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35話
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「おや、ミーシャお嬢様。今回はミーシャお嬢様が視察なのですね。……それに今日はクラレンス様まで。」
「えぇ、父は商談よ。それよりも、メアは居るの?」
「奥の部屋で箱詰め状態です。」
ほけほけと笑う初老の従業員が、沢山の布を持ちながら店の奥を示す。表にはドレスの依頼に来たのであろう令嬢が色々なデザイン案と布を交互に睨みつけている。
「ここはあのデザイナーが全てになっている訳では無いのね。」
「はい。他にもデザイナーは複数いて、そのリーダーをメア、お嬢様のドレスを仕立てたものが務めています。」
なるほど、とアリアが頷けばミーシャはそそくさとメアという人物がいるであろう店の奥へと姿を消す。ヴィノスに関しては興味が全くないのかぼんやりと店を眺めながら立っているだけだ。
「あら?あらあらあら。アリア様ではありませんか!本日はドレスを仕立てに来たのですか?今回はどのようなドレスに致しましょう!」
「め、メア!アリア様に無礼をなさらないで!」
店の奥から出てきたメアは酷くボロボロだった。痩けた頬に真っ黒に浮かんだ隈。髪は適当に結い上げているのかボサボサで、手はインクで汚れていた。
「いえ、今回はただミーシャに着いてきただけなんですの。少し見学してみたくて…」
「まぁ!そうなんですか!どうぞご覧くださいませ!私の可愛い可愛い力作はきっと貴方様を引き立ててくれるでしょう!」
この店は基本的にドレスは既存の商品を売っている。街の方にも卸しており下級貴族なんかの子女はこちらの方の店で買う。本店の方に来て、直接デザイナーと話し合い一品ものを仕立てるのは、やはりお金に余裕のある上級貴族になってくる。
「女王陛下からも依頼が来たと聞いたわ。私が無闇矢鱈に紹介したせいよね…」
「いえいえ!むしろ私の腕がそこまで名をとどろかせる程になるとは思いもよらず、自信になりました!アリア様のおかげです!商会の売上もうなぎ登りらしく、この前は大親方様からボーナスを頂けました!」
徹夜が続いたテンションからか、メアは饒舌に話す。大親方とはミーシャの父のことだ。よく喋るメアを咎めるようにミーシャは止めるけれど、そこには年齢の差はあれど随分と気楽な雰囲気が見えた。
「…ミーシャは、商会の人達と仲がいいのね。」
「え?そうでしょうか。確かに、私は元々将来は兄の補佐につく予定だったので小さい頃からここを出入りしてましたが…」
「懐かしいですねぇー!若君にくっついてあちらこちらを見るミーシャ様!」
「余計な事を言わないで!」
アリアはミーシャが本来、商会の次期当主である兄の補佐に着く予定であったことを聞いて驚いた。
アリアが気づいた時には、ミーシャは既に屋敷の見習いだった。その働きぶりから確かに同世代では突出して仕事が出来、アリアの専属候補の中でミーシャの世代ではミーシャただ一人だった。しかし、その突出した計算能力や知識、そして観察眼は全て商会で仕事をするためと言われれば納得ができてしまう。
「なら、どうしてミーシャは家に奉公に来たのかしら。」
ルトリックは確かにクラレンスの下に着いているけれど、別にわざわざそこの娘であるミーシャが奉公に来る必要はなかった。むしろ、兄の補佐としての将来が確立されていたのであればさらにだ。ならなぜ、そうミーシャは約束された将来を横に置いてまでアリアの元に来たのだろうか。
「ヴィノス、分かる?」
「あ?んな金になんねーこと知るわけねーじゃん。んな事よりお嬢お腹すいた~。外の出店で食い物食ってきていい?」
とうとう我慢の限界が来たのか、ヴィノスがそんなことをごね出す。その発言は護衛として問題があるが、幸いこのドレス工房は大通りに面しており、すぐそばには賑わった屋台が出ている。
アリアは無理にここに連れてきたのだし、と考えヴィノスに許可を出した。
「早めに戻るのよ。」
「やりー!ありがとお嬢~!」
タタタッと軽い足取りで店から飛び出していくヴィノスの背中をため息ひとつで見送ったアリア。仕方なしにとついでにドレスを見回りに店内を歩くことにした。
「あら、アリア様おひとりですか?」
いつの間にかそばに来ていたメアが話しかけてくる。ミーシャの姿を咄嗟に探すが、仕事のためか奥に行っておりその姿が見えない。
「あなた、お仕事は?」
「休憩です。アリア様もドレスを仕立てられたいのであれば、言ってくださればご相談に乗りますよ!」
是非!と言わんばかりにそう行ってくるメアに、アリアは手のひらを出して遠慮する。仕事におわれるメアにこれ以上依頼するのもはばかられるし、何よりも今はドレスを新調するようなパーティに出る予定もないのだ。
前はさんざん色々なパーティを開いて王太子妃である立場を散々自慢したけれど、そういうのももう疲れてしまったのだ。
「なら、ミーシャ様が戻ってくるまで、ミーシャ様のお話でもしましょうか?」
「いいんですの?」
「えぇ、私もミーシャ様憧れのお姫様とずっとお話をしてみたいと思っていたんです。」
