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21話
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「今日はもう休むことにするわ。だからあなたももう休みなさい。」
「へーい、了解。」
パタン…と無機質な音を立てて部屋の扉が閉ざされる。一人きりの空間になった瞬間、アリアの身は一気に重くなり、はしたなくも背後のベッドへと倒れこんだ。今日は一日のうちにいろいろなことが起こりすぎた。朝と放課後の二回に渡ってリリーと接触することになり、その上ヴィノスの唐突な発言。勉強はできてもそれ以外は優秀とは言い難いアリアの脳内はすでにキャパを越しており、すでにその頭は熱を帯びてしまっていた。
「ヴィノスが、わからないわ…」
意匠の凝った天蓋を眺めているはずなのに、脳裏に焼き付いたヴィノスの表情と、耳に残る言葉のせいで、アリアはまだあの時に取り残されているような感覚に陥っていた。急に死ぬなとは、いったいどういうつもりなのだろうか。自分を殺すのはヴィノスのくせに、目の前で死ぬなとはずいぶんと身勝手な発言だ。
「リリー・フローレスも、ヴィノスも、わからない。」
わからないことばかりで、どうにかなってしまいそうだ。あのキラキラした視線を、自分が受けるなんてことが起きている事実に吐き気がしそうだ。アリアにとって、ヴィノスもリリーも自分を殺す可能性のある人物で、今の状況がいいのかどうかわからない。恐ろしいことに、自分に対するヴィルヘルムの態度が変わらないことが、今自分に安心を与える一因になっているほどだ。それほどまでに、前回と違うこの状況がアリアにとっては不安を煽る事象でしかなかった。
「変わっていることを喜ぶべきなのか、恐れるべきなのか、これじゃ全くわからないわ。」
アリアはいまだに信じて疑わない。ヴィノスがいつか自分の命をあの鈍く輝く銀の短剣で奪うと思っている。それほどまでに、ヴィノスというのは自由な存在なのだ。アリアが目線を窓辺に向けると、ミーシャが活けたのか、家の象徴でもあるダリアが月明かりに照らされて輝いているように見えた。
王家の銀の百合、クラレンスの金のダリア、その二つに並ばないまでも、カトリーヌの漆黒の薔薇も貴族であらば知らぬものはいないだろう。しかし、アリアが断罪され投獄されたせいで、輝く金のダリアは枯れることすら許されずに打ち捨てられ踏み潰されてしまった。
「くっだらない。」
今度こそそんなの許さない。前回全てを奪われた、奪おうとして奪われたのだ。ならばもう奪おうなどと考えない、命を奪われることの恐怖をアリアはもう身に染みて理解したのだ。
「今度こそは、咲き誇って、枯れるの、絶対に。」
死にたくない。死なないために生きるのだ。そのために必要だと言うのなら立場も、人も、金も利用してやろう。差し出せというのであれば誇りも、プライドも、捨てて見せよう。そう決意して、アリアはその目を閉じた。
けれど、やはりアリアは一度死んでも何も知らない令嬢だ。その体は恐怖から震えて居て、不安から頭は熱を持っていた。
「…?…お……様?お嬢様起きておりますか?」
ぼんやりと、意識が浮上した。けれど、いつものように頭がはっきりしなかった。目の前がぐるぐると回って、頭が熱くて痛いのに、体が寒くて仕方がない。
体を起こせば、しっかりとベッドに入らずに、倒れ込んだまま寝たせいか、ベッドの端から滑り落ちるようにして床に崩れ落ちる。その音が派手に響いたせいで、今度は何時ぞやのように荒々しくミーシャが入ってきた。
「お嬢様!!!」
もはや悲鳴となったミーシャの声が、アリアの鼓膜を突破って脳を殴る。力の入らない体をミーシャが起こして、そっと首筋に触れる。
「酷い熱…!」
「ミーシャ、どういう状況だよ。」
「ヴィノス!お嬢様が熱を出してるの!」
ひょこりと顔を出したヴィノスが、ミーシャの言葉に目を見開く。ヴィノスがアリアの専属になってから、アリアは一度も体調を崩したことがない。体調管理も、次期王太子妃の仕事だと言って、勉強やマナーと同じくらいに気を使っていたからだ。
「まじ?俺何すればいいかとか知らねーぞ。」
「とりあえず料理長と主治医にお嬢様のことを伝えてきて、お食事とお薬を用意して貰わないと行けないわ。」
「へいへい、料理長と主治医な。」
珍しくミーシャの言うことを素直に聞きいれたヴィノスが廊下を駆けていく。ミーシャに肩を借りてベッドに戻ったアリアは、随分と懐かしい発熱の感覚に戸惑っていた。
「ミーシャ……学校に、いかないと……」
「何を言っているんですか!ダメに決まっているでしょう!?お嬢様は今、ご病気なのですよ!」
「でも…」
バサリと、ミーシャに大胆に布団をかけられる。その不満げな表情は大人しくしていろと言わんばかりの表情で、アリアは混乱したように見つめ返した。
「御入学を果たしてから、お嬢様はずっとお疲れのご様子でした。お茶をしている時もため息が増えておりましたし、きっと限界が来たのでしょう。」
「そんなこと……」
「なかったら熱を出さないのです。お嬢様はいつも頑張っていらっしゃるのですから、今日くらいはお休みになっていいのです。」
連絡をしてきますので、絶対にベッドから動かないでくださいね!!と言ってミーシャは部屋から出ていった。
熱に浮かされた頭で、アリアはぼんやりと前日の夜のように天蓋を見つめる。あれやこれやを考えても、熱のせいか浮かんでは消えるを繰り返してしまう。ふとした時にはアリアの意識は暗い闇に沈んでいった。
