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7話
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「ちょっとヴィノス!動かないでよ!」
「だって窮屈なんだって…」
新入生パーティ当日、既にアリアの準備は終わっている。しかし、嫌がるヴィノスの準備がいつまで経っても終わらなかった。業を煮やしたミーシャが無理やりヴィノスのネクタイを締める様を、アリアはお茶を飲みながら眺めていた。
前回、アリアは婚約者である王太子が自分をエスコートしに迎えに来ると信じて疑わなかった。誘いも来ていないのに待ち続けた結果は、パーティの遅刻に加え、王太子がリリーをエスコートし先に到着していたことで大きな恥となってアリアの苦い過去として刻まれていた。
ちらりと時計を見れば、そろそろ出発の時刻だ。前回はこれを無視して待ち続けたけれど、今回の目的は処刑の回避だ。新入生として王太子がいるという理由で、国王陛下と女王陛下がパーティに参加する今回のパーティを遅刻して、心象悪くすることだけは避けたかった。
「ヴィノス。」
「あん?んだよお嬢。」
ミーシャが身支度をしようとするのを抵抗しながら、顔だけはアリアの方に向けるヴィノス。そんなヴィノスにアリアが視線だけで時計を見ろと指示をすれば、嫌そうな表情をする。時間が迫っていることは理解しているらしい。
「でもよ、お嬢…」
「チップ。」
「!」
「今日頑張ったら臨時で渡してあげるわよ。」
ヴィノスは一瞬、チップが減らされるのではないかとヒヤヒヤした。けれど、その予想は裏切られ、まるで反対の方向で提示された。もちろん、これも生きるためにアリアが考え抜いた結果だけれど。
ここで減らして嫌々パーティに行かれるよりは、臨時ボーナスのために頑張ってもらった方が利になると考えたのだ。
「おい、早くしろよ。」
「誰のせいで遅れていると思ってるのよ!お嬢様を待たせる従者なんて聞いたことないわよ!」
「へいへい。」
もはや定番と化してきた自分の専属二人の掛け合いを、アリアは落ち着いた思いで眺める。学校では普段、何事も良き方に良き方にと考えながら行動している反動か、この二人といる間だけは、アリアは他よりも肩の力を抜くことが出来る。
と言っても、ヴィノスは隙あらばアリアの秘密を暴こうとするため、完全に気を抜くことは出来ないのだが。
「お嬢様も、既にヴィノスには5倍もお渡しになられているのですから減らしたっていいのですよ?」
「あ、おいこら余計なこと言うな!」
大人しくなったことでヴィノスの身支度を終わらせたミーシャが、アリアへと向き直り腰に手を当てながら苦言を呈する。その口を勢いよく塞ぐヴィノスを見ていると、二人の距離も縮まっているように思える。前はヴィノスも、アリアを金蔓としか考えておらず、ほかの使用人とも関わりを深く持っていなかった。
「私が好きで渡しているのだから気にしなくていいのよ。使い所もないお金なのだから、別に困りはしないしね。ミーシャの分も上げましょうか?」
「ひぇ!?いえいえ!私はお嬢様にお仕え出来るだけで幸せなのです!それに、私はヴィノスみたいな金の亡者じゃありませんし!」
「んな事言って、この前同僚に自分の商会の商品売り付けてるとこ俺見たぞ。」
減らず口を変わらず叩くヴィノスの手を、ミーシャは勢いよく抓り上げる。本来なら足でも踏んでやりたいところだが、今ヴィノスはパーティのための礼服に身を包んでいるのだ。
「本当、二人は仲がいいわね。」
「え!?あ、申し訳ございません!お見苦しい所を…」
「いえ、いいのよ。ヴィノス、そろそろ出るわよ。それじゃあミーシャ、留守を頼んだわよ。」
「はい!」
元気のいいミーシャの返事を背に、アリアは改めて心持ちを切り替えて馬車へと乗り込む。これから行くのはパーティ会場という名の戦場のようなものだ。どこで下手を打ち、アリアの死に繋がるのか分からない。だからこそ、アリアはこれから先気を抜くことが許されないのだ。
「あー、てかお嬢本当にエスコートが俺なんかでいいのかよ。」
「従者、もしくは一族の者がエスコートをするのは貴族界では珍しくはないわ。お父様は職務の方がお忙しいし、私に兄弟は居ない。専属のあなたが選ばれるのは当然よ。」
「いや、俺が聞きてぇのそういうことじゃねーんだけど…お嬢分かっててはぐらかしてるよな。」
面倒くさそうなヴィノスの視線を真正面から受けながらも、アリアはそれに視線を合わさない。ただ虚ろに馬車の外の暗い街並みを眺めているだけだ。
「誘いは来てないわ。どうせ待ってても来ないもの。無駄な時間を過ごし遅刻なんて、バカのすることよ。」
アリアにとって、前回の自分はバカそのものだ。婚約者の心が自分に向いていないことなんて、とっくのとうに分かっていたことなのに、それでも自分の心を騙して待ち続けていた。
「まぁ、前のお嬢ならともかく、今のお嬢が待つわけねーか。」
「あら、前も今も変わらず私だけれど?そして、その話題は前に、もう出すなと言ったはずね。」
「…はいはい、出過ぎた真似をして大変申し訳ございませんでした。」
両手を上げて降参と首を振るヴィノスをアリアは睨みつける。しかし、その冷たい空気も、御者の会場である学園に着いたことを知らせる声によって霧散した。
ヴィノスの手を取り馬車を降りれば、荘厳な学園が、夜に似合わない灯りをともしている。前回の時の寂しさと、恥ずかしさ、そして虚しさと怒り。その全てを思い出したアリアはほんの少しばかりヴィノスに添える手に力を込めた。