お姫様?聞き覚えのない単語に、アリアは首を傾げる。そんな様子をくすくすと笑ったメアは、ゆっくりとアリアの知らないミーシャの話をしだした。
「えぇ、父は商談よ。それよりも、メアは居るの?」
「奥の部屋で箱詰め状態です。」
ほけほけと笑う初老の従業員が、沢山の布を持ちながら店の奥を示す。表にはドレスの依頼に来たのであろう令嬢が色々なデザイン案と布を交互に睨みつけている。
「ここはあのデザイナーが全てになっている訳では無いのね。」
「はい。他にもデザイナーは複数いて、そのリーダーをメア、お嬢様のドレスを仕立てたものが務めています。」
なるほど、とアリアが頷けばミーシャはそそくさとメアという人物がいるであろう店の奥へと姿を消す。ヴィノスに関しては興味が全くないのかぼんやりと店を眺めながら立っているだけだ。
「あら?あらあらあら。アリア様ではありませんか!本日はドレスを仕立てに来たのですか?今回はどのようなドレスに致しましょう!」
「め、メア!アリア様に無礼をなさらないで!」
店の奥から出てきたメアは酷くボロボロだった。痩けた頬に真っ黒に浮かんだ隈。髪は適当に結い上げているのかボサボサで、手はインクで汚れていた。
「いえ、今回はただミーシャに着いてきただけなんですの。少し見学してみたくて…」
「まぁ!そうなんですか!どうぞご覧くださいませ!私の可愛い可愛い力作はきっと貴方様を引き立ててくれるでしょう!」
この店は基本的にドレスは既存の商品を売っている。街の方にも卸しており下級貴族なんかの子女はこちらの方の店で買う。本店の方に来て、直接デザイナーと話し合い一品ものを仕立てるのは、やはりお金に余裕のある上級貴族になってくる。
「女王陛下からも依頼が来たと聞いたわ。私が無闇矢鱈に紹介したせいよね…」
「いえいえ!むしろ私の腕がそこまで名をとどろかせる程になるとは思いもよらず、自信になりました!アリア様のおかげです!商会の売上もうなぎ登りらしく、この前は大親方様からボーナスを頂けました!」
徹夜が続いたテンションからか、メアは饒舌に話す。大親方とはミーシャの父のことだ。よく喋るメアを咎めるようにミーシャは止めるけれど、そこには年齢の差はあれど随分と気楽な雰囲気が見えた。
「…ミーシャは、商会の人達と仲がいいのね。」
「え?そうでしょうか。確かに、私は元々将来は兄の補佐につく予定だったので小さい頃からここを出入りしてましたが…」
「懐かしいですねぇー!若君にくっついてあちらこちらを見るミーシャ様!」
「余計な事を言わないで!」
アリアはミーシャが本来、商会の次期当主である兄の補佐に着く予定であったことを聞いて驚いた。
アリアが気づいた時には、ミーシャは既に屋敷の見習いだった。その働きぶりから確かに同世代では突出して仕事が出来、アリアの専属候補の中でミーシャの世代ではミーシャただ一人だった。しかし、その突出した計算能力や知識、そして観察眼は全て商会で仕事をするためと言われれば納得ができてしまう。
「なら、どうしてミーシャは家に奉公に来たのかしら。」
ルトリックは確かにクラレンスの下に着いているけれど、別にわざわざそこの娘であるミーシャが奉公に来る必要はなかった。むしろ、兄の補佐としての将来が確立されていたのであればさらにだ。ならなぜ、そうミーシャは約束された将来を横に置いてまでアリアの元に来たのだろうか。
「ヴィノス、分かる?」
「あ?んな金になんねーこと知るわけねーじゃん。んな事よりお嬢お腹すいた~。外の出店で食い物食ってきていい?」
とうとう我慢の限界が来たのか、ヴィノスがそんなことをごね出す。その発言は護衛として問題があるが、幸いこのドレス工房は大通りに面しており、すぐそばには賑わった屋台が出ている。
アリアは無理にここに連れてきたのだし、と考えヴィノスに許可を出した。
「早めに戻るのよ。」
「やりー!ありがとお嬢~!」
タタタッと軽い足取りで店から飛び出していくヴィノスの背中をため息ひとつで見送ったアリア。仕方なしにとついでにドレスを見回りに店内を歩くことにした。
「あら、アリア様おひとりですか?」
いつの間にかそばに来ていたメアが話しかけてくる。ミーシャの姿を咄嗟に探すが、仕事のためか奥に行っておりその姿が見えない。
「あなた、お仕事は?」
「休憩です。アリア様もドレスを仕立てられたいのであれば、言ってくださればご相談に乗りますよ!」
是非!と言わんばかりにそう行ってくるメアに、アリアは手のひらを出して遠慮する。仕事におわれるメアにこれ以上依頼するのもはばかられるし、何よりも今はドレスを新調するようなパーティに出る予定もないのだ。
前はさんざん色々なパーティを開いて王太子妃である立場を散々自慢したけれど、そういうのももう疲れてしまったのだ。
「なら、ミーシャ様が戻ってくるまで、ミーシャ様のお話でもしましょうか?」
「いいんですの?」
「えぇ、私もミーシャ様憧れのお姫様とずっとお話をしてみたいと思っていたんです。」
お姫様?聞き覚えのない単語に、アリアは首を傾げる。そんな様子をくすくすと笑ったメアは、ゆっくりとアリアの知らないミーシャの話をしだした。
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