今度は絶対死なないように

溯蓮

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64話

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「そろそろだな。」

 お昼をすぎた頃、一台の馬車が止まる。その中から現れた豊かな黒髪の男女に、クラレンス家の使用人は一瞬息を飲んだ。

「やぁ!久しぶりだねクラレンス!」

「……あぁ。」

「あー!まぁた仏頂面!その怖い顔で僕の可愛いアムネジアの前に立たないでって手紙で言ったよねー?怯えちゃってるじゃないか!」

「……うるさいぞカトリーヌ。」

 その黒髪の男女は、屋敷の入口で出迎えていた金髪の男女にそれぞれ近づく。方や身体を震わせ顔を青くさせ、方や愉快そうに近づく二人は表情が豊かである様が伺えた。

「お、おお、お招きいただき!あ、あり、ありぎゃ、ありがとうございますわ!アリア様!」

「えぇ、アムネジア様も、ようこそいらっしゃいました。」

 緊張したようにどもりながらも、アリアに手を取り合られ、安心したように微笑む姿の可憐さに、使用人が今度は息を吐き出す。話はそこそこに、と区切れば、アリアとアムネジアは中庭の方へお茶をしに、父親たちは談話室へと姿を消して行った。

「ミーシャ、お茶の準備をして。」

「かしこまりましたお嬢様。」

「こ、ここが、公爵家の、お、お庭……広さからして別格ですわ……!」

「後で薔薇園の方を見に行きましょう?と言っても、そこまで大きいものじゃないですので、アムネジア様が気に入るといいのですが……」

 アリアの言葉に薔薇園があるのかとアムネジアが身を乗り出す。薔薇を家紋に掲げるカトリーヌ家には、国最大とも噂される程の薔薇園がある。それ以外の花を植えない代わりに、薔薇の品種にこだわり多種多様な薔薇を咲かせているのだ。

 そんな薔薇園のある家に生まれたアムネジアも、当然薔薇が大好きだった。

「アリア様のクラレンス家はダリアでしょう?他の花も植えていらっしゃるのね。」

「えぇ。お母様がお花が好きでして、実家から庭師を連れてきて、色々な花を咲かせているんですのよ。」

「失礼致します。お茶のご用意が出来ました。」

「~~っ、ふわぁ…!」

 思わずそんな声が漏れた。そんなアムネジアの様子を見て、アリアは上手くいったと頬を緩ませる。

 ミーシャの手によって置かれたのは、ミーシャの商会から仕入れた特殊な商品。未だ国内で流通はしておらず、これから流す商品ばかりだ。

「す、凄く綺麗ですわ!この香りも……薔薇ですわね。見た目も香りも美しいわ。」

「こちらは東の方の国から仕入れました花のお茶。今回はお嬢様がカトリーヌ様に合わせて、ローズティーをとのご命令でしたので。」

「喜んで頂けて嬉しいですわ。他にも、色々ご用意致しましたのよ。」

 アリアの合図で出てくるお茶菓子。そのどれもが薔薇の形を象ってあり、全て並べた時には、テーブルの上がまるで薔薇園のような光景になっていた。

「薔薇のクッキーに薔薇のチョコレート、薔薇のケーキに薔薇のフルーツ。こ、こんなの素敵すぎて食べられませんわ……!」

「そんなこと仰らないで頂きましょう?アムネジア様のためにご用意致しましたのよ?」

「こ、これが公爵家の……もてなしに余念がありませんわ……。これも前仰ってたルトリック商会のものなんですの?」

「えぇ。今ここにいる私の専属従者のミーシャが、そこの商会長の娘でね。わがままを聞いてもらってるんですのよ。」

 感心したような視線がミーシャに向けられる。しかし、普段のミーシャでは見られないような毅然とした態度でミーシャはアリアの側に控えていた。

「う、羨ましいですわ!さすが、クラレンスの、いいえ、アリア様の専属ですわ。」

「有り難きお言葉、身に余る光栄に思います。私もお嬢様の専属となれて大変幸福に思います。」

「……あの、アリア様。失礼ですけど、どうしてこちらの方を学園に連れてこなかったんですの?」

 丁寧な言葉、洗練された動き。そのどれもがいつも見ているアリアの専属とかけ離れていて、思わずそう問うてしまった。

「それは~……ミーシャが専属になったのは学園入学後なんですの。それまでは彼一人で……」

「絶対にこちらの方を連れていく方が良かったに決まってますわ。」

「ヴィ、ヴィノスもよくやってくれてると思いますわ?」

 じと……っとシラけた視線を向けられ、思わず言葉を吃らせる。正直、ヴィノスに対しては自分の勝手だと連れていっただけで、執事長にもメイド長にも、ましてや父親にさえ苦言を呈されていたのだ。それを押し切ったとはさすがにいえなかった。

「ま、よろしいですわ。ところで、こちらの商品はいつ流通するのかしら?私、今から楽しみですわ!お父様にも食べていただきたいぐらい!」

「カトリーヌ侯爵にも出していただく予定になっているわ。もちろん、すぐにでも流通するんじゃないかしら?どう?ミーシャ。」

「はい。茶葉は十分なほど仕入れておりますし、独自の生産ラインも確保出来始めました。クッキーやケーキの方も、型が安定して作れるようになったそうです。」

「そう、なら問題は無いわね。」

 サクリ、と軽い音がしてアリアの口の中にクッキーが消えていく。ほんのりとローズの香りと、美味しいバターの味が口の中に広がりそして消えていく。

「絶対に教えてくださいましね!」

「もちろんですわ。アムネジア様は大切なご友人ですもの。」

「ごゆっ!ゆ、友人ですの?」

 アムネジアも手を付け始めた薔薇のお菓子たち。二人で楽しんでいれば、そんな言葉がとび出てきて、思わず薔薇の絵が描かれたローズマカロンを丸呑みのような形で飲み込んでしまった。

「い、いやでしたか……?」

「い、いいえ!!まさか私が公爵家のアリア様とご友人になれるだなんて……嬉しいですわ!」

「っ!なら、私も嬉しいわ!」

 表情を明るくして、アリアは嬉しそうに微笑んだ。それにつられてアムネジアも笑うので、その空間は一気に優しい空気に包まれた。ミーシャはその空間を幸せそうに眺め、そして同時に当主達に巻き込まれた哀れなヴィノスに黙祷を捧げた。
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