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27話
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「ユーリ、俺の感覚がおかしいのかもしんねーから聞くけど、貴族ってのはナンパに失敗してもめげないもんなのか?」
「でもほら、フローレスの方も大切にしたいとか宣ってたし。」
「明らか建前だろ。よく見るぜ、そうやって誤魔化す街の女。それ見抜けないとか女慣れしてねぇの?」
「そもそも余程のことがなけりゃ貴族は異性に慣れちゃダメだろ。」
ヴィノスが買い出しに街を歩けば、ぎこちない笑みを浮かべながら男を交わす女もいるし、カフェでケーキを食べながら、嬉しくなさそうな声で嬉しいという女もよく見る。どう考えても今回のリリーはそれと一致していた。
「なんか、王太子って思った以上にダセェやつ?」
「さぁ?俺はお前と同感だけど、昨日から学校中は王太子とフローレスの禁断の恋で話題は持ち切りだよ。」
「どこをどう見てそうなったんだよ。ここまで来るとあいつが哀れに思えて来るな。」
「やっぱお前もそう思うか?」
ヴィノスとユーリの声を潜めた噂話に急な乱入者が来る。思わず二人揃って後ろを向いて驚きの声をあげると、嫌に真剣な顔をした男がいつの間にか後ろの席から身を乗り出していた。
「俺も、あいつが哀れで仕方ねぇんだよ。でもクラスが違うせいで妹分を守ってやれねぇし…」
「いや、誰だよお前…」
「ユーリよく見ろ。こいつあれだ、前食堂でフローレスと大喧嘩してたやつ。」
ヴィノスの言葉にユーリも合点が言ったというように声を上げた。そこに居たのは暗い赤茶の髪に、日焼けした肌を持つ男。前リリーと喧嘩をしていた、二人のクラスメイトだった。
「名前なんだっけ。テディ?」
「エディじゃね?あれ、反吐?」
「おいこら。そっちの黒髪はわかってて言ってんだろ…エドだよ。最後のは悪口だろうが。」
おや、とヴィノスは首を傾げた。ヴィノスとユーリの記憶の中にある彼は、荒っぽい口調でもっとバカっぽかった。けれど、今二人の目の前にいるのは、落ち着いていて、ヴィノスの挑発を受け流すくらいには理性的な男だった。
「なんか、食堂の時と雰囲気違うな。」
「…お前ら、あの時にあの場にいたのかよ。あの時はちょっと頭に血が上ってたんだよ、冷静じゃなかった。」
「へぇ…で、なんで俺らに混ざってきたんだよ?エド。この退屈な授業よりは面白い理由寄越せよ。」
ヴィノスが話を振れば、じっとエドがヴィノスのことを見つめる。挑発的にニヤリと笑えば、エドは嫌そうに顔を歪める。ヴィノスは即座に思った。こいつはイジったら面白そうなやつだと。
「それよりも先に名前を教えろ。俺の名前は知ってんのに、不公平だろ?」
「それもそうだ。俺はヴィノス、こっちの若白髪はユーリな。」
「白髪だっての。ユーリ・デイモンドだ。」
メガネを指で押しあげれば、理知的に見えるユーリ・デイモンドの完成だ。その実はヴィノスと底辺争いをするほどのバカなのだが、エドはそれを知らないのか感心したように息を吐いた。
「もう知ってるだろうが、俺はエド・スミスだ。リリーとは幼馴染で、妹みたいなもんだ。話に混ざったのは、当然お前たちが興味深い話をしてたからだ。」
「リリーと王太子の恋模様?」
「馬鹿言え、どう考えてもあんなん茶番じゃねーか。ユーリに聞きたいけど、貴族は一方通行を両思いだと思い込む文化でもあるのか?前々から思ってたけど、今回の件といい、公爵令嬢様の件といい、工房に降りて来るのもそんな話ばっかだ。」
公爵令嬢様、という言葉にユーリとヴィノスはまたしても顔を見合せた。公爵令嬢、一方通行を両思い、そこから連想される者などただ一人ヴィノスの主だ。
けれど、ヴィノス自身もそれに対しては大きく首を縦に振りたかった。さっきのユーリの話を聞いても、両想いには思えなかったし、思えばアリアが王太子に付きまとっていた時だって、周りの令嬢は理想のカップルだと言わんばかりの反応をしていた。
「どうなんだよ、ユーリ。」
