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10話
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「やっぱお嬢は変わったって。別人並みに。変なタイミングで。」
「あら、入学を期に自分のことを改めることの何が変なのかしら?」
「それが突然すぎるからみんな戸惑ってるんだろー?」
何が楽しいのかニヤニヤと笑みを浮かべながら、そう思いますよねー、なんてヴィノスがアムネジアに声をかける。アムネジアはアリアとヴィノスとの距離の近さに目を白黒させていた。
「あ、アリア様は、随分とそちらの従者と仲がよろしいのね…」
「仲がいいなんてとんでもないわ。不快な思いをさせたのならごめんなさいね。」
人前での態度には気をつけろと、前々から言っておいたのにどういうつもりだ。そう伝えるように睨みつければ、ヴィノスはケラケラと笑いながら、アリアを見返した。
「あら、不快になんてなっていませんわ。アリア様の従者をどう扱おうと私が口を出せることではありませんし、アリア様がそういう風に気を抜いて話せる方が居るのは良い事なのではなくて?」
「気を…抜く?」
「それに、そちらの従者はアリア様がご挨拶に向かわれている間、私の体調を気遣ってくれたり何かと気にかけて下さりましたの。不快になんてなりませんわ。」
その言葉に、アリアは驚く。その反応を見ていたのか、ヴィノスは不満そうにチップ分は働くと呟いた。
前の時は、アリアがヴィノスに命令をする時は基本、リリーをいじめるときだった。そしてその仕事はほぼ完璧と言っていいほどだった。アリアの凶行がバレたきっかけも、取り巻きの密告とアリアが自分の手で行った嫌がらせだ。そこにヴィノスのヘマはなかった。
「あなた、本当にチップと仕事の出来が比例するのね。」
「そりゃまぁ、チップ分は働かねぇとな。見返りのねぇ。よく言うだろ、無償の施し以上に怖ぇもんはねぇって。」
ニヤリと不敵に笑うヴィノスに対して、アリアはなにか冷たいものを感じる。ヴィノスはおそらく気づいているのだ。アリアが、なにか目的のために別人と思えるほどに行動を変え、ヴィノスに対しての対応すらも変えていることに。それを探ろうと、ずっと虎視眈々と隙を狙い、尻尾を出すのを待っている。さながら狩のように。
「そんなことより、話を戻しましょうアリア様。さすがに、殿下のあの行動は何もしない訳にも行きませんわ。私の心的に。」
「まぁたしかに、社交界的にもあまり褒められたことではないものね……私の心的に?」
「えぇそうでしょうとも!まだ家格的にも上で、成績などでも私が負けているアリア様ならまだ僻みで終わることができますわ!でもご覧なさいな!相手は勉学以外取り柄のない平民なのよ!」
控え室へとやってきて、周りに人がいなくなったからか、声を張り上げ精一杯の怒りを訴えるアムネジア。その言葉には、無意識ながらもアリアを多少は婚約者として認めていたという意味が込められていて、アリアは本日何度目かの驚愕に襲われる。
「貴族界の事も、今後自分が与えるであろう影響も何も分かっていない者が、さも当然かのようにあの場に収まっている事は大問題ですわ!」
「そうは言っても、殿下があのご様子だわ。きっと何を言ったって変わらないのではなくて?」
「婚約者であるアリア様がそんな弱気でどうしますの!」
ビシ、っとどこから出したのか分からない扇子でアムネジアはアリアを指し示す。しかし、アリアはとっくに婚約者であることを放棄し、今は死ぬことばかりを回避するために動いている。言わば逃亡前提だ。
それに、嫉妬心があったとはいえ貴族として正しい注意を伝えてもヴィルヘルムが行いを正すことは無かった。所詮何を言っても無駄だろうというあきらめも、アリアの中にはあった。
「そもそも、本来であれば今日だってドレスや髪飾りを送り、エスコートするべきなのはあの平民ではなくアリア様であって、」
「一体何の話をしている。」
「っ!」
室内にいた全員の視線が扉に向かう。アリアとアムネジアは当然の事ながら、先程まで飄々としていたヴィノスや、侍女らしく控えていたアムネジアのお付でさえもその表情を変えて扉を凝視していた。
「おいおい、主役がなんでここに来てんだよ…」
「アリア。居るのはわかっているぞ、早く開けないか。」
「しかもお嬢がいるの分かっててきてんのかよ…」
流石のヴィノスも辟易した表情を浮かべてアリアを見る。しかし、アリアだけは動揺を隠し、凪いだ表情を浮かべ一人扉の前まで行き、その扉を開けた。
「お待たせしてしまい申し訳ございません。まさか殿下がこちらの方まで来るとは思わず、ついつい話に花を咲かせてしまいましたわ。」
「…花を咲かせていたにしては、内容が穏やかじゃないように感じたが。」
「とんでもありませんわ。友人が私のことを心配してくれただけのことですの。」
ヴィルヘルムはアリアのことを疑わしげに見つめ、その後に視線を奥に向ける。部屋の中にいるのはアムネジアとそのお付、そしてアリアたちのことを観察するように見るヴィノスのみだ。
「私達はもう行きますわ。リリー様も、顔色がお悪いですし、早く休んだ方が良いでしょう。宜しくて?アムネジア様。」
「え、えぇ…勿論、ですわ…」
「では殿下、失礼致しますわ。」
挨拶をして、ヴィルヘルムの前から立ち去る。その後をアムネジアもついて行き、ヴィルヘルムはその後ろ姿を睨むように見つめた。
それ以降は、アリアもアムネジアもヴィルヘルム達とは話すことも、視線を合わせることもせずに新入生歓迎パーティは終わった。パーティの中、アリアがヴィルヘルムの名を一度も口にしていないことに気がついたのは、ヴィノスだけだった。
