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63話
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「……そうか、そんなことがあったか。」
「このようなことでお父様のお手を煩わせること、とても反省しております。」
「いや、構わない。カトリーヌの事も把握した。こちらからも、改めて謝礼をしよう。」
厳かで、表情もあまり変化しないアリアの父が、ヴィノスは苦手だった。そもそもヴィノスがアリアの父と顔を合わせることなどほとんどない。始めてヴィノスがこの屋敷に来た時と、あとはたまにこうしてアリアが報告をしている間、部屋の隅で待機しているときのみだ。
「ところでアリア。お前はヴィルヘルム王太子のことをどう考えている。」
「どう…とは。」
「お前はヴィルヘルムの婚約者としてここ10年以上をささげてきたわけだが、最近ではその思いに変わりが見られているようだな。」
「……っ!」
どこか確信めいた言葉に、アリアの背筋に冷たいものが走る。言葉を詰まらせればアリアの父はため息を吐き出してそうか、と重々しくつぶやいた。
「最近の王太子の噂は、今やお前たちの中だけの事ではない。」
「……というと?」
「城下のほうで、王太子の目撃証言が出ている。主に宝石店やドレス……あぁ、喫茶店という話もあったか?その隣にいる人物は、鈍いお前でも想像ができるだろう?」
視線をそらしてうつむくアリアを見て、ヴィノスはうわ…と思わずつぶやいた。相手がアリアの父親でなければすぐさまアリアに一言告げ部屋から出ていくぐらいの空気の重さだった。アムネジアたちと話しているときとは比べ物にならない空気の重さがあり、大事になりそうな気配をくみ取る。
「も、申し訳ございません…!」
「その謝罪は一体何の謝罪だ。」
「殿下の御心を繋ぎとめておくこともできず、婚約者として何もできていない現状に……です。」
責め立てられるような気持ちになったアリアがとっさに謝罪を述べる。しかしアリアの必死の謝罪も、アリアの父からしてみれば響くものがないのか、無表情無感情のままである。これは少しやばいのではないのかと、部屋の隅で様子だけを見ているヴィノスも冷や汗を垂らす。
しかしそう思ったのもつかの間だった。
「私はお前に、非がないことも頭を下げろなどと、愚かなことを教えた覚えはないぞ。」
「……え?」
「それに、私はお前が相手をどう思っているかを聞いただけだ。謝罪も求めていない。」
「え?……え?」
「俺に助けを求めないでクダサイ。お嬢。」
思ってもいないような回答にきょろきょろと助けを求めるアリア。最終的に目が合ったヴィノスのほうを見て首を傾げれば、勘弁してくれとヴィノスが慣れない敬語を使ってその助けを切り捨てる。ただでさえ恐怖を感じているご当主様の前であることも相まってできることなら口を開くことさえ避けたかった。
「最近では専属との関りにも変化がみられているようだしな。」
「……俺っすか?」
「あぁ、アリアの専属従者として、お前はよくやってくれているが……そうだな、そんなお前から見て二人はどう見える。」
「あー……えー、仲良くは……してないと思います。」
視線をそらし、気まずそうに伝えればそこでやっとアリアの父の表情がその様子を楽しむように、歪む。アリアに似た、随分と性格の悪い笑みに見える。どうやら彼は、学園で起きていることの大体を把握しているらしい。カマかけのようなそれに引っかかる二人がおかしくて仕方ないらしい。
「相分かった。アリア。」
「は、はい!」
「3日後、カトリーヌが来る。その時娘を連れてくるといっていた。もてなしの準備でもしておけ。話は以上だ。」
その言葉を最後に、まさに追い出すという言葉が似合うほど乱雑な言葉で出て行けと言われ、そのまま室外に追い出されてしまう。ぽかんとするアリアに対してヴィノスも同じように呆然と扉を見つめる。
「な、なんだったんだ……?」
「わからないわ……お父様の考えることは、私には……」
取り合えず、ここにいても邪魔になるだろう。そう考えたアリアたちはそそくさと自室に戻る。無表情のまま問いかけられた彼からの質問と、最後に見せた意地の悪い表情の真意をずっと考えているが、それでもやはり、二人には公爵家当主がいったい何をしようとしているのか想像もつかなかった。
「お嬢様は自室へとお戻りになられましたよ、旦那様。」
「……そうか。」
「どうされるおつもりです?王家との婚約、そう簡単に解消も破棄もできないでしょう。」
「そんなものどうとでもするさ。」
月明かりに染まる広い中庭を窓から見下ろす公爵に、執事長が話しかける。その表情は変わらず無表情だったが、この表情が怒りを抑え込んでいるものだということを、執事はよく知っていた。
「かわいい娘が弄ばれて、ご立腹ですか?」
「バカなことを言うんじゃない。」
「おや?」
「あの子は弄ばれるような玉じゃない。」
幼いころからの馴染みである執事長は、呆れたように笑ってそうですか、とつぶやく。あまり関わらないクラレンス家の父娘だが、執事長はこの男が娘をかわいがっていることをよく理解していた。一度、その可愛がりのせいでよくない方向へと行きかけたが、それも学園入学の時に持ち直した。
「あの子はすでに前を向いている。それに、女公爵というのだって前例がないわけでもないからな。」
「……あまり閉じ込めないであげてくださいね。」
「アリアが心から選んだものなら、認めるさ。」
「そういっときながら駄々をこねたの、どこの誰ですか?」