「と言われても俺も知らねぇよ。男爵位を貰ったのは俺が12の時だ。」
「え、お前現役組なの?その頭で?」
「どっちの意味だよ、それは。」
ユーリの年齢は16だ。16歳から入学を許される学園に、現役で入学したのはユーリの他にアリアやリリー、ヴィルヘルムがいる。ヴィノスは自分の年齢なんて分からないが、確実に16年以上生きている。
「いや、いい。話を戻そう。貴族入りしてこちとら4年、その上貴族に馴染めてねぇ俺じゃ、あのお嬢様方の頭なんて解読不可能だよ。」
「…そうか、ユーリにも分からないなら俺らには分からないな。」
「ま、強いて言うんなら、王太子に迫られて嬉しくない奴はいない。相応の身分の婚約者同士が幸せなわけがない、っていう先入観じゃね。」
だりぃ、と机に身を預けるユーリ。気づくと授業は終わっていて、教師は既に教室から出て、教室はより一層騒がしかった。
ユーリは貴族の文化にほとほと嫌気がさしていた。だからこそヴィノスと気が合うわけで、そもそもユーリは堅苦しいものよりも、自由に好きな事をやりたい人物だ。地元でも、勉強なんかせずに街の酒場に入り込んで荒くれ者の小競り合いを見るのが好きだった。
「フローレスも、別に満更でもないんじゃね。玉の輿ってやつになれるんならさ。」
「いや。それが、確かに入学してすぐはともかく、最近はそういう風でもないみたいなんだ。」
「へぇ。」
ムクリとユーリが体を起こす。面白いことを察知したのだ。ユーリは貴族の恋愛事情は別に興味が無いけれど、ダサい男の勘違い浮気話には興味があった。
「公爵令嬢様に助けられた、と言い始めてからやけにあいつは王太子とのそういう話を避けている。この前聞こうとしたら冗談じゃないと悲鳴をあげられたよ。」
「そりゃ傑作だ。王太子との恋愛は悲鳴をあげるほど怖いものか。どう思う?ヴィノス。」
「もう興味無い範囲だな。俺はお嬢からの給料が止まらねぇなら王太子とフローレスが上手く行こうが行かまいがどうでもいい。」
ここまであらかた話を聞いて、あそこまでアリアを敵対視するヴィルヘルムに対して、ヴィノスの脳内にひとつ、憶測がたった。しかしそれが確実に面倒事であることを理解して、ヴィノスは大きくため息をついた。
「でもほら、フローレスの方も大切にしたいとか宣ってたし。」
「明らか建前だろ。よく見るぜ、そうやって誤魔化す街の女。それ見抜けないとか女慣れしてねぇの?」
「そもそも余程のことがなけりゃ貴族は異性に慣れちゃダメだろ。」
ヴィノスが買い出しに街を歩けば、ぎこちない笑みを浮かべながら男を交わす女もいるし、カフェでケーキを食べながら、嬉しくなさそうな声で嬉しいという女もよく見る。どう考えても今回のリリーはそれと一致していた。
「なんか、王太子って思った以上にダセェやつ?」
「さぁ?俺はお前と同感だけど、昨日から学校中は王太子とフローレスの禁断の恋で話題は持ち切りだよ。」
「どこをどう見てそうなったんだよ。ここまで来るとあいつが哀れに思えて来るな。」
「やっぱお前もそう思うか?」
ヴィノスとユーリの声を潜めた噂話に急な乱入者が来る。思わず二人揃って後ろを向いて驚きの声をあげると、嫌に真剣な顔をした男がいつの間にか後ろの席から身を乗り出していた。
「俺も、あいつが哀れで仕方ねぇんだよ。でもクラスが違うせいで妹分を守ってやれねぇし…」
「いや、誰だよお前…」
「ユーリよく見ろ。こいつあれだ、前食堂でフローレスと大喧嘩してたやつ。」
ヴィノスの言葉にユーリも合点が言ったというように声を上げた。そこに居たのは暗い赤茶の髪に、日焼けした肌を持つ男。前リリーと喧嘩をしていた、二人のクラスメイトだった。
「名前なんだっけ。テディ?」
「エディじゃね?あれ、反吐?」
「おいこら。そっちの黒髪はわかってて言ってんだろ…エドだよ。最後のは悪口だろうが。」
おや、とヴィノスは首を傾げた。ヴィノスとユーリの記憶の中にある彼は、荒っぽい口調でもっとバカっぽかった。けれど、今二人の目の前にいるのは、落ち着いていて、ヴィノスの挑発を受け流すくらいには理性的な男だった。
「なんか、食堂の時と雰囲気違うな。」
