今度は絶対死なないように

溯蓮

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55話

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「貴方がそこまで献身的に動いてくれるなんて、まるで王様になった気分だわ。」

「おー、なれなれ。あんな奴がなるよかお嬢の方が全然マシだわ。」

「でも一体どう言う気の変わりようかしら。貴方、私やリリー様を心配するような人じゃないでしょ。」

「……なぁにお嬢。落とされたいの?」

 戯れなのか、ガクン!と視界が下がり思わずヴィノスの制服を掴む。けれどただ勢いよくアリアを乗せた腕を下げただけらしく、本当に落とした訳では無いらしい。

 バクバクと跳ねる心臓のままヴィノスを睨みつければ、たいそう愉快そうな笑みを返してくる。そういうところはヴィノスらしいと言えばそうなのだが、今怪我をして医務室に向かっている最中なのだ、そういうおふざけは後にして欲しい。

「貴方ねぇ……」

「ちゃんと運んだんだからいいだろーが。王太子相手してこっちは疲れてんの。」

 そう言われてしまえばアリアも強くは出られない。既にアムネジアたちは着いたのだろうか、患者使用中の立て札が着いていた。この学園は医務室が幾つかあるから、ひとつくらいこうやって独占してもあまり問題は無いし、何よりも貴族の集まるこの学園で怪我人は余程のことでもなければでないのだ。

「しつれーしまーす。」

「足で扉を開けるんじゃないですわよ!はしたない!!」

「しー!アムネジア嬢静かに…!フローレス嬢起きちゃう!」

「あぅ…!」

 ぺちっと自分の口を両手で抑えるアムネジア。急いでユーリとアムネジアが囲うベッドに視線を向けると、そこには顔色は悪いが可愛らしくも穏やかな顔で眠るリリーが横たわっていた。

「リリー様の容態は?」

「起きていませんので確認の程はできていませんけれど、目立った怪我は見られませんでしたわ。」

「そう…よかった。」

「でもそれはリリー様のお話ですわ。アリア様の方は大丈夫なんですの?」

 恭しく、丁寧にヴィノスがアリアをソファへと座らせる。そういうところは使用人としての立ち振る舞いとしてミーシャを始めとしたクラレンス家の使用人たちに叩き込まれた為、完璧であることにアリアはこっそりと感心する。

「軽く足をくじいた程度ですわ。」

「軽くじゃねぇよ。背中には打ち身もあるしフローレス引っ張ろうとしたせいで肩も若干痛めてるだろ。運ぶのに気ぃ使い過ぎて禿げるかと思ったわ。」

「禿げ…いいえ、今は関係ないですわね。そんなことよりもお怪我をそんなに…!アリア様、お辛くありませんの?」

 医務室内に入った時点で気づいていたが、ここに常駐しているはずの者が居ない。会議なのかなんなのか分からないが、適切な処置を今はできないだろう。

「他にも怪我してる可能性あっけど、俺も応急処置ぐらいしかできねーしな。」

「帰った方がいいだろ。ここよりも自分のところの主治医に任せた方が貴族は下手な医者に行くよりも利口だ。」

「フローレスはどうするよ。今寝てるとはいえこの顔色じゃまた倒れるぞ。」

「それは本人に聞くしかないだろ。そもそも、なんで二人は階段から落ちることになったんだよ。」

 途中から来たユーリとアムネジアは事情を知らない。騒がれている渦中にヴィルヘルムにリリー、アリアと最近関わりが増えたもの達がいたから確認をしに来ただけだった。怪我だの落ちるだの物騒な単語を聞いたアムネジアは気が気では無いのだ。

「なんでも何も、ただすれ違いざまにフローレスが落ちたんだよ。それをお嬢が庇った。」

「はぁ!?」

「なんてことをしているんですの!」

 令嬢が人を庇って落下だなんて前代未聞だ。そもそも怪我をしないためにお付や護衛が着いているのに、それらを無視して自分が庇うなんて、ヴィノスの立場も危ういのに本人も呑気すぎる。

「え、それ、お前大丈夫なの?」

「お嬢が解雇しなきゃ俺はヘーキ。めんどいのにはキレられるかもしんねーけど。」

「何もヘーキじゃねぇだろそれは。」

 淡々と、ソファに座らせたアリアの足元に跪き、腫れた足首を器用に固定して冷やしていく。その傍らにたつユーリの質問に答えるヴィノスの声色は堂々としていた。

「きつくねぇ?」

「大丈夫よ。ヴィノス、ありがとう。」

「ん。俺らはここに残っけど、お前らどうする?」

 応急処置を終え再び立ち上がったヴィノスが2人に問う。すると顔を見合せたあと、当たり前だと言うかのように答えた。

「さ、さすがに放置していけませんわよ!」

「授業に行きたくねーし、こちとら学年最下位なんでな、テストでいい点取ればいいだけだし。」

 残る気満々の二人を見てヴィノスは部屋の隅に固められてた椅子を適当に引っ張り出す。他の教室よりも設備の良い医務室であることをいいことに、置いてあるティーポットやらなんやらを使ってお菓子やお茶まで取り出し始める。

「なんだか、ユーリ様の言い分ではいけない事をしているみたいですわ。」

「いいじゃんいけない事。そういうの嫌がるからお貴族様はお堅いんだよ。」

「お堅いなんてことはありませんわよ!そんなの一部のところだけですわ!」

「いや、アムネジア嬢は充分お堅いぜ?」

 時計を見るに授業は既に始まっているであろう。担当医が戻ってくる様子は未だになく、リリーも起きる気配がない。それを言い事にアムネジアたちはヴィノスの淹れる可もなく不可もないお茶を飲みながら歓談を続けた。
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