そんな執事長の苦言も無視して、公爵は部屋の明かりを消した。
「このようなことでお父様のお手を煩わせること、とても反省しております。」
「いや、構わない。カトリーヌの事も把握した。こちらからも、改めて謝礼をしよう。」
厳かで、表情もあまり変化しないアリアの父が、ヴィノスは苦手だった。そもそもヴィノスがアリアの父と顔を合わせることなどほとんどない。始めてヴィノスがこの屋敷に来た時と、あとはたまにこうしてアリアが報告をしている間、部屋の隅で待機しているときのみだ。
「ところでアリア。お前はヴィルヘルム王太子のことをどう考えている。」
「どう…とは。」
「お前はヴィルヘルムの婚約者としてここ10年以上をささげてきたわけだが、最近ではその思いに変わりが見られているようだな。」
「……っ!」
どこか確信めいた言葉に、アリアの背筋に冷たいものが走る。言葉を詰まらせればアリアの父はため息を吐き出してそうか、と重々しくつぶやいた。
「最近の王太子の噂は、今やお前たちの中だけの事ではない。」
「……というと?」
「城下のほうで、王太子の目撃証言が出ている。主に宝石店やドレス……あぁ、喫茶店という話もあったか?その隣にいる人物は、鈍いお前でも想像ができるだろう?」
視線をそらしてうつむくアリアを見て、ヴィノスはうわ…と思わずつぶやいた。相手がアリアの父親でなければすぐさまアリアに一言告げ部屋から出ていくぐらいの空気の重さだった。アムネジアたちと話しているときとは比べ物にならない空気の重さがあり、大事になりそうな気配をくみ取る。
「も、申し訳ございません…!」
「その謝罪は一体何の謝罪だ。」
「殿下の御心を繋ぎとめておくこともできず、婚約者として何もできていない現状に……です。」
責め立てられるような気持ちになったアリアがとっさに謝罪を述べる。しかしアリアの必死の謝罪も、アリアの父からしてみれば響くものがないのか、無表情無感情のままである。これは少しやばいのではないのかと、部屋の隅で様子だけを見ているヴィノスも冷や汗を垂らす。
しかしそう思ったのもつかの間だった。
「私はお前に、非がないことも頭を下げろなどと、愚かなことを教えた覚えはないぞ。」
「……え?」
「それに、私はお前が相手をどう思っているかを聞いただけだ。謝罪も求めていない。」
「え?……え?」
「俺に助けを求めないでクダサイ。お嬢。」
思ってもいないような回答にきょろきょろと助けを求めるアリア。最終的に目が合ったヴィノスのほうを見て首を傾げれば、勘弁してくれとヴィノスが慣れない敬語を使ってその助けを切り捨てる。ただでさえ恐怖を感じているご当主様の前であることも相まってできることなら口を開くことさえ避けたかった。
「最近では専属との関りにも変化がみられているようだしな。」
「……俺っすか?」
「あぁ、アリアの専属従者として、お前はよくやってくれているが……そうだな、そんなお前から見て二人はどう見える。」
「あー……えー、仲良くは……してないと思います。」
視線をそらし、気まずそうに伝えればそこでやっとアリアの父の表情がその様子を楽しむように、歪む。アリアに似た、随分と性格の悪い笑みに見える。どうやら彼は、学園で起きていることの大体を把握しているらしい。カマかけのようなそれに引っかかる二人がおかしくて仕方ないらしい。
「相分かった。アリア。」
「は、はい!」
「3日後、カトリーヌが来る。その時娘を連れてくるといっていた。もてなしの準備でもしておけ。話は以上だ。」
その言葉を最後に、まさに追い出すという言葉が似合うほど乱雑な言葉で出て行けと言われ、そのまま室外に追い出されてしまう。ぽかんとするアリアに対してヴィノスも同じように呆然と扉を見つめる。
「な、なんだったんだ……?」
「わからないわ……お父様の考えることは、私には……」
取り合えず、ここにいても邪魔になるだろう。そう考えたアリアたちはそそくさと自室に戻る。無表情のまま問いかけられた彼からの質問と、最後に見せた意地の悪い表情の真意をずっと考えているが、それでもやはり、二人には公爵家当主がいったい何をしようとしているのか想像もつかなかった。
「お嬢様は自室へとお戻りになられましたよ、旦那様。」
「……そうか。」
「どうされるおつもりです?王家との婚約、そう簡単に解消も破棄もできないでしょう。」
「そんなものどうとでもするさ。」
月明かりに染まる広い中庭を窓から見下ろす公爵に、執事長が話しかける。その表情は変わらず無表情だったが、この表情が怒りを抑え込んでいるものだということを、執事はよく知っていた。
「かわいい娘が弄ばれて、ご立腹ですか?」
「バカなことを言うんじゃない。」
「おや?」
「あの子は弄ばれるような玉じゃない。」
幼いころからの馴染みである執事長は、呆れたように笑ってそうですか、とつぶやく。あまり関わらないクラレンス家の父娘だが、執事長はこの男が娘をかわいがっていることをよく理解していた。一度、その可愛がりのせいでよくない方向へと行きかけたが、それも学園入学の時に持ち直した。
「あの子はすでに前を向いている。それに、女公爵というのだって前例がないわけでもないからな。」
「……あまり閉じ込めないであげてくださいね。」
「アリアが心から選んだものなら、認めるさ。」
「そういっときながら駄々をこねたの、どこの誰ですか?」
そんな執事長の苦言も無視して、公爵は部屋の明かりを消した。
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