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8話
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「うっへー…相変わらず何から何まで金かかってんなぁ。」
会場に入れば、パーティのために用意されたオーケストラや、食事、そして各々がパーティのために誂えた豪華な装飾が目に入る。
シャンデリアの灯りも相まって、まるで会場全体が輝いているかのような錯覚にさえ陥る。けれど、前回と違うのは遅刻をしてきていないため、まだ全員は揃っておらず、本日の主役とも言える王太子でさえ居ないことだった。
「思ったより早く来すぎたかしら。」
「あらあらあらぁ~?アリア様じゃありませんの!」
「うわ。」
ボソッと、隣でヴィノスが声を上げる。横目でアリアが確認すると、顔色を悪くしたディノスが距離をとっていた。恐らく香水が強くて辛いのだろう。話に入らないように、手近な壁により気配を消したヴィノスに、アリアはため息をついた。
目の前に経つアムネジアは、目に痛いほど鮮やかな紫地に黒の刺繍が目立つドレスを来ていた。別にこのパーティに身につけるものの決まりはない。けれど暗黙の了解、意味はある。今回のアリアのドレスはモスグリーンで、前回は赤と色は違うがそのどちらにも銀糸が使われていた。なぜなら王太子は銀の髪に紫の瞳を持っているから。
赤いドレスに銀の刺繍、そして大粒のアメジストを装飾としていた前回の毒々しい自分を思い出して、アリアは遠い目をする。
「あ、あら…?」
「どうかされまして?アムネジア様。」
「い、いえ…その…今回は随分といつもと雰囲気が違うドレスですわね。相変わらずクラレンスの名に恥じない上等な生地ですけれど…」
キョロキョロと、色々な角度からアムネジアがアリアのことを眺める。そして気がついたようにドレスの生地をじっくりと見る。視線はゆっくりと下に行き、ドレスの裾に施された銀糸の刺繍で目が止まる。
「綺麗…」
「気に入られまして?今回のドレスは私の専属の侍女の商会で誂えたんですのよ。」
アムネジアのその言葉を、アリアは決して聞き逃さなかった。そして、口から溢れ出たその言葉に、笑顔と言葉を返したのは、打算も何も無く、ただミーシャのところの商会の品が褒められたことへの嬉しさと自慢からだった。
「ど、どこの商会でして…?」
「ルトリック商会ですわ。もしよろしければ口利き致しましょうか?」
アリアの提案に、アムネジアは首を激しく縦に振る。先程までの攻撃的な態度は嘘のようだった。貴族令嬢とはいえ、アムネジアは15歳の少女で、いくら恋敵で宿敵だからと言えども、素敵なドレスに心惹かれるのをやめろと言うのは無茶だった。
「アムネジア様のドレスもお美しいですわね。」
「はっ!そうでございましょう?今回は黒の刺繍で薔薇を表現しましたのよ!前回のアメジストの薔薇飾りと凄く合うのですのよ!」
アムネジアの家であるカトリーヌ家の家紋には薔薇が入っている。それを誇りに思うアムネジアは特に、自分の名を示す紫の薔薇を好んで意匠として入れていた。
このドレスは上出来だ、ここのアクセサリー店は自分の意見を聞いてくれる、あれが良かったここが良かったと自慢するアムネジアの話を笑顔で聞いていれば、やっと終わったのか今度はキョロキョロと周りをみる。
「オズワルド殿下は御一緒じゃなくて?」
「…ええ、そうですわね。」
いつものアムネジアだったら、そんなアリアの言葉を聞いて嗤うか、皮肉を言うかしたであろう。しかし、今回は直前に年相応に盛り上がってしまったのもあって、痛ましそうな視線をアリアに向けた。
「あ、あの…アリア様?お気になさらずともあなたはオズワルド殿下の婚約者であり…」
アムネジアが建前を使ったフォローをアリアにしようとした時、入口の方が騒がしくなった。その騒がしさにアムネジアとアリアが一緒になって視線を向けた。そして、騒ぎの原因を理解したと同時に、二人とも息を呑んだ。
