今度は絶対死なないように

溯蓮

文字の大きさ
上 下
8 / 70

7話

しおりを挟む
「ちょっとヴィノス!動かないでよ!」

「だって窮屈なんだって…」

 新入生パーティ当日、既にアリアの準備は終わっている。しかし、嫌がるヴィノスの準備がいつまで経っても終わらなかった。業を煮やしたミーシャが無理やりヴィノスのネクタイを締める様を、アリアはお茶を飲みながら眺めていた。

 前回、アリアは婚約者である王太子が自分をエスコートしに迎えに来ると信じて疑わなかった。誘いも来ていないのに待ち続けた結果は、パーティの遅刻に加え、王太子がリリーをエスコートし先に到着していたことで大きな恥となってアリアの苦い過去として刻まれていた。

 ちらりと時計を見れば、そろそろ出発の時刻だ。前回はこれを無視して待ち続けたけれど、今回の目的は処刑の回避だ。新入生として王太子がいるという理由で、国王陛下と女王陛下がパーティに参加する今回のパーティを遅刻して、心象悪くすることだけは避けたかった。

「ヴィノス。」

「あん?んだよお嬢。」

ミーシャが身支度をしようとするのを抵抗しながら、顔だけはアリアの方に向けるヴィノス。そんなヴィノスにアリアが視線だけで時計を見ろと指示をすれば、嫌そうな表情をする。時間が迫っていることは理解しているらしい。

「でもよ、お嬢…」

「チップ。」

「!」

「今日頑張ったら臨時で渡してあげるわよ。」

 ヴィノスは一瞬、チップが減らされるのではないかとヒヤヒヤした。けれど、その予想は裏切られ、まるで反対の方向で提示された。もちろん、これも生きるためにアリアが考え抜いた結果だけれど。

ここで減らして嫌々パーティに行かれるよりは、臨時ボーナスのために頑張ってもらった方が利になると考えたのだ。

「おい、早くしろよ。」

「誰のせいで遅れていると思ってるのよ!お嬢様を待たせる従者なんて聞いたことないわよ!」

「へいへい。」

 もはや定番と化してきた自分の専属二人の掛け合いを、アリアは落ち着いた思いで眺める。学校では普段、何事も良き方に良き方にと考えながら行動している反動か、この二人といる間だけは、アリアは他よりも肩の力を抜くことが出来る。

と言っても、ヴィノスは隙あらばアリアの秘密を暴こうとするため、完全に気を抜くことは出来ないのだが。

「お嬢様も、既にヴィノスには5倍もお渡しになられているのですから減らしたっていいのですよ?」

「あ、おいこら余計なこと言うな!」

 大人しくなったことでヴィノスの身支度を終わらせたミーシャが、アリアへと向き直り腰に手を当てながら苦言を呈する。その口を勢いよく塞ぐヴィノスを見ていると、二人の距離も縮まっているように思える。前はヴィノスも、アリアを金蔓としか考えておらず、ほかの使用人とも関わりを深く持っていなかった。

「私が好きで渡しているのだから気にしなくていいのよ。使い所もないお金なのだから、別に困りはしないしね。ミーシャの分も上げましょうか?」

「ひぇ!?いえいえ!私はお嬢様にお仕え出来るだけで幸せなのです!それに、私はヴィノスみたいな金の亡者じゃありませんし!」

「んな事言って、この前同僚に自分の商会の商品売り付けてるとこ俺見たぞ。」

 減らず口を変わらず叩くヴィノスの手を、ミーシャは勢いよく抓り上げる。本来なら足でも踏んでやりたいところだが、今ヴィノスはパーティのための礼服に身を包んでいるのだ。

「本当、二人は仲がいいわね。」

「え!?あ、申し訳ございません!お見苦しい所を…」

「いえ、いいのよ。ヴィノス、そろそろ出るわよ。それじゃあミーシャ、留守を頼んだわよ。」

「はい!」

 元気のいいミーシャの返事を背に、アリアは改めて心持ちを切り替えて馬車へと乗り込む。これから行くのはパーティ会場という名の戦場のようなものだ。どこで下手を打ち、アリアの死に繋がるのか分からない。だからこそ、アリアはこれから先気を抜くことが許されないのだ。

「あー、てかお嬢本当にエスコートが俺なんかでいいのかよ。」

「従者、もしくは一族の者がエスコートをするのは貴族界では珍しくはないわ。お父様は職務の方がお忙しいし、私に兄弟は居ない。専属のあなたが選ばれるのは当然よ。」

「いや、俺が聞きてぇのそういうことじゃねーんだけど…お嬢分かっててはぐらかしてるよな。」

 面倒くさそうなヴィノスの視線を真正面から受けながらも、アリアはそれに視線を合わさない。ただ虚ろに馬車の外の暗い街並みを眺めているだけだ。

「誘いは来てないわ。どうせ待ってても来ないもの。無駄な時間を過ごし遅刻なんて、バカのすることよ。」

 アリアにとって、前回の自分はバカそのものだ。婚約者の心が自分に向いていないことなんて、とっくのとうに分かっていたことなのに、それでも自分の心を騙して待ち続けていた。