「だって窮屈なんだって…」
新入生パーティ当日、既にアリアの準備は終わっている。しかし、嫌がるヴィノスの準備がいつまで経っても終わらなかった。業を煮やしたミーシャが無理やりヴィノスのネクタイを締める様を、アリアはお茶を飲みながら眺めていた。
前回、アリアは婚約者である王太子が自分をエスコートしに迎えに来ると信じて疑わなかった。誘いも来ていないのに待ち続けた結果は、パーティの遅刻に加え、王太子がリリーをエスコートし先に到着していたことで大きな恥となってアリアの苦い過去として刻まれていた。
ちらりと時計を見れば、そろそろ出発の時刻だ。前回はこれを無視して待ち続けたけれど、今回の目的は処刑の回避だ。新入生として王太子がいるという理由で、国王陛下と女王陛下がパーティに参加する今回のパーティを遅刻して、心象悪くすることだけは避けたかった。
「ヴィノス。」
「あん?んだよお嬢。」
ミーシャが身支度をしようとするのを抵抗しながら、顔だけはアリアの方に向けるヴィノス。そんなヴィノスにアリアが視線だけで時計を見ろと指示をすれば、嫌そうな表情をする。時間が迫っていることは理解しているらしい。
「でもよ、お嬢…」
「チップ。」
「!」
「今日頑張ったら臨時で渡してあげるわよ。」
ヴィノスは一瞬、チップが減らされるのではないかとヒヤヒヤした。けれど、その予想は裏切られ、まるで反対の方向で提示された。もちろん、これも生きるためにアリアが考え抜いた結果だけれど。
ここで減らして嫌々パーティに行かれるよりは、臨時ボーナスのために頑張ってもらった方が利になると考えたのだ。
「おい、早くしろよ。」
「誰のせいで遅れていると思ってるのよ!お嬢様を待たせる従者なんて聞いたことないわよ!」
「へいへい。」
もはや定番と化してきた自分の専属二人の掛け合いを、アリアは落ち着いた思いで眺める。学校では普段、何事も良き方に良き方にと考えながら行動している反動か、この二人といる間だけは、アリアは他よりも肩の力を抜くことが出来る。
と言っても、ヴィノスは隙あらばアリアの秘密を暴こうとするため、完全に気を抜くことは出来ないのだが。
「お嬢様も、既にヴィノスには5倍もお渡しになられているのですから減らしたっていいのですよ?」
「あ、おいこら余計なこと言うな!」
大人しくなったことでヴィノスの身支度を終わらせたミーシャが、アリアへと向き直り腰に手を当てながら苦言を呈する。その口を勢いよく塞ぐヴィノスを見ていると、二人の距離も縮まっているように思える。前はヴィノスも、アリアを金蔓としか考えておらず、ほかの使用人とも関わりを深く持っていなかった。
「私が好きで渡しているのだから気にしなくていいのよ。使い所もないお金なのだから、別に困りはしないしね。ミーシャの分も上げましょうか?」
「ひぇ!?いえいえ!私はお嬢様にお仕え出来るだけで幸せなのです!それに、私はヴィノスみたいな金の亡者じゃありませんし!」
「んな事言って、この前同僚に自分の商会の商品売り付けてるとこ俺見たぞ。」
減らず口を変わらず叩くヴィノスの手を、ミーシャは勢いよく抓り上げる。本来なら足でも踏んでやりたいところだが、今ヴィノスはパーティのための礼服に身を包んでいるのだ。
「本当、二人は仲がいいわね。」
「え!?あ、申し訳ございません!お見苦しい所を…」
「いえ、いいのよ。ヴィノス、そろそろ出るわよ。それじゃあミーシャ、留守を頼んだわよ。」
「はい!」
元気のいいミーシャの返事を背に、アリアは改めて心持ちを切り替えて馬車へと乗り込む。これから行くのはパーティ会場という名の戦場のようなものだ。どこで下手を打ち、アリアの死に繋がるのか分からない。だからこそ、アリアはこれから先気を抜くことが許されないのだ。
「あー、てかお嬢本当にエスコートが俺なんかでいいのかよ。」
「従者、もしくは一族の者がエスコートをするのは貴族界では珍しくはないわ。お父様は職務の方がお忙しいし、私に兄弟は居ない。専属のあなたが選ばれるのは当然よ。」
「いや、俺が聞きてぇのそういうことじゃねーんだけど…お嬢分かっててはぐらかしてるよな。」
面倒くさそうなヴィノスの視線を真正面から受けながらも、アリアはそれに視線を合わさない。ただ虚ろに馬車の外の暗い街並みを眺めているだけだ。
「誘いは来てないわ。どうせ待ってても来ないもの。無駄な時間を過ごし遅刻なんて、バカのすることよ。」
アリアにとって、前回の自分はバカそのものだ。婚約者の心が自分に向いていないことなんて、とっくのとうに分かっていたことなのに、それでも自分の心を騙して待ち続けていた。
「まぁ、前のお嬢ならともかく、今のお嬢が待つわけねーか。」
「あら、前も今も変わらず私だけれど?そして、その話題は前に、もう出すなと言ったはずね。」
「…はいはい、出過ぎた真似をして大変申し訳ございませんでした。」
両手を上げて降参と首を振るヴィノスをアリアは睨みつける。しかし、その冷たい空気も、御者の会場である学園に着いたことを知らせる声によって霧散した。
ヴィノスの手を取り馬車を降りれば、荘厳な学園が、夜に似合わない灯りをともしている。前回の時の寂しさと、恥ずかしさ、そして虚しさと怒り。その全てを思い出したアリアはほんの少しばかりヴィノスに添える手に力を込めた。
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