「へーい、了解。」
パタン…と無機質な音を立てて部屋の扉が閉ざされる。一人きりの空間になった瞬間、アリアの身は一気に重くなり、はしたなくも背後のベッドへと倒れこんだ。今日は一日のうちにいろいろなことが起こりすぎた。朝と放課後の二回に渡ってリリーと接触することになり、その上ヴィノスの唐突な発言。勉強はできてもそれ以外は優秀とは言い難いアリアの脳内はすでにキャパを越しており、すでにその頭は熱を帯びてしまっていた。
「ヴィノスが、わからないわ…」
意匠の凝った天蓋を眺めているはずなのに、脳裏に焼き付いたヴィノスの表情と、耳に残る言葉のせいで、アリアはまだあの時に取り残されているような感覚に陥っていた。急に死ぬなとは、いったいどういうつもりなのだろうか。自分を殺すのはヴィノスのくせに、目の前で死ぬなとはずいぶんと身勝手な発言だ。
「リリー・フローレスも、ヴィノスも、わからない。」
わからないことばかりで、どうにかなってしまいそうだ。あのキラキラした視線を、自分が受けるなんてことが起きている事実に吐き気がしそうだ。アリアにとって、ヴィノスもリリーも自分を殺す可能性のある人物で、今の状況がいいのかどうかわからない。恐ろしいことに、自分に対するヴィルヘルムの態度が変わらないことが、今自分に安心を与える一因になっているほどだ。それほどまでに、前回と違うこの状況がアリアにとっては不安を煽る事象でしかなかった。
「変わっていることを喜ぶべきなのか、恐れるべきなのか、これじゃ全くわからないわ。」
アリアはいまだに信じて疑わない。ヴィノスがいつか自分の命をあの鈍く輝く銀の短剣で奪うと思っている。それほどまでに、ヴィノスというのは自由な存在なのだ。アリアが目線を窓辺に向けると、ミーシャが活けたのか、家の象徴でもあるダリアが月明かりに照らされて輝いているように見えた。
王家の銀の百合、クラレンスの金のダリア、その二つに並ばないまでも、カトリーヌの漆黒の薔薇も貴族であらば知らぬものはいないだろう。しかし、アリアが断罪され投獄されたせいで、輝く金のダリアは枯れることすら許されずに打ち捨てられ踏み潰されてしまった。
「くっだらない。」
今度こそそんなの許さない。前回全てを奪われた、奪おうとして奪われたのだ。ならばもう奪おうなどと考えない、命を奪われることの恐怖をアリアはもう身に染みて理解したのだ。
「今度こそは、咲き誇って、枯れるの、絶対に。」
死にたくない。死なないために生きるのだ。そのために必要だと言うのなら立場も、人も、金も利用してやろう。差し出せというのであれば誇りも、プライドも、捨てて見せよう。そう決意して、アリアはその目を閉じた。
けれど、やはりアリアは一度死んでも何も知らない令嬢だ。その体は恐怖から震えて居て、不安から頭は熱を持っていた。
「…?…お……様?お嬢様起きておりますか?」
ぼんやりと、意識が浮上した。けれど、いつものように頭がはっきりしなかった。目の前がぐるぐると回って、頭が熱くて痛いのに、体が寒くて仕方がない。
体を起こせば、しっかりとベッドに入らずに、倒れ込んだまま寝たせいか、ベッドの端から滑り落ちるようにして床に崩れ落ちる。その音が派手に響いたせいで、今度は何時ぞやのように荒々しくミーシャが入ってきた。
「お嬢様!!!」
もはや悲鳴となったミーシャの声が、アリアの鼓膜を突破って脳を殴る。力の入らない体をミーシャが起こして、そっと首筋に触れる。
「酷い熱…!」
「ミーシャ、どういう状況だよ。」
「ヴィノス!お嬢様が熱を出してるの!」
ひょこりと顔を出したヴィノスが、ミーシャの言葉に目を見開く。ヴィノスがアリアの専属になってから、アリアは一度も体調を崩したことがない。体調管理も、次期王太子妃の仕事だと言って、勉強やマナーと同じくらいに気を使っていたからだ。
「まじ?俺何すればいいかとか知らねーぞ。」
「とりあえず料理長と主治医にお嬢様のことを伝えてきて、お食事とお薬を用意して貰わないと行けないわ。」
「へいへい、料理長と主治医な。」
珍しくミーシャの言うことを素直に聞きいれたヴィノスが廊下を駆けていく。ミーシャに肩を借りてベッドに戻ったアリアは、随分と懐かしい発熱の感覚に戸惑っていた。
「ミーシャ……学校に、いかないと……」
「何を言っているんですか!ダメに決まっているでしょう!?お嬢様は今、ご病気なのですよ!」
「でも…」
バサリと、ミーシャに大胆に布団をかけられる。その不満げな表情は大人しくしていろと言わんばかりの表情で、アリアは混乱したように見つめ返した。
「御入学を果たしてから、お嬢様はずっとお疲れのご様子でした。お茶をしている時もため息が増えておりましたし、きっと限界が来たのでしょう。」
「そんなこと……」
「なかったら熱を出さないのです。お嬢様はいつも頑張っていらっしゃるのですから、今日くらいはお休みになっていいのです。」
連絡をしてきますので、絶対にベッドから動かないでくださいね!!と言ってミーシャは部屋から出ていった。
熱に浮かされた頭で、アリアはぼんやりと前日の夜のように天蓋を見つめる。あれやこれやを考えても、熱のせいか浮かんでは消えるを繰り返してしまう。ふとした時にはアリアの意識は暗い闇に沈んでいった。
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