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28話
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授業が進んで、昼食を知らせる鐘がなる。その鐘はヴィノスの仕事の開始を知らせる鐘でもあった。
「さて、お嬢の迎えに行くかー。」
「今日も精が出るな、金の亡者。」
「ずっと思っていたが、ヴィノス達のいうお嬢って誰なんだ?同じ主に仕えてるわけではないんだろ?」
エドの問いに、ヴィノスが目を見開く。授業での会話以降も、しばらく会話に混ざっていたエドだったが、まさかそこまでのやり取りでヴィノスの主の正体に気づいていないと思っていなかったのだ。
「え、お前、マジで言ってる?」
「マジも何も一度も名前を出さないで、二人ともお嬢としか呼んでなかっただろうが。」
「そうだったっけ…あー、まぁ別に気にするほどのやつじゃねぇよ、俺のお嬢は。」
「仮にも雇い主をそんな風に言うか?…まぁでも、ヴィノスのその態度を許すのなら、ユーリに似たような人なのか?」
ハッキリと明言しなかったせいで、エドの頭の中のヴィノスの雇い主のイメージはあやふやなままだ。その視線をヴィノスの胸元にやれば、答えとも言えるようなものが着いているのにもかかわらず、エドはウンウンとうなり続ける。
「ま、頑張って考えなー。」
ヴィノスは後ろ手に手を振って教室を出る。そのまま真っ直ぐと、反対側にあるアリアの教室に向かい、教室の中を覗く。すると、朝と同じようにアリアを睨みつけるヴィルヘルムと、その傍にアリアに話しかけようとするリリーが見えた。
「お嬢。」
「…ヴィノス、遅かったわね。」
「悪ぃ、クラスのやつに捕まってた。」
リリーに話しかけられるよりも先に、ヴィノスが声をかければ、逃げるようにアリアが近づいてくる。話しかけられないのがわかったからか、リリーが睨んでくるが、それを意にも返さずヴィノスはアリアと共に食堂に向かう。
「み、見つけましたわぁ!!」
「!?」
「うるさ、何?」
食堂に着いたタイミングで、後ろから大きな声が聞こえてくる。思わずヴィノスが確認すれば、そこには口をパクパクとしながら、アリアを指さすアムネジアがいた。
アムネジアが、見苦しくない程度に早歩きでアリアに近づき、またキョロキョロとアリアの周りを回る。
「体調不良とお聞き致しましたわ。もう大丈夫なんですの?全く、貴族としての自覚が足りないんじゃありませんの。言ってくださればお手紙だろうとお見舞いだろうとして差し上げましたのよ?熱を出すだなんて今まで無かったこと、さぞや苦しかったでしょう?ご無理はなさらないでほしいものですわ。倒れられたりしたらと考えると恐ろしいもの。」
「…アムネジア様、出来れば簡潔にまとめていただけると……」
「ハッ!……も、もう、大丈夫なんですの?」
「えぇ、もう問題ない程度には回復致しましたわ。」
先程の怒涛の質問攻めはどこに行ったのやら、おずおずと聞いてくる姿はまるで怒られた子猫のようだった。そんな姿にアリアが思わず微笑み返せば、アムネジアも嬉しそうに笑う。
「本日はどうされましたの?アムネジア様。」
「あぁ、いえ、アリア様のご無事を確認するのが最優先でしたけれど、そうですわね…一応、お話しておきたい内容がありますの。……病み上がりのアリア様にお伝えするのは、少し憚られるのですが…」
「少し、場所を移しましょうか。」
アリアはそっとアムネジアを案内する。食堂の二階は、基本的に人が来ない。貴族の御用達とかそういう訳ではなく、ただでさえ広い食堂で、わざわざ二階に上がって来る生徒はいないのだ。
「あ、あの…前回のように、他の人が良いのですが……」