「あら、入学を期に自分のことを改めることの何が変なのかしら?」
「それが突然すぎるからみんな戸惑ってるんだろー?」
何が楽しいのかニヤニヤと笑みを浮かべながら、そう思いますよねー、なんてヴィノスがアムネジアに声をかける。アムネジアはアリアとヴィノスとの距離の近さに目を白黒させていた。
「あ、アリア様は、随分とそちらの従者と仲がよろしいのね…」
「仲がいいなんてとんでもないわ。不快な思いをさせたのならごめんなさいね。」
人前での態度には気をつけろと、前々から言っておいたのにどういうつもりだ。そう伝えるように睨みつければ、ヴィノスはケラケラと笑いながら、アリアを見返した。
「あら、不快になんてなっていませんわ。アリア様の従者をどう扱おうと私が口を出せることではありませんし、アリア様がそういう風に気を抜いて話せる方が居るのは良い事なのではなくて?」
「気を…抜く?」
「それに、そちらの従者はアリア様がご挨拶に向かわれている間、私の体調を気遣ってくれたり何かと気にかけて下さりましたの。不快になんてなりませんわ。」
その言葉に、アリアは驚く。その反応を見ていたのか、ヴィノスは不満そうにチップ分は働くと呟いた。
前の時は、アリアがヴィノスに命令をする時は基本、リリーをいじめるときだった。そしてその仕事はほぼ完璧と言っていいほどだった。アリアの凶行がバレたきっかけも、取り巻きの密告とアリアが自分の手で行った嫌がらせだ。そこにヴィノスのヘマはなかった。
「あなた、本当にチップと仕事の出来が比例するのね。」
「そりゃまぁ、チップ分は働かねぇとな。見返りのねぇ。よく言うだろ、無償の施し以上に怖ぇもんはねぇって。」
ニヤリと不敵に笑うヴィノスに対して、アリアはなにか冷たいものを感じる。ヴィノスはおそらく気づいているのだ。アリアが、なにか目的のために別人と思えるほどに行動を変え、ヴィノスに対しての対応すらも変えていることに。それを探ろうと、ずっと虎視眈々と隙を狙い、尻尾を出すのを待っている。さながら狩のように。
「そんなことより、話を戻しましょうアリア様。さすがに、殿下のあの行動は何もしない訳にも行きませんわ。私の心的に。」
「まぁたしかに、社交界的にもあまり褒められたことではないものね……私の心的に?」
「えぇそうでしょうとも!まだ家格的にも上で、成績などでも私が負けているアリア様ならまだ僻みで終わることができますわ!でもご覧なさいな!相手は勉学以外取り柄のない平民なのよ!」
控え室へとやってきて、周りに人がいなくなったからか、声を張り上げ精一杯の怒りを訴えるアムネジア。その言葉には、無意識ながらもアリアを多少は婚約者として認めていたという意味が込められていて、アリアは本日何度目かの驚愕に襲われる。
「貴族界の事も、今後自分が与えるであろう影響も何も分かっていない者が、さも当然かのようにあの場に収まっている事は大問題ですわ!」
「そうは言っても、殿下があのご様子だわ。きっと何を言ったって変わらないのではなくて?」
「婚約者であるアリア様がそんな弱気でどうしますの!」
ビシ、っとどこから出したのか分からない扇子でアムネジアはアリアを指し示す。しかし、アリアはとっくに婚約者であることを放棄し、今は死ぬことばかりを回避するために動いている。言わば逃亡前提だ。
それに、嫉妬心があったとはいえ貴族として正しい注意を伝えてもヴィルヘルムが行いを正すことは無かった。所詮何を言っても無駄だろうというあきらめも、アリアの中にはあった。
「そもそも、本来であれば今日だってドレスや髪飾りを送り、エスコートするべきなのはあの平民ではなくアリア様であって、」
「一体何の話をしている。」
「っ!」
室内にいた全員の視線が扉に向かう。アリアとアムネジアは当然の事ながら、先程まで飄々としていたヴィノスや、侍女らしく控えていたアムネジアのお付でさえもその表情を変えて扉を凝視していた。
「おいおい、主役がなんでここに来てんだよ…」
「アリア。居るのはわかっているぞ、早く開けないか。」
「しかもお嬢がいるの分かっててきてんのかよ…」
流石のヴィノスも辟易した表情を浮かべてアリアを見る。しかし、アリアだけは動揺を隠し、凪いだ表情を浮かべ一人扉の前まで行き、その扉を開けた。
「お待たせしてしまい申し訳ございません。まさか殿下がこちらの方まで来るとは思わず、ついつい話に花を咲かせてしまいましたわ。」
「…花を咲かせていたにしては、内容が穏やかじゃないように感じたが。」
「とんでもありませんわ。友人が私のことを心配してくれただけのことですの。」
ヴィルヘルムはアリアのことを疑わしげに見つめ、その後に視線を奥に向ける。部屋の中にいるのはアムネジアとそのお付、そしてアリアたちのことを観察するように見るヴィノスのみだ。
「私達はもう行きますわ。リリー様も、顔色がお悪いですし、早く休んだ方が良いでしょう。宜しくて?アムネジア様。」
「え、えぇ…勿論、ですわ…」
「では殿下、失礼致しますわ。」
挨拶をして、ヴィルヘルムの前から立ち去る。その後をアムネジアもついて行き、ヴィルヘルムはその後ろ姿を睨むように見つめた。
それ以降は、アリアもアムネジアもヴィルヘルム達とは話すことも、視線を合わせることもせずに新入生歓迎パーティは終わった。パーティの中、アリアがヴィルヘルムの名を一度も口にしていないことに気がついたのは、ヴィノスだけだった。
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