今度は絶対死なないように

溯蓮

文字の大きさ
上 下
60 / 70

59話

しおりを挟む
「お嬢なんか欲しいもんとかねぇ?」

「んーそうねぇ…あ、教室にある本を取ってきて欲しいわ。あれの返却期限が迫っていたはずなのよ。」

「えー…遠いじゃん。」

「お願いね。」

 ニコリと告げられたそれに渋々了解と返し、医務室から出て、階段の方に向かう。けれど医務室から出て曲がり角を曲がった時に、話し声が聞こえた為、即座に後ろに下がって身を隠した。

「本当に怪我はないんだな?」

「えぇ、大丈夫です。アリア様が庇ってくれたんですよ!」

「だがなリリー。あのアリアがそんなことをするとは思えないんだ。」

 ヴィノスは内心まじかとごちる。既に教室にいると思っていたふたりが、未だに廊下で言い争いをしていたのだ。そばにはもう一人、お付だろうか姿が見える。

「もう!どうして信じてくれないんですか!ゲラートも何か言ってください。」

「とは言われましても、自分は見てませんでしたし…まぁヴィルヘルム様もそこら辺でよくありません?リリー様は無事でした訳ですし。」

「……まぁ、二人がそういうのなら。」

 そこではて、とヴィノスは首を傾げる。今までヴィルヘルムのお付を見たのはそう多くない。アリアはよくお付を振り切るのがヴィルヘルムの癖だと言っていたが学内でヴィルヘルムと共にいるのは初めてに思う。

 最初は振り切る理由がリリーとの関係をバレないようにするためだと思っていたが、彼女がお付の名前まで知ってるところを見るに、そういう理由でも無いらしい。

「……んー、どっかで見たような気がすんだよな。」

 角から顔をのぞかせて、お付の姿を改めて確認する。どこにでも居そうでどこにもいなさそうな存在感の薄い顔。ただでさえヴィノスは人の顔を覚えるのが得意ではないせいか、既視感があるようでない。

「ま、どっかで会ってたんだろ。」

 けれど幼い頃からアリアのお付をしていたヴィノスにしてみれば主の婚約者のお付などどこで会ってても不思議ではない。学内にいるなら尚更だろう。無駄に考えるのも必要ないと断じて、3人の姿がなくなってから教室へと向かった。

「お嬢、これ本な。」

「ありがとうヴィノス。」

 アリアが医務室内で本を読み、ヴィノスは残ったお菓子を頬張る。そうして時間を潰していれば程なくして迎えの馬車は付き、二人は一足早く学園から屋敷に戻る。

「あぁぁぁ!!?ヴィノス!あな、あなた!貴方というものがありながらどうしてお嬢様がお怪我を!?!」

「仕方ねぇじゃん。お嬢が勝手に動いたんだから。」

「そういう問題じゃないでしょう!?」

「あーうるせうるせ。」

 もはや発狂に近いミーシャの説教を受けながらアリアの介護をする。

「いいですかお嬢様!主治医は歩くのはいいけれど無理は禁物と言っておりました。何かありましたら直ぐにこれに伝えるのですよ!」

「わ、わかったわ。大丈夫よ…ミーシャ。」

「いいえ!大変申し訳ありませんがお嬢様の大丈夫は信用なりません!その言葉を信じた結果何度私が心配で寿命を縮めているか…!」

「ミーシャ小煩いババァみてぇ。」

 ヴィノスの横槍に、ミーシャは容赦の無い拳を叩きこむ。前々からミーシャに対して遠慮のなかったヴィノスだったが、最近は輪にかけてそれが酷くなっていく。それに呼応してミーシャもヴィノスの扱いを変えているのだが、それでもヴィノスには振り回されてばかりだ。

「あなたの仕事不足も原因の一つでしょう?!普通よりも多めに頂いているのだからもう少し真面目に働いたらどうなのよ!」

「だー!うるせぇ!こっちだってお嬢が飛び出すとか思わなかったんだよ!」

「だからそこを警戒するのが貴方の仕事でしょ!なんのためのお付なのよ!」

「ふ、二人とも、喧嘩しないで?」

 そんな慌ただしい一日が終わり、ヴィノスは部屋へと戻ってきた。

「あぁ?なんだこれ。」

 そして部屋の扉付近、丸出入口か投げ入れられたように乱雑に放り出されたその紙を見つけた。その紙はなにかの切れ端のようで、ガタガタでボロボロ、触って確かめても、質のいいものとはいえなかった。

「またかよ……」

 そしてそれを裏返すと、そこには真新しいインクで乱雑に“運命の二人の邪魔をするな”と書かれていた。ダマになっていたのか床と手にはインクがつき、走り書きのように書かれたそれは、ほんのついさっき急ぎで書かれたものであることが分かる。

「気味わりぃな。」

 つい先程までこの部屋、若しくはそばに居た可能性。それが背筋に悪寒を走らせ、ヴィノスの顔を歪ませる。乱雑なせいでいささか分かりづらいが、筆跡は前回部屋に紛れ込まされていたものと同じだろう。

 運命の二人、とはどうせリリー達のことで、邪魔はおそらく今日階段から落ちた件のことだろう。そうじゃないにしろどう考えたって気味が悪い。

「なーんか燃やしたら呪われそう。」

 まるで汚物を触るように手でつまみ、それを部屋の端、ユーリからの手紙が大量に詰まったゴミ箱替わりのような箱へと放る。もしまた来るようであれば、それと一緒に誰かに相談をもちかけようとヴィノスは決める。