「それもそうね。ヴィノス、見張っておいてくれる?もし、誰かの姿が見えたら教えてちょうだい。」
「了解。」
前回、というのは歓迎パーティーの時のことだろう。そうなると、他の人は王太子を指す。王太子に聞かれてはまずいこと、それだけでアムネジアの心を苛むのか、既にアムネジアの顔色は恐怖から少し青白かった。食事はアムネジアのお付に任せ、アリアから指示を受けたヴィノスは階段の上の手すりから階下に目を向け、二階に上がってこようとするもの、特にあの目立つ銀色が居ないことを確認する。
「それで?アムネジア様が話したいこととは?」
「はい、その……結構噂になっていますし、もうお耳に挟まれているかもしれないのですけれど、昨日のことなんです。」
「噂……?」
いったい何のことだと首を傾げれば、アムネジアはより一層告げるのを心苦しそうにしながら、その重たい口を開いた。
「ヴィルヘルム殿下が、その…アリア様と一緒にお食事をとっておりまして…。」
「……はぁ。」
「そ、それに、図書館では微笑みながら手をつないで、髪をなでていたらしく!」
「はい。」
「あ、ああ、挙句の果てには、また銀の百合の髪飾りを贈っていたらしいんです!」
「それはまた、仲睦まじいご様子で。」
いくらアムネジアが打っても響かない様子のアリアをみて、ヴィノスが噴き出す。それをアムネジアがにらみつけるけれど、階下を眺めて見張り番をしているヴィノスは素知らぬ顔をしてやり過ごす。
「それにそれに、授業が終わった時には一緒に、城下に姿を消したそうなんですわよ!」
「逢瀬でしょうか。」
「なんで婚約者であるアリア様がそんなに気にしていないのですか!!」
とうとう机に大きくたたきつけるアムネジア。けれど力がないのか、なった音はずいぶんと軽い音だった。隣に立つお付はそこまで取り乱すアムネジアを見たことがないのか、おろおろとしていた。けれどこれは当然の反応だ。
少し前までヴィルヘルムに盲目としか言えないほどの恋心を抱いていたアリアが、横から女にその相手を奪われそうになっているというのに、危機感も焦燥感も、ましてや嫉妬も怒りも感じていないのだから。
「あ、アリア様は、前まで私がヴィルヘルム殿下に視線を渡すだけでもにらみつけてきたじゃありませんの!どうしてあんな小娘にとられかけているのに、何も言わないのですか!」
「あ、いや…それに関しては申し訳ないと思っていますの。本当にごめんなさいね。」
「今更謝られてももうどうでもいいですわよ!あんなもの見たら、百年の恋だってさすがに冷めますわ!」
「心の底から同意致しますわ。」
間髪入れずに是を返すアリア。婚約者がいる身でありながら、他の女性にうつつを抜かし、挙句の果てには病に倒れた婚約者を心配するどころか、これ幸いと他の女性との逢瀬に使う。そんなものにどこに恋慕を募らせる要素があるだろうか。
「アリア様は悔しいとは思いませんの!?」
「それ以上に情けないと思うのです。確かに私は一時王太子殿下に想いを寄せた身。けれどそれ以上にこの婚約には尊い血を繋げるという明確な意味がある。あの御方がそれを理解しているのかどうか……」
「していたらあんなことしませんわ!ならばそこを正すのが私たち貴族の役目でしょう?」
その言葉に、アリアは息を詰まらせた。言い訳は沢山考えていた。自分を将来殺すから、などという理由で王太子を避けるアリアは、理由を片っ端からつけることで言い訳を用意していた。
けれど、アムネジアの言っていることも正しかった。王が間違えればそれを正すのが臣下の役目。そこに間違いは無いはずだが、それでもアリアは自分を殺したあの王太子を、もう未来の王として敬うことは出来なかった。
「アムネジア様は、まだあの王太子殿下に王の素質を見いだせるのですか?」
