今度は絶対死なないように

溯蓮

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31話

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 アリアは2方向からくる真反対な感情を含んだ視線に殺されてしまうような気分だった。自覚をすれば、明確に理解するもの。

 ちらりと好意的な視線の方に目を向ければ、きゃっ、と可愛らしい声とともに視線が外れる。反対に、恐ろしい視線の方に視線を向ければ、舌打ちすら響きそうな睨みを頂いてしまう。

「どうすればいいのよ……」

 ここで人当たりの善い性格をしていればきっと、それとなくヴィルヘルムと会話して、それとなく好感度を上げて、そしてそれとなくリリーから離れることが出来るだろう。しかし、そんなものアリアの教育には含まれていなかった。

 習ったのは貴族に舐められないマナーと、貴族の嫌味に屈しないメンタル、そしてどんな時にも感情を見せない鉄のようなポーカーフェイスのみだった。

「気まずすぎるわ……」

 もう耐えられない。そう思い教室から逃げるように出ると、ちょうど影から誰かが歩いてきていたようで、出会い頭にぶつかってしまった。

「っ、悪い!」

「いえ、大丈夫ですわ…こちらの方こそごめんあそばせ。」

 ぶつかり、倒れかけるアリアを簡単に抱きとめ、そしてそのまま立たせてくれる何者か。相手は体幹がしっかりとしているのか、アリアがぶつかってもよろめくことすらなかった。

「あー…ファーストクラスのやつか…」

 ボソリと呟かれた言葉に、ほんの少しだけアリアの意識が現実に戻ってくる。アリアがぶつかった相手の胸元を見れば、そこにはヴィノスと同じクラスのクラス章が胸に飾られていた。

「ぶつかってしまい、本当に申し訳ございません。」

「いえ、唐突に出てきてしまったのはこちらですわ。そこまで畏まらないでくださいまし。」

 そこでやっと、アリアがぶつかった相手の顔を見る。そこに居たのはエドで、エドは相手が公爵令嬢であることを確認してなお一層顔色を悪くし、落ち着かなさそうに視線をさまよわせた。

「貴方、こちらとは正反対の教室の方よね。ここになにか御用?」

「あ……あー…リリー・フローレスに用があって…」

 気まずそうにエドがそう言う。エドの口から飛び出した名前に、アリアは思わずというように顔を強ばらせた。それに気づいたのか、エドもどこか表情が険しい。

「あれ!エド!!」

 けれど、そんな2人に目ざとく気づく人間は多いもので、そんな中に入る勇気を持つのは、双方と関係を持っているリリーだった。

 タタタッと駆け寄ってきたリリーは、エドにどうしたのだと問いかける。その問いにエドは呆れたような表情をしながらも、肩にかけたバックからノートを取りだしそれを渡した。

「お前うちにノート忘れてくの何回目だよ。工房にいいアイデア落として言ってくれんのは助かるけど、持ってくる俺の身にもなってくれ。」

「ごめんなさーい。」

 まるで妹に接するかのような優しい眼差しをリリーに送るエド。アリアはそんな気安そうな二人を見て、驚いたように目を少しだけ見開く。リリーがここまで気を抜いて話すところを初めて見たからだ。

「エド…?」

 それと同時に、どこかで聞いたことのある名前だと記憶を漁る。けれど聞いたことあることは思い出せるし、ぼんやりと浮かぶシルエットは見知った顔だったような気がする。そんな掠れかけの記憶を必死に繰り返し思い出してみるアリア。けれど記憶は空回りするだけで思い出したい記憶にはたどり着かなかった。

「あ、ああ、アリア様…!」

「そろそろ、普通に呼んで下さらないかしら。」

「はい!アリア様!!…その、今日の放課後って、空いてたり……あ、いえ!病み上がりですものね早く帰りたいですよね!やっぱりなしで!!」

「は、はぁ……?」

 リリーが一体何が言いたいのかわからずに、思わず生返事を返してしまう。けれどそれを気にしていないのか、リリーはアリアと会話できたことに頬を赤らめ、きゃあきゃあと可愛らしい声を上げている。

「おい、リリー。さすがに目の前で…っ!」

「ひっ!」

 次の瞬間、エドとアリアが同時に肩を揺らした。どこからか殺気のような勢いを込めた強い視線を感じたのだ。二人が同じ方向に恐る恐る視線を向ければ、きゃあきゃあと未だに騒ぐリリーの奥。やはり教室の中からこちらを強く睨みつけるヴィルヘルムが居て、なんならばこちらに歩いてきていた。

「リリー。一体何の話をしているんだい?」

「ヴィルヘルム殿下!あのですね、アリア様とお話していたんですよ!」

「へぇ、何の話?」

「そ、それはぁ……」

 もじもじとするリリーに、アリアは信じられないという目を向ける。嫉妬から来ているのであろうヴィルヘルムの不機嫌さに気づいていない鈍感さと、先程のあれを会話と呼ぶ豪胆さにだ。

「何、僕に言えないことなのかい?」

「ひぇ!?そ、そんなことは無いですよ!お勉強に誘おうと思っていたのです。」

「…勉強なら僕としているじゃないか。他の者とする必要があるのかい?」

 つぎに、ヴィルヘルムに同じ視線を向ける。アリアの知るヴィルヘルムはそんなことを言わない。一人の少女に執着し、嫉妬しているのはともかくとして、そんな甘い声でそんなことを言うなんて、ヴィルヘルムらしくないと思ったのだ。

「……必要ですよ!他の人たちとの交流も、やっぱり必要ですよ!学校ですから!」

 そして直ぐに、ヴィノスが先程言っていたことを理解した。他の者との勉強会を邪魔しようとするヴィルヘルムが、さりげなくアリアの肩を抱こうとするのを静かにさけ、そして自分だけでいいだろうと言う彼の言葉に否と答えるリリー。

「リリーは恥ずかしがり屋だね。」

「あはは……」

 それでも頬を染めたりなどの反応を見ると、別にリリーもヴィルヘルムのことを嫌って“は”居ないのだろう。

 ただ双方の想いに差があるだけだ。それがわかったのだろうエドとアリアは、苦々しい表情を浮かべながら顔を見合せた。
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