今度は絶対死なないように

溯蓮

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44話

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 花火大会が終わり、三人はそのまま屋敷へと戻った。最後の最後でまたヴィルヘルムと会ったためか、ミーシャは不機嫌で、アリアは静かだったが、ヴィノスは相変わらず飄々とした態度で馬車から見える星空を眺めていた。

「今日はこんな時間まで連れ回してごめんなさいね。二人とも、しっかりと休むのよ。」

「おー。」

「はい。お嬢様もごゆるりとお休み下さい。失礼致します。」

 ミーシャもヴィノスも、自室はアリアたちの住む本館とは別の、使用人棟に部屋を持っている。男女も別れているため、途中でミーシャとも別れ、ヴィノスはぼんやりと部屋へと向かう。

「……今日の成果は金貨2枚と、銀貨14枚。」

 祭り中、ちょくちょく金貨や釣り銭を懐に入れていたヴィノスは、中々な報酬を手に入れていた。それを、鍵付きの引き出しに乱雑に詰め込めば、溜め込んだ硬貨に当たりジャラジャラと音が鳴った。

「はー…だっる。」

 元々部屋に用意されていたベットと机以外何も無い部屋。それ以上はヴィノスにとって無駄な装飾にしかならないのだ。余計なものを省いたそれはいざとなれば直ぐにどこかに逃げようというヴィノスの魂胆が現れているようにさえ思う。

「王太子様がしがない街の祭りでお忍び浮気デートとか、頭花畑かっつーの。」

 心底こっちの事も考えて欲しいと思う。ヴィルヘルムが来る度に、ヴィノスは主の機嫌を気にしなければいけないし、アリアは何故か自分に命を狙われていると思い込んでいる節がある。

 ヴィノスからしてみたら冗談じゃなかった。アリアを殺そうとしてる、なんて話が広がれば、後ろ盾がアリア以外いないヴィノスの首はいくらでも飛んでしまう。

「どーにかして邪魔が出来りゃ、それが一番楽なんだけどよぉ…」

 そして何とか、リリーがヴィルヘルムから離れ、そしてアリアとまた婚約者の関係に戻ればそれでいいのだ。そこに愛だの恋だの面倒くさいものがあろうがなかろうがどうでもいい。とりあえず面倒なそのいざこざが解決すればいいと思う。

「でもお嬢のあの様子じゃ無理だろうしなぁ…」

 アリアの心は既にヴィルヘルムから離れている。毎度毎度ヴィルヘルムと会う度に死を目前にした人間の顔をされてしまっては、これから先アリアよりもヴィノスの方が精神を病んでしまいそうだ。

 ヴィノスは貴族の常識なんて何も知らない。だからこそ、アリアの言う婚約破棄が一体どれほど大変なのかもよく分からない。ただ分かるのはアリアは果てしなくヴィルヘルムとの関わりを絶とうとしてるということだ。

「そもそも、お嬢の機嫌の上下が何で決まんのかも分からんくなったんだよなぁ。あーーもうめんどくせぇ!」

 一人部屋であり、部屋が一番奥の角に用意されているのをいいことに、ヴィノスはゴロゴロとベッドの上を左右に転がりながら独り言をブツブツ呟いた。

 けれど、ふとベッドサイドのランプ下に散らばった手紙の一枚が落ちてきた事で、ヴィノスの動きが止まる。

「んだコレ。若白髪からじゃないな。」

 手紙なんて届いても読まない。けれど何度言っても、何度無視してもヴィノスに手紙を送り付けてくるのは、ユーリしか居ない。どうせ中身のない愚痴しか書かれない手紙はランプの下に放置されているのだが、ユーリの家で無理やり使わされているという、気取ったギラギラとした上質な手紙以外の手紙が混ざっていることは珍しいを通り越してありえないことだった。

「誰からだ?しかも何か紙以外にも入ってやがる。」

 宛先を確認しても名前は書いておらず、公共の郵便機関を使った形跡もみられなかった。一体これはどういうことか。けれどどうやら、この手紙の送り主はヴィノスの部屋に入り込んでこの手紙を置いていったらしい。

 ヴィノスの部屋は鍵が着いていない。だからこそ誰でも入れるが、敷地内に入れる人物なんてそうそういないのだ。

「……は?」

 ヴィノスが乱雑にその手紙を破りあけると、そこには嫌に流麗な文字が並んでいた。ある程度教養のあるものが書いたものだろうが、ヴィノスは筆跡で人を特定する技術など持ちえていなかった。

『王太子にふさわしいのはリリー・フローレスである。アリア・クラレンスに邪魔をさせるな。アリア・クラレンスを王太子とリリー・フローレスに近づけるな。』

 手紙とともに出てきたのは1枚の金貨。これをやるから黙って言う通りにしろと、そう言いたいのだろうか。

 ヴィノスは随分と冷めた目でその手紙を見つめ、そして金貨をまた引き出しに放り込む。そしてそのまま手紙を破りさり窓から捨てる。

「よし、俺は何も読んでねーし貰ってねー。今日のお嬢からの収穫は金貨3枚と銀貨14枚ってことで。」

 ヴィノスは内心、そんな端金で動くと思うなよ。と言い放ちたかったが、どこで誰が聞いているのか分からないから我慢する。ここに来るということは、内部に手紙を持ってきたものがいるかもしれないからだ。

「俺はあいつらの恋路なんぞに興味ねぇ。金にならねぇならどうでもいい。」

 むしろ今いる都合のいいパトロンを逃すことの方がヴィノスにとっては痛手なのである。面倒事を消し去ったヴィノスは、素知らぬ顔でベッドに寝そべり眠りについた。どうせなら、あれこれ理由をつけてアリアに、自室に鍵をつけてもらうのもいいかと思いながら。
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