だからこそ、アリアはここで味方を増やすために踏み入った質問を投げることにしたのだ。
「さて、お嬢の迎えに行くかー。」
「今日も精が出るな、金の亡者。」
「ずっと思っていたが、ヴィノス達のいうお嬢って誰なんだ?同じ主に仕えてるわけではないんだろ?」
エドの問いに、ヴィノスが目を見開く。授業での会話以降も、しばらく会話に混ざっていたエドだったが、まさかそこまでのやり取りでヴィノスの主の正体に気づいていないと思っていなかったのだ。
「え、お前、マジで言ってる?」
「マジも何も一度も名前を出さないで、二人ともお嬢としか呼んでなかっただろうが。」
「そうだったっけ…あー、まぁ別に気にするほどのやつじゃねぇよ、俺のお嬢は。」
「仮にも雇い主をそんな風に言うか?…まぁでも、ヴィノスのその態度を許すのなら、ユーリに似たような人なのか?」
ハッキリと明言しなかったせいで、エドの頭の中のヴィノスの雇い主のイメージはあやふやなままだ。その視線をヴィノスの胸元にやれば、答えとも言えるようなものが着いているのにもかかわらず、エドはウンウンとうなり続ける。
「ま、頑張って考えなー。」
ヴィノスは後ろ手に手を振って教室を出る。そのまま真っ直ぐと、反対側にあるアリアの教室に向かい、教室の中を覗く。すると、朝と同じようにアリアを睨みつけるヴィルヘルムと、その傍にアリアに話しかけようとするリリーが見えた。
「お嬢。」
「…ヴィノス、遅かったわね。」
「悪ぃ、クラスのやつに捕まってた。」
リリーに話しかけられるよりも先に、ヴィノスが声をかければ、逃げるようにアリアが近づいてくる。話しかけられないのがわかったからか、リリーが睨んでくるが、それを意にも返さずヴィノスはアリアと共に食堂に向かう。
「み、見つけましたわぁ!!」
「!?」
「うるさ、何?」
食堂に着いたタイミングで、後ろから大きな声が聞こえてくる。思わずヴィノスが確認すれば、そこには口をパクパクとしながら、アリアを指さすアムネジアがいた。
アムネジアが、見苦しくない程度に早歩きでアリアに近づき、またキョロキョロとアリアの周りを回る。
「体調不良とお聞き致しましたわ。もう大丈夫なんですの?全く、貴族としての自覚が足りないんじゃありませんの。言ってくださればお手紙だろうとお見舞いだろうとして差し上げましたのよ?熱を出すだなんて今まで無かったこと、さぞや苦しかったでしょう?ご無理はなさらないでほしいものですわ。倒れられたりしたらと考えると恐ろしいもの。」
「…アムネジア様、出来れば簡潔にまとめていただけると……」
「ハッ!……も、もう、大丈夫なんですの?」
「えぇ、もう問題ない程度には回復致しましたわ。」
先程の怒涛の質問攻めはどこに行ったのやら、おずおずと聞いてくる姿はまるで怒られた子猫のようだった。そんな姿にアリアが思わず微笑み返せば、アムネジアも嬉しそうに笑う。
「本日はどうされましたの?アムネジア様。」
「あぁ、いえ、アリア様のご無事を確認するのが最優先でしたけれど、そうですわね…一応、お話しておきたい内容がありますの。……病み上がりのアリア様にお伝えするのは、少し憚られるのですが…」
「少し、場所を移しましょうか。」
アリアはそっとアムネジアを案内する。食堂の二階は、基本的に人が来ない。貴族の御用達とかそういう訳ではなく、ただでさえ広い食堂で、わざわざ二階に上がって来る生徒はいないのだ。
「あ、あの…前回のように、他の人が良いのですが……」
「それもそうね。ヴィノス、見張っておいてくれる?もし、誰かの姿が見えたら教えてちょうだい。」
「了解。」
