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30話
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「お、面白そうなもんみっけ。」
よいしょ、と声を上げながらユーリは窓を開けて身を乗り出す。その視線の先には学園の中心にある豪勢な中庭があった。中心にある大きな噴水に、用意されたガゼボ、上から見れば綺麗に剪定された垣根はそのどれもに莫大な金銭がかかっていることがうかがえた。
そして何よりもユーリの目を引くのは、ガゼボに座る二人の男女だ。人目を偲ぶようで全然隠れて以内その二人は、まるで恋人のように触れ合い、穏やかな時間を過ごしていた。
「王太子サマが外堀から埋めていくタイプだって言うのは理解したが、慣れてねぇのか下手だよなー。」
甘えるようにリリーの肩に頭を乗せ、幸せそうな顔で眠りにつくその姿は、一見穏やかな時を過ごす恋人のようにも見える。けれど、当の本人であるリリーは顔色を青くし、明らかにおかしいペースで膝に乗せた本のページをめくり続けている。
けれどやはり、そのリリーの様子は見えていないのか、ユーリの傍には睨みつけるようにその様子を見るご令嬢、向かいの学舎の窓からは引いた視線を送る令息、そして下の渡り廊下では、見なかったことにしようと早足に通り過ぎる教師が居る。
「あれじゃあ悪評を進んで広げるバカにしかなんねーよ。」
ユーリは頭がいいように見せるためだけに着けたガラスで出来た伊達メガネを外し、周りに面白そうなことを起こす人物が居ないか探す。けれど、アムネジアもアリアもいない状況では、真っ向からリリーに喧嘩を売りに行く度胸を持っているものは居ないのか、全員が鳴りを潜めていた。
しばらく観察を続けていれば、昼寝から目を覚ましたヴィルヘルムが、寝惚け眼のままリリーの頬に口付けを落とす。思わずそれを見たユーリは口笛を吹く。
「王太子サマったらだいたーん。あんなん俺じゃなかったら唇にしたと勘違いされてもおかしくねーぜ。」
ユーリは生まれつき視力が良かった。だからこそ、頬であることが見えた訳だが、現に勘違いしたユーリの隣にいた令嬢は息をのみ逃げるように立ち去ってしまった。
「ユーリ、何を見てんだ?」
「お、エドじゃん。いーや何も見てねーぜ?ただこの学園の中庭は随分金がかかってんなと思ったんだよ。」
「あぁ、それについては同感だ。特にガゼボの柱の意匠。あれはすごく上等なものだった。」
「げ、お前柱とか見てんの?……そういや、工房の息子だっけ。」
後ろから話しかけてきたエドをさりげなく窓辺から遠ざけ共に教室へと向かう。エドはリリーを随分と目にかけている。今顔を赤くしたり青くしたりしてパニックとなっているリリーを見せてやるのは面白そうだが、頭に血がのぼり乱入などされると面倒だ。
ユーリは後始末のできない火遊びはしない主義なのだ。後始末を他人にぶん投げて、ただ放火していくと、下手をすれば自分に引火するからだ。
「エドってさ、フローレスの事好きなの?」
「……急に何を言い出すかと思えば、何馬鹿なこと言ってんだよ。リリーは妹分だ。」
「えー、妹分とか言って、本当は好きとかじゃねーの?恋バナしよーぜ、俺ら16だぜ?」
「悪いが俺は18だ。恋バナに盛り上がる程の若さはない。」
エドの返答に、たかが2歳だろ、とユーリは独りごちる。けれどエドはそれ以上答えるつもりがないのか、ユーリを置いていくつもりで足を早めていく。それに追いつくように隣に並び立てば意外そうな目がこちらを向いた。
「そういえば、メガネがなくても歩けるんだな。」
「これは伊達、偽モンだよ。俺は別に目は悪くない。」
「そうか、オシャレだな。」
随分と的外れな回答にユーリは苦笑する。メガネをかけたのは頭が良さそうに見せるためだったが、正直それも親に押し付けられた見栄だ。こんなもの邪魔でしかないし、なんだったら頻繁に拭かないとすぐに汚れて逆に視力が悪くなる。
