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11話
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「っはぁぁ…」
帰りの馬車に乗り、自分の邸宅が見えたところで無意識に、アリアは張り詰めていた息を吐き出す。それでも気丈になんでもない風を装って帰れば、ミーシャが待ってましたと言わんばかりに迎え入れた。
「お帰りなさいませお嬢様!!」
「…ただいまミーシャ。帰ってきてそうそうで悪いんだけど、お茶を入れてくれる?」
「はい!かしこまりました!」
アムネジアと話していた時も、パーティに参加していた時も、お茶は飲んだし飲み物も飲んだ。けれどその度に思い浮かぶのは、一息つけるミーシャの紅茶だった。帰ってきたら一番に飲もう、そう決めてアリアは帰ってきたのだ。
部屋に戻り、ミーシャの紅茶を飲みながら、ぼんやりとパーティでの自分の行動を思い返す。そして思い返す度に深くため息をついた。
「ヴィノス。」
「なんだ?お嬢。」
「今回のパーティ、殿下は一体どう思われたかしら。」
パーティのことで思い出すことはただ一つ、アムネジアとの会話をヴィルヘルムに聞かれていたことだった。別に、なにか間違った話をしていた訳では無い。
貴族の中でなにかパーティなどがあり、それに婚約者も参加するとなれば婚約者をエスコートするのが当然であり、婚約者以外の異性をエスコートした挙句、挨拶にすら来ずその異性と共に居続けたヴィルヘルムの方が失礼千万であることは間違いない。
ただ、いつだってその話を語る上で邪魔になるのは、ヴィルヘルムがいる地位と、そしてアリアが今まで取ってきた行動と噂だ。アリアがヴィルヘルムに心酔しており、ヴィルヘルムがアリアを嫌っていたことなど、誰も口にせずとも分かりきっていたことだ。だからこそ、ヴィルヘルムの行動に眉を寄せるものは居れど、学生のうちならばと苦言を呈すものはいない。いたとしたら、アリアと同じく彼に心酔している令嬢ばかりだ。
「どう思われたって、お嬢のこと?別にどうとも思って……あーいや、さすがに控え室での一件があるか…」
話を振られたヴィノスは適当な言葉を返そうとする。現に、パーティ参加中のアリアに対して、ヴィルヘルムがなにか反応をしたり、関わりを設けた時はなかった。しかし、控え室の一件はまた別だ。ヴィノスはあの時、アリアが立ち去る後ろをついて行きながらもしっかりと確認していた。まるで憎らしいものを見るかのような目で、アリアを睨めつけていたヴィルヘルムのことを。それを思えば、どう思われたかという質問に対して何も思っていない、なんて言葉は嘘でもいえなかった。
「あんな場所でするべき会話じゃ、なかったわよね…」
「えー、いやあそこ提案したの俺だし、お嬢が気にするとこじゃねぇと思うけど。別に間違った言い分でもねーじゃん。」
「えっと…お話の途中申し訳ありませんがお嬢様……一体何の話でございましょうか。」
呆然と、気落ちしたアリアのことを心配していたミーシャが、やっとのことで口を挟む。パーティに行っていないミーシャは一体何の話をしているのか分からなかったのだ。けれども、その事で自分の主が元気をなくし、頭を悩ませていることぐらいは分かる。だからこそ意を決して問いかけたのだ。
「あぁ、ミーシャは知らないものね。ちょうどいいわ、ミーシャの意見も聞きたいものね。」
アリアはそう前置きをして、今回のパーティであった一件を話す。最初はふむふむと相槌を打ち、途中で焦ったり怒ったりと表情を変え、そして最後にはドン引きしたような、真っ青な表情を携えて口を戦慄かせた。
「それ、ただの浮気じゃありませんか。」
「いくら私的な場とはいえ、言葉には気をつけなさいミーシャ。それに、本人がそう言っていないのに、そんな失礼なこと言えるわけないわ。」
「でも、明らかにお嬢様を蔑ろにしています!貴族はそんなことが許されるの!?」
「俺に聞くな。」
ありえない!と声を上げるミーシャに、ヴィノスは面倒くさそうな視線を向ける。何度も言うが、アリアの一番の目的は己の死の回避だ。前回の世界でも、死刑は下らなかった。しかし、王太子から私刑は下った。今目の前にいる、アリアの従者であったはずのヴィノスの手によって。
