今度は絶対死なないように

溯蓮

文字の大きさ
上 下
36 / 70

35話

しおりを挟む
「おや、ミーシャお嬢様。今回はミーシャお嬢様が視察なのですね。……それに今日はクラレンス様まで。」

「えぇ、父は商談よ。それよりも、メアは居るの?」

「奥の部屋で箱詰め状態です。」

 ほけほけと笑う初老の従業員が、沢山の布を持ちながら店の奥を示す。表にはドレスの依頼に来たのであろう令嬢が色々なデザイン案と布を交互に睨みつけている。

「ここはあのデザイナーが全てになっている訳では無いのね。」

「はい。他にもデザイナーは複数いて、そのリーダーをメア、お嬢様のドレスを仕立てたものが務めています。」

 なるほど、とアリアが頷けばミーシャはそそくさとメアという人物がいるであろう店の奥へと姿を消す。ヴィノスに関しては興味が全くないのかぼんやりと店を眺めながら立っているだけだ。

「あら?あらあらあら。アリア様ではありませんか!本日はドレスを仕立てに来たのですか?今回はどのようなドレスに致しましょう!」

「め、メア!アリア様に無礼をなさらないで!」

 店の奥から出てきたメアは酷くボロボロだった。痩けた頬に真っ黒に浮かんだ隈。髪は適当に結い上げているのかボサボサで、手はインクで汚れていた。

「いえ、今回はただミーシャに着いてきただけなんですの。少し見学してみたくて…」

「まぁ!そうなんですか!どうぞご覧くださいませ!私の可愛い可愛い力作はきっと貴方様を引き立ててくれるでしょう!」

 この店は基本的にドレスは既存の商品を売っている。街の方にも卸しており下級貴族なんかの子女はこちらの方の店で買う。本店の方に来て、直接デザイナーと話し合い一品ものを仕立てるのは、やはりお金に余裕のある上級貴族になってくる。

「女王陛下からも依頼が来たと聞いたわ。私が無闇矢鱈に紹介したせいよね…」

「いえいえ!むしろ私の腕がそこまで名をとどろかせる程になるとは思いもよらず、自信になりました!アリア様のおかげです!商会の売上もうなぎ登りらしく、この前は大親方様からボーナスを頂けました!」

 徹夜が続いたテンションからか、メアは饒舌に話す。大親方とはミーシャの父のことだ。よく喋るメアを咎めるようにミーシャは止めるけれど、そこには年齢の差はあれど随分と気楽な雰囲気が見えた。

「…ミーシャは、商会の人達と仲がいいのね。」

「え?そうでしょうか。確かに、私は元々将来は兄の補佐につく予定だったので小さい頃からここを出入りしてましたが…」

「懐かしいですねぇー!若君にくっついてあちらこちらを見るミーシャ様!」

「余計な事を言わないで!」

 アリアはミーシャが本来、商会の次期当主である兄の補佐に着く予定であったことを聞いて驚いた。

 アリアが気づいた時には、ミーシャは既に屋敷の見習いだった。その働きぶりから確かに同世代では突出して仕事が出来、アリアの専属候補の中でミーシャの世代ではミーシャただ一人だった。しかし、その突出した計算能力や知識、そして観察眼は全て商会で仕事をするためと言われれば納得ができてしまう。

「なら、どうしてミーシャは家に奉公に来たのかしら。」

 ルトリックは確かにクラレンスの下に着いているけれど、別にわざわざそこの娘であるミーシャが奉公に来る必要はなかった。むしろ、兄の補佐としての将来が確立されていたのであればさらにだ。ならなぜ、そうミーシャは約束された将来を横に置いてまでアリアの元に来たのだろうか。

「ヴィノス、分かる?」

「あ?んな金になんねーこと知るわけねーじゃん。んな事よりお嬢お腹すいた~。外の出店で食い物食ってきていい?」

 とうとう我慢の限界が来たのか、ヴィノスがそんなことをごね出す。その発言は護衛として問題があるが、幸いこのドレス工房は大通りに面しており、すぐそばには賑わった屋台が出ている。

 アリアは無理にここに連れてきたのだし、と考えヴィノスに許可を出した。

「早めに戻るのよ。」

「やりー!ありがとお嬢~!」

 タタタッと軽い足取りで店から飛び出していくヴィノスの背中をため息ひとつで見送ったアリア。仕方なしにとついでにドレスを見回りに店内を歩くことにした。

「あら、アリア様おひとりですか?」

 いつの間にかそばに来ていたメアが話しかけてくる。ミーシャの姿を咄嗟に探すが、仕事のためか奥に行っておりその姿が見えない。

「あなた、お仕事は?」

「休憩です。アリア様もドレスを仕立てられたいのであれば、言ってくださればご相談に乗りますよ!」

 是非!と言わんばかりにそう行ってくるメアに、アリアは手のひらを出して遠慮する。仕事におわれるメアにこれ以上依頼するのもはばかられるし、何よりも今はドレスを新調するようなパーティに出る予定もないのだ。

