今度は絶対死なないように

溯蓮

文字の大きさ
上 下
20 / 70

19話

しおりを挟む
「……アリア様は、一体どうしてその方を連れているのですか。」

 喧嘩をユーリによってとめられたリリーは、やっと冷静さを取り戻したのか、憎々しげにヴィノスを睨みつけながら、地を這うような声でアリアに問いかける。

 そんな声を聞いたことの無いアリアは心底驚いた。そのため、一拍アリアの質問を理解するのに時間を要してしまった。

「どうして、とは?」

「アリア様は公爵令嬢です。それならもっと身分も、学も、礼儀も揃えた者がいるでしょう。どうして彼なのです?」

 そのリリーの問いに、再びアリアは面を食らう。確かに、考えたことがなかった。アリアは前回、と言うよりも随分と幼い時にヴィノスを拾った。


 拾ったという言葉が相応しいほど、その時の彼はボロボロだった。

『貴方、そんなところで何しているの?』

『あ?……そっちこそ貴族のガキが、こんなところで何してんだよ。目障りなんだよ。』

 まるで飢えたハイエナのように目をギラギラとさせ、ボロボロの姿をした彼は、街の裏、隅と言ってもいいような入り組んだ路地裏の先で座って身を潜めていた。

『お父様が迷子になったのよ。』

『どうやったらここで貴族が迷子になんだよ。』

『お父様を知ってるって人に案内されてきたのよ!でもその人も迷子になってしまったの。』

『馬鹿か。……金がねぇなら帰れよ。』

 パリンっと、誰が飲んだかも分からない酒瓶を投げれば、まだ幼いアリアの足元で割れる。けれど、その行為が一体何なのか、そもそも割れた酒瓶が危ないということさえ、大切に育てられたアリアは知らなかった。アリアにわかるのは、自分にはお金があるということだけだった。

『お金ならあるよ!お父様がお小遣いをくれたの。』

 善意も悪意も分からない。そんな幼いアリアは、自分が持つ上等な皮袋に入ったコインの価値もまだ正確には知らなかった。

『は?…おいガキそれよこせよ。』

『欲しいの?』

『ったり前だろ!ここらじゃんなもん喉から手が出るほど誰もが欲してる、なぁいいだろ?腐るほどあるそれ、俺に一枚よこせ。』

 さっきとは違う必死の形相で手を伸ばした皮袋。その時の彼の腕はどれだけ細かっただろうか。その頬はどれだけコケていただろうか。もう朧気なアリアの記憶は、そこまで鮮明には分からない。ただ、ギラギラとした肉食動物のような瞳に、アリアは何かを感じたはずだった。

『いいよ、一枚あげる。その代わりに貴方、私の従者になって!』

 幼いアリアは一体あの時、どうしてヴィノスを従者になんてしたのだろうか。


「なんだよ、お嬢。」

 気づけばアリアは、無意識にヴィノスの顔を凝視していた。しかし、記憶のはるか遠くに追いやられてしまった、さして重要でも無い記憶はいくら記憶力のいいアリアでも、思い出すことは出来なかった。

「……別に、これといった理由はないわ。その時一番従順に働く可能性があったのが、ヴィノスだっただけよ。」

「まぁたしかに、ヴィノスは金さえありゃ従順だもんな。」

「っだから、その態度が問題だと思うのだけれど?」

 ユーリが付け足した情報にリリーが噛み付く。リリーは誇りが重要だという。働きがいが重要だという。必死に働いて、それに価値を見出すことが幸せで、その仕事を続けることで持つ誇りは、命と同じくらいに尊いのだと言う。

「だからこそ、私はアリア様が誇りを持って貴族としてのお役目を果たすことを尊敬致します!」

「ノブレス・オブリージュってやつな…本当、貧乏男爵には無茶なやつ。」

「なんだっけ、貴族の義務?俺はくだらねーとしか思えねぇわ。誇りで飯が食えたら苦労しねーのよ。」

 今度はヴィノスも加わった否定に、リリーはいっそう頬を膨らませた。けれど、今回ばかりはアリアはヴィノス側だった。

 だってそうだろう、誇りは前回持っていたはずだ。貴族であることに誇りを持ち、確かにそれにふさわしくない行動を取った時もあった。けれど、結局誇りは別に何も助けてくれない。もはやアリアの中で、“誇りプライド”は“誇り”に変わっていた。

「リリー様、確かに誇りは大切ですわ。でもきっと、人の考えはそれぞれですわ。時として誇りよりも大切なものがきっと出てくるのでしょう。」

「アリア様……!」

「そ、そんな感激されることかしら…」

「いや?お嬢らしからぬ、反吐が出るほどに気持ちわりぃ綺麗事だったよ。」

 見ろよこの鳥肌、と隣に立つユーリに肌を見せるヴィノス。その態度にアリアは一瞬イラつくが、直ぐに気を張っていないヴィノスが新鮮でそちらの方に意識がズレる。

「…そろそろ、私は帰らせて頂くわ。またお話しましょうね、リリー様。」

「はい!是非!!」

 社交辞令を知らない彼女は純粋にアリアの言葉に返す。先程までは意地でも帰そうとしていなかったのに、当初の目的をアリアとの会話とヴィノスとの喧嘩で忘れた彼女は、彼女を止めることすら忘れていた。

