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アリアは自分の人生で、ここまで己の記憶力に感謝したことは無かっただろう。一目見たら滅多なことでは忘れないその記憶力の前では、既に知っているテストの勉強など造作もない事だったのだから。
「お嬢様……それは?」
「テストの対策ノートよ。アムネジア様に差し上げようかと思って。」
「まぁ!さすがですお嬢様!すっごく素敵です!!」
アリアも、何の打算もなく相談相手になってくれるアムネジアを前とは違い随分と好意的に思っていた。分からないところの質問をしてくる度に、教えた直後は嬉しそうだったり達成感だったりを見せるのに、次の瞬間では競争心が湧くのか少し悔しそうな表情をする。
「アムネジア様はね、前までちょっと苦手だったの。でも先入観なしでお話するととても可愛らしい人なのよ。」
「そうなんですね!」
アムネジアとの付き合いは、それこそ幼い頃からあった。けれど、王太子妃候補になったタイミングから、有力候補のアリアとアムネジアは互いをライバル視してしまっていたのだ。
「そういえば、そろそろテストなんでしたっけ。」
「えぇそうね。クラレンスに恥じないような点を取らなくてはね。」
「お嬢様なら大丈夫ですよ。」
前回、アリアの学年順位は三位だった。一位はリリーで、二位はヴィルヘルム。けれど、今回アリアが狙うのは当然一位だった。
アドバンテージがこちらにはあるわけで、余程のことがなければ全ての答えを知っているアリアが負けるわけが無い。けれどアリアは同時に知っているのだ。リリーが今回のテストで、満点を取ることを。
「お嬢~言われたヤツ持ってきたけど。これなに?」
「あら、ありがとうヴィノス。やっぱりまだ保管されてたのね。」
そんな折、大量の本を腕の中に積み上げて、無礼にも脚で扉を開けるという暴挙を行いながらヴィノスが部屋に入ってきた。
「ヴィ…ヴィノス!貴方!足で扉を開けるだなんて礼儀以前の問題じゃない!」
「両手塞がってたんだよ。」
「声をあげれば開けるぐらいしますけど!?」
いつものように噛み付くミーシャに、ヴィノスはうるさいと言うようにアリアの目の前に本の山を置く。その中から一冊取り出せば、懐かしい内容が書かれたページが出てくる。
「で、さっきも聞いたけどなんなんだよこれ。」
「私が幼少期使っていた教科書よ。」
「は?なんで今更。お嬢なら中身覚えてんだろ。」
「私が使うんじゃないの。ヴィノス、貴方達のクラスはここら辺の内容も出るのだからこれを使って勉強しなさい。」
はい、と一冊手の中の本をヴィノスに渡す。前の時、アリアはヴィノスに勉強など教えていなかった。けれど、ヴィノスはテストで上位に食い込むほどの得点を取っていた。
その時にはアリアを見限り次を探していたヴィノスが、どうやら自分でクラレンスの書庫に忍び込み本を読み知識を蓄えていたらしいのだ。
「知識は財産よ。次の職を探す時に、知識はあるだけ有利になるわ。」
「……えー、いらね。お嬢が教えてくれんじゃん。自分で勉強とか、だりぃ。俺じゃなくてユーリに渡せよ。」
「デイモンド様はご自身のお屋敷にあるのではなくて?」
「ねぇよ、一代貴族舐めんな。」
アリアはそこまで自分の家と差があるのを知らなかったのか、あら。とこぼす。ヴィノスの友人であるユーリ・デイモンドとも、最近では関わりがある。ならば助けてやるのも良いのかもしれない。
「ならこれは二人で使いなさい?」
「だから俺はいらねぇって。」
「どうしてそこまで嫌がるの?貰えるなら貰っとく精神のあなたが?」
ヴィノスの行動の真意がわからない。だからこそ、今頑なに受け取ろうとしないヴィノスに半ば無理やりその本を押し付ける。
「……おいお嬢。」
「次のテスト、悪い点とったら減給だから。今日はもう寝るわ。おやすみ。」
「はぁ。」
溜息を吐き出したいのはこっちなのに、まるで自分が被害者だ、というようにヴィノスが本を持ち部屋を出ていく。大量の本をまた持っていかなきゃ行けないことへの不満なのかもしれない。
隣を見ればまた、ミーシャもヴィノスの態度に違和感を持ったのか首を傾げていた。
「勉強嫌い、というか無駄な事嫌いのヴィノスとはいえ、あそこまで嫌がるのは珍しいですね。」
「そうね、まぁお金のことも出したししっかり勉強すると思うわ。」
アリアはアムネジアと明日も一緒に勉強をする約束をしている。二人とも、あわよくば中間と学期末の点数をあげて、来年のクラス分けの時に同じクラスになれることを夢みているのだ。
この場合、アリアが来年度にも学園に所属できていればの話になってくるが。
「さて、ノートも出来上がったし、私は今日はもう寝るわ。ミーシャもご苦労様。」
「ありがとうございますお嬢様。今日も大変お疲れでしょう、ゆっくりおやすみくださいませ。」
「……貴方も、一緒に通えればと今でも思うわ。」
「見に余る光栄です。ミーシャもお嬢様のおそばにいられればと思いますが、それでも今の状況でミーシャは満足していますよ。」
ミーシャは商会で、貴族ほどではないにしろしっかりとした教育を受けている。努力家のミーシャのことだ、きっと相応の成績を修めることが出来ただろう。
それを痛ましく、そして惜しく思うアリアの心を知ってか知らずか、ミーシャは殊更優しく微笑み言葉をなげかける。
「ミーシャはアリアお嬢様にお仕え出来るだけで一等幸せなのですよ。」
「……そんな従者をもてる私も、十分幸せ者よ。」
アリアの言葉に、今度こそミーシャは感極まって頬を染める。先程までのやり取りに急に羞恥が湧いたのか、失礼します!と大きな声で断りを入れて飛び出して言ってしまった。
「お嬢様……それは?」
「テストの対策ノートよ。アムネジア様に差し上げようかと思って。」
「まぁ!さすがですお嬢様!すっごく素敵です!!」
アリアも、何の打算もなく相談相手になってくれるアムネジアを前とは違い随分と好意的に思っていた。分からないところの質問をしてくる度に、教えた直後は嬉しそうだったり達成感だったりを見せるのに、次の瞬間では競争心が湧くのか少し悔しそうな表情をする。
「アムネジア様はね、前までちょっと苦手だったの。でも先入観なしでお話するととても可愛らしい人なのよ。」
「そうなんですね!」
アムネジアとの付き合いは、それこそ幼い頃からあった。けれど、王太子妃候補になったタイミングから、有力候補のアリアとアムネジアは互いをライバル視してしまっていたのだ。
「そういえば、そろそろテストなんでしたっけ。」
「えぇそうね。クラレンスに恥じないような点を取らなくてはね。」
「お嬢様なら大丈夫ですよ。」
前回、アリアの学年順位は三位だった。一位はリリーで、二位はヴィルヘルム。けれど、今回アリアが狙うのは当然一位だった。
アドバンテージがこちらにはあるわけで、余程のことがなければ全ての答えを知っているアリアが負けるわけが無い。けれどアリアは同時に知っているのだ。リリーが今回のテストで、満点を取ることを。
「お嬢~言われたヤツ持ってきたけど。これなに?」
「あら、ありがとうヴィノス。やっぱりまだ保管されてたのね。」
そんな折、大量の本を腕の中に積み上げて、無礼にも脚で扉を開けるという暴挙を行いながらヴィノスが部屋に入ってきた。
「ヴィ…ヴィノス!貴方!足で扉を開けるだなんて礼儀以前の問題じゃない!」
「両手塞がってたんだよ。」
「声をあげれば開けるぐらいしますけど!?」
いつものように噛み付くミーシャに、ヴィノスはうるさいと言うようにアリアの目の前に本の山を置く。その中から一冊取り出せば、懐かしい内容が書かれたページが出てくる。
「で、さっきも聞いたけどなんなんだよこれ。」
「私が幼少期使っていた教科書よ。」
「は?なんで今更。お嬢なら中身覚えてんだろ。」
「私が使うんじゃないの。ヴィノス、貴方達のクラスはここら辺の内容も出るのだからこれを使って勉強しなさい。」
はい、と一冊手の中の本をヴィノスに渡す。前の時、アリアはヴィノスに勉強など教えていなかった。けれど、ヴィノスはテストで上位に食い込むほどの得点を取っていた。
その時にはアリアを見限り次を探していたヴィノスが、どうやら自分でクラレンスの書庫に忍び込み本を読み知識を蓄えていたらしいのだ。
「知識は財産よ。次の職を探す時に、知識はあるだけ有利になるわ。」
「……えー、いらね。お嬢が教えてくれんじゃん。自分で勉強とか、だりぃ。俺じゃなくてユーリに渡せよ。」
「デイモンド様はご自身のお屋敷にあるのではなくて?」
「ねぇよ、一代貴族舐めんな。」
アリアはそこまで自分の家と差があるのを知らなかったのか、あら。とこぼす。ヴィノスの友人であるユーリ・デイモンドとも、最近では関わりがある。ならば助けてやるのも良いのかもしれない。
「ならこれは二人で使いなさい?」
「だから俺はいらねぇって。」
「どうしてそこまで嫌がるの?貰えるなら貰っとく精神のあなたが?」
ヴィノスの行動の真意がわからない。だからこそ、今頑なに受け取ろうとしないヴィノスに半ば無理やりその本を押し付ける。
「……おいお嬢。」
「次のテスト、悪い点とったら減給だから。今日はもう寝るわ。おやすみ。」
「はぁ。」
溜息を吐き出したいのはこっちなのに、まるで自分が被害者だ、というようにヴィノスが本を持ち部屋を出ていく。大量の本をまた持っていかなきゃ行けないことへの不満なのかもしれない。
隣を見ればまた、ミーシャもヴィノスの態度に違和感を持ったのか首を傾げていた。
「勉強嫌い、というか無駄な事嫌いのヴィノスとはいえ、あそこまで嫌がるのは珍しいですね。」
「そうね、まぁお金のことも出したししっかり勉強すると思うわ。」
アリアはアムネジアと明日も一緒に勉強をする約束をしている。二人とも、あわよくば中間と学期末の点数をあげて、来年のクラス分けの時に同じクラスになれることを夢みているのだ。
この場合、アリアが来年度にも学園に所属できていればの話になってくるが。
「さて、ノートも出来上がったし、私は今日はもう寝るわ。ミーシャもご苦労様。」
「ありがとうございますお嬢様。今日も大変お疲れでしょう、ゆっくりおやすみくださいませ。」
「……貴方も、一緒に通えればと今でも思うわ。」
「見に余る光栄です。ミーシャもお嬢様のおそばにいられればと思いますが、それでも今の状況でミーシャは満足していますよ。」
ミーシャは商会で、貴族ほどではないにしろしっかりとした教育を受けている。努力家のミーシャのことだ、きっと相応の成績を修めることが出来ただろう。
それを痛ましく、そして惜しく思うアリアの心を知ってか知らずか、ミーシャは殊更優しく微笑み言葉をなげかける。
「ミーシャはアリアお嬢様にお仕え出来るだけで一等幸せなのですよ。」
「……そんな従者をもてる私も、十分幸せ者よ。」
アリアの言葉に、今度こそミーシャは感極まって頬を染める。先程までのやり取りに急に羞恥が湧いたのか、失礼します!と大きな声で断りを入れて飛び出して言ってしまった。
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