今度は絶対死なないように

溯蓮

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25話

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「本当に、本当に大丈夫ですか?もう一日くらい休んだって…」

「いいえミーシャ。二日も休む訳には行かないわ。学園の勉強も簡単なものでは無いもの。」

「医者も平気だって言ったんならいいじゃねーか。心配性。」

「あんたは黙っていなさい!」

 次の日、全快とは行かないまでも登校できる状態になったアリアと、それに着いてくヴィノスの見送りに来たミーシャが何度も確認する。時間となり学校に向かうアリアはいつも通り緊張を感じてはいたが、それでもヴィノスへの警戒が和らいだからか、幾分かマシになっていた。

「…なんだよ。」

「確認だけど、本当に私を殺すつもりは無いのね?」

「だからねーよ!外で物騒なこと言うんじゃねぇ!俺が逆にお嬢に殺されるわ。」

 公爵令嬢を殺すか否か、なんて質問をもし他の人間に聞かれたらどうなるか、なんてヴィノスでも分かる。後ろ盾も何も無いヴィノスなら、考えただけでも問答無用で打首だ。

「あら、どうして?」

「お嬢って…勉強できるのに馬鹿だよなぁ。」

 それを知ってか知らずか、キョトンとするアリア。警戒が和らいだせいで、裏の裏まで読もうという気概まで無くしてしまったらしい。

 しかし、ミーシャと居る時ぐらいには緩んだ表情も、学園が近づくにつれてどんどんと強ばっていく。それにヴィノスは気づいていたけれど、何も言わなかった。

「じゃ、いつも通り昼に迎えに来るから。」

「え、えぇ。お願いするわ。」

 いつも通りに馬車をおりて、いつも通りにアリアの教室の前まで行って、いつも通りに待ち合わせる。この行動は絶対に変わらないはずなのに、最近は番狂わせが続いてばかりだった。

「あ、ああ、あぁ!アリア様!!」

 アリアは教室に入ることすら出来ずに、自分の名前を呼んだ相手を見ながら固まった。綺麗な茶髪を揺らして、その空色の瞳に涙を浮かべて駆け寄る姿は可憐と言わざるを得ないが、アリアはそれどころではなかった。

「昨日お姿が見えないので心配しておりました!お体はもう大丈夫なのですか?」

「え、えぇ…大丈夫よ、ひぃっ!」

 うるうるとした視線を向けられたアリアが気まずくて、目を泳がすと教室の奥からこちらを憎々しげにこちらを睨むヴィルヘルムと目が合って、思わずアリアは悲鳴をあげた。そして、その声を聞いてヴィノスも視線を同じところに向けた。

「……えぇ。」

 ヴィノスも、人を殺すのでは無いのかと思いたくなる眼光でアリアを睨むヴィルヘルムを見て、引いたような声を上げた。一体何がそんなに憎らしいのか、アリアもヴィノスも分からないのだ。

「どうかされましたか?」

「い、いえ…な、何も……」

「お嬢、本当に何したの。すげぇ睨まれてるじゃん。」

 それがわかってたら苦労しない、とアリアはいいたかった。今までのつきまといが嫌だったというのならば、今それを辞めているのだからそこまで睨まれる謂れは無いはずだ。アリアとヴィルヘルムは学園に入学してから、まともな会話だってしていないのだから。

「…とりあえずヴィノス、あなたは教室に向かいなさい。」

「平気なの?」

「え、えぇ。きっと、大丈夫よ。」

 ヴィノスは今まで、王太子に興味を持っていなかった。接点はゼロに近いし、お嬢の好きな人、くらいの認識だった。なんとなくアリアがヴィルヘルムに嫌われているという話は有名で知ってはいたが、ここまでとは思ってもいなかった。

「貴族って、怖ぁ…」

 新入生歓迎パーティで、遠目で見たヴィルヘルムは随分と優しい目でリリーを見ていたはずだ。けれど、それに比べてアリアを見る目と言ったら酷いものだった。少なくとも悪意や嫌悪を隠す傾向にある貴族がする顔ではなかった。

「あれ、ヴィノス今日は来たのか。」

「ん?あぁ、ユーリか。」

「昨日休んでたけどなに、お嬢のご用事でもあったのかよ。」

「いや、熱出して倒れてた。」

 ヴィノスの回答に驚くユーリと共に教室に入る。いくら名門の学園でも、最低クラスまで落ちれば治安もそこそこ悪くなる。貴族はいたとしても男爵や子爵の低い位の者たちで、市民もいたりするこの教室は私語で溢れている。

「珍しくね。」

「そー、珍しい。おかげで散々駆けずり回されたよ。」

「へー、そりゃまたご苦労さん。」

 気持ちの籠っていない労いの言葉を有難く受け取って、ヴィノスはだるそうに机に臥せる。退屈で面白くもない授業を真面目に聞く気のないヴィノスはいつだってこのスタンスだ。

「あ、そういや聞けよヴィノス。お前とお嬢がいなかったあの一日で、面白いくらいにことが進んだぞ。」

「は?何の話だよ。」

「ヴィルヘルム王太子殿下と、リリー・フローレスの話だよ。」

「……へぇ、聞かせろよ。」

 ヴィノスが顔を上げれば、興味が引けたことが楽しいのかユーリもニヤリと笑う。買い物に必要のない、高レベルの数学理論を黒板に書き出す教師は、階級意識が強いのかこのクラスの授業は適当だ。ヴィノスとユーリが悪巧みをするように笑っていても我関せずを貫いている。

「断言するぜ、リリー・フローレスの方はどうか知らねぇけど、確実に王太子殿下はリリー・フローレスに惚れてる。」

「でも本人は勉強仲間だって言い張ってんだろ?」

「んなの建前だって。お前も見たらわかる。」

 自信満々でそういうユーリ。一体何がそこまでユーリに言わしめるのか、改めて興味が湧いたヴィノスは、ユーリの話に耳を傾けた。
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