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57話
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「えっと……何から話すべきなんだろう。その、昨日にお話した方が居ましたよね?」
「……あぁ、あの不躾で図々しいお方。」
「そうです。あの日、アリア様たちの助言で学園を出たあと、すぐに家に帰ったんですけど…」
思い出すようにしながら、リリーは紅茶を一口含む。顔色はその時の恐怖を思い出してか青くなってきているが、他の4人は自分が薮を続いて蛇どころか鬼を出そうとしていることに気づかず耳を傾けた。
その日、リリーは上手く自分を追う男から逃げられたことに喜びながら家へと向かっていた。その日リリーに用事があったのは嘘ではなかった。確かに、同じ学園の生徒であり友人の幼なじみの元に、美術史のノートを届けに行く約束をしていたのだ。
「それじゃ、しっかり渡したからね!もうサボったりしちゃダメだよ!?」
「はいはい悪かったって。俺にも事情があったんだよ……」
「そんなこと言って!またどーせ彫刻だのなんだのに夢中になってたんでしょ!」
その幼なじみは大きな商会の傘下工房の息子で、幼い頃から物作りが大好きだったためかよく工房でも自分の作品を卸している。学園に通う理由がわからないくらいにその才能を発揮して工房でも前線で仕事をしているのだ。
「じゃ、私もう行くから、ちゃんと勉強するんだよ?」
「あー……今手懸けてるやつが一段落ついたらな。」
「それつかないやつ!」
なんて戯れながら、リリーは比較的近くにある家へと帰ろうとしていた。帰ったらご飯の仕込みしてお洗濯をして、それらが終わったらあとの家事をお母さんに投げて勉強を始めよう。そう思いながら帰路を進んでいたら家の前に人影があった。
「……あれ、は?……え?」
理解した瞬間、喉がおかしな音を上げたのがわかった。もはや心臓が目の前にあるように耳元だったり手先だったり色んなところで脈拍を感じる。これはきっと好きな人が、なんて可愛らしい鼓動ではない。完全に、恐ろしいものを目の前にした時の野性的な防衛本能だ。
「っ!」
思わず踵を返す。向かう先は当然さっきまでいたはずの工房だ。場所はすぐ近くのはずだ、なのに後ろが怖くて何度も転びそうになる。振り向くことさえ怖くなる。
「エド!!」
「ん?どうしたリリー。」
「お願い!今日泊めて!いつもみたいにメア姐さんのところじゃなくてもいい!最悪工房のソファでも床でも何処でも寝るからお願い!!」
「は?おい、ちょっと落ち着け……」
半ばパニックになりながら必死に幼なじみに縋り付くリリー。見たことも無い様子のリリーに手に持っていた彫刻刀を投げ捨て落ち着かせるように背中を撫でる。
その間もリリーの頭の中は混乱していた。家など教えていないはずなのに、どうして今彼があそこにいるのだろうか。私は約束を断ったはずだし、ついて行こうかという質問も断っている。そもそも、いつからあそこにいるのだろう、何時までいるつもりなのだろう。
「ちゃんと息吸えバカ!落ち着け、何があった?」
「その…おう、王子様が…ヴィルヘルム王子が、家の前に……」
「はぁ!?」
さすがに寝耳に水だったのか、エドは飛び上がり窓へと張り付く。けれど窓からじゃリリーの家はいくら近いと言えど見えない。そのため、外にエドは飛び出して大通り沿いのリリーの家を遠くから眺める。
すると、離れた位置からでもよくわかるほど輝く銀髪が目に付いた。
「ガチじゃねぇか……」
「どうしよう、エド……」
「どうしようってもな。とりあえず姐さんに連絡入れて泊めてもらおうぜ。」
メア姐さんはリリーにとって、その名の通り姉のように可愛がってくれる女性だ。よくトルソー代わりにされたりするが、可愛らしい服もくれるし、甘やかしてくれる。そんなメア姐さんがリリーは大好きだ。
「リリー、話は聞いたわ。大丈夫?」
「め、メア姐さん…」
「怖かったでしょう。大丈夫よ。もう大丈夫、ハニーミルクを入れてあげるわ、ぬいぐるみもプレゼントしてあげる。」