「邪魔な枷でしかない、こんなもの。」
「嫌なら外せばいい。」
「外せたら苦労しないんだよ。エドと一緒にするな。」
男爵になってから、両親は変わった。貴族と関わりを作れだの、いい成績を修めろだの、貴族らしく振る舞えだの、つい先日まで村のヤツらと一緒になって畑仕事をしていたやつとは思えない発言だった。だからこんな学校、とっととやめたかった。勉強のやる気は起きないし、貴族と関わるなんてクソ喰らえとさえ思う。
『いってぇ!!』
『ガチの若白髪じゃん。苦労してんなー。』
だからこそ、気を張っていたユーリに遠慮なく話しかけて、同じノリで話しかけてきてくれたヴィノスに対して、少なからずユーリはヴィノスに心を開いていた。
『お前ってなんでそんなに無理してんの?親の言うことそんな大事?』
『大事だろ。勘当なんてされてみろ、俺の行く場所なんてないぞ。』
『あー、だったらお嬢に拾ってもらえば?俺許してるくらいだし、お前も多分拾ってくれるぞ。』
アリアの決断を何お前が勝手に決めてんだ、と言いたいところだけれど、ケラケラと笑うヴィノスの言葉に、悩んでいたものが軽くなったのは確かだった。拾ってもらう。そうして生きているヴィノスがいる。
変わってしまった両親にすがりついていたユーリにとって、ヴィノスは自分と正反対の生き方をする、道標のような存在でもあったのだ。
『そーいや、なんで急にフローレスの話聞いてきたんだ?前に喧嘩したからか?』
『いや、なーんかあいつらのせいで俺がお嬢に怖がられることになったから、アイツらの動向を探っとこうと思っただけだ。』
『は?怖がられる?なんで?』
『知らねぇけど怖いんだとよ。失礼しちゃうよなー。』
気にしてないように言っているが、その表情は不機嫌をありありと伝えていて、苛立ちが抑えきれないのか、落ち着きなさそうに足を揺らしている。その金色の瞳の眼光も鋭かった。
「あんな顔されちゃ、手助けしたくなんじゃん。」
学園唯一の親友が困っているというのなら、手伝ってやろうとユーリはより一層王太子たちの噂の情報を集めに走る。
よいしょ、と声を上げながらユーリは窓を開けて身を乗り出す。その視線の先には学園の中心にある豪勢な中庭があった。中心にある大きな噴水に、用意されたガゼボ、上から見れば綺麗に剪定された垣根はそのどれもに莫大な金銭がかかっていることがうかがえた。
そして何よりもユーリの目を引くのは、ガゼボに座る二人の男女だ。人目を偲ぶようで全然隠れて以内その二人は、まるで恋人のように触れ合い、穏やかな時間を過ごしていた。
「王太子サマが外堀から埋めていくタイプだって言うのは理解したが、慣れてねぇのか下手だよなー。」
甘えるようにリリーの肩に頭を乗せ、幸せそうな顔で眠りにつくその姿は、一見穏やかな時を過ごす恋人のようにも見える。けれど、当の本人であるリリーは顔色を青くし、明らかにおかしいペースで膝に乗せた本のページをめくり続けている。
けれどやはり、そのリリーの様子は見えていないのか、ユーリの傍には睨みつけるようにその様子を見るご令嬢、向かいの学舎の窓からは引いた視線を送る令息、そして下の渡り廊下では、見なかったことにしようと早足に通り過ぎる教師が居る。
「あれじゃあ悪評を進んで広げるバカにしかなんねーよ。」
ユーリは頭がいいように見せるためだけに着けたガラスで出来た伊達メガネを外し、周りに面白そうなことを起こす人物が居ないか探す。けれど、アムネジアもアリアもいない状況では、真っ向からリリーに喧嘩を売りに行く度胸を持っているものは居ないのか、全員が鳴りを潜めていた。
しばらく観察を続けていれば、昼寝から目を覚ましたヴィルヘルムが、寝惚け眼のままリリーの頬に口付けを落とす。思わずそれを見たユーリは口笛を吹く。
「王太子サマったらだいたーん。あんなん俺じゃなかったら唇にしたと勘違いされてもおかしくねーぜ。」