「オズワルド、殿下…?そのお隣に居るのって…」
震えた声でアムネジアが喋るが、その名前を告げることはいくら待てどもなかった。二人の視線の先にいるのは、間違いなくこの国の王太子であるヴィルヘルム・オズワルドで、その隣には特待生のリリー・フローレスであった。
ヴィルヘルムの完璧なエスコートによって会場に入ってくるリリー。その身に纏うのは藤色のドレスで、その上彼女の茶色の髪には銀製の百合が飾られていた。百合は王家の象徴だ。
「そ…そんな……だって、嘘でしょ。」
一目で王太子に気にいられているということが理解出来るリリーの姿を見て、アムネジアは酷く動揺していた。そして動揺しながら、自分の隣にいるアリアとリリーを交互に見比べている。
言わんとしていることは、アリアに伝わっていた。婚約者であるアリアをエスコートせず、あまつさえ自分をイメージさせる物に身を包んだリリーを優しげに見つめるヴィルヘルム。彼は明らかに社交界のルールを破っているのだ。
「お嬢、」
「私は平気よ。それよりも、アムネジア様の方が心配だわ。お付を探してきてくれる?胸元に薔薇のブローチをつけているはずだからすぐにわかるわ。」
自分に声をかけようとするヴィノスにアリアはすぐさま指示を出す。するとヴィノスは一瞬探るような視線でアリアを見たあと、人混みに姿を消して行った。
「おや、ヴィルヘルム。其方のご令嬢は?」
「父上。こちらはリリー・フローレス嬢だ。今年の特待生で、悔しくも入学試験では一位をとっている。私もまだまだだと反省させられ、よく共に勉強し、互いを高めあっているんだ。」
「ほう、そうか。フローレス嬢、と言ったかね。王太子教育を受けたヴィルヘルムを抑え入学試験で一位をとる才媛が隠れていたとは…」
ヴィルヘルムの登場と同時に姿を現した国王陛下の前に、ヴィルヘルムがリリーを連れて行く。狼狽えながらも、ぎこちないカーテシーをするリリーを、品定めするように国王陛下とその隣に立つ女王陛下が眺める。
オーケストラの音と共に、新入生パーティが始まった。
会場に入れば、パーティのために用意されたオーケストラや、食事、そして各々がパーティのために誂えた豪華な装飾が目に入る。
シャンデリアの灯りも相まって、まるで会場全体が輝いているかのような錯覚にさえ陥る。けれど、前回と違うのは遅刻をしてきていないため、まだ全員は揃っておらず、本日の主役とも言える王太子でさえ居ないことだった。
「思ったより早く来すぎたかしら。」
「あらあらあらぁ~?アリア様じゃありませんの!」
「うわ。」
ボソッと、隣でヴィノスが声を上げる。横目でアリアが確認すると、顔色を悪くしたディノスが距離をとっていた。恐らく香水が強くて辛いのだろう。話に入らないように、手近な壁により気配を消したヴィノスに、アリアはため息をついた。
目の前に経つアムネジアは、目に痛いほど鮮やかな紫地に黒の刺繍が目立つドレスを来ていた。別にこのパーティに身につけるものの決まりはない。けれど暗黙の了解、意味はある。今回のアリアのドレスはモスグリーンで、前回は赤と色は違うがそのどちらにも銀糸が使われていた。なぜなら王太子は銀の髪に紫の瞳を持っているから。
赤いドレスに銀の刺繍、そして大粒のアメジストを装飾としていた前回の毒々しい自分を思い出して、アリアは遠い目をする。
「あ、あら…?」
「どうかされまして?アムネジア様。」
「い、いえ…その…今回は随分といつもと雰囲気が違うドレスですわね。相変わらずクラレンスの名に恥じない上等な生地ですけれど…」
キョロキョロと、色々な角度からアムネジアがアリアのことを眺める。そして気がついたようにドレスの生地をじっくりと見る。視線はゆっくりと下に行き、ドレスの裾に施された銀糸の刺繍で目が止まる。
「綺麗…」
「気に入られまして?今回のドレスは私の専属の侍女の商会で誂えたんですのよ。」
