⭐︎でも一応恋愛要素はあります!ざまぁメインのラブコメって感じかなぁ。そういうのはちょっと…とか嫌だなって人はブラウザバックをお願いします(o^^o)更新も遅めかもなので続きが気になるって方は気長に待っててください。なお、これが初作品ですエヘヘ(о´∀`о)
優しい感想待ってます♪
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
悪役令嬢の里帰り
椿森
恋愛
侯爵家の令嬢、テアニアはこの国の王子の婚約者だ。テアニアにとっては政略による婚約であり恋をしたり愛があったわけではないが、良好な関係を築けていると思っていた。しかし、それも学園に入るまで。
入学後は些細なすれ違いや勘違いがあるのも仕方がないと思っていたが、どうやらそうでもないらしい。いつの間にか王子のそばには1人の女子生徒が侍っていて、王子と懇意な中だという噂も。その上、テアニアがその女子生徒を目の敵にして苛めているといった噂まで。
「私に他人を苛めている暇があるようにお思いで?」
頭にきたテアニアは、母の実家へと帰ることにした。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
もう一度7歳からやりなおし!王太子妃にはなりません
片桐葵
恋愛
いわゆる悪役令嬢・セシルは19歳で死亡した。
皇太子のユリウス殿下の婚約者で高慢で尊大に振る舞い、義理の妹アリシアとユリウスの恋愛に嫉妬し最終的に殺害しようとした罪で断罪され、修道院送りとなった末の死亡だった。しかし死んだ後に女神が現れ7歳からやり直せるようにしてくれた。
もう一度7歳から人生をやり直せる事になったセシル。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】逆行した聖女
ウミ
恋愛
1度目の生で、取り巻き達の罪まで着せられ処刑された公爵令嬢が、逆行してやり直す。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
初めて書いた作品で、色々矛盾があります。どうか寛大な心でお読みいただけるととても嬉しいですm(_ _)m
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる