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49話
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「だから!どうしてそこがそうなるのです!」
「いや、さっきこの歳は王弟があと継いだって言ったじゃん。」
「それは2代後ですわ!先に息子の王太子様が先。王位継承権を理解していらっしゃらないのかしら!?」
パシリ、と机の上に史学の教科書が叩きつけられる。開かれたページはテスト範囲の最初の方を示しており、既に1時間がたった状態でこの進みようだと、その結果は絶望的なことがうかがえた。
「カトリーヌ侯爵令嬢。さすがにこいつはそれ分からないと思うんですけど……」
「んだよ、そういうユーリはわかんの?」
「俺もよくわからん。」
軽口を叩く二人の間に、再度教科書が振り下ろされる。先程よりも強い力で叩きつけられたそれは思った以上に強い音を立てる。
「お二人共。私語はお慎みくださいませ。」
「……は、はい。」
「そもそも、最初はお嬢との勉強会だろ?なんで俺に教えてんだよ。」
「そんなの!貴方がアリア様の従者にあるまじき成績をとっているからに決まっていますわ!」
アムネジアはアリアと一緒に、2週間ほど先にある中間テストに向けて勉強会を開いていた。進み具合はクラスによって違うが、それでもおおよそテスト内容の近しいアリアとなら、勉強を教わりながら高得点を狙えると考えたからだ。
「これなら私が齢10の時の方がよっぽど成績が良かったですわよ!」
「お貴族様と比べられてもなぁ。なぁユーリ。」
「まぁ俺も、まともな教育受け始めたのは爵位貰ってからだし……」
しかし蓋を開けてみたらどうだろう。アリアの隣に座っていたヴィノスは、アリアの教科書を読む度に訳が分からないという表情を浮かべ、さらにその隣に座るユーリの開く教科書のページは、アムネジアのクラスでさえも理解していて当たり前だろうという判断で飛ばされたページだった。
「いいですか?デイモンド様は末席であれど貴族で、ヴィノスさんは公爵家の使用人なのです。最低クラスにいること自体おかしく、せめてそこで高得点をとって頂かないと……」
「なにそれ興味無い。お嬢~そんなの俺に必要~?」
「必要が必要じゃないかと言われれば仕事をしてくれれば構わないけれど、貴方の頑張りに応じてチップくらいは出すわよ。」
「アリア様!自分の従者を甘やかさないでくださいまし!」
よし!と気合いを入れ直したヴィノスにユーリが引いた視線を送る。ヴィノスよ金に対するがめつさに対してというより、まるで戯れにおやつを犬にあげるような感覚でチップをあげるアリアに対しての方が強いのだが。
「そもそも、今ヴィノスさんは一体いくら貰っているのですか!」
「月に40~50」
「多すぎですわよ!下級貴族でもそんなに頂きませんわよ!?」
アムネジアがとうとうアリアに対しても渡しすぎだと詰め寄る。ユーリは自分の家で半年でそれだけ貯まればいい方の金額を、ひと月で貰っているヴィノスに羨望の眼差しを送った。
「アリア様も!そんなに渡す暇があったらどうぞご自身にお使いくださいませ!」
「必要な分は使っているわ。ただその残りをヴィノスに回しているだけで……」
「回さなくていいんですわよ!」
甘いケーキも、きらびやかな宝石も、二度目のアリアには魅力的には映らなかった。それよりも、シェフの作るおいしいごはんと、ミーシャの淹れる落ち着くお茶の方が欲しくなってしまう。
あの冷たい牢屋では、栄養のある食事も、気の抜ける一時も得られた試しがなかったから。
「ほらー、そんなことよりも早く勉強しよーぜ。」
「調子の良い事ばかり仰るのもいい加減にしてくださいませんの?」
シラケた視線を送るアムネジアを知らん振りして、ヴィノスは適当に教科書に目を走らせる。そしてそれをすぐさま暗記して、ワークに迷うことなく答えを記入していく。
「お前、記憶力はいいよなー。」
「覚えりゃいいだけって簡単じゃね?」
「入試の史学下から数えて二位だった癖に。」
「黙れ最下位。」
アリアたちからしてみればどんぐりの背比べなのだが、それに気づかず二人はペンを互いに突き刺し合いながら勉強を進めていく。
二人がやる気になったことで、やっとアムネジアも席につき自分の問題集をとき始める。時折アリアに質問をすれば、アリアは教師よりも分かりやすい説明を、端的に、そして飽きさせないように話してくれる。
「アリア様は教えるのがお上手ですのね。」
「……え、えぇ。困った時に助けられるようにと。」
一度目の時、アリアの周りには取り巻きがいた。しかしそのほとんどが次期王太子妃の甘い蜜を吸うために集まってきていただけなのだが、アリアはそれに気づかず、助けろと言われる度に懇切丁寧に助けてきた。
アリアは身のうちに入れてしまえばとことん甘いのだ。
「いいですわね!私が教えて、アリア様まで教えたんですから、クラストップを独占。果てや学年上位に食い込むくらいの誠意を見せてくださいましね?」
「高い高い。目標ががすごく高いですカトリーヌ令嬢。」
「アムネジアと呼ぶことを許しますわ。」
「うん、アムネジア嬢。俺の話聞いて?」
思わずユーリが口を挟むが、アムネジアはもう話を聞いていないのか、はたまた最初から二人の泣きごとなど聞くつもりは無いのか、今日の部分の課題を終わらせ、勉強も一区切りをつけ、ふんふんと鼻歌を歌いながら本を読み始めてしまった。
「……本当に、学年上位とか無理だっての。」
「そうでしょうか?」
「え?」
「ヴィノスもそうだけど、デイモンド様もすごく覚えが早いですわ。それなら別に、丸暗記でも凌げるどころか好成績を修められるかと。」
先程までワークを解いていたアリアが、顔を上げ、デイモンドの瞳をじっと見てくる。まるで疑いのない純粋な目は、ただ真っ直ぐとデイモンドに程よい期待をかけていた。
「……まぁ、やれるだけやって見るしかないか。」
「分からないところは是非聞いてください。お教えできるところは致しましょう。」
「よろしくお願いします……」
「いや、さっきこの歳は王弟があと継いだって言ったじゃん。」
「それは2代後ですわ!先に息子の王太子様が先。王位継承権を理解していらっしゃらないのかしら!?」
パシリ、と机の上に史学の教科書が叩きつけられる。開かれたページはテスト範囲の最初の方を示しており、既に1時間がたった状態でこの進みようだと、その結果は絶望的なことがうかがえた。
「カトリーヌ侯爵令嬢。さすがにこいつはそれ分からないと思うんですけど……」
「んだよ、そういうユーリはわかんの?」
「俺もよくわからん。」
軽口を叩く二人の間に、再度教科書が振り下ろされる。先程よりも強い力で叩きつけられたそれは思った以上に強い音を立てる。
「お二人共。私語はお慎みくださいませ。」
「……は、はい。」
「そもそも、最初はお嬢との勉強会だろ?なんで俺に教えてんだよ。」
「そんなの!貴方がアリア様の従者にあるまじき成績をとっているからに決まっていますわ!」
アムネジアはアリアと一緒に、2週間ほど先にある中間テストに向けて勉強会を開いていた。進み具合はクラスによって違うが、それでもおおよそテスト内容の近しいアリアとなら、勉強を教わりながら高得点を狙えると考えたからだ。
「これなら私が齢10の時の方がよっぽど成績が良かったですわよ!」
「お貴族様と比べられてもなぁ。なぁユーリ。」
「まぁ俺も、まともな教育受け始めたのは爵位貰ってからだし……」
しかし蓋を開けてみたらどうだろう。アリアの隣に座っていたヴィノスは、アリアの教科書を読む度に訳が分からないという表情を浮かべ、さらにその隣に座るユーリの開く教科書のページは、アムネジアのクラスでさえも理解していて当たり前だろうという判断で飛ばされたページだった。
「いいですか?デイモンド様は末席であれど貴族で、ヴィノスさんは公爵家の使用人なのです。最低クラスにいること自体おかしく、せめてそこで高得点をとって頂かないと……」
「なにそれ興味無い。お嬢~そんなの俺に必要~?」
「必要が必要じゃないかと言われれば仕事をしてくれれば構わないけれど、貴方の頑張りに応じてチップくらいは出すわよ。」
「アリア様!自分の従者を甘やかさないでくださいまし!」
よし!と気合いを入れ直したヴィノスにユーリが引いた視線を送る。ヴィノスよ金に対するがめつさに対してというより、まるで戯れにおやつを犬にあげるような感覚でチップをあげるアリアに対しての方が強いのだが。
「そもそも、今ヴィノスさんは一体いくら貰っているのですか!」
「月に40~50」
「多すぎですわよ!下級貴族でもそんなに頂きませんわよ!?」
アムネジアがとうとうアリアに対しても渡しすぎだと詰め寄る。ユーリは自分の家で半年でそれだけ貯まればいい方の金額を、ひと月で貰っているヴィノスに羨望の眼差しを送った。
「アリア様も!そんなに渡す暇があったらどうぞご自身にお使いくださいませ!」
「必要な分は使っているわ。ただその残りをヴィノスに回しているだけで……」
「回さなくていいんですわよ!」
甘いケーキも、きらびやかな宝石も、二度目のアリアには魅力的には映らなかった。それよりも、シェフの作るおいしいごはんと、ミーシャの淹れる落ち着くお茶の方が欲しくなってしまう。
あの冷たい牢屋では、栄養のある食事も、気の抜ける一時も得られた試しがなかったから。
「ほらー、そんなことよりも早く勉強しよーぜ。」
「調子の良い事ばかり仰るのもいい加減にしてくださいませんの?」
シラケた視線を送るアムネジアを知らん振りして、ヴィノスは適当に教科書に目を走らせる。そしてそれをすぐさま暗記して、ワークに迷うことなく答えを記入していく。
「お前、記憶力はいいよなー。」
「覚えりゃいいだけって簡単じゃね?」
「入試の史学下から数えて二位だった癖に。」
「黙れ最下位。」
アリアたちからしてみればどんぐりの背比べなのだが、それに気づかず二人はペンを互いに突き刺し合いながら勉強を進めていく。
二人がやる気になったことで、やっとアムネジアも席につき自分の問題集をとき始める。時折アリアに質問をすれば、アリアは教師よりも分かりやすい説明を、端的に、そして飽きさせないように話してくれる。
「アリア様は教えるのがお上手ですのね。」
「……え、えぇ。困った時に助けられるようにと。」
一度目の時、アリアの周りには取り巻きがいた。しかしそのほとんどが次期王太子妃の甘い蜜を吸うために集まってきていただけなのだが、アリアはそれに気づかず、助けろと言われる度に懇切丁寧に助けてきた。
アリアは身のうちに入れてしまえばとことん甘いのだ。
「いいですわね!私が教えて、アリア様まで教えたんですから、クラストップを独占。果てや学年上位に食い込むくらいの誠意を見せてくださいましね?」
「高い高い。目標ががすごく高いですカトリーヌ令嬢。」
「アムネジアと呼ぶことを許しますわ。」
「うん、アムネジア嬢。俺の話聞いて?」
思わずユーリが口を挟むが、アムネジアはもう話を聞いていないのか、はたまた最初から二人の泣きごとなど聞くつもりは無いのか、今日の部分の課題を終わらせ、勉強も一区切りをつけ、ふんふんと鼻歌を歌いながら本を読み始めてしまった。
「……本当に、学年上位とか無理だっての。」
「そうでしょうか?」
「え?」
「ヴィノスもそうだけど、デイモンド様もすごく覚えが早いですわ。それなら別に、丸暗記でも凌げるどころか好成績を修められるかと。」
先程までワークを解いていたアリアが、顔を上げ、デイモンドの瞳をじっと見てくる。まるで疑いのない純粋な目は、ただ真っ直ぐとデイモンドに程よい期待をかけていた。
「……まぁ、やれるだけやって見るしかないか。」
「分からないところは是非聞いてください。お教えできるところは致しましょう。」
「よろしくお願いします……」
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