迎えに来てくれたメアに抱きしめられ、その安堵からほんの少し涙がこぼれる。後ろではソワソワとエドが落ち着かなさそうにしているが、それもリリーを心配してのことだろう。
「今日は一緒に寝ましょうね。」
「え、それは嫌。」
「えー!なんでよ、昔は良かったじゃない!」
「昔は昔だよ。今はもうやだよ~。」
やっと震えが落ち着き、メアから距離を取ればメアは残念そうな声を上げる。歳を追うごとに幼子に接するような扱いが恥ずかしいものになっていくせいで、最近ではメアとの距離を測りかねていた。
「さて、じゃあ移動しましょうか。」
「え、待ってメア姐さん、そっちには…」
「大丈夫よ。姐さんに任せなさい。」
メアの工房は、エドの工房よりも少し離れてる。と言うより、メアとエドの工房の間にリリーの家がある感じだ。そのため、最短ルートは家の前を通るしかない。
そしてメアはその道を通ろうとしていたのだ。していることにやましいことなど無いはずだ、用事があると言ったのだからリリーがほかの人物と居てもおかしいことではない。でもリリーにとってはそうではない。
「っリリー!やっと見つけた…」
「リリー、そういえば聞いた?隣のあの偏屈爺さん、孫から子犬を頂いてその子にメロメロらしいのよ。見に行くのもいいわね!」
嬉しそうに表情を綻ばせてリリーに話しかけ用途するヴィルヘルムを遮り、メアが話しかけてくる。話題は他愛もないことで、それでも気づかなかった振りをするには十分だった。
「ほら、ご飯食べてシャワーでも浴びてスッキリしてきなさい。ひっどい顔してるんだから。」
「うん、ありがとう姐さん……」
メアの家に着いてからは、ヴィルヘルムの影に怯える必要も無くなったのか、リリーは比較的気楽に過ごすことが出来た。夜になれば今日限り、なんて言ってきてメアが一緒に寝ようともちかけてきた。
「さ、ほら。アンタが抱えてるもん全部おねえさんに話してみな。」
一人に相談出来れば比較的心が軽くなる。それを知っていたメアは夜通し、泣きながら事情を話すリリーを慰めながら眠りについた。けれど、安心を得たとしてもその睡眠は浅く、寝つきが遅かったにも関わらず次の日は早々に目が覚めてしまった。
「……あぁ、あの不躾で図々しいお方。」
「そうです。あの日、アリア様たちの助言で学園を出たあと、すぐに家に帰ったんですけど…」
思い出すようにしながら、リリーは紅茶を一口含む。顔色はその時の恐怖を思い出してか青くなってきているが、他の4人は自分が薮を続いて蛇どころか鬼を出そうとしていることに気づかず耳を傾けた。
その日、リリーは上手く自分を追う男から逃げられたことに喜びながら家へと向かっていた。その日リリーに用事があったのは嘘ではなかった。確かに、同じ学園の生徒であり友人の幼なじみの元に、美術史のノートを届けに行く約束をしていたのだ。
「それじゃ、しっかり渡したからね!もうサボったりしちゃダメだよ!?」
「はいはい悪かったって。俺にも事情があったんだよ……」
「そんなこと言って!またどーせ彫刻だのなんだのに夢中になってたんでしょ!」
その幼なじみは大きな商会の傘下工房の息子で、幼い頃から物作りが大好きだったためかよく工房でも自分の作品を卸している。学園に通う理由がわからないくらいにその才能を発揮して工房でも前線で仕事をしているのだ。
「じゃ、私もう行くから、ちゃんと勉強するんだよ?」
「あー……今手懸けてるやつが一段落ついたらな。」
「それつかないやつ!」
なんて戯れながら、リリーは比較的近くにある家へと帰ろうとしていた。帰ったらご飯の仕込みしてお洗濯をして、それらが終わったらあとの家事をお母さんに投げて勉強を始めよう。そう思いながら帰路を進んでいたら家の前に人影があった。
「……あれ、は?……え?」
理解した瞬間、喉がおかしな音を上げたのがわかった。もはや心臓が目の前にあるように耳元だったり手先だったり色んなところで脈拍を感じる。これはきっと好きな人が、なんて可愛らしい鼓動ではない。完全に、恐ろしいものを目の前にした時の野性的な防衛本能だ。
「っ!」
