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53話
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「それで、結局リリー様がお逃げになっていた相手は一体誰だったんでしょう…?」
「……誰だろーなー。」
一瞬、ヴィノスは自分の頭に浮かぶ人物の名をあげようかとも考えた。しかし直ぐに首を横に振ってそれを否定するアリアが見えたため静かに口をとざす。
「それよりも気になんのは、フローレスを追いかけてた二人目の誰かだろ。」
「顔真っ青だったもんなー。」
呑気に宣うユーリを、同性として看過できなかったのかアムネジアがきつく睨みつける。ヴィノスもさすがに気になるのか、仕切りと廊下の方を気にしている。
「お嬢は心当たりねーの?」
「と、言うと?」
「クラスでなんか怪しいヤツとか居ないのかよ。」
そうは言っても、アリアは記憶力が良くとも、覚えようとしてないものの印象は薄い。前回今回ともに色々とクラスの様子を思い出してみようにも、クラス全体を見渡そうとするとヴィルヘルムが睨みつけてくるし、アリアの周りに集まる人など偏った視界しか持っていないもの達だった。
強いて言えば、ヴィルヘルムの周りにはお付がいるがそれもリリーと二人きりになりたいと振り切っていたはずだ。そんなお付の顔は、アリアは覚えていなかった。
「いないと思うわ。」
「あーそ。ま、お嬢じゃわかんねーか。」
確実に嘲りの含んだその言葉に、アリアが不満そうにヴィノスを睨みつける。しかし教室に常設されている時計に目を向ければ、もう既に下校時刻直前となっていた。
「今日はもうここで話していても意味ないですわね。そろそろ帰りましょうか。」
「そうですわね。ユーリ様!いいですの?!しっかりと今日の復習をするんですのよ!あと、問題集を解いておいてくださいまし!」
「面倒なこと思い出しやがった…」
当初はアムネジアとアリアの勉強会だったが、そこにヴィノスが混ぜこまれ、ヴィノスが引きずり込んだユーリが入った。そんな芋づる式に生まれたこの関係は、ユーリとアムネジアの相性が悪くなかったのか、想像しているよりも良好な関係となった。
「アリア様!」
「どうされましたの?アムネジア様。」
「また明日も、勉強会しましょうね。」
アムネジアは素直な子だ。貴族としての誇りを大事にしていて、少し階級思想が強いがそれは自分の生家や他貴族のリスペクトから来ている。下を見下すかと言えばそういう素振りを表に出すこともない。
「えぇ、勿論ですわ。」
だからこそ、アリアは改めて心の底から、彼女と友人になりたいと思った。
「機嫌がいいな、お嬢。」
「アムネジア様から明日も是非と誘われたの。なんだか嬉しくて。」
「お嬢友達いねーもんな。」
「あら、貴方もじゃない。そもそも、友人なんて必要ないと思っていたんですの。」
失礼なことを言うヴィノスから顔を背けて、そのまま窓の外へ視線を向ける。城下に屋敷を持つアリアは帰り道の活気溢れる道すがらを見るのが最近のブームなのだ。
子供が夕刻にも関わらず遊んでおり、夕餉の買い出しなのか買い物をする人も多い。貴族にはない弾けるような笑顔を携えた街の人々は一体何を考えて生活をしているのだろうか。そう考えるのが少し楽しいのだ。
亡命したら私もあんなふうになれるのかしら。そう思いながら外を眺めていると、随分とその場に不相応な銀髪が見えて思わず息を止めた。
「……ヴィノス。」
「あ?何お嬢。」
「責務と期待に追われるような高貴なお方が、特に用事もないであろう日に、一般家庭の前で佇む理由って、何かしら?」
気まずそうなアリアの問に、ヴィノスも何かに気づいたのか、嘘だろというように勢いよく窓に張り付く。アリアの身に負担をかけないようにゆっくりと進む馬車では、遅れたヴィノスでもその姿をしっかりと捉えた。
「……おい、フローレスって、ちゃんと帰れたんだよな?」
「帰れたとしてもあれではもう…」
「お付は何してんだ?」
「……周りに姿は見えないわね。」
明らかに重たい空気が流れる。学校から逃げられたかと思えば、家までとうとう着いてくる始末。居留守を使っているのだろうか、裏口からこっそり逃げたのだろうか帰ってくるのを待っているような姿をしている為、中にいるとは思っていないのだろう。けれどもその執着にアリアは思わず身をふるわせる。
「助けてあげられないかしら…」
「今日は無理だろ。」
「……明日、少し聞いてみることにするわ。」
彼女の家を、一体どうやって知ったのだろう。なんの罪もない市民の家の場所を暴くなど越権行為も甚だしい。国王陛下はこのことを知っているのだろうか。いくらなんでも監視が着いているから暴漢のような真似はしないと信じたいが、それでも心配が残る。
「付きまとってるやつの方があぶねぇかと思ったけど、こりゃ明らかに本人の方が危険だな。」
「あれをリリー様は一体どう思っているのかしら。」
「ストーカーを喜ぶヤツがいると思う?」
「いないと思うわ。」
失望と呆れ、そして哀れみと恐怖などが入り交じって感情がぐるぐると渦巻いている。先程まで楽しい思いで溢れていたのに一気に落とされ機嫌も落ちる。
「本格的に婚約破棄をしたいと思ったわ。」
「さんせー。お嬢があれと結婚したらあいつと毎日顔を合わせると思うと、さすがにキチィ。」
ヴィノスの言葉にアリアが面を食らう。さも当たり前かのようにアリアの結婚後もそのまま雇われる気であるヴィノスに驚いたのだ。チップを上げたから離れ難くなったのだろうか、それでも、ヴィノスが自分を殺さないのならば逆に心強いと、アリアは何も指摘しなかった。