アムネジアのその言葉を、アリアは決して聞き逃さなかった。そして、口から溢れ出たその言葉に、笑顔と言葉を返したのは、打算も何も無く、ただミーシャのところの商会の品が褒められたことへの嬉しさと自慢からだった。
「ど、どこの商会でして…?」
「ルトリック商会ですわ。もしよろしければ口利き致しましょうか?」
アリアの提案に、アムネジアは首を激しく縦に振る。先程までの攻撃的な態度は嘘のようだった。貴族令嬢とはいえ、アムネジアは15歳の少女で、いくら恋敵で宿敵だからと言えども、素敵なドレスに心惹かれるのをやめろと言うのは無茶だった。
「アムネジア様のドレスもお美しいですわね。」
「はっ!そうでございましょう?今回は黒の刺繍で薔薇を表現しましたのよ!前回のアメジストの薔薇飾りと凄く合うのですのよ!」
アムネジアの家であるカトリーヌ家の家紋には薔薇が入っている。それを誇りに思うアムネジアは特に、自分の名を示す紫の薔薇を好んで意匠として入れていた。
このドレスは上出来だ、ここのアクセサリー店は自分の意見を聞いてくれる、あれが良かったここが良かったと自慢するアムネジアの話を笑顔で聞いていれば、やっと終わったのか今度はキョロキョロと周りをみる。
「オズワルド殿下は御一緒じゃなくて?」
「…ええ、そうですわね。」
いつものアムネジアだったら、そんなアリアの言葉を聞いて嗤うか、皮肉を言うかしたであろう。しかし、今回は直前に年相応に盛り上がってしまったのもあって、痛ましそうな視線をアリアに向けた。
「あ、あの…アリア様?お気になさらずともあなたはオズワルド殿下の婚約者であり…」
アムネジアが建前を使ったフォローをアリアにしようとした時、入口の方が騒がしくなった。その騒がしさにアムネジアとアリアが一緒になって視線を向けた。そして、騒ぎの原因を理解したと同時に、二人とも息を呑んだ。
「オズワルド、殿下…?そのお隣に居るのって…」
震えた声でアムネジアが喋るが、その名前を告げることはいくら待てどもなかった。二人の視線の先にいるのは、間違いなくこの国の王太子であるヴィルヘルム・オズワルドで、その隣には特待生のリリー・フローレスであった。
ヴィルヘルムの完璧なエスコートによって会場に入ってくるリリー。その身に纏うのは藤色のドレスで、その上彼女の茶色の髪には銀製の百合が飾られていた。百合は王家の象徴だ。
「そ…そんな……だって、嘘でしょ。」
一目で王太子に気にいられているということが理解出来るリリーの姿を見て、アムネジアは酷く動揺していた。そして動揺しながら、自分の隣にいるアリアとリリーを交互に見比べている。
言わんとしていることは、アリアに伝わっていた。婚約者であるアリアをエスコートせず、あまつさえ自分をイメージさせる物に身を包んだリリーを優しげに見つめるヴィルヘルム。彼は明らかに社交界のルールを破っているのだ。
「お嬢、」
「私は平気よ。それよりも、アムネジア様の方が心配だわ。お付を探してきてくれる?胸元に薔薇のブローチをつけているはずだからすぐにわかるわ。」
自分に声をかけようとするヴィノスにアリアはすぐさま指示を出す。するとヴィノスは一瞬探るような視線でアリアを見たあと、人混みに姿を消して行った。
「おや、ヴィルヘルム。其方のご令嬢は?」
「父上。こちらはリリー・フローレス嬢だ。今年の特待生で、悔しくも入学試験では一位をとっている。私もまだまだだと反省させられ、よく共に勉強し、互いを高めあっているんだ。」
「ほう、そうか。フローレス嬢、と言ったかね。王太子教育を受けたヴィルヘルムを抑え入学試験で一位をとる才媛が隠れていたとは…」
ヴィルヘルムの登場と同時に姿を現した国王陛下の前に、ヴィルヘルムがリリーを連れて行く。狼狽えながらも、ぎこちないカーテシーをするリリーを、品定めするように国王陛下とその隣に立つ女王陛下が眺める。
オーケストラの音と共に、新入生パーティが始まった。
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