今度は絶対死なないように

溯蓮

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33話

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「お嬢様、少々お時間を頂いてもよろしいでしょうか。」

 コンコン、という控えめなノック音と共に聞こえてきたのは、随分と沈んだミーシャの声だった。

「えぇ、入りなさい。」

 普段入室の許可が出ているミーシャは、要件を伝えてアリアが返事をすれば入ってくる。けれど今回要件は言わずにアリアの“時間”を貰えないかと聞いてきた。

 何事かと思い入室を許可すれば、ミーシャは声と同じく表情も暗かった。ますます一体何があったのかとアリアの心に不安が募る。

「んだよ、辛気臭ぇ顔して。」

 相手のことも考えずズケズケとものをいうのはヴィノスの得意分野だ。どこか面倒くさそうにいうヴィノスを咎めるよりも早くにミーシャが勢いよく頭を下げた。

「み、3日後に暇を頂きたいのです!!」

「……え?」

 思わずアリアの声が漏れる。ショックを受けたような、悲しむような声だ。アリアの頭の中に、自分がミーシャを解雇した時のことが過ぎる。一方的すぎる、八つ当たりのような解雇。その時のミーシャの表情と、今のミーシャの表情はそっくりそのままで、ありありと絶望を示していた。

「…急に……それは、どういう…?」

「父が、急な商談がはいりまして、いくつかの工房の監督を私に一任したいと。」

「貴方のところには跡取りである兄がいたはずだけれど?」

「兄は別のところで新たな輸入経路を開きに出向いており、向かえるのが私しか居らず…」

 そこでゆらりと、アリアの心の中に恐怖と別に不満と怒りが湧いてくる。確かに実家のことは大切かもしれないけれど、今ミーシャは自分の専属なのだ。それなのに、自分よりもそっちを優先するのかという、子供のような不満だ。

「それは、ミーシャじゃなくてはいけないの?私の専属をやめてまで、そっちに行く必要性があるの?」

「え?」

 アリアが我慢して、押しとどめていた傲慢さと、強欲さがここに来て溢れ出す。ミーシャはアリアの専属だ。自分を捨ててリリーを選ぶヴィルヘルムを諦めたアリアにとって、自分の味方をしてくれる人間は自分の命を守るためには必須だ。だからこそ伝えた不満。

「え、え?…なぜお嬢様の専属を辞めるお話に!?」

「……え?そういう話なのでしょう?暇を出されたかったのでしょ?」

「あ!ち、違います!き、休暇を!一日だけ休暇を頂きたかったのです!」

 そんなミーシャの言葉に、自分の勘違いを理解して、アリアは一気に顔を赤くする。自分が勝手に早とちりをして、すごく恥ずかしいことを言ったのを理解したのだ。

「父の商談と、工房の視察が被ってしまい、それを私に任せたいと!報告書にまとめて担当のものに渡すだけなので!一日もあれば充分で…だから専属を外すなんて仰られないでくださいぃ…!」

「えぇ…えぇ、わかってるわ。もう充分よミーシャ私が悪かったわ…」

 二人して混乱に目を回し、あたふたする様子をヴィノスはせせら笑う。ヴィノスはミーシャの言葉をしっかりと正しい意味で受け取り、アリアの勘違いにも気づいていた上で何も言わなかったのだ。

「お嬢自意識過剰~」

「ヴィノス…減給するわよ。」

「やだなーお嬢。八つ当たりはやめてくれよなー。」

 顔を真っ赤にして消沈するアリアを挑発するようにつつけば、アリアは鋭い眼光でヴィノスを睨む。けれど、そんなものヴィノスにとっては子猫の噛みつきのようなものなのか、気にしてないようにケラケラと笑い続ける。

「……コホン。それじゃあ、一日だけの休暇でいいのね?あなたはいつも献身的に働いてくれているし、有給として扱いましょうか?」

「そ、そんな!畏れ多いです!場所も、城下にある工房なので急げば1日と言わずにすぐ戻って来れますし!ほら!お嬢様もご存知でしょう、スミス工房も対象なんです!」

 だから大丈夫!と意気込むミーシャに、働きすぎであることを心配するアリア。けれど、その数拍後に、ミーシャの口から出てきた工房におやと首を傾げる。

「スミス工房?」

「はい!最近軌道に乗ってきているのがスミス工房で、なんでも末息子の腕がいいことと、次女の持つドレスブランドが今貴族からの依頼が殺到しておりまして!」

 お嬢様のドレスを仕立てたところだ、とミーシャは情報を付け加える。あそこか、とアリアが記憶をめぐらせれば、そういえばそこをアムネジアに紹介したことも思い出した。どうやら口伝いに情報が回っていき、今やミーシャの商会のドレスブランドは貴族御用達に仲間入りしたらしい。

「女王陛下からもドレスの仕立て依頼が来てしまい、どうすればいいのかという申し出らしく…」

「女王陛下から!?」

「おー、ルトリック史上一の大仕事じゃね。」

 確かに、新入生歓迎パーティの時に随分とアリアのドレスを気に入った様子だった。もしかしたらあの時に名前を出したせいかもしれない。そう思うと、自分の侍女を自慢したいがために商会を行く先々で紹介したのはあまり宜しくなかったのかもしれない。

 ふつふつと今度はアリアの心の中に、てんやわんやになっているであろうルトリックの者たちへの申し訳なさが湧いてでる。

「あの、ミーシャ……」

「はい、お嬢様どうされました?」

「その視察、私もついて行くことは可能かしら…」

 せめて謝りたい。そしてどうせなら、そこまでいいものを出しているのであれば特権を使って先に商品を見てみたい。そんな強欲さがアリアをつき動かしていた。
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