ユーリは生まれつき視力が良かった。だからこそ、頬であることが見えた訳だが、現に勘違いしたユーリの隣にいた令嬢は息をのみ逃げるように立ち去ってしまった。
「ユーリ、何を見てんだ?」
「お、エドじゃん。いーや何も見てねーぜ?ただこの学園の中庭は随分金がかかってんなと思ったんだよ。」
「あぁ、それについては同感だ。特にガゼボの柱の意匠。あれはすごく上等なものだった。」
「げ、お前柱とか見てんの?……そういや、工房の息子だっけ。」
後ろから話しかけてきたエドをさりげなく窓辺から遠ざけ共に教室へと向かう。エドはリリーを随分と目にかけている。今顔を赤くしたり青くしたりしてパニックとなっているリリーを見せてやるのは面白そうだが、頭に血がのぼり乱入などされると面倒だ。
ユーリは後始末のできない火遊びはしない主義なのだ。後始末を他人にぶん投げて、ただ放火していくと、下手をすれば自分に引火するからだ。
「エドってさ、フローレスの事好きなの?」
「……急に何を言い出すかと思えば、何馬鹿なこと言ってんだよ。リリーは妹分だ。」
「えー、妹分とか言って、本当は好きとかじゃねーの?恋バナしよーぜ、俺ら16だぜ?」
「悪いが俺は18だ。恋バナに盛り上がる程の若さはない。」
エドの返答に、たかが2歳だろ、とユーリは独りごちる。けれどエドはそれ以上答えるつもりがないのか、ユーリを置いていくつもりで足を早めていく。それに追いつくように隣に並び立てば意外そうな目がこちらを向いた。
「そういえば、メガネがなくても歩けるんだな。」
「これは伊達、偽モンだよ。俺は別に目は悪くない。」
「そうか、オシャレだな。」
随分と的外れな回答にユーリは苦笑する。メガネをかけたのは頭が良さそうに見せるためだったが、正直それも親に押し付けられた見栄だ。こんなもの邪魔でしかないし、なんだったら頻繁に拭かないとすぐに汚れて逆に視力が悪くなる。
「邪魔な枷でしかない、こんなもの。」
「嫌なら外せばいい。」
「外せたら苦労しないんだよ。エドと一緒にするな。」
男爵になってから、両親は変わった。貴族と関わりを作れだの、いい成績を修めろだの、貴族らしく振る舞えだの、つい先日まで村のヤツらと一緒になって畑仕事をしていたやつとは思えない発言だった。だからこんな学校、とっととやめたかった。勉強のやる気は起きないし、貴族と関わるなんてクソ喰らえとさえ思う。
『いってぇ!!』
『ガチの若白髪じゃん。苦労してんなー。』
だからこそ、気を張っていたユーリに遠慮なく話しかけて、同じノリで話しかけてきてくれたヴィノスに対して、少なからずユーリはヴィノスに心を開いていた。
『お前ってなんでそんなに無理してんの?親の言うことそんな大事?』
『大事だろ。勘当なんてされてみろ、俺の行く場所なんてないぞ。』
『あー、だったらお嬢に拾ってもらえば?俺許してるくらいだし、お前も多分拾ってくれるぞ。』
アリアの決断を何お前が勝手に決めてんだ、と言いたいところだけれど、ケラケラと笑うヴィノスの言葉に、悩んでいたものが軽くなったのは確かだった。拾ってもらう。そうして生きているヴィノスがいる。
変わってしまった両親にすがりついていたユーリにとって、ヴィノスは自分と正反対の生き方をする、道標のような存在でもあったのだ。
『そーいや、なんで急にフローレスの話聞いてきたんだ?前に喧嘩したからか?』
『いや、なーんかあいつらのせいで俺がお嬢に怖がられることになったから、アイツらの動向を探っとこうと思っただけだ。』
『は?怖がられる?なんで?』
『知らねぇけど怖いんだとよ。失礼しちゃうよなー。』
気にしてないように言っているが、その表情は不機嫌をありありと伝えていて、苛立ちが抑えきれないのか、落ち着きなさそうに足を揺らしている。その金色の瞳の眼光も鋭かった。
「あんな顔されちゃ、手助けしたくなんじゃん。」
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