 アリアに頼んでつけてもらった部屋の鍵。それを突破できるくらいに、この屋敷の奥に入り込んでいるものなど少ない。その上学園でのことを聞けるとなるとさらに限られてくるだろう。ならば犯人なんてすぐ見つかる。そう慢心したヴィノスは面倒くささも相まってすぐにベッドにその身を投げた。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢はどうしてこうなったと唸る

黒木メイ
恋愛
私の婚約者は乙女ゲームの攻略対象でした。 ヒロインはどうやら、逆ハー狙いのよう。 でも、キースの初めての初恋と友情を邪魔する気もない。 キースが幸せになるならと思ってさっさと婚約破棄して退場したのに……どうしてこうなったのかしら。 ※同様の内容をカクヨムやなろうでも掲載しています。

完結 婚約破棄は都合が良すぎる戯言

音爽(ネソウ)
恋愛
王太子の心が離れたと気づいたのはいつだったか。 婚姻直前にも拘わらず、すっかり冷えた関係。いまでは王太子は堂々と愛人を侍らせていた。 愛人を側妃として置きたいと切望する、だがそれは継承権に抵触する事だと王に叱責され叶わない。 絶望した彼は「いっそのこと市井に下ってしまおうか」と思い悩む……

貴族の爵位って面倒ね。

しゃーりん
恋愛
ホリーは公爵令嬢だった母と男爵令息だった父との間に生まれた男爵令嬢。 両親はとても仲が良くて弟も可愛くて、とても幸せだった。 だけど、母の運命を変えた学園に入学する歳になって…… 覚悟してたけど、男爵令嬢って私だけじゃないのにどうして? 理不尽な嫌がらせに助けてくれる人もいないの? ホリーが嫌がらせされる原因は母の元婚約者の息子の指示で… 嫌がらせがきっかけで自国の貴族との縁が難しくなったホリーが隣国の貴族と幸せになるお話です。

悪女の私を愛さないと言ったのはあなたでしょう?今さら口説かれても困るので、さっさと離縁して頂けますか?

輝く魔法
恋愛
システィーナ・エヴァンスは王太子のキース・ジルベルトの婚約者として日々王妃教育に勤しみ努力していた。だがある日、妹のリリーナに嵌められ身に覚えの無い罪で婚約破棄を申し込まれる。だが、あまりにも無能な王太子のおかげで(?)冤罪は晴れ、正式に婚約も破棄される。そんな時隣国の皇太子、ユージン・ステライトから縁談が申し込まれる。もしかしたら彼に愛されるかもしれないー。そんな淡い期待を抱いて嫁いだが、ユージンもシスティーナの悪い噂を信じているようでー? 「今さら口説かれても困るんですけど…。」 後半はがっつり口説いてくる皇太子ですが結ばれません⭐︎でも一応恋愛要素はあります!ざまぁメインのラブコメって感じかなぁ。そういうのはちょっと…とか嫌だなって人はブラウザバックをお願いします(o^^o)更新も遅めかもなので続きが気になるって方は気長に待っててください。なお、これが初作品ですエヘヘ(о´∀`о) 優しい感想待ってます♪

悪役令嬢の里帰り

椿森
恋愛
侯爵家の令嬢、テアニアはこの国の王子の婚約者だ。テアニアにとっては政略による婚約であり恋をしたり愛があったわけではないが、良好な関係を築けていると思っていた。しかし、それも学園に入るまで。 入学後は些細なすれ違いや勘違いがあるのも仕方がないと思っていたが、どうやらそうでもないらしい。いつの間にか王子のそばには1人の女子生徒が侍っていて、王子と懇意な中だという噂も。その上、テアニアがその女子生徒を目の敵にして苛めているといった噂まで。 「私に他人を苛めている暇があるようにお思いで?」 頭にきたテアニアは、母の実家へと帰ることにした。

これが私の兄です

よどら文鳥
恋愛
「リーレル=ローラよ、婚約破棄させてもらい慰謝料も請求する!!」  私には婚約破棄されるほどの過失をした覚えがなかった。  理由を尋ねると、私が他の男と外を歩いていたこと、道中でその男が私の顔に触れたことで不倫だと主張してきた。  だが、あれは私の実の兄で、顔に触れた理由も目についたゴミをとってくれていただけだ。  何度も説明をしようとするが、話を聞こうとしてくれない。  周りの使用人たちも私を睨み、弁明を許されるような空気ではなかった。  婚約破棄を宣言されてしまったことを報告するために、急ぎ家へと帰る。

もう一度7歳からやりなおし!王太子妃にはなりません

片桐葵
恋愛
いわゆる悪役令嬢・セシルは19歳で死亡した。 皇太子のユリウス殿下の婚約者で高慢で尊大に振る舞い、義理の妹アリシアとユリウスの恋愛に嫉妬し最終的に殺害しようとした罪で断罪され、修道院送りとなった末の死亡だった。しかし死んだ後に女神が現れ7歳からやり直せるようにしてくれた。 もう一度7歳から人生をやり直せる事になったセシル。

侍女から第2夫人、そして……

しゃーりん
恋愛
公爵家の2歳のお嬢様の侍女をしているルイーズは、酔って夢だと思い込んでお嬢様の父親であるガレントと関係を持ってしまう。 翌朝、現実だったと知った2人は親たちの話し合いの結果、ガレントの第2夫人になることに決まった。 ガレントの正妻セルフィが病弱でもう子供を望めないからだった。 一日で侍女から第2夫人になってしまったルイーズ。 正妻セルフィからは、娘を義母として可愛がり、夫を好きになってほしいと頼まれる。 セルフィの残り時間は少なく、ルイーズがやがて正妻になるというお話です。

処理中です...