「まぁ、前のお嬢ならともかく、今のお嬢が待つわけねーか。」

「あら、前も今も変わらず私だけれど?そして、その話題は前に、もう出すなと言ったはずね。」

「…はいはい、出過ぎた真似をして大変申し訳ございませんでした。」

 両手を上げて降参と首を振るヴィノスをアリアは睨みつける。しかし、その冷たい空気も、御者の会場である学園に着いたことを知らせる声によって霧散した。

 ヴィノスの手を取り馬車を降りれば、荘厳な学園が、夜に似合わない灯りをともしている。前回の時の寂しさと、恥ずかしさ、そして虚しさと怒り。その全てを思い出したアリアはほんの少しばかりヴィノスに添える手に力を込めた。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

【完結】不貞された私を責めるこの国はおかしい

春風由実
恋愛
婚約者が不貞をしたあげく、婚約破棄だと言ってきた。 そんな私がどうして議会に呼び出され糾弾される側なのでしょうか? 婚約者が不貞をしたのは私のせいで、 婚約破棄を命じられたのも私のせいですって? うふふ。面白いことを仰いますわね。 ※最終話まで毎日一話更新予定です。→3/27完結しました。 ※カクヨムにも投稿しています。

悪女の私を愛さないと言ったのはあなたでしょう?今さら口説かれても困るので、さっさと離縁して頂けますか?

輝く魔法
恋愛
システィーナ・エヴァンスは王太子のキース・ジルベルトの婚約者として日々王妃教育に勤しみ努力していた。だがある日、妹のリリーナに嵌められ身に覚えの無い罪で婚約破棄を申し込まれる。だが、あまりにも無能な王太子のおかげで(?)冤罪は晴れ、正式に婚約も破棄される。そんな時隣国の皇太子、ユージン・ステライトから縁談が申し込まれる。もしかしたら彼に愛されるかもしれないー。そんな淡い期待を抱いて嫁いだが、ユージンもシスティーナの悪い噂を信じているようでー? 「今さら口説かれても困るんですけど…。」 後半はがっつり口説いてくる皇太子ですが結ばれません⭐︎でも一応恋愛要素はあります!ざまぁメインのラブコメって感じかなぁ。そういうのはちょっと…とか嫌だなって人はブラウザバックをお願いします(o^^o)更新も遅めかもなので続きが気になるって方は気長に待っててください。なお、これが初作品ですエヘヘ(о´∀`о) 優しい感想待ってます♪

完結 婚約破棄は都合が良すぎる戯言

音爽(ネソウ)
恋愛
王太子の心が離れたと気づいたのはいつだったか。 婚姻直前にも拘わらず、すっかり冷えた関係。いまでは王太子は堂々と愛人を侍らせていた。 愛人を側妃として置きたいと切望する、だがそれは継承権に抵触する事だと王に叱責され叶わない。 絶望した彼は「いっそのこと市井に下ってしまおうか」と思い悩む……

悪役令嬢はどうしてこうなったと唸る

黒木メイ
恋愛
私の婚約者は乙女ゲームの攻略対象でした。 ヒロインはどうやら、逆ハー狙いのよう。 でも、キースの初めての初恋と友情を邪魔する気もない。 キースが幸せになるならと思ってさっさと婚約破棄して退場したのに……どうしてこうなったのかしら。 ※同様の内容をカクヨムやなろうでも掲載しています。

婚約破棄のその後に

ゆーぞー
恋愛
「ライラ、婚約は破棄させてもらおう」 来月結婚するはずだった婚約者のレナード・アイザックス様に王宮の夜会で言われてしまった。しかもレナード様の隣には侯爵家のご令嬢メリア・リオンヌ様。 「あなた程度の人が彼と結婚できると本気で考えていたの?」 一方的に言われ混乱している最中、王妃様が現れて。 見たことも聞いたこともない人と結婚することになってしまった。

もう一度7歳からやりなおし!王太子妃にはなりません

片桐葵
恋愛
いわゆる悪役令嬢・セシルは19歳で死亡した。 皇太子のユリウス殿下の婚約者で高慢で尊大に振る舞い、義理の妹アリシアとユリウスの恋愛に嫉妬し最終的に殺害しようとした罪で断罪され、修道院送りとなった末の死亡だった。しかし死んだ後に女神が現れ7歳からやり直せるようにしてくれた。 もう一度7歳から人生をやり直せる事になったセシル。

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

悪役令嬢の里帰り

椿森
恋愛
侯爵家の令嬢、テアニアはこの国の王子の婚約者だ。テアニアにとっては政略による婚約であり恋をしたり愛があったわけではないが、良好な関係を築けていると思っていた。しかし、それも学園に入るまで。 入学後は些細なすれ違いや勘違いがあるのも仕方がないと思っていたが、どうやらそうでもないらしい。いつの間にか王子のそばには1人の女子生徒が侍っていて、王子と懇意な中だという噂も。その上、テアニアがその女子生徒を目の敵にして苛めているといった噂まで。 「私に他人を苛めている暇があるようにお思いで?」 頭にきたテアニアは、母の実家へと帰ることにした。

処理中です...