「それでは…デイモンド様もまたの機会がございましたら。」

「あ、はい。こちらもよろしくお願いします、クラレンス公爵令嬢。……って、俺のこと知ってんのかよ。」

 アリアはユーリにも挨拶をしてヴィノスを連れて馬車に乗り込む。そこでやっと自分の天敵である人物から離れ、全ての警戒を取り除いたような安堵のため息がアリアから漏れた。その疲れからか、普段は絶対にありえない事だが、馬車の中でアリアは意識を飛ばした。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

【完結】不貞された私を責めるこの国はおかしい

春風由実
恋愛
婚約者が不貞をしたあげく、婚約破棄だと言ってきた。 そんな私がどうして議会に呼び出され糾弾される側なのでしょうか? 婚約者が不貞をしたのは私のせいで、 婚約破棄を命じられたのも私のせいですって? うふふ。面白いことを仰いますわね。 ※最終話まで毎日一話更新予定です。→3/27完結しました。 ※カクヨムにも投稿しています。

悪女の私を愛さないと言ったのはあなたでしょう?今さら口説かれても困るので、さっさと離縁して頂けますか?

輝く魔法
恋愛
システィーナ・エヴァンスは王太子のキース・ジルベルトの婚約者として日々王妃教育に勤しみ努力していた。だがある日、妹のリリーナに嵌められ身に覚えの無い罪で婚約破棄を申し込まれる。だが、あまりにも無能な王太子のおかげで(?)冤罪は晴れ、正式に婚約も破棄される。そんな時隣国の皇太子、ユージン・ステライトから縁談が申し込まれる。もしかしたら彼に愛されるかもしれないー。そんな淡い期待を抱いて嫁いだが、ユージンもシスティーナの悪い噂を信じているようでー? 「今さら口説かれても困るんですけど…。」 後半はがっつり口説いてくる皇太子ですが結ばれません⭐︎でも一応恋愛要素はあります!ざまぁメインのラブコメって感じかなぁ。そういうのはちょっと…とか嫌だなって人はブラウザバックをお願いします(o^^o)更新も遅めかもなので続きが気になるって方は気長に待っててください。なお、これが初作品ですエヘヘ(о´∀`о) 優しい感想待ってます♪

完結 婚約破棄は都合が良すぎる戯言

音爽(ネソウ)
恋愛
王太子の心が離れたと気づいたのはいつだったか。 婚姻直前にも拘わらず、すっかり冷えた関係。いまでは王太子は堂々と愛人を侍らせていた。 愛人を側妃として置きたいと切望する、だがそれは継承権に抵触する事だと王に叱責され叶わない。 絶望した彼は「いっそのこと市井に下ってしまおうか」と思い悩む……

悪役令嬢はどうしてこうなったと唸る

黒木メイ
恋愛
私の婚約者は乙女ゲームの攻略対象でした。 ヒロインはどうやら、逆ハー狙いのよう。 でも、キースの初めての初恋と友情を邪魔する気もない。 キースが幸せになるならと思ってさっさと婚約破棄して退場したのに……どうしてこうなったのかしら。 ※同様の内容をカクヨムやなろうでも掲載しています。

もう一度7歳からやりなおし!王太子妃にはなりません

片桐葵
恋愛
いわゆる悪役令嬢・セシルは19歳で死亡した。 皇太子のユリウス殿下の婚約者で高慢で尊大に振る舞い、義理の妹アリシアとユリウスの恋愛に嫉妬し最終的に殺害しようとした罪で断罪され、修道院送りとなった末の死亡だった。しかし死んだ後に女神が現れ7歳からやり直せるようにしてくれた。 もう一度7歳から人生をやり直せる事になったセシル。

悪役令嬢の里帰り

椿森
恋愛
侯爵家の令嬢、テアニアはこの国の王子の婚約者だ。テアニアにとっては政略による婚約であり恋をしたり愛があったわけではないが、良好な関係を築けていると思っていた。しかし、それも学園に入るまで。 入学後は些細なすれ違いや勘違いがあるのも仕方がないと思っていたが、どうやらそうでもないらしい。いつの間にか王子のそばには1人の女子生徒が侍っていて、王子と懇意な中だという噂も。その上、テアニアがその女子生徒を目の敵にして苛めているといった噂まで。 「私に他人を苛めている暇があるようにお思いで?」 頭にきたテアニアは、母の実家へと帰ることにした。

【完結】逆行した聖女

ウミ
恋愛
 1度目の生で、取り巻き達の罪まで着せられ処刑された公爵令嬢が、逆行してやり直す。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初めて書いた作品で、色々矛盾があります。どうか寛大な心でお読みいただけるととても嬉しいですm(_ _)m

侍女から第2夫人、そして……

しゃーりん
恋愛
公爵家の2歳のお嬢様の侍女をしているルイーズは、酔って夢だと思い込んでお嬢様の父親であるガレントと関係を持ってしまう。 翌朝、現実だったと知った2人は親たちの話し合いの結果、ガレントの第2夫人になることに決まった。 ガレントの正妻セルフィが病弱でもう子供を望めないからだった。 一日で侍女から第2夫人になってしまったルイーズ。 正妻セルフィからは、娘を義母として可愛がり、夫を好きになってほしいと頼まれる。 セルフィの残り時間は少なく、ルイーズがやがて正妻になるというお話です。

処理中です...