アリアは一度、ヴィノスを確認するように見る。しかし、そこに前回の今際の際に見た殺意は見えず、どちらかと言うと自分の行動を楽しみに思うかのような好奇心が見えた。
「でもお嬢、意外だな。」
「何が?」
「王太子様に興味の無くなったお嬢でも、王太子様からどう思われてるかは気にすんだなーって。」
アリアはその言葉に眉を顰める。ただ否定しようにも、地味に的を射たヴィノスの言葉は否定ができない。流石に、自分の命を奪った者となれば、百年の恋だって冷めてしまう。そうなった今、アリアが気にするのは、どうにかこうにか、彼とリリーが一緒になった先の未来で、自分に殺意が向かないことだ。
「当たり前でしょう……」
絞り出した声に、覇気も元気もなかった。そこにあったのは、脳裏にこびりついた冷たい刃物の感覚と、自分の命が失われていく感覚。
全てが感覚となってしまった今でも、それらに恐怖し怯えている。時たま夢に見ては飛び起きるような今を変えたいと思うのは、当然の事だった。
「お嬢は何にそこまで怯えてんのかねぇ。別に、王太子に嫌われてるのなんて今に始まった事じゃねぇし、それで死ぬわけでもねぇじゃん。」
しかし、それを知っているのは自分だけだった。今目の前にいるヴィノスはアリアを殺めていないし、アリアが寝起きするのは自室の暖かいベッドの上。さすがにヴィルヘルムだって、アリアを疎んでいても殺そうとは考えていないはずだ。
「ヴィノス!いくらなんでも口を慎みなさい!お嬢様は王太子様の婚約者なのよ?」
「いやまぁ、そうだけどよぉ。前のお嬢ならともかく、今は別にお嬢だってそんな王太子に執着してねぇじゃん。」
けれだ、アリアにそんなことは関係ない。自分の周りの人間が、時を遡ったアリアの変化に首を傾げていることも、不審に思いながらもいい変化とし受け入れていることも、アリアにとっては些細なことだった。アリアがとるべき死を回避する方法は、なるべくヴィルヘルムの好感度をこれ以上下げずに自分の逃げ道を確保する事でしかないのだから。もしそれ以外で方法を取るとすれば…
「婚約破棄して早々に逃げ出すのも、手かもしれないわね…」
「は?」
「へぇ!?」
帰りの馬車に乗り、自分の邸宅が見えたところで無意識に、アリアは張り詰めていた息を吐き出す。それでも気丈になんでもない風を装って帰れば、ミーシャが待ってましたと言わんばかりに迎え入れた。
「お帰りなさいませお嬢様!!」
「…ただいまミーシャ。帰ってきてそうそうで悪いんだけど、お茶を入れてくれる?」
「はい!かしこまりました!」
アムネジアと話していた時も、パーティに参加していた時も、お茶は飲んだし飲み物も飲んだ。けれどその度に思い浮かぶのは、一息つけるミーシャの紅茶だった。帰ってきたら一番に飲もう、そう決めてアリアは帰ってきたのだ。
部屋に戻り、ミーシャの紅茶を飲みながら、ぼんやりとパーティでの自分の行動を思い返す。そして思い返す度に深くため息をついた。
「ヴィノス。」
「なんだ?お嬢。」
「今回のパーティ、殿下は一体どう思われたかしら。」
パーティのことで思い出すことはただ一つ、アムネジアとの会話をヴィルヘルムに聞かれていたことだった。別に、なにか間違った話をしていた訳では無い。
貴族の中でなにかパーティなどがあり、それに婚約者も参加するとなれば婚約者をエスコートするのが当然であり、婚約者以外の異性をエスコートした挙句、挨拶にすら来ずその異性と共に居続けたヴィルヘルムの方が失礼千万であることは間違いない。
ただ、いつだってその話を語る上で邪魔になるのは、ヴィルヘルムがいる地位と、そしてアリアが今まで取ってきた行動と噂だ。アリアがヴィルヘルムに心酔しており、ヴィルヘルムがアリアを嫌っていたことなど、誰も口にせずとも分かりきっていたことだ。だからこそ、ヴィルヘルムの行動に眉を寄せるものは居れど、学生のうちならばと苦言を呈すものはいない。いたとしたら、アリアと同じく彼に心酔している令嬢ばかりだ。
「どう思われたって、お嬢のこと?別にどうとも思って……あーいや、さすがに控え室での一件があるか…」