「…お前ら、あの時にあの場にいたのかよ。あの時はちょっと頭に血が上ってたんだよ、冷静じゃなかった。」
「へぇ…で、なんで俺らに混ざってきたんだよ?エド。この退屈な授業よりは面白い理由寄越せよ。」
ヴィノスが話を振れば、じっとエドがヴィノスのことを見つめる。挑発的にニヤリと笑えば、エドは嫌そうに顔を歪める。ヴィノスは即座に思った。こいつはイジったら面白そうなやつだと。
「それよりも先に名前を教えろ。俺の名前は知ってんのに、不公平だろ?」
「それもそうだ。俺はヴィノス、こっちの若白髪はユーリな。」
「白髪だっての。ユーリ・デイモンドだ。」
メガネを指で押しあげれば、理知的に見えるユーリ・デイモンドの完成だ。その実はヴィノスと底辺争いをするほどのバカなのだが、エドはそれを知らないのか感心したように息を吐いた。
「もう知ってるだろうが、俺はエド・スミスだ。リリーとは幼馴染で、妹みたいなもんだ。話に混ざったのは、当然お前たちが興味深い話をしてたからだ。」
「リリーと王太子の恋模様?」
「馬鹿言え、どう考えてもあんなん茶番じゃねーか。ユーリに聞きたいけど、貴族は一方通行を両思いだと思い込む文化でもあるのか?前々から思ってたけど、今回の件といい、公爵令嬢様の件といい、工房に降りて来るのもそんな話ばっかだ。」
公爵令嬢様、という言葉にユーリとヴィノスはまたしても顔を見合せた。公爵令嬢、一方通行を両思い、そこから連想される者などただ一人ヴィノスの主だ。
けれど、ヴィノス自身もそれに対しては大きく首を縦に振りたかった。さっきのユーリの話を聞いても、両想いには思えなかったし、思えばアリアが王太子に付きまとっていた時だって、周りの令嬢は理想のカップルだと言わんばかりの反応をしていた。
「どうなんだよ、ユーリ。」
「と言われても俺も知らねぇよ。男爵位を貰ったのは俺が12の時だ。」
「え、お前現役組なの?その頭で?」
「どっちの意味だよ、それは。」
ユーリの年齢は16だ。16歳から入学を許される学園に、現役で入学したのはユーリの他にアリアやリリー、ヴィルヘルムがいる。ヴィノスは自分の年齢なんて分からないが、確実に16年以上生きている。
「いや、いい。話を戻そう。貴族入りしてこちとら4年、その上貴族に馴染めてねぇ俺じゃ、あのお嬢様方の頭なんて解読不可能だよ。」
「…そうか、ユーリにも分からないなら俺らには分からないな。」
「ま、強いて言うんなら、王太子に迫られて嬉しくない奴はいない。相応の身分の婚約者同士が幸せなわけがない、っていう先入観じゃね。」
だりぃ、と机に身を預けるユーリ。気づくと授業は終わっていて、教師は既に教室から出て、教室はより一層騒がしかった。
ユーリは貴族の文化にほとほと嫌気がさしていた。だからこそヴィノスと気が合うわけで、そもそもユーリは堅苦しいものよりも、自由に好きな事をやりたい人物だ。地元でも、勉強なんかせずに街の酒場に入り込んで荒くれ者の小競り合いを見るのが好きだった。
「フローレスも、別に満更でもないんじゃね。玉の輿ってやつになれるんならさ。」
「いや。それが、確かに入学してすぐはともかく、最近はそういう風でもないみたいなんだ。」
「へぇ。」
ムクリとユーリが体を起こす。面白いことを察知したのだ。ユーリは貴族の恋愛事情は別に興味が無いけれど、ダサい男の勘違い浮気話には興味があった。
「公爵令嬢様に助けられた、と言い始めてからやけにあいつは王太子とのそういう話を避けている。この前聞こうとしたら冗談じゃないと悲鳴をあげられたよ。」
「そりゃ傑作だ。王太子との恋愛は悲鳴をあげるほど怖いものか。どう思う?ヴィノス。」
「もう興味無い範囲だな。俺はお嬢からの給料が止まらねぇなら王太子とフローレスが上手く行こうが行かまいがどうでもいい。」
ここまであらかた話を聞いて、あそこまでアリアを敵対視するヴィルヘルムに対して、ヴィノスの脳内にひとつ、憶測がたった。しかしそれが確実に面倒事であることを理解して、ヴィノスは大きくため息をついた。
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