「……誰だろーなー。」
一瞬、ヴィノスは自分の頭に浮かぶ人物の名をあげようかとも考えた。しかし直ぐに首を横に振ってそれを否定するアリアが見えたため静かに口をとざす。
「それよりも気になんのは、フローレスを追いかけてた二人目の誰かだろ。」
「顔真っ青だったもんなー。」
呑気に宣うユーリを、同性として看過できなかったのかアムネジアがきつく睨みつける。ヴィノスもさすがに気になるのか、仕切りと廊下の方を気にしている。
「お嬢は心当たりねーの?」
「と、言うと?」
「クラスでなんか怪しいヤツとか居ないのかよ。」
そうは言っても、アリアは記憶力が良くとも、覚えようとしてないものの印象は薄い。前回今回ともに色々とクラスの様子を思い出してみようにも、クラス全体を見渡そうとするとヴィルヘルムが睨みつけてくるし、アリアの周りに集まる人など偏った視界しか持っていないもの達だった。
強いて言えば、ヴィルヘルムの周りにはお付がいるがそれもリリーと二人きりになりたいと振り切っていたはずだ。そんなお付の顔は、アリアは覚えていなかった。
「いないと思うわ。」
「あーそ。ま、お嬢じゃわかんねーか。」
確実に嘲りの含んだその言葉に、アリアが不満そうにヴィノスを睨みつける。しかし教室に常設されている時計に目を向ければ、もう既に下校時刻直前となっていた。
「今日はもうここで話していても意味ないですわね。そろそろ帰りましょうか。」
「そうですわね。ユーリ様!いいですの?!しっかりと今日の復習をするんですのよ!あと、問題集を解いておいてくださいまし!」
「面倒なこと思い出しやがった…」
当初はアムネジアとアリアの勉強会だったが、そこにヴィノスが混ぜこまれ、ヴィノスが引きずり込んだユーリが入った。そんな芋づる式に生まれたこの関係は、ユーリとアムネジアの相性が悪くなかったのか、想像しているよりも良好な関係となった。
「アリア様!」
「どうされましたの?アムネジア様。」
「また明日も、勉強会しましょうね。」
アムネジアは素直な子だ。貴族としての誇りを大事にしていて、少し階級思想が強いがそれは自分の生家や他貴族のリスペクトから来ている。下を見下すかと言えばそういう素振りを表に出すこともない。
「えぇ、勿論ですわ。」
だからこそ、アリアは改めて心の底から、彼女と友人になりたいと思った。
「機嫌がいいな、お嬢。」
「アムネジア様から明日も是非と誘われたの。なんだか嬉しくて。」
「お嬢友達いねーもんな。」
「あら、貴方もじゃない。そもそも、友人なんて必要ないと思っていたんですの。」
失礼なことを言うヴィノスから顔を背けて、そのまま窓の外へ視線を向ける。城下に屋敷を持つアリアは帰り道の活気溢れる道すがらを見るのが最近のブームなのだ。
子供が夕刻にも関わらず遊んでおり、夕餉の買い出しなのか買い物をする人も多い。貴族にはない弾けるような笑顔を携えた街の人々は一体何を考えて生活をしているのだろうか。そう考えるのが少し楽しいのだ。
亡命したら私もあんなふうになれるのかしら。そう思いながら外を眺めていると、随分とその場に不相応な銀髪が見えて思わず息を止めた。
「……ヴィノス。」
「あ?何お嬢。」
「責務と期待に追われるような高貴なお方が、特に用事もないであろう日に、一般家庭の前で佇む理由って、何かしら?」
気まずそうなアリアの問に、ヴィノスも何かに気づいたのか、嘘だろというように勢いよく窓に張り付く。アリアの身に負担をかけないようにゆっくりと進む馬車では、遅れたヴィノスでもその姿をしっかりと捉えた。
「……おい、フローレスって、ちゃんと帰れたんだよな?」
「帰れたとしてもあれではもう…」
「お付は何してんだ?」
「……周りに姿は見えないわね。」
明らかに重たい空気が流れる。学校から逃げられたかと思えば、家までとうとう着いてくる始末。居留守を使っているのだろうか、裏口からこっそり逃げたのだろうか帰ってくるのを待っているような姿をしている為、中にいるとは思っていないのだろう。けれどもその執着にアリアは思わず身をふるわせる。
「助けてあげられないかしら…」
「今日は無理だろ。」
「……明日、少し聞いてみることにするわ。」
彼女の家を、一体どうやって知ったのだろう。なんの罪もない市民の家の場所を暴くなど越権行為も甚だしい。国王陛下はこのことを知っているのだろうか。いくらなんでも監視が着いているから暴漢のような真似はしないと信じたいが、それでも心配が残る。
「付きまとってるやつの方があぶねぇかと思ったけど、こりゃ明らかに本人の方が危険だな。」
「あれをリリー様は一体どう思っているのかしら。」
「ストーカーを喜ぶヤツがいると思う?」
「いないと思うわ。」
失望と呆れ、そして哀れみと恐怖などが入り交じって感情がぐるぐると渦巻いている。先程まで楽しい思いで溢れていたのに一気に落とされ機嫌も落ちる。
「本格的に婚約破棄をしたいと思ったわ。」
「さんせー。お嬢があれと結婚したらあいつと毎日顔を合わせると思うと、さすがにキチィ。」
ヴィノスの言葉にアリアが面を食らう。さも当たり前かのようにアリアの結婚後もそのまま雇われる気であるヴィノスに驚いたのだ。チップを上げたから離れ難くなったのだろうか、それでも、ヴィノスが自分を殺さないのならば逆に心強いと、アリアは何も指摘しなかった。
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