思わず踵を返す。向かう先は当然さっきまでいたはずの工房だ。場所はすぐ近くのはずだ、なのに後ろが怖くて何度も転びそうになる。振り向くことさえ怖くなる。
「エド!!」
「ん?どうしたリリー。」
「お願い!今日泊めて!いつもみたいにメア姐さんのところじゃなくてもいい!最悪工房のソファでも床でも何処でも寝るからお願い!!」
「は?おい、ちょっと落ち着け……」
半ばパニックになりながら必死に幼なじみに縋り付くリリー。見たことも無い様子のリリーに手に持っていた彫刻刀を投げ捨て落ち着かせるように背中を撫でる。
その間もリリーの頭の中は混乱していた。家など教えていないはずなのに、どうして今彼があそこにいるのだろうか。私は約束を断ったはずだし、ついて行こうかという質問も断っている。そもそも、いつからあそこにいるのだろう、何時までいるつもりなのだろう。
「ちゃんと息吸えバカ!落ち着け、何があった?」
「その…おう、王子様が…ヴィルヘルム王子が、家の前に……」
「はぁ!?」
さすがに寝耳に水だったのか、エドは飛び上がり窓へと張り付く。けれど窓からじゃリリーの家はいくら近いと言えど見えない。そのため、外にエドは飛び出して大通り沿いのリリーの家を遠くから眺める。
すると、離れた位置からでもよくわかるほど輝く銀髪が目に付いた。
「ガチじゃねぇか……」
「どうしよう、エド……」
「どうしようってもな。とりあえず姐さんに連絡入れて泊めてもらおうぜ。」
メア姐さんはリリーにとって、その名の通り姉のように可愛がってくれる女性だ。よくトルソー代わりにされたりするが、可愛らしい服もくれるし、甘やかしてくれる。そんなメア姐さんがリリーは大好きだ。
「リリー、話は聞いたわ。大丈夫?」
「め、メア姐さん…」
「怖かったでしょう。大丈夫よ。もう大丈夫、ハニーミルクを入れてあげるわ、ぬいぐるみもプレゼントしてあげる。」
迎えに来てくれたメアに抱きしめられ、その安堵からほんの少し涙がこぼれる。後ろではソワソワとエドが落ち着かなさそうにしているが、それもリリーを心配してのことだろう。
「今日は一緒に寝ましょうね。」
「え、それは嫌。」
「えー!なんでよ、昔は良かったじゃない!」
「昔は昔だよ。今はもうやだよ~。」
やっと震えが落ち着き、メアから距離を取ればメアは残念そうな声を上げる。歳を追うごとに幼子に接するような扱いが恥ずかしいものになっていくせいで、最近ではメアとの距離を測りかねていた。
「さて、じゃあ移動しましょうか。」
「え、待ってメア姐さん、そっちには…」
「大丈夫よ。姐さんに任せなさい。」
メアの工房は、エドの工房よりも少し離れてる。と言うより、メアとエドの工房の間にリリーの家がある感じだ。そのため、最短ルートは家の前を通るしかない。
そしてメアはその道を通ろうとしていたのだ。していることにやましいことなど無いはずだ、用事があると言ったのだからリリーがほかの人物と居てもおかしいことではない。でもリリーにとってはそうではない。
「っリリー!やっと見つけた…」
「リリー、そういえば聞いた?隣のあの偏屈爺さん、孫から子犬を頂いてその子にメロメロらしいのよ。見に行くのもいいわね!」
嬉しそうに表情を綻ばせてリリーに話しかけ用途するヴィルヘルムを遮り、メアが話しかけてくる。話題は他愛もないことで、それでも気づかなかった振りをするには十分だった。
「ほら、ご飯食べてシャワーでも浴びてスッキリしてきなさい。ひっどい顔してるんだから。」
「うん、ありがとう姐さん……」
メアの家に着いてからは、ヴィルヘルムの影に怯える必要も無くなったのか、リリーは比較的気楽に過ごすことが出来た。夜になれば今日限り、なんて言ってきてメアが一緒に寝ようともちかけてきた。
「さ、ほら。アンタが抱えてるもん全部おねえさんに話してみな。」
一人に相談出来れば比較的心が軽くなる。それを知っていたメアは夜通し、泣きながら事情を話すリリーを慰めながら眠りについた。けれど、安心を得たとしてもその睡眠は浅く、寝つきが遅かったにも関わらず次の日は早々に目が覚めてしまった。
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