話を振られたヴィノスは適当な言葉を返そうとする。現に、パーティ参加中のアリアに対して、ヴィルヘルムがなにか反応をしたり、関わりを設けた時はなかった。しかし、控え室の一件はまた別だ。ヴィノスはあの時、アリアが立ち去る後ろをついて行きながらもしっかりと確認していた。まるで憎らしいものを見るかのような目で、アリアを睨めつけていたヴィルヘルムのことを。それを思えば、どう思われたかという質問に対して何も思っていない、なんて言葉は嘘でもいえなかった。
「あんな場所でするべき会話じゃ、なかったわよね…」
「えー、いやあそこ提案したの俺だし、お嬢が気にするとこじゃねぇと思うけど。別に間違った言い分でもねーじゃん。」
「えっと…お話の途中申し訳ありませんがお嬢様……一体何の話でございましょうか。」
呆然と、気落ちしたアリアのことを心配していたミーシャが、やっとのことで口を挟む。パーティに行っていないミーシャは一体何の話をしているのか分からなかったのだ。けれども、その事で自分の主が元気をなくし、頭を悩ませていることぐらいは分かる。だからこそ意を決して問いかけたのだ。
「あぁ、ミーシャは知らないものね。ちょうどいいわ、ミーシャの意見も聞きたいものね。」
アリアはそう前置きをして、今回のパーティであった一件を話す。最初はふむふむと相槌を打ち、途中で焦ったり怒ったりと表情を変え、そして最後にはドン引きしたような、真っ青な表情を携えて口を戦慄かせた。
「それ、ただの浮気じゃありませんか。」
「いくら私的な場とはいえ、言葉には気をつけなさいミーシャ。それに、本人がそう言っていないのに、そんな失礼なこと言えるわけないわ。」
「でも、明らかにお嬢様を蔑ろにしています!貴族はそんなことが許されるの!?」
「俺に聞くな。」
ありえない!と声を上げるミーシャに、ヴィノスは面倒くさそうな視線を向ける。何度も言うが、アリアの一番の目的は己の死の回避だ。前回の世界でも、死刑は下らなかった。しかし、王太子から私刑は下った。今目の前にいる、アリアの従者であったはずのヴィノスの手によって。
アリアは一度、ヴィノスを確認するように見る。しかし、そこに前回の今際の際に見た殺意は見えず、どちらかと言うと自分の行動を楽しみに思うかのような好奇心が見えた。
「でもお嬢、意外だな。」
「何が?」
「王太子様に興味の無くなったお嬢でも、王太子様からどう思われてるかは気にすんだなーって。」
アリアはその言葉に眉を顰める。ただ否定しようにも、地味に的を射たヴィノスの言葉は否定ができない。流石に、自分の命を奪った者となれば、百年の恋だって冷めてしまう。そうなった今、アリアが気にするのは、どうにかこうにか、彼とリリーが一緒になった先の未来で、自分に殺意が向かないことだ。
「当たり前でしょう……」
絞り出した声に、覇気も元気もなかった。そこにあったのは、脳裏にこびりついた冷たい刃物の感覚と、自分の命が失われていく感覚。
全てが感覚となってしまった今でも、それらに恐怖し怯えている。時たま夢に見ては飛び起きるような今を変えたいと思うのは、当然の事だった。
「お嬢は何にそこまで怯えてんのかねぇ。別に、王太子に嫌われてるのなんて今に始まった事じゃねぇし、それで死ぬわけでもねぇじゃん。」
しかし、それを知っているのは自分だけだった。今目の前にいるヴィノスはアリアを殺めていないし、アリアが寝起きするのは自室の暖かいベッドの上。さすがにヴィルヘルムだって、アリアを疎んでいても殺そうとは考えていないはずだ。
「ヴィノス!いくらなんでも口を慎みなさい!お嬢様は王太子様の婚約者なのよ?」
「いやまぁ、そうだけどよぉ。前のお嬢ならともかく、今は別にお嬢だってそんな王太子に執着してねぇじゃん。」
けれだ、アリアにそんなことは関係ない。自分の周りの人間が、時を遡ったアリアの変化に首を傾げていることも、不審に思いながらもいい変化とし受け入れていることも、アリアにとっては些細なことだった。アリアがとるべき死を回避する方法は、なるべくヴィルヘルムの好感度をこれ以上下げずに自分の逃げ道を確保する事でしかないのだから。もしそれ以外で方法を取るとすれば…
「婚約破棄して早々に逃げ出すのも、手かもしれないわね…」
「は?」
「へぇ!?」
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