前回、というのは歓迎パーティーの時のことだろう。そうなると、他の人は王太子を指す。王太子に聞かれてはまずいこと、それだけでアムネジアの心を苛むのか、既にアムネジアの顔色は恐怖から少し青白かった。食事はアムネジアのお付に任せ、アリアから指示を受けたヴィノスは階段の上の手すりから階下に目を向け、二階に上がってこようとするもの、特にあの目立つ銀色が居ないことを確認する。
「それで?アムネジア様が話したいこととは?」
「はい、その……結構噂になっていますし、もうお耳に挟まれているかもしれないのですけれど、昨日のことなんです。」
「噂……?」
いったい何のことだと首を傾げれば、アムネジアはより一層告げるのを心苦しそうにしながら、その重たい口を開いた。
「ヴィルヘルム殿下が、その…アリア様と一緒にお食事をとっておりまして…。」
「……はぁ。」
「そ、それに、図書館では微笑みながら手をつないで、髪をなでていたらしく!」
「はい。」
「あ、ああ、挙句の果てには、また銀の百合の髪飾りを贈っていたらしいんです!」
「それはまた、仲睦まじいご様子で。」
いくらアムネジアが打っても響かない様子のアリアをみて、ヴィノスが噴き出す。それをアムネジアがにらみつけるけれど、階下を眺めて見張り番をしているヴィノスは素知らぬ顔をしてやり過ごす。
「それにそれに、授業が終わった時には一緒に、城下に姿を消したそうなんですわよ!」
「逢瀬でしょうか。」
「なんで婚約者であるアリア様がそんなに気にしていないのですか!!」
とうとう机に大きくたたきつけるアムネジア。けれど力がないのか、なった音はずいぶんと軽い音だった。隣に立つお付はそこまで取り乱すアムネジアを見たことがないのか、おろおろとしていた。けれどこれは当然の反応だ。
少し前までヴィルヘルムに盲目としか言えないほどの恋心を抱いていたアリアが、横から女にその相手を奪われそうになっているというのに、危機感も焦燥感も、ましてや嫉妬も怒りも感じていないのだから。
「あ、アリア様は、前まで私がヴィルヘルム殿下に視線を渡すだけでもにらみつけてきたじゃありませんの!どうしてあんな小娘にとられかけているのに、何も言わないのですか!」
「あ、いや…それに関しては申し訳ないと思っていますの。本当にごめんなさいね。」
「今更謝られてももうどうでもいいですわよ!あんなもの見たら、百年の恋だってさすがに冷めますわ!」
「心の底から同意致しますわ。」
間髪入れずに是を返すアリア。婚約者がいる身でありながら、他の女性にうつつを抜かし、挙句の果てには病に倒れた婚約者を心配するどころか、これ幸いと他の女性との逢瀬に使う。そんなものにどこに恋慕を募らせる要素があるだろうか。
「アリア様は悔しいとは思いませんの!?」
「それ以上に情けないと思うのです。確かに私は一時王太子殿下に想いを寄せた身。けれどそれ以上にこの婚約には尊い血を繋げるという明確な意味がある。あの御方がそれを理解しているのかどうか……」
「していたらあんなことしませんわ!ならばそこを正すのが私たち貴族の役目でしょう?」
その言葉に、アリアは息を詰まらせた。言い訳は沢山考えていた。自分を将来殺すから、などという理由で王太子を避けるアリアは、理由を片っ端からつけることで言い訳を用意していた。
けれど、アムネジアの言っていることも正しかった。王が間違えればそれを正すのが臣下の役目。そこに間違いは無いはずだが、それでもアリアは自分を殺したあの王太子を、もう未来の王として敬うことは出来なかった。
「アムネジア様は、まだあの王太子殿下に王の素質を見いだせるのですか?」
だからこそ、アリアはここで味方を増やすために踏み入った質問を投げることにしたのだ。
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