 前はさんざん色々なパーティを開いて王太子妃である立場を散々自慢したけれど、そういうのももう疲れてしまったのだ。

「なら、ミーシャ様が戻ってくるまで、ミーシャ様のお話でもしましょうか?」

「いいんですの?」

「えぇ、私もミーシャ様憧れのお姫様とずっとお話をしてみたいと思っていたんです。」

 お姫様?聞き覚えのない単語に、アリアは首を傾げる。そんな様子をくすくすと笑ったメアは、ゆっくりとアリアの知らないミーシャの話をしだした。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

【完結】不貞された私を責めるこの国はおかしい

春風由実
恋愛
婚約者が不貞をしたあげく、婚約破棄だと言ってきた。 そんな私がどうして議会に呼び出され糾弾される側なのでしょうか? 婚約者が不貞をしたのは私のせいで、 婚約破棄を命じられたのも私のせいですって? うふふ。面白いことを仰いますわね。 ※最終話まで毎日一話更新予定です。→3/27完結しました。 ※カクヨムにも投稿しています。

悪女の私を愛さないと言ったのはあなたでしょう?今さら口説かれても困るので、さっさと離縁して頂けますか?

輝く魔法
恋愛
システィーナ・エヴァンスは王太子のキース・ジルベルトの婚約者として日々王妃教育に勤しみ努力していた。だがある日、妹のリリーナに嵌められ身に覚えの無い罪で婚約破棄を申し込まれる。だが、あまりにも無能な王太子のおかげで(?)冤罪は晴れ、正式に婚約も破棄される。そんな時隣国の皇太子、ユージン・ステライトから縁談が申し込まれる。もしかしたら彼に愛されるかもしれないー。そんな淡い期待を抱いて嫁いだが、ユージンもシスティーナの悪い噂を信じているようでー? 「今さら口説かれても困るんですけど…。」 後半はがっつり口説いてくる皇太子ですが結ばれません⭐︎でも一応恋愛要素はあります!ざまぁメインのラブコメって感じかなぁ。そういうのはちょっと…とか嫌だなって人はブラウザバックをお願いします(o^^o)更新も遅めかもなので続きが気になるって方は気長に待っててください。なお、これが初作品ですエヘヘ(о´∀`о) 優しい感想待ってます♪

完結 婚約破棄は都合が良すぎる戯言

音爽(ネソウ)
恋愛
王太子の心が離れたと気づいたのはいつだったか。 婚姻直前にも拘わらず、すっかり冷えた関係。いまでは王太子は堂々と愛人を侍らせていた。 愛人を側妃として置きたいと切望する、だがそれは継承権に抵触する事だと王に叱責され叶わない。 絶望した彼は「いっそのこと市井に下ってしまおうか」と思い悩む……

悪役令嬢はどうしてこうなったと唸る

黒木メイ
恋愛
私の婚約者は乙女ゲームの攻略対象でした。 ヒロインはどうやら、逆ハー狙いのよう。 でも、キースの初めての初恋と友情を邪魔する気もない。 キースが幸せになるならと思ってさっさと婚約破棄して退場したのに……どうしてこうなったのかしら。 ※同様の内容をカクヨムやなろうでも掲載しています。

貴族の爵位って面倒ね。

しゃーりん
恋愛
ホリーは公爵令嬢だった母と男爵令息だった父との間に生まれた男爵令嬢。 両親はとても仲が良くて弟も可愛くて、とても幸せだった。 だけど、母の運命を変えた学園に入学する歳になって…… 覚悟してたけど、男爵令嬢って私だけじゃないのにどうして? 理不尽な嫌がらせに助けてくれる人もいないの? ホリーが嫌がらせされる原因は母の元婚約者の息子の指示で… 嫌がらせがきっかけで自国の貴族との縁が難しくなったホリーが隣国の貴族と幸せになるお話です。

もう一度7歳からやりなおし!王太子妃にはなりません

片桐葵
恋愛
いわゆる悪役令嬢・セシルは19歳で死亡した。 皇太子のユリウス殿下の婚約者で高慢で尊大に振る舞い、義理の妹アリシアとユリウスの恋愛に嫉妬し最終的に殺害しようとした罪で断罪され、修道院送りとなった末の死亡だった。しかし死んだ後に女神が現れ7歳からやり直せるようにしてくれた。 もう一度7歳から人生をやり直せる事になったセシル。

悪役令嬢の里帰り

椿森
恋愛
侯爵家の令嬢、テアニアはこの国の王子の婚約者だ。テアニアにとっては政略による婚約であり恋をしたり愛があったわけではないが、良好な関係を築けていると思っていた。しかし、それも学園に入るまで。 入学後は些細なすれ違いや勘違いがあるのも仕方がないと思っていたが、どうやらそうでもないらしい。いつの間にか王子のそばには1人の女子生徒が侍っていて、王子と懇意な中だという噂も。その上、テアニアがその女子生徒を目の敵にして苛めているといった噂まで。 「私に他人を苛めている暇があるようにお思いで?」 頭にきたテアニアは、母の実家へと帰ることにした。

【完結】逆行した聖女

ウミ
恋愛
 1度目の生で、取り巻き達の罪まで着せられ処刑された公爵令嬢が、逆行してやり直す。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初めて書いた作品で、色々矛盾があります。どうか寛大な心でお読みいただけるととても嬉しいですm(_ _)m

処理中です...